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『広辞苑』第二版から第五版までを並べたところ。第三版以降、サイズがやや大きくなっていることが分かる。 |
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『逆引き広辞苑 第五版対応』。言葉の意味を調べるのではなく、言葉そのものを探すための辞典。4725円。 |
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『広辞苑 第五版 CD-ROM版』。EPWING準拠なのでWindowsでもMacでも使える。1万1550円。 |
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近年の『広辞苑』編集部の様子。専任編集者は最小2人だけで、改訂作業が佳境に入ると20人以上に増員されるという。 |
初版刊行以降の経緯を辿ってみよう。
『広辞苑』第二版の刊行は1969(昭和44)年5月。2万項目を削除し、新たに2万項目を追加した。ページあたりの文字数を増やしてもなお、100ページ増に。この7年後には小改訂を施した『補訂版』を刊行。この時同時に、文字の大きなB5判(182×257ミリ)の『机上版』も刊行している。第二版は14年の間に計約230万部を販売した。
第三版の刊行は1983(昭和58)年12月。増補項目は1万2000に及び、200ページ以上増えた。内容面では、文語形だった見出しを口語形に変更し、使い勝手を大幅に改善。サイズも、従来のA5版(148×210ミリ)から菊判(152ミリ×218ミリ)に拡大した。8年間で計約260万部を販売。
第四版が登場したのは1991(平成3)年11月。新たに1万5000語を収録し、総項目数は約22万に。192ページの増加に対応するため、紙をさらに薄く丈夫なものに変更した。1年後に姉妹編の『逆引き広辞苑』を刊行。販売部数は7年間で約220万だった。
現行の第五版が登場したのは、1998(平成10)年11月。全項目を点検し、総項目数は約23万になった。初版から数えると、4回の改訂で5万項目を新たに収録したことになる。『広辞苑』の特徴である図版は約2700点余りに増え、新たに地図図版やアルファベット略語表を設けて使いやすさの向上を図った。この第五版、現在までに約100万部を販売している。
第五版の販売部数が思いのほか伸びていないのはなぜだろう?
もちろん、出版業界全体がここ数年不況に見舞われているという構造的な問題はあるが、実は『広辞苑』全体の需要が減っているわけではない。電子辞書版『広辞苑』やCD-ROM版『広辞苑』への、メディアシフトが起きているのだ。
今でこそCD-ROM版の辞典は珍しくないが、その先駆けとなったのは、他ならぬこの『広辞苑』だった。1987(昭和62)年に第三版をCD-ROMで発売。ワープロ専用機の富士通オアシス用ドライブに特化した製品で、価格は2万8000円もした。その後、書籍版にやや遅れるスピードでCD-ROM版も進化を遂げ、最新の第五版はカラー画像や動画を含むマルチメディア辞典となっている。
ほかにも『広辞苑』には専用端末(生産終了)で利用する電子ブック版があるが、今もっとも利用されているのは、電子辞書版の『広辞苑』だろう。主要メーカー4社中、『広辞苑』を採用していないメーカーはひとつもない。ほとんどの主力製品には、『広辞苑』が国語辞典の代表として収録されているのだ。
更に、2001(平成13)年4月からは、iモード版『広辞苑』の提供も始まっている(その後、EZweb版、Yahoo!ケータイ版も提供)。これは、月額利用料105円で総項目約23万の見出し語検索や漢字検索を利用することができるオンラインサービスだ。
ここで『広辞苑』の特徴を確認しておこう。 第一に「日本語の規範」を示すべく、言葉の移り変わりをきちんと反映したうえで、その言葉本来の語義・用法を示していること。つまり、本来の解釈とは別の解釈が一般化した場合、『広辞苑』は必ず二つの解釈を併記しているのである。
第二の特徴は、この“一般化”に関して。新語・流行語については、それが日本語として一般に定着しているかどうかが採用基準となる。どんなに良く使われる言葉であっても、それがすぐに採用されることは決してない。最低でも改訂間隔の約10年ほどは様子を見るのが『広辞苑』なのだ。ちなみに、日本人名の採用に関しては、故人のみに限定している。
岩波書店・辞典編集部のあるスタッフはこう語る。 「メディアに関しては柔軟に考えています。どんなにメディアが変わろうとも、それはつまるところ入れ物にすぎません。中身である『広辞苑』には何ら変わりがないのです」
言葉を採用する際には最も慎重で保守的な『広辞苑』が、新しいメディアの採用に関しては最も意欲的でチャレンジングであるという、興味深い事実がここにある。
日々移ろいゆく言葉の有り様を最も良く把握している『広辞苑』。だからこそ、その言葉の本質的な意味の重さを充分に理解しているのだろう。私たちの言葉を、日本語を、私たち自身の手で守らなければならない──『広辞苑』は、生まれた時からその責務を自らに課していたのである。 |