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矢野
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サイバーリテラシーの観点からも、これからのIT社会で日本人がどう生きていくかは重要なテーマです。ドイツ史家の阿部謹也さんは、日本人の行動を支えてきたのは「世間」であり、日本人の「個」は十分に確立してこなかったと言っておられます。その個の確立ができないまま、世間もまた崩壊の危機にあるというのが僕の認識で、これからの日本人のあり方を考えるとき、「勤勉が生むカオス的大変革」というのは大きなヒントではないかとも思うのですが……。
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阪井
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情報社会が進展して、個人同士のコミュニケーションが緊密化すると、スキーマの結びつきが固くなるので、そのうち安定化を通り越して不安定化しカオス的になります。だからこそ、いろいろなカウンターカルチャーが必要になるでしょうね。
雪や金平糖も核になる異質なものがないと成長しない。不安定システムの中で成長するには、不安定を尊重する風土がないと核生成ができないんですよ。異質な核をインキュベートするような文化が必要ですね。企業においてはマネジメントの問題でしょう。もし、社内に可能性の芽があるなら、それを回りの組織文化から隔離して、育てていかなければなりません。
アメリカのGEの前会長ジャック・ウェルチの本を読んで驚いたんですが、彼は、あれだけ大きな組織で、カオス化をコンスタントに起こす組織文化と仕組みを作り上げてしまった。組織の中にためている精神的なパワーはものすごいでしょうから、他社は簡単に真似できないですよ。のほほんと生きている人にはつらい組織だが、タフな人にはこれほど面白い会社はないでしょうね。おそらくGEの構成メンバーの達成感が強いでしょうし、高収益になるのは当たり前です。
ベンチャービジネスの創業期も同じような熱気があります。いろいろな意見をぶつけ合って、パワーを組織体の中にためていく。私もかつてベンチャーのソフトハウスで働いたことがありますが、面白かったですよ。数ヶ月単位でどんどん出世していく。2年もしないうちに社長室長になったのですが、忙しすぎて最後はやめました(笑)。
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矢野
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お互いを違った存在として認め合うには、一種の「倫理」といいますか、個々人の生き方がやはり大事になってくるのではないでしょうか。これからの社会にあって、集団の中でも共有されうる価値を作り上げていかないといけないですね。
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阪井
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倫理は最も大事な問題ですね。戦略決定においても高次な判断基準です。選択肢がたくさんある中で、何が好ましいかを決定するのは最終的には個人の美学にもとづいた倫理ではないかと思います。
ところが、この倫理を誰もわかっていない。私は高校生の娘の倫理の教科書を隅から隅まで読んだことがありますが、「これが倫理だ」という定義はひと言もありませんでした。倫理に関する歴史的な記述しかないわけです。
本来、大学ではまず倫理を教えるべきだと思うのに、そんな授業はない。これまで理工系の学生に倫理を教えてこなかったから、いまの日本は意思決定のできない技術者たちを生み出したのではないでしょうか。
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矢野
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最後に、阪井さんにとってカオスの魅力とは何ですか。よく人に「社会現象がカオスとわかって、いったい何がうれしいのか」と聞かれるとおっしゃってましたが(笑)。
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阪井
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複雑な社会でもたった一人の個人が影響を与えうることを理論的に説明していることです。このカオスモデルを使えば、現実の社会現象がどの状態にあるのか予測するツールを作ることもできます。個人というものの力の存在を証明できるのがうれしいですね。
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矢野
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なるほど。今日は阪井さんのカオス理論を用いた社会現象の分析を、数式部分を抜きにしてお聞きしたので、いささか厳密性に欠ける議論にしてしまったかもしれませんが、じつに興味深いお話でした。研究をさらに発展させて、大きな成果をお上げになることを祈念いたします。本日はどうもありがとうございました。
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