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ニッポン・ロングセラー考 Vol.45 雪印乳業 雪印 6Pチーズ  世代を超えて愛されるプロセスチーズのベストセラー

昭和のはじめ、チーズはまだ高価で珍しい食べ物だった

遠浅工場

チーズ専用工場として稼働していた遠浅工場。最盛期には年間50万トンを生産し、東洋一のチーズ工場と呼ばれた。

 
昭和9年当時の工場内

「北海道チーズ」発売当時の工場内。これは包装工程で、まだほとんどの工程が手作業だった。

 
発売時の6Pチーズのイラスト

発売当時の「6Pチーズ」のイラスト。パッケージは現在のものとは異なり、6Pチーズの名称も使われていない。

「人類が作った最も古い食品」と言われるチーズ。フランスやイタリアなどヨーロッパ産のものが有名だが、アジアでも紀元前3世紀にはモンゴル民族がチーズを作っていたという。日本でも、「正蘇」という乳製品に関する記録が7世紀の古文書から発見されている。チーズの歴史はけっこう古いのだ。
世界中に1000種類以上もあると言われるチーズは、ナチュラルチーズとプロセスチーズに大別される。ナチュラルチーズは、原料の牛乳などを乳酸菌や酵素の働きで固めて水分を除いたもの。熟成方法によって白カビタイプ、青カビタイプ、フレッシュ(非熟成)タイプなどに分類される。一方のプロセスチーズは、ナチュラルチーズを1種類または数種類混ぜて加熱し、加工したもの。味や品質が一定になり、保存性も高いのが特徴だ。

日本で本格的な生産を前提にしたチーズ作りが開始されたのは、1928(昭和3)年のこと。手掛けたのは、雪印乳業の前身にあたる北海道酪農販売組合連合会(略称:酪連)だった。
酪連は北海道の畜産農業育成を目的に作られた組合組織で、既に牛乳、バター、アイスクリームなどを生産していた。今は社名になっている「雪印」は、創業当時の酪連が商標登録したブランドネームだった。
酪連はゴーダチーズなどのナチュラルチーズ作りを数年続けた後、33(昭和8)年にチーズ専用工場を造り、その翌年、大量生産チーズの草分けとされる「北海道チーズ」を発売する。それはオーソドックスなブロックタイプのプロセスチーズだった。

1年後の1935(昭和10)年、酪連は独特の形状のプロセスチーズを発売する。それが「6Pチーズ」だった。PはPieceではなく、Portion(一部、部分)の意。円盤形を6等分していることから6Pと呼ばれた。発売当時の商品名は「6Pチーズ」ではなかったが、その後6Pチーズが正式名称になる。
このユニークな形は、もともとヨーロッパで生まれたものだった。円盤形のナチュラルチーズは中から熟成が進むので、均等に味わえるよう中心部から放射状に切り分けて食べるのが常識。酪連が作ったコンパクトな6Pチーズも、そのオリジナルはヨーロッパにあった。6Pチーズの形には、ナチュラルチーズの伝統が継承されているのである。

酪連は製造の要になるチーズ充填機をスイスから輸入し、ほとんど手作りに近い状態で生産を開始した。最初は一日約400個作るのが精一杯だったという。発売時の容量は1/2ポンド(225グラム)、価格は40(昭和15)年当時で2円31銭。大卒銀行員の初任給が70円くらいだったから、かなりの高額食品だったといえるだろう。
それでも、北海道チーズと6Pチーズは作る端から売れていった。物珍しさもあったのだろう。この新しい食べ物は、当時の人々の注目の的となったのである。


給食、間食、おつまみに……、その食べやすさが全世代に支持された

チーズのチラシ

1965(昭和40)年の雪印チーズの新聞広告。栄養価が高いこと、健康に良いことを大きくアピールしていた。

 
6Pチーズの包装工程

自動充填包装機が導入後の6Pチーズの包装工程。製造工程は大幅に効率アップした。

チーズのチラシ
 
チーズのチラシ

雪印チーズのチラシと料理の栞。上のチラシは1934(昭和9)年、北海道チーズ発売時のもの。

その後、酪連は北海道内の製酪所を次々と吸収し、道内各地に工場を整備していった。同時に北海道だけでなく、全国に販売拠点を構築。1939(昭和14)年には、ほぼ全国レベルの流通網が完成していた。
流通網の整備に加え、酪連は宣伝にも力を入れた。主力商品となったバターやチーズの広告には当時の映画スターを使い、新聞広告や雑誌広告も盛んに出稿。雪印ブランドのバター、アイスクリーム、チーズは、徐々に全国に浸透していった。

太平洋戦争以降、酪連は時代の波に翻弄され、社名や組織形態が何度も変更された。一時は乳業とそれ以外の関連事業に分社化されたが、それらが合併されて現在の雪印乳業が発足したのは、1955(昭和30)年のことである。
この間、乳製品市場は年を追って拡大し、販売競争もどんどん激しくなっていた。前近代的な生産方式のままでは同業他社に遅れを取ってしまう。長い間、6Pチーズの生産現場は手作業が残る古い設備のままだったが、52(昭和27)年、ついに自動充填包装機が導入され、生産効率が劇的に改善された。ここから、6Pチーズの販売量は右肩上がりに伸びていく。

