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矢野直明プロフィールへ 勤勉が生むカオス的大変革:阪井和男さん 阪井和男さんプロフィールへ

明治大学法学部教授(理学博士)の阪井和男さんは、人間と社会のあり方をカオスモデルで読み解く独創的な研究活動を続けており、その成果の一つが最近、「組織における戦略行動ゆらぎのカオスモデルによる解釈」としてまとめられた。これは、ある大手企業が新しい事業領域に進出するに当たって、どのような戦略行動をとりながら、ブレークスルーに至ったかをモデル分析したものだ。そのエキスは「勤勉が生むカオス的大変革」。今後のIT社会を考える上でもたいへん示唆的と思われる理論的な話を、難しい数式を抜きにして、ざっくばらんに聞いた。

index
Part1 カオスがブレークスルーを生む

 古い考え方の積み重ねが新しい戦略行動を呼ぶ

Part2 古いやり方を使い倒すことで新しい戦略を呼び込む

 カオス理論は組織活性化に役立つ

Part3 異質な核をインキュベートするような文化が必要

 個人の力が社会を動かす

Part1 カオスがブレークスルーを生む

矢野

カオスや複雑系、フラクタル、自己組織化といった自然科学の新しい考え方は、コンピュータの発達と密接に結びついており、同時にそれは今後のIT社会のあり方にも大きな影響を与えるのではないかというのが、僕が『インターネット術語集』(岩波新書、2000年)を書いたころからの直観なんですね。それで「シミュレーション」の一項を設け、これらの術語について、ひとわたりの説明をしました。
 カオス(ギリシャ語で「深い淵」。無秩序、大混乱、混沌といった意味)については「もともと確率でしか扱えないようなランダムな(複雑な)現象ではなく、言ってみれば、簡単な方程式で表されるような決定論的な(単純なはずの)現象なのに、周期的でもなく、最初の初期値がちょっと違うだけで結果が大きく変動してしまう(複雑な)現象」と説明し、例の「今日、北京で蝶が羽を動かして空気をそよがせると、来月、ニューヨークで嵐が生じる」というバタフライ効果についても触れました。しかし、カオスについてはいま一つ、わからない(笑)。カオスとは何か、まずは素人にもわかりやすくご説明願えますか。

阪井

これまでは複雑な現象ならば、その原因も複雑なはずであると考えられていましたが、現象が複雑であるにもかかわらず、原因がシンプルどころか、きれいに規則的な現象が存在することがわかってきた。それがカオスです。

矢野

コンピュータが登場するまでは、わからなかったわけですか。

阪井

19世紀の天才数学者ポアンカレは、直観によってカオス現象を最初にとらえ、その記述も残していますが、ポアンカレ以外は誰もわかりませんでした。コンピュータによるシミュレーション実験によって、カオス理論の研究は急速に発展してきたといってよいでしょう。

矢野

気象学者のエドワード・ローレンツが1961年にコンピュータを使って気象の長期予報シミュレーションを行っているとき、時間を節約するために入力データの小数点コンマ4以下を四捨五入したら、そのわずかな差が数ヶ月後の気象予報を大きく変えてしまった。それがカオスとの出会いだったと言われていますね。

阪井

そうです。ローレンツのカオス発見の有名な話ですね。彼が立てた気象条件はたった3つの連立微分方程式でした。決定論なのに予測できない。つまり、入力した初期値が少しずれただけで、アッという間に拡大して、システム全体にまで及ぶ大きさで揺らいでしまう。それがカオスなのです。
 カオスを理解いただくために、まず「安定性」と「無安定性」、そして「不安定性」のお話をしたいと思います。いままでの私たちの常識というのは安定システムか無安定のシステムのどちらかです。
 たとえば、自動車の運転でいうと、ハンドルがちょっとぶれても、そこに遊びがあって進路がずれることはない。これが安定システムです。無安定システムはハンドルがぶれると、進路が少しずれるが、そのズレは予測できる範囲内にある。つまり計算できる。多くの数学的な解析手法というのはこの無安定システムを記述する道具といってもいいでしょう。
 ところが、不安定システムは、ちょっとハンドルがぶれただけで、大きくずれて、どこかへ飛んでいったり、スピンしてしまう。少しのブレがアッという間に拡大するわけです。ところが、そのまま発散するのではなく、「畳み込み効果」といって、元に戻ってくる作用がある。それがカオスで、カオスの基本は不安定システムにあるわけです。

