矢野 日本における情報のユニバーサルデザインへの取り組みについてお聞きします。この分野の何人かの方々に話をうかがったことがありますが、各省庁もアクセシビリティ指針をつくるなど、ある程度の努力はしていますね。関根さんたちのご尽力も大きいと思いますが。1995年に発表された通産省(当時)の「障害者等情報処理機器アクセシビリティの指針」は?
関根 95年のものはハードよりでしたが、時代の流れにそって2000年に改定されました。IT機器のソフト、ハードを設計する際、障害者や高齢者の利用に配慮すべき点をまとめたものです。
 98年に郵政省から出た「障害者等電気通信設備アクセシビリティ指針」は通信機器に関する指針です。ホームページに関しても「Webアクセシビリティ委員会」で検討していまして、私もあちこちの委員会に顔をだしてきました。
矢野 IBM社員だったころから、各省庁の各種委員会に関わってこられたわけですが、そのご感想はいかがですか?
関根 IBMをやめたときに、ある通産官僚にこう言われました。「関根さんがIBMを離れるというのは、"野獣"を野に放つようなもんだね」って(笑)。委員会で言いたいことを言わせていただいていたので、IBMという枠が外れたら、何を言い出すかわからない、と恐怖を感じられたのでしょう。ええ、相変わらず吼えています(笑)。
 国の委員会は、役職担当者が2年ほどで変わってしまうので、ようやく理解していただいたかと思うと新しい方に変わって、一から勉強していただかなきゃならないんです。もっと基本的なことを言えば、日本では、障害をもつ人が情報にアクセスしたり、交通機関を使ったりすることは、まだ恩恵なんですね。それを権利として保障する法律がない。そのことがアクセシビリティの向上を阻んでいます。
 アメリカのADA(障害をもつアメリカ人法)のように、障害や年齢にかかわらず、やりたいことをきちんとやれることは権利であるという法律をつくるべきだと私は考えています。実はこのADA法は障害者の権利を擁護したが保護をはずした、という見解があり、日本は、アメリカではなくヨーロッパの行き方に学ぶべき、とする意見の方もいらっしゃいます。しかし、スウェーデンのような税率の高い、高度福祉国家ならともかく、日本の現状では、まずアメリカのADAをモデルにすべき、というのが私の持論なんです。様々な反論があるのは承知しておりますが、もっと活発な議論を進めたいと思っております。
矢野 簡単には成果の出ないものを、長いレンジで考えて、腰を据えてやらなければ、物事は変わりませんから、こうしたことに取り組むのは容易なことではありませんね。担当の方がどんどん変わってしまうのでは、専門性を養うことは難しいですね。
 これは新聞社でも同じで、例えば厚生省まわりになってリハビリテーション問題について勉強する、なるほど福祉とはこういうものかとわかると、今度は別の記者クラブ担当になる。何かを専門的に深めることはできにくいシステムです。だから専門記者は育ちにくいし、洞察力や説得力のある記事も生まれにくい。
関根 大きい組織ってそうなりがちですね。
矢野 なぜこういう話をしたかというと、そういうシステムは、高度成長下の日本では、それなりに機能してきたんですね。ところが「物」から「情報」の時代になり、IT社会になったとき、それでは対応できない。これを変えなきゃダメだとなっても、残念ながら大企業ではなかなか変えられない。だから関根さんも、ある意味で、必然的にIBMをお出になったんだと思います。このシステムが変わらない以上、日本はIT化に遅れをとるというのが僕の持論です。だからこそ、僕は「サイバーリテラシー」ということを言っているわけです。
関根 おっしゃるとおりだと思います。ロングレンジでビジョンを考えようとすると、スペシャリストが持っているノウハウを生かし、継承をはかっていくことが重要になってきます。企業も徐々ににそのように変わってきていますね。
矢野 世間一般のユニバーサルデザインへの認識も、良いほうに変わりつつあると思います。
関根 10年前からすると雲泥の差です。98年の会社設立当時でさえ、ユニバーサルデザインという言葉そのものが広まっていなかったので、何の会社かを説明するのがすごく難しかった。それがいまでは、『日経UD』(日経事業出版社)というムックが出ましたし、『ユニバーサルデザイン』((株)ジィー・バイ・ケイ)という季刊誌もあります。私も取材を多く受けるようになりましたし、企業のトップの方々が、「今後、我が社はUDを推進していきます」とおっしゃるようになりましたよね。
 マスコミの影響もあると思います。IT機器を自由に使いこなしている高齢者や障害者のニュースを見た方から、すごく前向きの感想をいただくことが多いんです。だから、私、カッコイイ障害者とダンディな高齢者をたくさん紹介してほしいんです。それは、ユニバーサルデザインが実現した社会においては、弱者ではない人々です。うちの登録社員の方で、80歳で、ネットを駆使して精力的にお仕事をなさっている方もいます。年をとることは決して不幸ではない。年をとったからこそできることもあるのだからと。それを伝えるのが、マスコミの責務だと思うんですよね。あら、すみません、私、矢野さんに意見してるかしら(笑)。
矢野 いえいえ、拝聴しております(笑)。
関根 私がお伝えしたいのは、ユニバーサルデザインというのは、別に遠くに住んでいる高齢者や障害者のためだけじゃなくて、これから年をとっていく、あなたご自身が明日困らないためのもの、明日は我が身なんです、ということなのです。自分に使えないもので溢れた生活なんて考えただけでうんざりしますよね? ですから携帯電話やモバイル機器、ウェブなどを、シニアでも初心者でも使えるように、というプロジェクトを起こしているのです。
 そういうものが街中にあふれ、誰もがどこへでも行けるようになれば、UDITの役割は終わるという気がしています。矛盾したような話ですが、私共の会社の機能を社会が必要としなくなるのが、この会社の目標なのです。
矢野 『ASAHIパソコン』という雑誌を1988年に創刊したときに、「こういう雑誌は5年が寿命である。5年後にはパソコンは電気洗濯機と同じくらい使いやすくなるだろう から、ガイドブックなんか不要になる」と言ってたんですが、いまでも健在で(笑)、より一層張り切っています。それは、パソコンが相変わらず難しいということでもありますね。インターネットの普及で、事態がまるで変わったことも大きいけれど。
関根 そう考えると、情報のユニバーサルデザインはまだまだですね。
矢野 だから、UDITも長生きしますよ。
関根 そうですね。優秀なスタッフに支えられて、自分の信じる道を突き進みたいと思います。なにしろ、野に放たれた"野獣"ですから(笑)。
矢野 出でよ、カッコイイ障害者とダンディな高齢者、というのがいいですね。僕もせいぜい後者をめざして頑張ります。関根さんは、いよいよ魅力的な"野獣"になられることでしょう。今日は、たいへんすばらしく、また元気の出るお話をありがとうございました。

