矢野 アメリカでは2001年6月に「リハビリテーション法508条」が改正されて、政府は障害者が使えないような、すなわちアクセシブルではないIT機器を調達することは原則として許されなくなりました。これはアメリカのこういった分野の歴史にとっても、非常に大きな一歩だといえるのでしょうか。
関根 そう思います。508条はIT産業の物づくりに大きなインパクトとなり、UD機器の開発が加速しています。これまでの企業姿勢は、障害者向け製品をほそぼそとでも出していくことに社会的意義があるという感じでしたが、これを機に、開発担当者の意識がメインの機種を障害者、高齢者が使えるようにしようというふうに変わりました。コンパックもデルもIBMもマイクロソフトも、街で売っている製品であれ、政府に納入する製品であれ、障害者が使えるようなアクセシブルな製品にしようとしています。
 政府のウェブサイトも、ガラガラッと変わりました。6月25日の施行前後、ウェブサイトをアクセシブルなものに切り替えるために、サーバーが止まった省もあったようです。
矢野 6月以前に関根さんは、リハビリテーション法508条の意義をいろいろなメディアで紹介しながら、日本企業の対応についても触れておられました。アメリカの変化につれて、日本の企業も変わってきたと考えておられますか。
関根 その点は、まだ心もとない企業が多いですね。たとえばワシントン支社は必死に取り組んでいるのに、日本本社の対応が鈍くて苦労している、というような声をよく聞きます。まだこうしたものへの理解が浸透していない感があります。
 霞ヶ関には、障害をもつ高級官僚を見掛けることはほとんどありませんよね。ところが、アメリカでは政府高官で障害者、という人にたくさんお会いします。たしか連邦政府では2人のCIO(情報担当局長・役員)が障害者です。
矢野 障害者の就労支援をしている社会福祉法人「プロップステーション」理事長の竹中ナミさんの話では、「国防省として福祉機器導入に力を入れている」という講演をした国防省の役人自身が障害者だったそうで、障害者の方が役所の幹部として福祉政策を堂々と進めていることに心を打たれた、と書いておられました。
関根 ほんとうに。私もアメリカ滞在中や視察旅行で、何度も同じ思いを抱きました。
矢野 日本では、こうして周囲を見まわしても、障害者は少ない。障害があることで、社会に出られない。閉じこもる生活を余儀なくされているわけですね。
 『五体不満足』(講談社)の著者、乙武洋匡さんは、「障害者がクラスにいると、まわりの迷惑となる、足手まといになる。その考え方は、果たして真実を伝えているのだろうか」と疑問を呈したあと、「助け合いができる社会が崩壊したと言われて久しい。そんな『血の通った』社会を再び構築しうる救世主となるのが、もしかすると障害者なのかもしれない」と書いていますね。
関根 障害者にそういうことを言わせる社会が問題なんです。アメリカでは、人口の2割が障害者だと言われ、街に障害者がいるのが当たり前になっています。今日のような会議の席でも、1人や2人、障害者がいてもふつうではないでしょうか。ところが日本では子どものころから、生活のほとんどのシーンで健常者と障害者が分けらているんですね。とくに教育がそうです。能力があっても、十分な高等教育が受けられない。だから、卒業後はやむを得ず家にいなくてはならないんです。日本の特殊教育は優れていますが、その後がないのです。

矢野 欧米の障害児教育はどのようなシステムですか。
関根 アメリカでは1975年に全障害児教育法が成立して、障害をもつ子どもはすべて地域で、兄弟と同じ教育を受けられるようになりました。欧米では特殊学校というものがかなり減ってきており、障害をもつ子どもも、もたない子どもも、いっしょに教育を受けています。それが先進国の常識だと私は感じています。ここまで教育がセパレートされているのは日本だけです。私は特殊教育を否定するつもりはありませんが、本人や親に「選ぶ権利」が保障されていることが重要だと思います。
矢野 僕が育った昭和30年代前後は、日本でも障害のある子もいっしょのクラスでした。先生からみんなでその子の世話をするように言われていました。けっこういっしょに遊んでいたし。それがどんどん分離する方向に進んでいった。
関根 これからは障害者や高齢者をみんなで支え合わなければならない時代に入りますから、1日も早く、クラスの中に障害児がいて当たり前ということになってほしい。しかし現状では、子どもたちの間に人間の多様性への理解が育たないまま、社会は高齢化していきます。私たち自身の将来にとって、コワイことですよね! 私たちは数年来、普通校で学ぶ、あるいは学びたい障害者の支援をしていますが、行政府のサポート体制はまだまだこれからです。
 UDITの登録社員には、障害を持つ子どものお母さんが何人もおられて、「普通学校に受け入れてほしい」と、何年にもわたって教育委員会に申し入れていますが、「特殊学校に行ってください」と言われるケースが多いんですね。
矢野 文部科学省は、どういう姿勢なのでしょうか。
関根 初等・中等教育に関しては、文部科学省には政策担当官がいて、特殊教育というジャンルでは扱っていますが、統合教育にするという方向ではありません。さらに、大学進学に関してとなると、担当官がいないのが現状で、つまり、国としてのサポートはないに等しい。ですから、勉強を続けたいという子、優秀な子たちが大学進学しようとしても、障害があるという理由で、まずだいたいの大学ではねられてしまいます。その結果、聴覚障害を隠して受験した女の子のようなケースがでてくるんですね。そういう彼女たち、彼らが、なんとか進学し卒業ができるようにと奔走している関係者は多いんです。もちろん何人か、進学した子はいますが、まだまだ一部の例です。
 アメリカでは、先ほど私どもの社名に近いと申し上げたDO-IT (Disabilities, Opportunities, Internetworking, and Technology)という、障害をもつ学生、とくに高校生を大学に入れるためのプロジェクトがあります。目が見えなければ画面を読むソフトを、重度の肢体不自由があればスイッチ操作できるコンピュータを、というような技術支援をしています。さらに大学入学後は、EASI(EASI(Equal Access to Software and Information)というプロジェクトが、学内でのITの支援にあたります。DOITとEASIの2つのサポートによって、障害をもつ学生は自分で情報を得て学べる仕組になっています。
矢野 それを支えているのはどういう人たちですか。
関根 運営資金は、基本的にアメリカ政府が出しています。ナショナル・サイエンス・ファウンデーション(NSF、全米科学財団)はワシントン大学の障害学生支援センターで、DOITのプロジェクト事務局を担当するよう支援しています。日本は本当にこれからです。乙武さんのようなケースが少しでも増えてくれるよう、私たちも努力していくつもりです。



      UDITは「情報のユニバーサルデザイン」
      IBMをやめて、UDITを立ち上げる

      UDITで活躍する障害者
      ウェブのアクセシビリティを高める

      日本の取り組みは、これから
      ■関根千佳さんがすすめる
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