古い考え方の積み重ねが新しい戦略行動を呼ぶ

矢野

カオス理論による組織分析の成果の一つが「組織における戦略行動ゆらぎのカオスモデルによる解釈(ブレークスルーのスキーマ理論)」という論文ですね。これはある大手企業が液晶ディスプレイという新事業に進出するに当たり、社内が消極的行動や積極的行動で右往左往しながら(カオス状態)、ついに液晶ディスプレイの選択という戦略行動に至る過程を、カオスモデルで理論的に分析したものですね。
 その内容を僕なりに理解すると、新しい戦略行動というものは古い考え方や行動パターンを捨てて導き出されるのではなく、古いやりかたを徹底的に積み重ねて行く中からこそ生まれてくるのだと。その過程にカオスが介在するということでよろしいでしょうか(笑)。

阪井

長期にわたって活動している企業では、外部環境に急激な変化がなくても、特定の時点を境に戦略行動のパターンが劇的に変化する例が見られます。よく言われるイノベーション(技術革新)やブレークスルー(躍進)ですね。私の目的は、企業の戦略行動の自発的な変化がどのようなメカニズムでもたらせるかを明らかにすることで、東京都立大学の経営学・組織論の研究者である桑田耕太郎教授の研究成果「戦略行動と組織のダイナミクス」(『組織科学』、Vol. 21、No.4、1988)を土台にしています。
 桑田教授の研究論文を偶然見つけて、そこにカオス理論で解析できるぴったりの現象を発見したわけです。桑田教授は大手企業A社の数十年に及ぶ21件の戦略行動を詳細に調査研究なさってまとめられたのですが、その内容は私にはまさにカオスそのものに見えました。

矢野

桑田教授はカオスについては何も言っておられないのですね。

阪井

そうです。それどころか桑田教授は論文の中で、液晶ディスプレイの選択は「非常に常識的で単純な過程を経て結論に到達した」、「驚くべきことにそこには『ゆらぎ』も『突出』もない。非常に当たり前の、A社として『自然』な過程を経て液晶への進出が決定された」と結論づけています。つまり、桑田教授は既存の組織文化にのっとった秩序だった判断の連続の結果、組織文化の変容が起こったというわけです。
 桑田論文では、液晶ディスプレイへの進出にいたる21件の戦略行動を、(1)事業領域、(2)既存事業との関連性、(3)製品市場、(4)事業機会、(5)技術、(6)国産化の6つの属性で分析していますが、私は各属性ごとの戦略行動を、古い考え方に基づいた消極型(Aタイプ)と、新しい発想による積極型(Bタイプ)に分類して、時系列に展開してみました。
 すると、12番目の戦略行動まではAタイプが多く、その中にBタイプが時おり登場するゆらぎが見られました。ところが、13番目の戦略行動を境にBタイプが多くなり、明らかに組織文化の変容が起こっている。自然科学では、系がある状態から他の状態に移ることを「遷移」と呼びますが、これはまさに「カオス的遷移」です。遷移の前には行動がAタイプやBタイプにゆらぐのですが、遷移がいったん起きると、決して古いAタイプには戻らない。このゆらぎはカオスそのものです。桑田教授も13番目の戦略行動が変容の転換点であると書いておられます。だから、桑田さんの分析をカオス理論で読み解くと、そこにはやはり「ゆらぎ」としてのカオスと、その結果としての遷移があり、それがブレークスルーに結びついたことになります。

矢野

カオスというのは、戦略行動を時系列で分析してはじめて見えてくるわけですか。

阪井

そうです。ゆらぎやカオスは戦略行動の結果をマクロな時系列として並べてみて、はじめて姿を現すのです。意思決定プロセスを丹念に追っかけている限りでは、カオス的挙動は観測できないんですね。

Part2「古いやり方を使い倒すことで新しい戦略を呼び込む」
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