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デジタル時代の新しい法体系を:林 紘一郎さん
コム人対談
林 紘一郎さん

Part1セキュリティは学際総合科学

 解は見つからなくても、何かをやらねばならない

Part2 個人のための「情報基本権」を提唱

 マスメディアはもっと付加価値を

Part3 デジタル創作権、dマークとは何か

 アメリカは財産権を重視



Part3 デジタル創作権、dマークとは何か

矢野

いよいよ著作権の話題です

著作権をみなさん難しく考えますが、極限状態を想定してみると分かりやすい。たとえば著作権に無限の権利を与えると、我々はプラトンの言葉を引用するためにプラトンの末裔に著作権料を支払わなければならなくなる。一方で、何の権利も与えないとなると、著作権者は限られた会員制クラブやスポンサーの前だけで作品を発表するようになるでしょう。どちらもダメであることは子どもでも分かる。しかし、著作権ビジネスの当事者たちはなるべく権利を長く、強くすることだけを考えるんです。
 情報メディア法の中で著作権問題を考えると、放送には「放送権」という著作権法上の権利があるのに、通信にはないのはなぜか。放送と通信が融合していくとすれば、どちらのルールで裁くのかといった論点につながっていきます。

矢野

「デジタル創作権」である“dマーク”を99年に提唱されましたが、そのねらいは何でしょうか。

dマークはウエブ上で発表する著作物について、著作権者自ら、または代理人を通じて「デジタル創作権」を設定でき、その期間は0年、5年、10年、15年の4パターンを用意しています。つまり、通常の著作権は著作行為によって自然に発生する権利ですが、デジタル創作権は公表し、かつ財産権については自ら権利の存続期間を宣言することによって発生する権利です。
 著作権法は紙のような有体物で管理するにはいい仕組みですが、デジタルの情報はアッという間に世界中に拡散するため、著作権者の死後50年〜70年という長期に渡って守るのは無理なのです。そこで、デジタル情報に適した著作権のあり方を考えたわけです。
 もともとdマークは遊びのつもりだったんですよ。論文の日付もわざわざエイプリル・フールにしたりして(笑)。要するに当初は自信がなかったんです。こんなアイデアもあるという例を提示できればいいと思ったのです。しかし、いったん発表すると、より多くの人に知ってもらい、できれば世界標準にしたいという色気が出てきました。そこで英語で論文を書こうとしたのですが、書けませんでした。というのも、著作権についてアメリカ法を知らなかったんですね。だから、必死で2年間勉強しました。

アメリカは財産権を重視

矢野

アメリカと日本の著作権法の違いとは?

アメリカは著作者人格権よりも財産権を重視しているのです(著作権は著作者人格権と財産権に分かれ、前者は著作者固有の権利で譲渡不能、後者は譲渡可能)。それは、もし権利を侵害されたらその救済手段は結局おカネの問題という、いかにもアメリカらしい割り切り方があるからです。それが分かるまでに2年かかりました。

矢野

米スタンフォード大学のローレンス・レッシグ教授の考えが面白いと思ったのは、従来は著作権があることがデフォルト(初期設定)になっているけれども、それだと、ことさら著作権を主張するつもりがなくても、創作活動に従事する人はそれをクリアしなければならない。だから著作権をいったんコモンズに置いて、それを主張したい人は何らかのアクションを起こすというふうに、発想を逆転したらいいというところです。
 サイバーリテラシーでは、技術が作り上げたサイバースペースの特性を理解すると同時に、サイバースペースと現実世界が交流することで現実世界が変容していく側面に注目すべきだと言っているわけですが、なぜ現実世界とサイバースペースをいったん区別する必要があるかというと、@サイバースペースには現実世界がもっている「あいまいさ」、「不徹底」、「自然減衰」、「物理的障害」、「自ずからなるバランス」、「自然秩序」といったものがない、Aサイバースペースでは、情報を記憶、あるいは記録することにはほとんど努力を必要とせず、逆にそれを削除するためにこそ大いなる努力が要請される、図式的に言えば、「現実世界のデフォルト=<忘れる>、サイバースペースのデフォルト=<記憶する>」、というふうに、現実世界とはまるで違う特性をもっているからなんですね。
 だからこそ、あらゆる問題を抜本的に考えないと解決できない。もっとも、レッシグ教授は「クリエイティブ・コモンズ」という、より現実的な運動を展開していますね。一定の条件の下に著作権者の権利を守りながら、ネット上で自由に共有できるコンテンツを増やしていこうというもので、日本でも普及を促すクリエイティブ・コモンズ・ジャパンができ、現在、世界20ヶ国ほどで組織が立ち上がっているようです。それとdマークはどう関係しますか。

私もクリエイティブ・コモンズ・ジャパンのメンバーの一人ですが、実はレッシグさんとは以前から知り合いで、彼もdマークのアイデアに敬意を表してくれています。レッシグさんはもともとコピーライト否定派だったんですが、その後、クリエイティブ・コモンズに変わった。そのアイデアに対してアメリカの弁護士たちが集結してボランティアでアッという間に形にしてしまった。その力はすごいですね。日本では私が一人でやっているからどうしても限界があります。

矢野

dマークとクリエイティブ・コモンズの違いは何ですか。

クリエイティブ・コモンズは、やはり著作者人格権(公表権、氏名表示権、同一性保持権の3つに分かれる)を考えていないことですね。財産権的処理だけを対象とすればたしかに話は簡単です。しかし、私は著作権の中でも著作者人格権、とりわけ人格権の中でも著作者名を表示する権利を守る氏名表示権が一番大切だと考えているんです。これはアメリカ法と、日本が参考にしたドイツ法の違いです。
 それでは、アメリカには人格権はないのかといえば、連邦法では規定されており、その他、州法にもある。アメリカの半分ほどの州で人格権を規定しているようです。

矢野

クリエイティブ・コモンズは世界的に広がりつつありますか。

   

イギリスのBBCがこれを使って映像ソフトの利用を可能にしたようですね。日本は熱しやすく冷めやすいのか、関心は薄れはじめています。日本では著作権を経済学、あるいは憲法と重ね合わせて考えている人はほとんどいないですから、なかなか関心も高まりにくいのです。著作権法の学会ではこれ以上、悪くならないように防戦するだけで、新しい対応はできていないですね。

   

矢野

最後になりましたが、冒頭の情報セキュリティ大学院大学では、今後、どのような学生を育てていきたいとお考えですか。

   

法システムというものは振幅が大きく、何かある度に左右両方に振れやすい。だから学生には中庸とは何かということをとくに教えたいですね。バランスを取るということです。
 じつは「林の法則」というのがあります。これまで「成果=潜在能力×やる気の2乗」と言っていたのですが、やる気を重視するのはいいとして、マイナスのやる気を2乗してプラスになってしまうのは具合が悪いので、最近「成果=潜在能力×やる気×方向感覚」と変えたんです。いくら潜在能力とやる気があってもマイナスの方向に進んでいって、クラッカーになっては困りますから。勉強も方向性が重要ということです。

   

矢野

今日は、「情報メディア法」の論考をめぐって、スケールの大きな話をお聞きしました。まさに「つまみ食い」で、しかも基本的な説明部分ははしょっているので、雑駁な印象になってしまい、林さんには申し訳ありませんでしたが、興味を抱いた方は、近く出版予定という大部の著作(『情報メディア法の研究(仮題)』東京大学出版会)をご覧いただくことでご勘弁いただきたいと思います。どうもありがとうございました。   

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撮影/岡田明彦 Top of the page

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