ここで、6Pチーズの作り方を説明しておこう。一見すると、長い円筒形のチーズを薄く輪切りにし、それを6等分した後にひとつひとつアルミ箔で包んでいるように思う。しかしそれでは手間がかかりすぎる。そこで考え出されたのが、あらかじめ6Pチーズの形をしたアルミ箔の容器を作り、そこに溶けたチーズを入れて上からフタをする「流し込み」方式。
この方式は発売当時から導入されていたが、最初は容器全体を作るのも手作業、その後もフタをする工程は手作業のままだったので、大量生産することができなかった。

6Pチーズの製造ラインに自動充填包装機が導入されたその頃、日本人の食生活にも大きな変化が起こっていた。食の欧米化が進み、日常でチーズを食べる機会が格段に増えたのである。当時主流だったブロックタイプの北海道チーズは、料理の材料、酒のつまみ、子供のおやつとして、年齢・性別を問わずあらゆる世代に好評だった。
様々なシーンで食べられるようになると、もっと簡単に、もっと手軽にというニーズが出てくる。ひとつひとつ包装されている6Pチーズは、この点でブロックタイプのチーズより優位だった。北海道チーズは昭和40年代に販売のピークを迎えるが、6Pチーズの販売量はその後も順調に伸びていく。

6Pチーズの販売を後押ししたもうひとつの理由に、学校給食のメニューとして採用されたことが挙げられる。栄養価の高さと食べやすさから、6Pチーズは学校給食にうってつけの食品だった。高度経済成長期の子供たちにとって6Pチーズは、学校でも家でも目にする日常食だったのである。「チーズといえばまず6Pチーズを思い出す」という中年層が多いのは、この給食体験があるからだろう。


パッケージのポイントは、入っている数が分かること

 
1954年発売の6Pチーズの写真

フタが透明フィルムになった新生6Pチーズ。ちなみに6Pという表記はどのメーカーでも使えるが、「ロッピー」という読み方ができるのは商標を登録した雪印だけだ。

現行6Pチーズ

現行の6Pチーズ。容量は再び小型化され、150gになっている。330円。

 
現行6Pチーズを剥いているところ

これがイージーオープン方式の包装。昔の製品に比べると確かに開けやすくなっている。

6Pチーズの大きな特徴は、そのパッケージデザインにある。三角形が6個集まったあの独特の幾何学デザインは、どういう理由から生まれたのだろうか。
雪印の資料を見ると戦時中からこのデザインだったようだが、それが商品デザインとして確立されたのは1954(昭和29)年のことらしい。当時は現在のように完全な紙カートンではなく、フタには透明のフィルムが張られていた。ただ、そこから見えるチーズひとつひとつのデザインは、現行商品とほとんど変わりがない。ちなみに容量は170グラム、価格は160円だった。

このパッケージデザインに最初に手が加えられたのは1975(昭和50)年のこと。フタのフィルムは廃止されて全体が紙カートンになり、枠の部分が白くなった。
この時代がしばらく続き、97(平成9)年、今度は枠の部分が青に塗られた。そのほかの部分は変わっていない。ただ、170グラムではちょっと量が多過ぎるという消費者の声が増えたため、容量は150グラムに減らされた。

現行商品のデザインになったのは2005(平成17)年の秋。それ以前の商品とどこが違うのか、ぱっと見ただけでは分からない。良く見ると、フタの中央部に描かれた青い円の外周部がグラデーションになっている。基本は依然として三角形が6個集まった幾何学デザインだ。同社商品企画グループの担当者はこう語る。
「6Pチーズのデザインのポイントは、中身が見えることにあるんです。箱の中に6個入っていることがちゃんと伝わらないといけない。以前、ベビーチーズのパッケージデザインを透明なものから中身が隠れるものに変更したことがあるんですが、お客様は棒状のチーズが入っているんじゃないかと不安になったらしいんです」
6Pチーズのパッケージデザインは、機能の追求から生まれたものだった。6個入りであることを明確に伝え、消費者に安心感を与えるためのデザイン。それは54年のリニューアル発売時、既に完成していたのである。

もうひとつ、6Pチーズには大きな変更点がある。それはアルミ箔でできている包装の仕組み。
昔の6Pチーズは赤いテープの端を引っ張ってアルミ箔の一部を開け、その周りを手で剥いていく方式だった。雪印は1994(平成6)年3月にイージーオープン方式を導入し、その点を改善。今はテープの端を引っ張れば、裏面全体がきれいに剥がれるようになっている。


