2008年に3ヶ月弱、イヌイットの自治州であるヌナブト準州の街の一つ、ベイカーレークに滞在した。 旅立つ前は「これから3ヶ月間音信不通になるかもしれません、あしからず」と知人、仕事関係に予告をしておいた。
旅の始まりはマニトバ州のウィニペグ。ヌナブトへの出発点的な都市である。ここのホテルでは「無線接続が制限無し・無料・パスワード不要」という便利さで、パリのホテルでありがちな「接続1時間10ユーロ(1ユーロ117円換算で約1170円)」という法外とも言えるネット環境と比べて何ともありがたい。しかし同じカナダの中でもヌナブトは別世界。しかも滞在先はホテルではなく、イヌイットの一般家庭である。人口およそ1500人のベイカーレークの「ご自慢」は何と言ってもその立地。小さな空港に降り立つと「北緯64度18分41、東経96度04分08、カナダのど真ん中」という看板が迎えてくれる。マイナス10度近い5月上旬、白くカチンコチンに凍った湖に沿って家が立ち並ぶ。東西に長い街の中心には小さなスーパーマーケットが一つ。その入り口にある「クイック」がこの街にある唯一の喫茶店・レストランだ。「消費するべきモノ」が街並に溢れる社会から来たら、その「何もなさ」に驚く。 ひとたび彼らの家の中に入ると、今度はその「普通さ」に驚くのだ。過剰に暖められた室内は、土足禁止。威勢良くお湯の出るバスルーム、水洗トイレはもちろん、大型テレビ、コンピュータがそろっていて、プレイステーションで遊ぶ子供達の姿も珍しくない。 コンピュータは一家に一台は当たり前で、中には2、3台所有する家庭もある。専門店などないのに、コンピュータの普及率には驚くが、やはりWindowsが主流で、持参したMacで「イヌイット語も出るよ」と見せたら「ワォ!」と歓声が上がった。 冬はマイナス40度まで下がるこの地では声を荒らげたり、逆上していたりしたらすぐに肺をやられてしまう。そんな自然条件も加わり、イヌイット人は一般的に大らかな気質を持つとされるが、そんな彼らの「性格」はコンピュータ利用にも見え隠れする。
その使い道のほとんどがインターネットであるが、設定などは「誰か詳しそうな人を呼んで」でやっている。今や無線接続が当たり前というのも、感心したことの一つだが、持参したコンピュータをネットにつなげたくて、パスワードを聞いたら「多分、123456よ」と言う。つながらない。「あら、おかしいわね、つなげてくれた従兄弟に聞いてみるわ」。「000000」「let
me in」などあらゆる憶測が飛び、すべてを試してみたが、まるでつながらない。設定をしたはずの本人でさえ、ネットにアクセスするパスワードを知らないのだ!他の家庭でも自分のパスワードを知っている人は居なかった。がっかりしていたら、コンピュータが別の無線をキャッチする。どうやらパスワード設定がされていない隣人の回線を拾ってきたようだ。結局、滞在中はこの風向きによって(?)つながったりつながらなかったりする微妙な回線のお世話になった。
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