「キミたち日本人は、一日三食、すしを食うのか?」
オーストラリアに暮らして、13年。今まで日本に関するさまざまな「珍質問」に悩まされ、笑わされてきた。たとえば「日本語は右から左に書いてもいいんだよね?」。確かに配送用のトラックやワゴン車のボディの右側部分では、企業名や店名が右から左に書かれているように見える。昔の駅名も右から左に書かれていた(ただ調べたところによると、あれは「右から左」に書いているのではなく、「縦書きにして一文字ずつで改行」しているらしい)。
はたまたこんなのもある。「今度日本へ旅行するので、記念にサムライカット(おそらくチョンマゲのこと)にしたいんだけど、普通の理髪店でやってくれるのか?」。もちろん、チョンマゲにすることが「郷に入っては郷に従え」ではないことから説明した。とまあ、とにかく、異文化間コミュニケーションというものは、難しい分、おもしろい。
冒頭の「一日三食すし」もこの手の「珍質問」の一つだ。ただ考えてみれば、中国人はほぼ毎食中華料理だろうし、イタリア人も三食イタリアン。日本人は日本食だと思われても無理はない。今から10年以上前にその質問をされたときには、日本食と言えば「スシ、テンプューラ(「天ぷら」のなまった発音)」くらいしか知られていなかった。
「高級料理でなかなか手が出せない」というイメージのあった海外の日本食。もちろん、オーストラリアでもご多分に漏れず、10年ほど前までは「日本食なんて食べたことがない」という人がほとんどで、私の妻が小学校で巻きずし作りの実演と試食会を開いたところ、ゲテモノを食べさせられると思って泣き出す子もいる始末だった。そのときの具、生の魚でも納豆でもなく、かっぱ巻きだったんだけど…。
オーストラリアのレストランでは文字だけでメニューを説明しているところが多いが、和食は通常、写真付き。そうしないとわからないからでもあるが、日本人が得意とする「かゆいところに手が届くサービス」でもある。
ところが時代は変わるものである。今や、巻きずしは「早い、安い、うまい、ヘルシー」ということから、オーストラリアのファストフード界を席巻中。ただし具はサーモンなどの生の魚よりも、チキンカツやトンカツ、エビフライやてりやきチキンなどが主流だ。太巻きと細巻きの中間くらいで、太さ4cm、長さ10cmくらいのものが一つ200円強。普通は2、3個で満腹になるから、ランチのお値段としてはかなり手ごろな部類に入る。「私が一番好きな料理は日本食。特にすし」というオーストラリア人も、今や全然珍しくない。
海外でのラーメン人気をご存じの方も多いかもしれない。「味千らーめん」などは海外でもう約700店舗もある。
オーストラリアに限って言えば、今、人気急上昇の日本食は、「丼物」だろう。一番人気はカツカレー丼。他にはカツ丼、牛丼、天ぷら丼、照り焼きチキン丼やチキン南蛮丼などなど。フードコートで最も長い列ができているのは、中華でもインド料理でもなければ、イタリアンでもメキシカンでもない。世界的に有名なファストフード店でもなく、日本の丼物屋さんなのだ(ただし、オーストラリア人たちよ。箸で器用に食べられるのを自慢したいのはわかるが、カレー丼はやっぱりスプーンとかレンゲのほうが楽だと思うよ)。
とにかく、こうして「スシ、テンプューラ」以外の日本食も楽しまれるようになったのは喜ばしいことだし、それはネット社会のおかげでもある。ブログやSNSで「日本で食べたこんなものがおいしかった」という話題がパッと広がるからだ。最近の注目株は「ギョウザ」。
今度日本にスキー旅行に行くという知人の夢は、「牛丼の食べ比べ」。さらに「スタミナ丼と立ち食いずしも試してみたい」そうだ。料理店経営の皆さま。ぜひ英語のメニューを!
柳沢有紀夫(やなぎさわ・ゆきお)
1999年よりオーストラリア在住。最新作は『値段から世界が見える!』(朝日新書)。他に『子育てに必要なことはすべてアニメのババに教わった』(中経出版)、『日本語でどづぞ』『抱腹絶倒! 困った地球人』 (中経の文庫)、『世界ニホン誤博覧会』(新潮文庫)など著書多数。