第3の苦難は、1992(平成4)年にやって来た。この年、味ぽんの売り上げが急落したのである。
それまで順調に伸びていただけに、急落の理由はなかなかつかめなかった。バブルが崩壊し、人々が家庭で食事をする機会が多くなったにも関わらず、売れなくなっている。
それも局地的にではなく、全国一律に動きが鈍くなっている。これはひょっとしたら、消費者の味ぽん離れが起きているのではないか。
「味ぽんの味が氾濫しすぎ、飽きられてきたのかもしれない。何にでも使えるという提案が、かえって味ぽんの本質を見えにくくしているのでは?」マーケティングスタッフはそう分析した。
消費者とのコミュニケーションの問題もあった。ミツカンは毎年味ぽんのテレビコマーシャルを打っていたが、この頃のコマーシャルは昔ながらの一家団欒のイメージを伝えるものではなく、味ぽんがこれまで作ってきた世界観から外れているものが多かった。これも、味ぽんの本質を見失わせる要因のひとつだった。
新たなマーケティングが求められていた。
スタッフは消費者6千人からアンケートを取り、味ぽんの原点を探った。その結果たどり着いたのが、“原点回帰”というコンセプト。
「お客様は簡単にさっぱり食べられるものを求めている」。
「肉と野菜、あるいは魚と野菜といったように、ふたつを組み合わせておいしく食べられるメニューが好まれる」。
「鍋を囲んだ一家団欒のコマーシャルにリアリティはないが、お客様はあの世界を求めている」。
マーケットリサーチの結果見えてきたのは、発売当時の味ぽんが追求していた、食をめぐるシンプルな家庭の姿だった。
具体的には、訴求するメニューを焼き肉に戻し、コマーシャルには必ず家族を登場させた。さっぱり感を演出するため、画面では液体を見せることも忘れなかった。
ミツカンはこうした細かい決まり事を細部に至るまで設け、コマーシャルや店頭販促など、さまざまな施策を打ち出していった。これは、今で言うブランディング戦略に他ならない。味ぽんというブランドを再構築し、その世界を明確にするため、細かなルールを決めて消費者にアピールしていく。
コマーシャルと店頭販促の連動も実行した。コマーシャルに流れたメニューを求めてスーパーに行けば、その食材コーナーではビデオが流れ、傍らには味ぽんが置かれている。今でこそ当たり前のように行われているこうした店頭展開をいち早く手がけたのは、ほかでもないミツカンだった。
売り上げは再び持ち直した。2003年、味ぽんは過去最高の売り上げを記録した。
今、消費者に「あなたにとって味ぽんとはどのような商品ですか?」と聞くと、多くの人からこんな答えが返ってくる。
「醤油や砂糖と同じように、我が家には欠かせない調味料です」と。
新しいぽん酢製品を使いながらも、味ぽんも併用しているという消費者がいかに多いことか。味ぽんは、既に万能基礎調味料として確固たるポジションを確立しているのだ。
醤油に並ぶ基礎調味料を作りたいと熱望した7代目社長・中埜又左エ門。その思いは、40年の時を経て見事に花開いた。
取材協力:株式会社 ミツカン(http://www.mizkan.co.jp) |