矢野 文化や芸術は、ある意味で隔離されたなかで、自分のうちに潜っている時間がないと、真のオリジナリティが生まれない、とおっしゃっていますよね。例えば、浮世絵は鎖国という閉鎖された社会で育った、あるいはヤンバルクイナ、イリオモテヤマネコのような特殊な生き物が育ったのは、沖縄本島や西表島が隔離されていたからだと。
河口 浮世絵の表現は、世界のアート史でも際立っています。日本が鎖国をしたために、特殊な個性をもった北斎や歌麿、広重らが現れた。彼らは隔離された文化の中で自己進化し、熟成したのだと思います。そういう条件下で、はじめておもしろい文化が生まれるというのが僕の持論。浮世絵に比べると、安土桃山の豪華絢爛たる世界も、山水画も、オリジナル性に欠けるし、アートの歴史の中でみたら弱いですよ。
生物の進化でも、ある特殊な種が生き延びるには、全体の進化の道筋から枝分かれしないといけないそうです。オーストラリア大陸のカンガルーやコアラは、アフリカの弱肉強食の生活環境ではたぶん生き延びられなかっただろうし、ヤンバルクイナやイリオモテヤマネコも南西諸島の小さな島でこそ、進化しながら生き延びることができた。
アートの場合、自分の思考方法を全体の潮流から遮断し、特化した部分を伸ばすというふうにしない限り、素晴らしい表現は出てこない。20世紀後半に生まれたバリ島の細密画だって、あのように根気のいる仕事は継承されずにすたれていくでしょう。美術大学の教育も、いまや「いつでも、どこでも、だれでも」式の平均的な発想に基づいていますから、たぶん、個性的な仕事をする若者はなかなか出てこないでしょう。
矢野 ブロードバンド時代になって、「いつでも、どこでも、だれでも」インターネットが利用できるのは、非常に便利だけれど、一方で、ものごとが平準化して、オリジナリティが失われてしまう危険もありますね。「サイバーリテラシーの提唱」では、これからは「個」の時代であると強調していますが、その個のオリジナリティをどう確保するかが大事だと思っています。その点で河口さんは、アーティストは「強い創造の遺伝子」を身につけなくてはならない、と言ってますね。
河口 それは、ネット時代における戦いと言ってもいいが、基本的には自分との戦いですね。自分の表現力がほかの人とどう違うかということが重要です。ネット時代は、ニューヨークやパリの情報がリアルタイムで入ってくるから、刺激としては、距離感がまったくない。結局、個人や制作集団が、強い表現力をもつしかないのです。日本の文化でも、例えば家元制度を踏襲していく分野などは残っていくでしょうが、裾野を広げ過ぎると文化の本拠地がどこだかわからなくなる。いまや柔道は、フランスのお家芸ですからね。
人類の文化を豊かでおもしろいものにするには、多様性を大事にすることだと思います。画一化した文化は、絶滅に向かう。そのためには「いつでも、どこでも、だれでも」という現代の潮流を理解したうえで、アーティストやデザイナーは強い表現力をもたないと価値がない。希少価値ですね。アーティストはイリオモテヤマネコやヤンバルクイナに学ぶといい(笑)。

矢野 河口さんはコンピュータに出会うことによって、自らのオリジナリティを新しい形で表現した。一方でコンピュータによって、ブロードバンド時代という、便利で個性を育てる可能性もあるが、逆に画一的にもなりかねない社会が築かれつつある。それは芸術と敵対する平凡な社会かもしれない。ここには大きな矛盾があるが、デジタル情報化の趨勢は止められない。それに打ち勝つ「強い遺伝子」をもつための具体的な方法はありますか。
河口 難しい。その方法を知れば、トップに立てる。今のネット時代は、世界中みんなが同じ絵筆を使っているという感じだけれど、本当の価値は、普通じゃないやり方をするところにある。だから、まず道具そのものを自分で発見し、つくっていかないといけないでしょう。少なくともクリエイターの場合は、ネットの手のひらで踊らされてはいけない。
それと、やはり住んでいる地域性は大事です。例えばエスキモーにジャマイカに住めと言っても暑くて住めないでしょう。住むことはできても決して心地よくない。今まで地球の進化や生物の進化には、太陽光線や気候の違いが大きく影響していたのですが、地球規模で均一な情報が入るネット時代にそれがどう変わるか、ですね。
矢野 エスキモーには氷の色の微妙な違いがわかると、どこかで書いておられました。
河口 いつも氷や氷河を見ている人たちは、その微妙な青さの違いを知っている。その自然の中で生きる人ならではの、深く見つめる目をもっている。ほんとうに大事なのは、自分が住んでいるリアルワールドだと思います。
矢野 太宰治が小説『津軽』の冒頭に、津軽の雪として「こな雪、つぶ雪、わた雪、みず雪、かた雪、ざらめ雪、こおり雪」と挙げていて、その違いが津軽の人にはよくわかる、そういうことなんですね。種子島で雪といったら、ただ1つきり、「雪」でしょ(笑)。
河口 そうそう、20年か30年に一度降るくらいですからネ。
矢野 自然や地域性が大事だということを、河口さんは身をもって証明していますね。自分の北限は関東だからと、北海道へ行かなかったのも、種子島で育まれた、河口さんの内なる自然が、本能的に「やめよう」と言ったんでしょう(笑)。たしかに現代は、オリジナリティや個性がどんどん削られていくし、同時に、そういうことが大事なんだという精神性も失われつつあると思います。便利だとか効率的だとか言われるけれど、そうじゃないんだと、身をもって示す人が少ない。だからこそ、「サイバーリテラシー」が必要だというのが僕の考えですが。
河口 先ほどのバリ島の細密画だって、モダンアートなんてやらずに、そのまま最先端にもってくれば生き延びるんです。僕はブロードバンド時代には、その土地で一番特異な文化や表現が勝つと思っています。だから、国籍は異なる人間であっても、例えばバリ島の細密画をテーマにしたような表現をすれば、絶対に勝つ。自分の得意技を最大限に伸ばして生きていけば、ネット時代は一番強い。みんながやっていることは超不利ですね。せいぜい1人しか残らないだろうと。
僕が郷里で講演するときなど、「自分の得意技を発見しないと駄目だ」とよく言います。「得意技を捨ててしまうと、普通の人になってしまう。得意技をより伸ばして、最先端に出てくれば強いぞ」と。
矢野 そのときにコンピュータをツールとして使うということですね。



「時間を造形化する」という試み。
「ザ・種子島」で行こう。

79年のSIGGRAPHシカゴ大会で開眼!
マンデルブロ教授は「フラクタル5人衆に入れ」と言った。

サイバー上の生命体「ジェモーション(Gemotion)」。
狩猟と創造は紙一重。


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