 
世代を超えて受け継がれる「6Pブランド」の重み

6Pチーズ 塩分ひかえめ

「6Pチーズ塩分ひかえめ」。塩分を15%カットし、あっさりた味を実現。120グラム、270円。

6Pチーズ コクとうまみ

芳醇なゴーダチーズを40%使用した「6Pチーズコクとうまみ」。120グラム、270円。

6Pチーズ 北海道カマンベール入り

「6Pチーズ北海道カマンベール入り」。北海道カマンベールを20%使用したクリーミーな味わい。120グラム、270円。

ほとんど変わっていないパッケージデザインと同じように、6Pチーズはその味もまた、伝統を守り続けている。もちろん、原料のチーズの種類や状態によって微妙な違いは生じるが、基本的な味わいはまったく変わっていない。
変わったのは内容量で、先にも述べたように、これは徐々に減る傾向にある。その理由は、6Pチーズの購買層の年齢が次第に高くなっているから。親から子、子から孫へと世代を超えて愛されている6Pチーズだが、そもそも若年人口自体が減りつつあるのだから、これは仕方がないことだろう。

プロセスチーズの市場構造は、その約40%がスライスチーズで、ベビーチーズとポーションチーズがそれぞれ約20%を占めている。6Pチーズはポーションチーズ市場のシェア6割を占めており、2005(平成17)年度の単品売上げも、雪印の中ではトップだ。依然として強力なブランドバリューを持つ商品なのだが、販売量は99(平成11)年をピークに、やや頭打ち状態になっている。
「6Pチーズは当社の中でもうまく世代を継承できたロングセラー商品なんですが、中心購買層の年齢は50〜60歳代で、高齢化が進んでいます。ブランドをそれほど意識しない30〜40歳代をいかに取り込むかが今後の課題ですね」と担当者は言う。

今、雪印は「6Pブランド」の構築に力を入れている。数年前まで6Pチーズとはまったく違うデザインで展開してきたポーションチーズ群のデザインを、6Pチーズと共通のものに変えたのだ。
同時に、基幹商品である6Pチーズには手を加えず、変化する消費者ニーズに応えられるよう、様々なバリエーション商品を展開している。例えば「6Pチーズ 塩分ひかえめ」は、昨今の健康志向に合わせて塩分を15%カットしており、「6Pチーズ コクとうまみ」や「6Pチーズ 北海道カマンベール入り」は、プロセスチーズでありながら、ナチュラルチーズが持つ豊かな味わいを感じさせる商品となっている。

日本人一人あたりの年間チーズ消費量は約2キログラム。それに対しフランスやドイツなどのヨーロッパ諸国は、平均20キログラム近くを消費している。食の欧米化がこれだけ進んでいるのに、日本人はそれほどチーズを食べていないのだ。
逆の言い方をすれば、日本のチーズ市場にはまだまだ開拓の余地が残っている。市場規模でプロセスチーズを追い抜いたナチュラルチーズ、利用範囲が広くて使いやすいスライスチーズなどに需要はシフトしつつあるが、ポーションチーズもまだまだ健在。ひとつヒット商品が出れば、再び市場が活性化する可能性はある。
6Pチーズは、日本にプロセスチーズを広めるという大きな役割を果たした。ブランドの重みは次の世代に引き継がれる。プロセスチーズの新時代を切り開くのは、6Pブランドを冠したまったく新しい商品かもしれない。

 
*商品の価格はすべて税別のメーカー希望小売価格です。

取材協力:雪印乳業株式会社(http://www.snowbrand.co.jp/
     
次に来るのはデザート系チーズ、フレッシュチーズ?
オレンジのしずくチーズケーキリンゴのしずくチーズケーキ

「オレンジのしずくチーズケーキ」と「リンゴのしずくチーズケーキ」。夏のクールデザートとして最適。各50グラム、160円。

 
北海道カッテージチーズ(小さい方)北海道カッテージチーズ(うらごしタイプ)
サラダに適した「北海道カッテージチーズ」は100グラム、200円(200グラム、320円もあり)。「北海道カッテージチーズ(うらごしタイプ)はパンに塗って食したい。200グラム、340円。

現在、雪印はチーズだけで77アイテムもの商品をラインアップしている。その中から、チーズ市場の新しい動きを予感させる2品を紹介しよう。
2006(平成18)年3月に発売した「オレンジのしずくチーズケーキ」と「リンゴのしずくチーズケーキ」は、果汁入りのレアチーズケーキをひとくちサイズに丸めた新しいタイプのチーズデザート。キャンディタイプのプロセスチーズで、口に含むと徐々に溶けてやわらかくなり、口中いっぱいにソフトな食感が広がる。凍らせて食べるとまるでアイスクリームのようだ。ほんのりと甘い果汁の香りがあり、チーズ臭さはほとんど感じられない。
同年10月に発売した「北海道カッテージチーズ」「北海道カッテージチーズ(うらごしタイプ」は、真っ白なフレッシュチーズ。ナチュラルチーズの中でもカッテージチーズは乳脂肪分が少なく、高たんぱく質・低脂肪のヘルシー食品として女性の間で人気が高まりつつある。この商品は小容量タイプを用意し、パッケージ側面にレシピを掲載することで、新規顧客の開拓を狙っているという。
ともに、従来のチーズのイメージから離れた個性的な商品だ。チーズ市場の開拓は、こうした方向から進むのかもしれない。


撮影/海野惶世(タイトル部) タイトル部撮影ディレクション/小湊好治 Top of the page

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