小林 コムジンのホームページを拝見して、やられたなと思いました。僕は今、「ビジネス・インディビジュアルズ」というコンセプトを打ち出そうと考えています。国や企業によりかかるのではなく、自分の足で立って、自分の頭で物を考えて行動することが大切だということ。そうでなければ、今日のような不安定で、変動の激しい時代に対応できないだろうと思うからです。これは、先ほどのディアスポラ的技術者という話と全く同じことなんです。
   人類の近代的自我の成立とグーテンベルクの活版印刷の発明が切っても切れない関係にあるというのは定説になっています。活版印刷術の普及で誰もが聖書を読める技術的環境が整い、その後、アルダス・マルチネスという人が、馬の鞍に入る小型聖書をつくったことによって、書物としての聖書が爆発的に広がった。そうやって、情報へのアクセスが容易になったために、近代的自我が芽生えた。
   いままでの出版やテレビ・ラジオ放送のモデルは、グーテンベルク以来のパラダイムでやってきたと思うんです。聖書に象徴されるような求心的な情報群があり、それがメディアを通じて広く伝わって啓蒙されるという流れです。今、矢野さんや僕が、とても危ういものを感じているのは、人類が、インターネットという新しい可能性を持ったテクノロジーを手に入れたにもかかわらず、そこに再びグーテンベルク以来の中央集権的な情報の流れを持ち込んでしまうのではないか、ということです。
   インターネットには双方向性という特質があります。身体に麻痺のある女の子がパソコンを得て初めて絵を描いたように、今までさまざまな理由でコミュニティがつくれなかった人たちが共有の場をもつことができるようになり、そこで生きている実感を抱けるようになるのであれば、それはとても素晴らしいことではないでしょうか。立ち上がりつつあるサイバースペースを、多様な価値観をもったコミュニティが共存できるようなものにしていかなければならない。
   我々の新世紀は、地殻変動とも言えるような劇的な幕開けをみせましたよね。僕は、9月11日の繰り返し放映されるニューヨーク世界貿易センタービルの倒壊を見ながら、これまでの秩序が崩れ去ろうとしている、という思いを抱かずにはいられませんでした。あたかもワーグナーの楽劇「神々のたそがれ」の終幕で、トネリコの樹が燃え落ちるあのシーンのように。
矢野 いろいろな意味で象徴的な出来事が起こっています。崩壊しつつある既存秩序に代わる新しい秩序を構築しなければならない時代が来ているのでしょ
小林 そのためにも矢野さんの「サイバーリテラシーの提唱」は、もっとアピールされなくてはならないと思います。「毛虫が内部諸器官を溶かし、サナギから蝶へと変身するように、現代社会も時代の変換点にある。これからは個人の生き方がますます重要になってくる」と書いておられますが、同感です。
矢野 お励ましの言葉、どうもありがとうございます(笑)。今日は、たいへん楽しいお話を聞かせていただきました。それも含めて、お礼申し上げます。

bit 別冊2001年4月「インターネット時代の文字コード」
小林龍生・安岡孝一・戸村哲・三上喜貴編 4500円
文字コード問題については、言語一般と同様、百人百様の見解が開陳される。この別冊では、可能な限り多くの立場の方からの文字コードについての見解をお寄せいただいた。多様な論点を相互に認めるところからしか、未来の方向性は見えてこない。

「ことばと国家」
田中克彦著 岩波新書 700円
ことばに対して主体的であるためには、必然的に政治的な主体性を求められることを思い知らせてくれる一冊。

「多言語主義とは何か」
三浦信孝・編、藤原書店 2800円
グローバリズムに対峙するマルチリンガリズムの立場から多様な論文が寄せられている。日本の言語環境の特殊性を知ることができる。

「言語帝国主義とは何か」
三浦信孝、糟谷啓介編 藤原書店 3300円
前書の続編。

「「国語」という思想」
イ・ヨンスク著 岩波書店 3090円
昨今の近代日本語史ブームの嚆矢となる本。この本が、日本語を母語としない女性の手で 書かれた意味は、決して小さくはない。

死産される日本語・日本人
酒井直樹著 新曜社 2800円
著者は、米国の大学で思想史の教鞭をとる。日本語でも日本語を対象化したこれほど強靱な文章が書けるとは、大きな驚異であると同時に大きな喜びでもある。

「オリエンタリズム」上・下
E.W.Said著 平凡社ライブラリー 各1600円
著者は、パレスチナ生まれで米国市民権を持ち、コロンビア大学で文芸批評を講 じる。西洋が、東洋を差異化することによって、自らの存立を獲得したという視点。ニューヨーク世界貿易センタービルの事件を経験した今、もう一度、我らが内なるオリエンタリズムを内省する必要はないか。

「ディアスポラの知識人」
レイ・チョウ著 青土社 2800円
香港生まれの女性研究者。カルチュアル・スタディーズの若き旗手。彼女には、エドワード・サイードやステュアート・ホールにはない透明で強靱な楽天性が感 じられる。

「書物としての聖書」
田川建三著 勁草書房 8000円
メディアとことばの問題を考える上でも、聖書にまさるケーススタディはない。聖書を書物として対象化して徹底的に論ずる著者の視点は、電子メディアを考える上でも多くの示唆に富んでいる。入門書とはかくあるべし、という見本でもある。

「声の文化と文字の文化」
ウォルター・オング著 藤原書店
著者は、マーシャル・マクルーハンの盟友でありカトリックの司祭。オングの耳目に、現代の携帯電話(および携帯メール)文化は、どのように映るか。




      言葉に寄り添っていくテクノロジーこそが美しい
      実生活での表記のためのルールと過去の文化遺産の記録は別問題

      「パックスアメリカーナ」と「ディアスポラ的情報技術者」
      人びとが育ててきた言語の多様性を、より豊なものに

      キーボードはむしろ話す方に近いインターフェース
      はじめて絵を描いた少女のために、1台のMSXはあった


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