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世界IT事情 ITを通じて世界の文化を見てみよう! 第26回 オーストラリア、クイーンズランド州発
「私の学校はパソコンの中にある」
最寄りの学校が数百キロ先の子はどうする?

過疎の村の実情を「テレビもラジオもない」と大げさに、ユーモラスに、そして自虐的に歌ってヒットしたのが吉幾三の『俺ら東京さ行ぐだ』。だが日本の20倍の国土に、人口はたった6分の1のオーストラリアには、もっと辺ぴな場所がある。人口のほとんどが沿岸の都市部に集中しているため、内陸部の大牧場・大農場地帯は過疎も過疎。人口密度は0.000……と小数点以下にゼロがいくつも付く、ほとんどナノテクノロジーの世界だ。

ブリスベン遠距離教育学校内の外観

ブリスベン遠距離教育学校内の外観。州内に数ヶ所ある遠距離教育学校の多くは普通の学校に併設されているが、ここは通信教育のみ。ちなみに「母校」に一度も行ったことがない生徒や卒業生もたくさんいる。

こうした場所の実情を歌にすると、「♪家はねえ。人もいねえ。交通機関もまったくねえ。隣の家は数十キロ先〜っ」。
となると、問題は子どもたちの学校である。まさか、毎日数百キロ先にある「最寄り」の学校まで通わせることはできない。だから寮に入れるというのも一つの方法。内陸部の中心的な町(と言っても人口数千人程度)の学校は寮を併設しているところも多く、近隣の(と言っても数百キロ先だったりする)子どもを受け入れている。ただ、中学・高校生なら寮もいいが、小学生だとまだまだ親元から離すのも不安だろう。
そんな過疎地の子が通うのが、「スクール・オブ・ディスタンス・エデュケーション」つまり「遠距離教育学校」。初等教育を通信で行うものだ。
遠距離教育学校の小学6年生の生徒であるサマンサちゃんの通学時間は、わずか15秒。朝食と洗顔を済ませて、自分の部屋のパソコンを立ち上げたときが始業時間だ。
数年前までは、ラジオの短波放送を用いた授業が行われていたが、今はパソコンが主流。テキストもインターネット経由で配布され、課題が出され、プロジェクトを仕上げていく。質問があればメールを送り、しばらくしたら先生から戻ってくる。クラスメートとのディスカッションもネットの「掲示板」で。宿題やレポートの提出もパソコン上で行われることがほとんどだ。とは言え、外国語のスピーキングの授業は電話で、美術の作品提出も郵送でと、すべてがハイテクというわけでもない。都市部でも通信速度は日本の100分の1と言われるオーストラリア。へき地では「テレビ会議」はまだまだ夢なのだ。
サマンサちゃんの楽しみは、数百キロ離れたところに住む恩師やクラスメートたちとの、年に一度のスクールキャンプ(林間学校)。「クラスメートたちと会ってしばらくはちょっと照れくさくて、あんまりうまく話せないの。でもだんだん慣れてきて、終わるころには大盛り上がり。何で最初から打ち解けなかったのかって、毎年反省しちゃう」。

 

実は成績優秀な遠距離教育学校

この遠距離教育学校に通う生徒は、サマンサちゃんのように遠隔地に住む子だけではない。オーストラリアでは例えば「勤続10年で3ヵ月」といった長期休暇が与えられることが多いが、その際、キャンピングカーやヨットでオーストラリアを一周したり、ヨーロッパ一周などの海外旅行をしたりする家族もいる。あるいは、親の海外赴任について行ったが、インターナショナルスクールなど、英語で授業が行われる学校が近くにないという場合もある。「まず子どもの学校ありき」で親が単身赴任を選ぶことも多い日本とはちょっと違い、オーストラリアでは「まず家族ありき」なので、遠距離教育学校の需要も大きい。

日本語を勉強中の子

日本語を勉強中の子。他に中国語やフランス語、ドイツ語などの外国語もよく習われているが、それらのレポートの提出は手書きのことも多い。

他にも入院中、または健康上の問題があり、通学が不可能な子。「ホームスクーリング」(家庭学習)をしている子。また過疎というほどではないにしても都市部から離れたところでは、語学や美術などの先生を手配しにくいことから、こうした選択科目に限って学校単位で利用しているところもある。「画一的な教育」ではなく、子どもたちに多くの選択肢を与えることを重視するオーストラリアだからこそ、需要も多いのだろう。
さて、親でなくても気になるのが、遠距離に通う子たちの成績。やはり多少は不自由な点がある分、普通の学校に通う子に比べて劣るのだろうか。
いやいや、実はかなり優秀なのだ。オーストラリアでは州によって名称は違うが、高校時代の成績を計る指標があり、それによって入学できる学部などが決まってくる(例えば医学部に入るには、特に高い指標をとる必要がある)。クイーンズランド州の場合、その指標はOP(Overall Position)と呼ばれ、25のBand(群)に分かれている。最も高い「Band 1」をとる子は州全体で2%、優秀とされる「Band 2 〜 Band 6」をとる子は19%しかいない。
ところが州都ブリスベンにある「ブリスベン・スクール・オブ・ディスタンス・エデュケーション」では、昨年度の卒業生のうち、「Band 1」をとった子は7.7%、「Band 1 〜 Band 5」をとった子は34.5%にも上る。新しい指導プログラムが導入されているおかげもあって、普通の学校よりもずっと優秀なのだ。
何もなかった開拓時代、何をするにも自分の手で行わなければならなかったオーストラリアの人々。今でもへき地に住む子たちにとって、教育を受ける権利は自分の力で勝ち取るものなのだ。そして、その「やる気」こそが、成績優秀の子たちを育てる。何でもかんでもお膳立てしてやるのが果たして良いことなのか、彼らを見ていて考えてしまう。

特派員プロフィール

柳沢有紀夫(やなぎさわ・ゆきお)
1999年にオーストラリア・ブリスベンへ家族移住。『ニッポン人はホントに「世界の嫌われ者」なのか?』(新潮文庫)、『日本語でどづぞ』(中経の文庫)、『極楽オーストラリアの暮らし方』(山と渓谷社)、『オーストラリアで暮らしてみたら。』(JTB)など著書多数。
http://homepage3.nifty.com/cafeaustralia/

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