水越 「メディア・ビオトープ」は基本的には小さいメディアの物語で、言わば白兵戦の論理。大局的な話じゃないんです。大局的なメディアの物語には、情報化によるマスメディアの構造変容への対応策、具体的に言えば、デジタル化に対する制度改革や新政策の導入といった「ポリティカル・エコノミー」も関係してきます。「ソシオ・メディア論」を考えていくには、そういう大きなメディアの物語と小さいメディアの物語が積み重なった全体の構造がどういうふうに成り立っているかを明らかにする必要があるでしょう。
 大きいほうの物語では、僕自身が教えを受けた高木教典さん(東京大学名誉教授)、桂敬一さん(東京情報大学経営情報学部教授)や内川芳美さん(東京大学名誉教授)といった研究者がいらっしゃいます。そういった方々の研究分野では、国家とメディアの関係、あるいは日本の放送文化を今後、政策的にどう展開すべきかといった議論がなされている。
 そういった産業論や政策論は非常に大事でフォローもしたいし、僕らのやっている小さいメディアの物語と円滑に連携できればいいと思います。ただ、先ほど「逆サイド」と言ったように、メディアの現場をつまびらかに見たり、現場に参画して研究したりしている人はそれほど多くはない。それに僕自身、現場が好きなものですから、いまは積極的にメディア実践に力を入れている状況です。
 僕は学生を教えたり、プロジェクトを通じて有形無形の網の目をつくったりしています。僕らがつくる網の目の1本1本は細いけれど、細い繊維もたくさんつながれば破れにくくなるという利点がありますからね。
矢野 「小さい物語」から「大きい物語」へと道を通すのは難しくはありませんか。
水越 難しいでしょうね。しかし、情報学環は極めて小さい組織で、トップと僕ら教授陣との関係は言わば中小企業の社長と社員みたいな親しい関係ですから、意思の疎通はしっかりできています。前情報学環長の濱田さんや現学環長の原島さんは「小さい物語」をよくケアしてくださいます。
矢野 組織的なせめぎ合いがあるにしても、現場レベルでは快適に仕事ができるし、研究成果の手ごたえを感じていらっしゃると。
水越 そもそも「ビオトープ」を社会に根づかせるには、規模は小さくてもネットワーク化されていることが大事です。昨年(2002年)、小中学校でスタートした「総合的な学習の時間」で、学校にトンボ池を作るビオトープに挑戦している学校があちこちにありますが、トンボ池だけでは失敗するんです。水辺のネットワークができていないから。近所の小川とか、寺やお屋敷にある池や沼といったトンボが自由に行き来できる水辺が学校の周りに必要なんですね。これがネットワーク。つまり、点だけでは意味がないわけです。
 情報学環の存在意義も同様で、点として活動していては意味がありません。東京大学には先端科学技術研究センターとか社会情報研究所といった機関があって、そういうところをつぶさに見ていくと、情報学環と似たようなことを考えていて、僕らの研究と連携していくことができるスタッフや学生がたくさんいます。情報学環にはそういうふうに、東大の中に点在する多彩な分野の研究者をネットワークする使命もあるんです。ある意味でビオトープ的なあり方ですね。
 さらに言えば、他大学とのネットワークも広がっています。例えば美馬のゆりさんがいる公立はこだて未来大学や、桂英史さん、藤幡正樹さんがいる東京芸術大学先端芸術表現科、SFCの一部、坂根厳夫さんがおられた岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー……。大学以外でも、毛利衛さんが館長をつとめる日本科学未来館と僕らが連携して大学院を展開しようという計画もあります。また、東京都写真美術館とのつながりもできてきました。こういうふうに他大学やミュージアムにも僕らと似たような因子をもった人がいて、お互いにトンボ池と小川の関係のように行き来しながら研究を進めています。

矢野 活発な交流が進んでいるんですね。
水越 ネットワーク化されていれば、僕らがやっている小さい物語の価値を直接評価していただけます。先のメルプロジェクトの実践も、放送業界、学校教育や社会教育、博物館などとの連携で展開しています。
 ほかにもメルプロジェクトと隣接し、共生しているメディア実践の事例はあります。熊本には、市民がカメラを持って地域からの発信や表現をする「住民ディレクター」という活動がありますし、札幌の「シビック・メディア」というNPOも同じような活動を展開しようとしています。市民によるメディア活動が、まさにビオトープ的な流れで結びつき、メディアが外に開かれたプロジェクトとして機能しつつあるという事例ですね。こういう活動がおそらく「メディア・ビオトープ」を推進するエンジンになるだろうと思っているんです。
 文化庁でもCGやアニメの振興を図っていますが、CGなら情報学環の河口洋一郎さんに相談しろとなる。東大の本部では河口さんがどういう人物か知らないかもしれないけれど、直接、指名されるわけです。
 僕らはこんなふうになるのを戦略的に考えたわけじゃないけど、毛色が変わったことをやっていると、いずれ認めてくれるようですね。言わば情報学環は飛び道具。権威筋に権威で対抗することはできないけれど、飛び道具を駆使してくさびを打ち込めば生き延びていける、ネットワークで対応していけばいいと思っています。
 情報学環も、その中のメルプロジェクトも3年が経ち、ようやくまわりを見渡す余裕が出てきました。ビオトープに例えると、トンボ池を作るのに精一杯で、まだ近所の地図を描いていない状況です。今後も他大学や組織との連携を中心にしっかりネットワークを展開していくのが課題です。
矢野 話を聞いていると、閉じた社会から開かれた社会へと向かう大きなうねりが感じられますね。
水越 情報学環に多少のアドバンテージがあるとすれば、大学はニュートラルな存在、公共的な場所だという点です。マスメディアや企業、業界団体では認められないような部分も、ある程度許容してもらえる。いずれこういった「アカデミック・ビオトープ」のネットワークもつくりたいですね。



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