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林 紘一郎さんさんプロフィールへ デジタル時代の新しい法体系を:林 紘一郎さん 矢野直明プロフィールへ

今年4月に開校した「情報セキュリティ大学院大学」の副学長に就任した林紘一郎さんは、NTTに長らく在職し、要職を歴任した後に、アカデミズムの世界に飛び込んだ異色の研究者である。つい最近まで慶応義塾大学メディア・コミュニケーション研究所に在籍し、既存の学問領域にとらわれない広い知識と人脈を生かした独創的な研究を続けてきた。激変するメディア産業界に一石を投じた「包括メディア産業法」の構想、デジタル時代の著作権としての「dマーク」構想など。このほどそれらの考えを、より包括的な「情報メディア法」として体系化する論考をまとめたと聞いて、林さんにお会いした。

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Part1セキュリティは学際総合科学

 解は見つからなくても、何かをやらねばならない

Part2 個人のための「情報基本権」を提唱

 マスメディアはもっと付加価値を

Part3 デジタル創作権、dマークとは何か

 アメリカは財産権を重視

Part1 セキュリティは学際総合科学

矢野

林さんのご研究は、かねて興味深く拝見していましたが、このほどその集大成としての論考をおまとめになったとか。もっとも、この場でその全貌をお聞きするのはとても無理で、今日は、僕の関心にそって林理論を「つまみ食い」しながら、林さんがなぜ「情報メディア法」を構想したかという研究の背景というか、問題意識を中心にお聞きしたいと思います。
 その前に、今年(2004年)4月、副学長に就任された情報セキュリティ大学院大学のことからお話し願えますか。

昨年2月、ある人を介して横浜市にある専門学校、岩崎学園の岩崎幸雄理事長から「情報セキュリティ専門の大学院大学をつくりたいから相談に乗ってほしい」というお話がありました。その名も「情報セキュリティ大学院大学」。極秘の話ということでしたが、2年前にこんな構想を言い出したら誰も相手にしないですね。だけど2年後にやろうと思ったら、おそらく2番手、3番手になるでしょう。何という絶好のタイミングでお考えになったのかと、興味をひかれて岩崎さんにお会いしました。
 相談に乗っているうちに意気投合しましてね。学長は暗号の権威でもある辻井重男先生(東京工業大学名誉教授)にお願いしようと相談したら、コンピュータ・セキュリティが大切だから田中英彦さん(前東京大学大学院情報理工学系研究科長)も誘おうではないか、というふうに2ヶ月ほどの間に人の縁もあって、次々と教授陣が決まりました。長い付き合いの方々というより、それぞれの分野で活躍されていたみなさんが一気に集まったんですね。これは不思議でした。矢野さんにも非常勤講師をお願いしていますし……。

矢野

林さん自身は、そのとき慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所教授だったわけですよね。

定年までにまだ2年あったので、のんびりやろうかと思っていたんですが(笑)、こういうのはやはり最初にやるのが面白い。辞めるといったら周囲は驚いていましたよ。情報セキュリティ大学院大学というと、世界で一番特化した大学院のように見えますが、その実、世界で一番広いテーマを扱っているんですよ。情報セキュリティはさまざまな学問や技術知識に通じていないと太刀打ちできませんから。

矢野

2月の開校レセプションでは、辻井学長がセキュリティを「学際総合科学」とおっしゃっていました。

まったくその通りですね。私自身も学際人間で、大学の法学部を出て経済学を勉強、サラリーマンから学者に転じたんですが、周囲は私を理系出身だと思うほど理系の友だちも多い。まったく雑多な人間です。大学院大学の教授たちもいろいろな分野から集まっています。
 第一期生の学生も、結果的に多士済々になりました。下は22歳から上は60歳まで。学生もいるし、会社からの派遣も、会社を辞めて自分のおカネで入学した人もいます。いろいろなテーマを30分にまとめて語り合う「輪講」という授業があるんですが、それを聞いていると、私は何と世の中を知らないのかと実感します。それほどいろいろな知識や経験を持った方々が集まっています。

矢野

おもしろそうですね。定員はたしか少なかったですね。

1学年49人が入学定員で、第1期生は30数人です。働いているビジネスマン向けに午前から夜間まで授業がありますから、教官も大変ですよ。夜8時開始の授業もありますからね。

解は見つからなくても、何かをやらねばならない

矢野

大学院大学はセキュリティの実務家を養成するところだと思いますが、僕が提唱するサイバーリテラシーの考え方も、拠って立つところは同じだと思っています。セキュリティはこれからの最優先課題ですね。

先日も佐世保で小学校6年生の女の子が友だちを殺すという事件がありました。そんな事件が起きると、もうみなお手上げですよ。こうした問題にもちろん正しい解などありません。解はないけれど、何かをやらなければならない。何かをやる以上、行き当たりばったりではなく、できれば科学的に行いたい。それは大変な作業ですが、いまやるべきなんです。

矢野

IT社会における私たち一人ひとりの生き方を考え直すべき時点に来ています。矛盾は子どもにしわ寄せされますから。すべての問題を抜本的に検討すべきときに、みな危険を前に逡巡しているようにも思います。
 日本企業の情報化も進んできましたが、大事な相談や苦情処理の窓口をアウトソーシングしたため、ユーザーの本当のニーズを受け止められないなど、情報ツールの使い方を間違っている面もあります。実のあるモデルを構築せず、コスト削減ばかり考えて、本来重要な課題である情報セキュリティもおざなりになっています。

ほとんどの日本企業はセキュリティ問題を経営問題と考えていないですね。その証拠にCIO(チーフ・インフォメーション・オフィサー)やCSO(チーフ・セキュリティ・オフィサー)というポストを設置している企業は少ない。本当はトップになるにはそうしたポストを経験することが必須ぐらいでないとだめです。

矢野

大きな位置づけでセキュリティ問題を考えろということですね。

そうです。ただし、取り組むときは小さいところからはじめればいい。たとえばニューヨークの犯罪を激減させたジュリアーニ前市長は「割れ窓理論」を実践し、小さなことからはじめました。これは窓が割れたビルを放置すると、そこに犯罪者が住み着き、街を悪くする。だから、窓が割れたらすぐ直そうという理論なんです。ジュリアーニさんは割れ窓理論の専門家を公共交通のトップの地位に据え、まず地下鉄の落書きをすべて消し、次に無賃乗車を徹底的に摘発した。すると、その微罪でもっと大きな犯罪者が次々と捕まり、結果的にニューヨークの犯罪が減っていった。アメリカは新しい理論を実践していく強さがあり、日本はその点で負けていますね。

矢野

日本では古いやり方がいよいよ強固になっているような気もしますね。矛盾を解決しようとするのではなく、矛盾をそのまま残して自己の利益を最大化しようとする連中(政治家や官僚)と、そのおこぼれに与ろうとする人々(我々)ばかりです。

ただ、ビジネスの世界では少しずつ変わりつつあるようです。私が監査役を務めている小さな会社では、10人いた取締役をいきなり社長が3人に減らし、残りを執行役員にしてしまった。経営のスピードを上げるためだと言うんです。まだ若い社長ですが、経営者としてどんどん成長しています。

矢野

たしかに変わりつつはありますね。

Part2「個人のための「情報基本権」を提唱」
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