|
矢野
|
レコード業界の人たちは、プレーヤーの再生能力がお粗末なのに、なぜその後もカッティングに数百ワットをかけ続けたのでしょうね。
|
|
寺垣
|
この世界は職人的なので、先輩を踏襲する気持ちが強かったんでしょうね。プライドも高くて、あるレコードメーカーの録音部長が「寺垣さんは機械には詳しいが、音響のことは知らないでしょう」とカッティングの現場や録音などについて、詳しく教えてくれました。
|
|
矢野
|
現場を見ても最初の仮説は揺るがなかった?
|
|
寺垣
|
ますます確信しましたね。ドイツ製のカッティング・マシーンは、カッティングし終わると、その場でラッカー盤の音を確認するプレーバックを行うのですが、それが素晴らしい音なんですよ。いまではそんな職人魂を持ったカッティング・エンジニアもいないし、カッティング・マシーンもありませんから、いいレコードソフトを作ることはできないでしょう。多くの技術が陥没してしまって、もう一度これを持ち上げるのはもう難しいです。
|
|
矢野
|
プレーヤーはお一人で開発を続けられたのですか。
|
|
寺垣
|
3号機までは自費で取り組みましたが、当時のおカネで600万円も使ってしまい、家計にも影響が出るようになって、ステレオ・カートリッジを作っていたオーディオテクニカに支援をお願いに行きました。創業者の松下秀雄社長(現会長)が理解してくださり、3年間に3億円ほど投資してくれました。この間、7号機まで作りましたが、この装置はハイテクの限りを尽くし、カッティング・マシーンに近づけました。音溝を半導体レーザーで読み取って、強制的にカートリッジを駆動させるもので、ベルリンのオーディオショーでも絶賛されました。ところがあまりにコストがかかるので、結局、製品化はできないまま終わりました。
その後、一般の人にも買ってもらえる製品を作ろうと根本から考え直し、ハイテクをすべて捨て去って、機械的・物理的な“完全”を目指すプレーヤーを、個人で開発し始めました。音に影響を与える要素を排除するために、機械的な接合部分はすべて線あるいは点接触にし、音に変調をかける油・ゴム・バネなどは一切使わないことを決めました。ターンテーブルも中心に向かって1.5度傾く、すり鉢状に加工し、真ん中におもりを乗せてレコードの反りを取り除きました。
さまざまな工夫を凝らしたプレーヤーは、リコーの協力を得て、昭和62(1987)年に「Σ3000」として発売されました。値段も230万円と高く、ちょうどCDが普及し始めたときで、6台しか売れませんでした。その後、セイコーエプソンなどが支援してくれて、平成6(1994)年に「Σ5000」を発売。320万円にもかかわらず、30台ほどは売れて評判になり、海外からの取材もありました。続けてセイコーエプソンから140万円の廉価タイプの「Σ2000」を出して、これは47台ほど売れましたね。
|
|
矢野
|
いまは生産中止ですか。
|
|
寺垣
|
中止したのですが、「買いたい」とお金を貯めている人もおり、いま真の究極のプレーヤーを作っています。Σシリーズは究極といってもトーンアームは通常のプレーヤー同様、支点を中心に半円状に回転するオフセット式で、カッティング・マシーンのように支点そのものがスライドして、レコードと平行に移動するリニアトラッキング方式ではないのです。オフセットはヘッドと音溝の位置関係が移動とともに変化するので、音の再生に悪影響を与えるんです。
もう一つはモーターです。モーターの脈動は想像以上に再生への悪影響が大きい。試しにモーターを止めて、手でターンテーブルを回してみたら、知人の音楽家は「いい音になった」と言いました。蓄音機が癖のないいい音を出すのも、ゼンマイで駆動しているからです。プロの耳はモーターの脈動を聴き分けるんです。
いまリニアトラッキング方式で、モーターを使わないプレーヤーを作っています。動力はおもりによる自然の重力です。機械的に工夫をして、おもりでターンテーブルを回しながら、おもりを巻き上げるときにも連続してトルクが出る装置を作りました。
|
|
矢野
|
このスピーカーも手作りですか。
|
|
寺垣
|
そうです。プレーヤーを開発するうちに、せっかくレコードの音を色づけせず、素直に引き出す装置を作ったのに、スピーカーが色づけをしてしまうことに気づきました。だいたい、どんなに名器と呼ばれるスピーカーも箱からできています。これがおかしい。箱というのは音を共鳴させる働きがあり、必ず定在波が発生して箱鳴りを起こす。これはぜったいに防止できないので、各メーカーは逆に定在波を利用して音作りをしているのです。つまり、箱は必要悪で、理想的なスピーカーは振動板だけのものです。
もう一つ、オーディオ業界の人たちの大きな勘違いは、音を振動だけだと思っていることです。音の正体が振動なら、このスピーカーの振動板を押さえたら音が出なくなるはずですが、ご覧の通り、押さえても音は変わりません。実は音には波動が深く関わっているのです。波動というと怪しいものと勘違いされるかもしれませんが、一つの物理現象、エネルギーが分子間を移動する現象です。
このスピーカーはバルサ材にストレスをかけて湾曲させた振動板からできており、箱はありません。波動はストレスをかけると分子間を通りやすくなりますので、音の波動がバルサ材の分子を通じて、空気の分子を揺り動かし、私たちの耳に届きます。だから、振動板を押さえても、スピーカーの後ろや横に行っても、音は変わらないのです。
オーディオ技術者は、こうした原理や物理現象を正しくとらえず、電気電子技術を使って勝手に音作りに走った。これは手段と目的を取り違えたからです。音楽を聴く手段がオーディオだったのに、いつの間にかオーディオが目的になってしまった。レコードの原音再生に努力せず、一介の技術者が音をいじくり回すのは傲慢な話ですね。
|
|
 |
|