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勤勉が生むカオス的大変革:阪井和男さん
コム人対談
阪井和男さん

Part1 カオスがブレークスルーを生む

 古い考え方の積み重ねが新しい戦略行動を呼ぶ

Part2 古いやり方を使い倒すことで新しい戦略を呼び込む

 カオス理論は組織活性化に役立つ

Part3 異質な核をインキュベートするような文化が必要

 個人の力が社会を動かす



Part3 異質な核をインキュベートするような文化が必要

矢野

以前やはりこの対談にご登場いただいた法情報学の夏井高人さんも交えて、新宿の小料理屋で歓談していたときに、阪井さんのカオス理論の話になって、夏井さんが阪井理論の真髄を「勤勉が生むカオス的大変革」と呼んだ。言い得て妙ですね。つまり、単に古い行動を捨て去って新しいものを求めても真のブレークスルーは得られない。勤勉に真摯に自分を見つめて、突き詰める人ほど混沌にも陥るが、やがてブレークスルーにたどりつくと。

阪井

科学の研究なども突き詰めて、突き詰めていくと矛盾が出てくる。その矛盾と格闘するなかから、新しい発見にたどりつく。科学史家のトーマス・クーンが『科学革命の構造』で明らかにした「パラダイムの転換」も同じ構造だと思います。ただ、何度もいうように一所懸命やるだけでは足りないんです。遷移する対象がないと構成員が疲れてしまう。カオスはブレークスルーの可能性を示していますが、保証をしているわけではない。そこにはマネジメントが必要でしょうね。
 適当なスキーマが呼びだせず頭をふりしぼって考えなくてはならないときの思考過程は「メンタルモデル」で説明されますが、戦略家がもつメンタルモデルによって企業の盛衰が支配されることを立証した研究もあります。ただ私の研究は、新戦略を発見するためにはメンタルモデルのレベルまで扱わなくても、競合するスキーマが存在すること、既存スキーマに対して漸進的な強化学習が働くだけで十分であることを明らかにした点にあります。既存スキーマを強化しながら突き詰めていくと、やがて戦略行動がカオス化して新しい戦略が自発的に発見されるのです。
マネジメントとしては、(1)アンラーニングという不可能な労苦をせず、既存のスキーマを放棄しないこと、(2)強化学習がゆっくりと着実に進んでいるかどうかをチェックすること、(3)競合するスキーマが何かを明らかにすること、の3点が重要だと思います。

矢野

日本人は「和魂洋才」で、技術は西洋のものを器用に真似るが考え方は従来のまま、そういう意味では突き詰めることがないように見えます。それでは真のブレークスルーはできないのではないでしょうか。

阪井

行きつ戻りつしている状態とすれば、決してブレークスルーは起きないでしょうね。

矢野

日本人から根本的に世の中を変えるような発想が出てこないのはなぜでしょうか。

阪井

日本人は均質性や同質性を好み、個としてお互いが別であることをあまり尊重しませんね。尊重しないどころか、ときには別な考え方を切り捨てる。これではカオスになっても、遷移する行き場がなくなってしまう。やはり、お互いに反発するような存在が重要だと思います。

個人の力が社会を動かす

矢野

サイバーリテラシーの観点からも、これからのIT社会で日本人がどう生きていくかは重要なテーマです。ドイツ史家の阿部謹也さんは、日本人の行動を支えてきたのは「世間」であり、日本人の「個」は十分に確立してこなかったと言っておられます。その個の確立ができないまま、世間もまた崩壊の危機にあるというのが僕の認識で、これからの日本人のあり方を考えるとき、「勤勉が生むカオス的大変革」というのは大きなヒントではないかとも思うのですが……。

阪井

情報社会が進展して、個人同士のコミュニケーションが緊密化すると、スキーマの結びつきが固くなるので、そのうち安定化を通り越して不安定化しカオス的になります。だからこそ、いろいろなカウンターカルチャーが必要になるでしょうね。
 雪や金平糖も核になる異質なものがないと成長しない。不安定システムの中で成長するには、不安定を尊重する風土がないと核生成ができないんですよ。異質な核をインキュベートするような文化が必要ですね。企業においてはマネジメントの問題でしょう。もし、社内に可能性の芽があるなら、それを回りの組織文化から隔離して、育てていかなければなりません。
 アメリカのGEの前会長ジャック・ウェルチの本を読んで驚いたんですが、彼は、あれだけ大きな組織で、カオス化をコンスタントに起こす組織文化と仕組みを作り上げてしまった。組織の中にためている精神的なパワーはものすごいでしょうから、他社は簡単に真似できないですよ。のほほんと生きている人にはつらい組織だが、タフな人にはこれほど面白い会社はないでしょうね。おそらくGEの構成メンバーの達成感が強いでしょうし、高収益になるのは当たり前です。
 ベンチャービジネスの創業期も同じような熱気があります。いろいろな意見をぶつけ合って、パワーを組織体の中にためていく。私もかつてベンチャーのソフトハウスで働いたことがありますが、面白かったですよ。数ヶ月単位でどんどん出世していく。2年もしないうちに社長室長になったのですが、忙しすぎて最後はやめました(笑)。

矢野

お互いを違った存在として認め合うには、一種の「倫理」といいますか、個々人の生き方がやはり大事になってくるのではないでしょうか。これからの社会にあって、集団の中でも共有されうる価値を作り上げていかないといけないですね。

阪井

倫理は最も大事な問題ですね。戦略決定においても高次な判断基準です。選択肢がたくさんある中で、何が好ましいかを決定するのは最終的には個人の美学にもとづいた倫理ではないかと思います。
 ところが、この倫理を誰もわかっていない。私は高校生の娘の倫理の教科書を隅から隅まで読んだことがありますが、「これが倫理だ」という定義はひと言もありませんでした。倫理に関する歴史的な記述しかないわけです。
 本来、大学ではまず倫理を教えるべきだと思うのに、そんな授業はない。これまで理工系の学生に倫理を教えてこなかったから、いまの日本は意思決定のできない技術者たちを生み出したのではないでしょうか。

矢野

最後に、阪井さんにとってカオスの魅力とは何ですか。よく人に「社会現象がカオスとわかって、いったい何がうれしいのか」と聞かれるとおっしゃってましたが(笑)。

阪井

複雑な社会でもたった一人の個人が影響を与えうることを理論的に説明していることです。このカオスモデルを使えば、現実の社会現象がどの状態にあるのか予測するツールを作ることもできます。個人というものの力の存在を証明できるのがうれしいですね。

矢野

なるほど。今日は阪井さんのカオス理論を用いた社会現象の分析を、数式部分を抜きにしてお聞きしたので、いささか厳密性に欠ける議論にしてしまったかもしれませんが、じつに興味深いお話でした。研究をさらに発展させて、大きな成果をお上げになることを祈念いたします。本日はどうもありがとうございました。

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撮影/岡田明彦 Top of the page

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