(上)左は小麦ビール右はラドラー用。
(下)ミュンヘンだけでも、ビールの種類でグラスの形がこんなに変わる。中央が小麦ビールのグラス(500ml)。ミュンヘンで普通に飲まれているヘレスというビールは、通常1リットルのジョッキで供される。
(C)Bayerischer Brauerbund e.V.
日本はキンキンに冷えたビールのおいしい季節。ビアガーデンも連日のにぎわいを見せていることだろう。日本のようにビルの屋上にあるような施設は、ビールの本場ドイツではビアガーデンとは呼ばないし、そもそも存在しない。マロニエの大樹がつくる木陰でビールを飲むのが、ドイツのビアガーデンだ。これは、冷蔵設備がなかった時代、ビールを貯蔵する地下倉庫の上にマロニエを植えて木陰をつくり、温度の上昇を抑えたことに由来している。ちなみに、ドイツのビアガーデンは夏限定のものではない。寒い冬にはひざ掛けや屋外ストーブで暖を取りながら、外で飲むビールを楽しむ人が多い。愛するビールへのこだわりには頭が下がる思いだ。
さて、5000種類以上ものビールがあると言われるドイツだけに、ビールへのこだわりは細部にわたる。例えば、南部に多い小麦ビールを飲むときには、下部にいくほど細くくびれた逆三角形のような形をしたグラスを使う。それは何も飲食店に限らない。自宅にも数種をそろえているドイツ人、いざ飲もうというときに専用のグラスがないときの嘆きようといったら! 「買ってこようか?」と思わず言いたくなってしまう。
さらに、ビールのグラスには必ず「200ml」「500ml」など上部に目盛りが刻み込まれている。これはお店のサービスなどではなく、きちんと法律で決められていること。規定線までビールが注がれていなければ、堂々と文句を言って継ぎ足してもらうのは当然、守らない店は罰金を支払うことになる。その律儀さは、さすがドイツ人と言えよう。
そんなビール王国でも、最近ではビールの消費量が減少しており、若者向けにはビールをジュースやコーラで割ったミックスビールの人気が急上昇している。夏場の暑いときなどに一気に飲み干せるビールとして人気なのが、伝統的に6対4ぐらいの割合で、ビールをレモネードで割った飲み物である。ミュンヘンのある南部では「ラドラー」と呼ばれ、レモン味のさっぱりとした甘みがあるため、カンカンに照りつける日や汗をかいた日にはぴったりの爽やか飲料なのだ。
実はここにもビールへのこだわりが表れている。「ラドラー」は南部では通じるが、ベルリンなどの北部に行くと「アルスターヴァッサー」と呼び名を変える。北部で「ラドラー」などと注文すれば、店員に「アルスターヴァッサーでしょ」とにらみ返されるのが落ちだ。このラドラー、スイスに行くとフランス語に似た「パナシュ」に変わることを覚えておくと、ビールを通じて文化圏の境目が見えてくるので興味深い。ドイツを語るには、やはりビールが欠かせないのだ。
金井ライコ(かない・らいこ)
フリーライター。横浜国立大学卒業後、ビジネス誌、男性一般誌の編集者を経て2005年に渡独。ミュンヘン工科大学で農学とビール学を学ぶ。ドイツに関する情報を各誌に執筆。http://raiko.blog.so-net.ne.jp