【おすすめサイト】
株式会社ユーディットのホームページ
http://www.udit-jp.com/
情報のUDに関する記事や、アクセシブルなWebのデザインガイド、各媒体に掲載されたエッセーなど、読ませるための情報満載(?!)

美作女子大のサイト
http://www.mimasaka.ac.jp/
美しくて、かつアクセシブルなWebサイトの見本。「より多くの方に見ていただくために」と作成方針をアクセシビリティで統一している。

こころWeb
http://www.kokoroweb.org/
障害者支援技術の総合データベースとして、95年から存在する老舗サイト。障害別でなく、ユーザーのニーズから検索できる点がWHOより先進的だった。

White House
http://www.whitehouse.gov/
シンプルでありながら、写真などの画像も美しく、かつアクセシブルに作成されている良いサンプル。ユーザビリティも高い。

Section508に関するサイト
http://www.Section508.org/
米国リハビリテーション法508条に関する総合サイト。作り方も良いがコンテンツが非常に豊富で、アメリカの障害者政策が概観できる。

【UDブックリスト】
『日経UD』2002年版
日経事業出版社 1470円(送料別)
ユニバーサルデザインのムック本で、各社のUD方針などが概括できる。データ集も内容が充実しており、必読。(書店販売なし。購読は日経事業出版社へ)

『哀れみはいらない―全米障害者運動の軌跡』
ジョセフ・P.シャピロ著、秋山愛子訳 現代書館 3300円
厚い本だが、内容も熱い。米国30年の障害者運動の軌跡をその息遣いまで感じ取ることができる本。UDの基礎にある思想も見えてくる。

『ユニバーサル・デザイン―バリアフリーへの問いかけ』
川内美彦著 学芸出版社 2000円
UDの祖、ロン・メイスの直弟子だった川内氏が、米国のUD関係者50名にインタビューした力作。UDの真髄を理解することができる。

『市民科学者として生きる』
高木仁三郎著 岩波新書 700円
在野の原子力研究者としての人生をまっとうした高木氏の最後の著作。科学技術と人間の幸福との関係を問い直す本。

『難病と生きる』
福永秀敏著 春苑堂出版(かごしま文庫) 1500円
筋ジスやALSなど神経難病の患者と向き合う鹿児島の医師が、主に患者の人生について書いた本。人間を考えるための医学書。




      UDITは「情報のユニバーサルデザイン」
      IBMをやめて、UDITを立ち上げる

      米リハビリテーション法508条がUD機器開発を加速させる
      障害児教育で日米に大きな違い

      UDITで活躍する障害者
      ウェブのアクセシビリティを高める


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