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第45回 オランダ、アムステルダム発

「いつか戻りたい?!コンピューターも使える塀の向こう」

貴族の邸宅が刑務所に。豪華な仮住まい

個室の中から、廊下を臨むと、こんな感じに。部屋の中には、テーブル、流し、トイレ、冷蔵庫などが完備している。

オランダの某テレビ番組に、元・受刑者が数人出演して座談会を行ったことがある。その中にベルギー人の受刑者が一人おり、興味深い発言をしていた。早く刑期を終えて社会復帰したかった!などというのではない。彼は、ため息交じりにこう言った。「ああ、オランダの刑務所にもう一度戻りたい!」と。その意外な発言にはびっくりしたが、彼は一体なぜ、そんなことを思ったのだろうか?
オランダの刑務所は、その建物自体もちょっとユニークだ。全国の刑務所の約60%は、リノベーションが行われた建物を利用しているという。かつて美術館だった建物を刑務所として再利用しているところもあるし、廃校になった小学校を改築しているところもある。中世の面影を残す貴族の屋敷が、刑務所として立派によみがえった様などは、なかなか壮観な眺めだ。人生の数年間、いや、無期懲役ならば一生を、そんな刑務所の中で過ごす受刑者たちだが、その生活ぶりとはどんな感じなのだろうか。
まず各受刑者たちには、6〜8畳ほどの個室が与えられる。冷暖房完備の各部屋は、窓こそ小さめだが、テレビも冷蔵庫も備え付けられており、簡易ホテルのそれとほぼ同様といった小ぎれいな感じだ。場合によっては、自宅から持ち込みの家具、例えば愛着のある絵画やナイトテーブルなどを持参してもよいそうだ。これは、独房の中で受刑者たちがなるべく居心地よく過ごせるように、という配慮なのだという。囚人たちのライフスタイルだが、就労義務こそあるけれど、余暇の過ごし方もなかなか充実しているようである。サッカーを始めとする各種スポーツはクラブに所属すれば、ほぼ毎日できるし、週末になればミュージカル鑑賞や特別な催し物が目白押しになり、囚人たちを飽きさせることがない。

刑期終了後に向けeラーニングで弁護士資格

オランダ北部にある、元・化粧品会社を改築した刑務所。外観の美しさから、観光名所になったこともあるとか。

更に驚くのが、受刑者にはコンピューターも貸与されるということ。使い方には、一定のルールがあり、許可されているのは、あくまでも学習用に使うことだが、例えば語学や資格取得のためのソフトを使用するのは全面的にOKなのだそうだ。
何を学ぶかは、当然ながら個人の判断に任されているため、語学を学ぶ受刑者なら、オンライン翻訳ページへのアクセスのみなら可能だという。現在、彼らに最も人気があるインターネットの通信教育は、母国語であるオランダ語講座と、法律を学び弁護士になるための学習コースだそうだ。インターネットがまだあまり一般的ではなかった10年ほど前までは、コンピューターを受刑者たちに自由に使わせて操作法を覚えさせ、社会復帰に役立てられれば、という意図もあったようだ。しかし、それ以降のインターネットの急速な発展もあり、外部との制限のない接触に疑問の声が上がるようになった。以来、関連ページ以外へのアクセスが全面的に禁止されたのだという。受刑者の中には、ツイッターで世界中の塀の中にいる同胞(?)たちとつぶやきあったり、各種掲示板・フォーラムで意見を戦わせたりしたい、と希望する者も増えているそうだが、それは今のところ厳禁である。ただし最近では、人権問題についてネット上で活発に意見交換を行っているブログについて、受刑者の学習にとって有意義であるならば、という条件つきでアクセスすることが認められるケースもあるそうだ。
こうしてみると、コンピューターは受刑者たちにとって今や欠かせないものの一つになっているようだ。受刑期間中に初めてコンピューターを手にした受刑者が、刑期の間に操作を覚え、趣味を超えた域に達し、出所後はコンピューター関連会社に就職したケースもあるというし、コンピューターを使って通信教育で学び、その後、首尾よく試験に合格してディプロマ(修業証明)を取得した受刑者もいるというのだから。
元・受刑者をして、もう一度戻りたい!と言わしめたオランダの刑務所。コンピューターの使用に代表されるように、ここまで寛容に受刑者たちを迎え入れる姿勢が整っているのは、国民の宗教感によるところが大きいとされる。無宗教を謳う国民も多いオランダだが、もともとはれっきとしたキリスト教国。やはり博愛主義の徹底などが、人びとの考え方には根強く残っているのだ。そんな彼らからすれば、受刑者は罪を犯した弱者とみなされる。悪いと知りつつ罪を犯す心の弱い者たちは、神の救いなくしては浮かばれない存在。受刑者たちへ救いの手を差し伸べるのは、誠に尊い、当然の姿勢なのだ…と、もっともらしくそう説かれると、なるほどと思わざるを得ない。

特派員プロフィール

澤野 禮子(さわの・れいこ)
在蘭14年のフリーライター、ジャーナリスト。政治経済問題・衣食住・観光・芸術からエンタメに至るまで、オランダの最新情報を各メディアに発信中。

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