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世界IT事情 ITを通じて世界の文化を見てみよう! 第13回 ドイツ、ハイデルベルク発
「ITが手助けする、本をめくる楽しみ」
誕生日に、お見舞いに、何かにつけて活躍する本

ドイツは、休みが多い国だ。週40時間あまりの少ない労働時間、30日程ある年次休暇や祭日と、職場を離れた後は個人主義が重視され、プライベートの時間を誰もが尊重する。働くために休む日本人と違い、ドイツ人は、休むために働くとも言われている。「勤勉で仕事熱心」という日独共通のイメージがあるものの、ドイツ人は人生を楽しむ優れた才能を持っている。

データベースで確認する書店員

我が家の近くの書店にて。顧客の質問に、データベースで確認する書店員さん。書店のあちこちにPCがあり、客を待たせる事はない。

ドイツ大手出版社の消費者アンケート調査によると、余暇の利用方法で「読書を非常に好む、あるいは好む」と回答したのは55.5%とのこと。更に、本は、誕生日、復活祭、クリスマス、それにパーティの手土産など、特別な日の贈り物として役立っている。インターネットやテレビの普及にもかかわらず、読書は、ドイツ人の生活に定着しており、他国ではインターネットの普及の一方で、書籍や雑誌が売れないという声を耳にするが、ことドイツでは書籍の売上げも年々数%ずつ増加している。そして、書籍の販売高を順調に増加させている理由の一つは、ITによる流通システムなのである。
ドイツの出版業界をまとめているのは、フランクフルトに拠点を置くドイツ図書流通連盟。この連盟は、書籍の流通を促進するばかりでなく、制作(出版社)、書籍取次、流通販売(代理店や書店)の各部門を統合し、図書取引事業者の利害を代表する団体である。国内出版社、流通販売会社、書店を合わせて6000以上の加盟会員を持ち、毎年、集会やセミナー、書籍見本市を開催することで、業界の活性化を図っている。
この連盟が各国に先駆けて1976年に行ったのが、在庫図書目録一覧と発注ターミナルシステムの開発だ。これによって、それまで手作業や電話でしていた発注や問い合わせの時間が大幅に短縮され、出版業界はかなり合理化された。そして89年、東西ドイツ統一とベルリンの壁の崩壊後、各業者の所在地や受発注、在庫状況、価格などが一瞬にして確認できるシステムが導入された。現在は、全国に4,400以上網羅している書店はどこも、約100万点の書籍の在庫状況などが管理されているデータベースにアクセスができ、本の注文が出来るようになった。

 

「読書は人生の大切な楽しみ」と知るドイツ人

先日、読みたい本があって書店へ足を運んだが、見当たらなかったので書店員さんに尋ねると、在庫がないとの事。本のタイトルと著者を伝えると、書店員さんは、自分のIDをインプットし、データベースにアクセスした。そして、在庫状態、本の価格、配送日を確認。「今日午後6時までに注文すれば、明日開店時間の9時には本が届いていますので、何時でも取りに来てください」と返答をもらった。オンラインショップでは、午後注文した商品が明朝には手に入るなどというサービスは、現時点では望めず、書店の迅速な書籍配送サービスには感激した。
書店を通じて注文された本は、どのような経緯で顧客の手に届くのだろうか?例えば、ある大手書籍取次業者では、全国の書店を始め、オンライン書店大手から受ける書籍注文が1日に約45万点を超えるという。同社への書籍注文は、およそ50万点の在庫から、24時間以内に顧客の手元に届くよう書店宛に夜間配送がされている。そして顧客は、注文した本を翌日手に入れる事ができるという訳だ。

書籍見本市会場

書籍見本市会場にて。読書は、次世代に受け継がれていく文化の一つである。

ドイツの書店業界では、書店員の育成にも力を入れている。各州至る所にある職業学校や専門学校では、書店員の職業を目指す人のための就学プログラムが組まれている。書店で実習生として仕事を学びながら3年間、経営、文学、政治など広い分野の知識を習得するのだ。修了後、商工会議所の試験に合格すると、書店員として仕事に就く事が出来る。
またドイツ人の間では朗読会も非常に盛んだ。著者自らが読者の前で自作を披露するイベントが各書店で開催され、たくさんの聴衆が気軽に参加している。こうしたイベントは、著者や出版元にとっては読者の生の声を拾うことができるし、読者にとってはいろいろな質問を著者に直接できるとあって、好評のようだ。書店内のあちこちにはソファが設置されており、ゆっくり座って試読が出来る書店は、日本同様、最近増えている。大手書店には、コーヒーショップもあり、試読を楽しむ客で何時も賑わっている。
私がヨーロッパで生活するようになってから早くも20年余りが過ぎた。渡独当初は、日本の本や雑誌を手に入れるのが容易ではなく、身近に入手ができた日本語情報といえば、駅の売店で販売されていた日刊紙だけだった。今は、日本の書籍も簡単に手に入るようになり、海外在住者にとっては、日本が一段と近くなったようで嬉しい限りだ。
どんな商品でもそうだろうが、消費者が「欲しい」と思った時にすぐに手に入るというのは、非常に大切なことではないだろうか。本や情報について言えば、ますますそうだ。ドイツでは「本のない部屋は、魂のない身体のようなもの」といわれるほど、人々は書籍に対する愛着心が深いのだ。プレゼントしたくても、すぐに手に入らないなら、間に合わないからお菓子にしよう、というような事態になるのは、ドイツ人にとって許し難いに違いない。

特派員プロフィール

シュピッツナーゲル典子(しゅぴっつなーげる・のりこ)
在独19年。ジャーナリスト、ライター。ドイツを中心に、欧州のビジネス、生活一般、文化、教育分野などの情報を雑誌やWebサイトに発信中。日本語教師や通訳も手がける。

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