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ニッポン・ロングセラー考 Vol.48 タカラトミー リカちゃん ママもおばあちゃんも、みんなこの人形で遊んでいた

人形ではなく、人形の家を作るつもりだった

創業者・佐藤安太氏

創業者・佐藤安太氏

創業時の社屋

1966年、株式会社タカラビニール工業所から、株式会社タカラになった。

5月3日、牡牛座生まれの11歳。ハートヒルズ学園初等部の5年生で、性格は明るく、ちょっぴりおっちょこちょい。趣味はイラストを描くことと、歌うこと。
女の子の名前は、香山リカ──知らない女の人は、まずいないだろう。そう、あなたが幼い頃一緒に遊んだ、あの「リカちゃん」である。
タカラ(現タカラトミー)が生んだ着せ替え人形のベストセラーは、今年、誕生40周年を迎える。

タカラの創業は1955(昭和30)年。もともとは子供用プールやビーチボールなどのビニール玩具を作っていた。会社が急成長したのは、その5年後。空気で膨らませるソフトビニール人形「ダッコちゃん」が大ヒットし、240万個を販売した。腕にぶら下げて歩く若い女性の姿は社会現象にまでなった。
だが、ブームはいつかは終わる。会社の経営を安定させるためには、更なる目玉商品が必要だった。60年代半ば、新商品のアイデアを探していた創業者・佐藤安太の元に、香港の出資会社から「人形を入れるビニール製のキャリングケースが売れている」との報告が入った。
当時、国内ではアメリカ生まれの「バービー人形」や「タミーちゃん」、国産の「スカーレットちゃん」など、ソフトビニール製の着せ替えファッション人形が人気を集めていた。人形を持ち歩き、その場で遊ぶこともできる“人形の家”は、日本ではまだ発売されていない。ビニール製品ならタカラのお手のものである。

さっそく新商品「ドリームハウス」の開発が始まった。ところが試作したハウスはどれもみな、日本の女の子が持ち歩くにはサイズが大きすぎた。バービー人形の身長は約30cmもあったのである。かといって女の子が持ち歩けるサイズにすると、今度は人形が入らない。
安太は考えた。「だったら日本の女の子にちょうど良いサイズの人形を作ろう」と。
発想の転換だった。バービー人形もタミーちゃんも、原型は欧米の女の子。金髪碧眼、プロポーションの良い足長体型は、もともと日本の女の子には馴染みが薄い。もっと身近な、友達のように親しみの湧く人形の方が良いのではないか。

新しい人形の開発は、社長直轄のプロジェクトとなった。
コンセプトは、身近に感じられる可愛らしさと、女の子の夢や憧れを合わせ持つ人形。日本の女の子の小さな手で持てるよう、サイズは21cmに決めた。
開発陣は実際の小学生の声を聞くなど、入念な市場調査を行った。その結果、女の子たちの憧れの存在が少女漫画のヒロインであることが判明。開発陣は少女漫画家の協力を得て、リカちゃんのイメージを固めていった。色白で目が大きく、瞳には星が輝いている。ほっそりした体つきの6頭身。親しみやすいだけでなく、どこか淋しげな雰囲気を漂わせている少女。

間もなく最初の金型が完成した。この金型にはちょっとしたエピソードがある。スタッフが生産直前に金型を床に落としてしまったのだ。直している時間的余裕はない。初代リカちゃんの初期ロットは、実は鼻の穴が少しつぶれているのである。


お父さんはフランス人音楽家、お母さんはデザイナー

初代リカちゃん
初代「リカちゃん」。髪の毛は栗色で外向きカールが特徴。現行のリカちゃんに比べるとやや大人びて見える。
初代ハウス

初代の家「ドリームハウス」。ボール紙とビニールで作られていた。当時の女の子にとっては憧れの玩具だったはず。

初代リカちゃんは1967(昭和42)年7月4日に発売された。1体600円。人形だけでなく、リカちゃんを運び、そこで遊ぶこともできる「ドリームハウス」(980円)も同時に発売された。
当時の玩具の売り方は、夏場に発売して市場の反応をうかがい、その年のクリスマスシーズンに販売攻勢をかけるというもの。夏商戦で手応えがあったので、タカラには「これは売れる」という確信があった。実際、クリスマス商戦の結果はタカラが想像していた以上のものだった。リカちゃんはその年のクリスマスの話題を独占するほどの勢いで売れ続けたのである。
発売2年後には早くも着せ替え人形トップの地位を獲得。リカちゃんは瞬く間に女の子の間に浸透していった。

リカちゃんはなぜ最初からすんなり受け入れられたのだろう。
背景には、タカラの周到な計算があった。当時、男の子の間で大流行していた怪獣図鑑にならって、あらかじめリカちゃんに詳細なプロフィールを設定したのである。リカちゃんは冒頭に記した年齢や性格、趣味だけでなく、身長や体重、靴のサイズなど体型データまで細かく決められている。このリアリティーが、親しみを感じさせることにつながった。人格を与えられたリカちゃんは、女の子にとっては遊び道具というより、仲良しの友だちのような存在だったのだ。

タカラが構築したリアリティーは、リカちゃんの家族構成や生活背景にまで及ぶ周到なものだった。例えばお父さんの「香山ピエール」は、フランス人の音楽家で年齢は36歳。趣味はカメラや音楽鑑賞で、結婚記念日にはママへのプレゼントを欠かさない愛妻家という設定だ。ちなみにお母さんの「香山織江」は33歳のファッションデザイナーで、普段は物静かで優しいが、怒るとちょっぴりコワイらしい。
ファミリーの構成にも驚かされる。リカちゃんには双子の妹(4歳)と、三つ子の赤ちゃん(1歳)がいることを御存知だろうか。また、(人形として)姿を現したのは3年間だけだが、航空機客室乗務員の姉「リエ」もいる。リカちゃん一家は大家族だったのだ。

更にリカちゃんの世界を豊かにしているのが、早くから登場したお友達の面々だろう。初代の「わたるくん」を筆頭に、今までにボーイフレンド(決して恋人ではない点に注目)は4人いる。ガールフレンドともなれば、ざっと数えただけでも20人以上。彼らは時々トリオを組み、仲の良さを周囲にアピールすることも忘れない。
これだけではない。ボーイフレンドやガールフレンドの兄弟姉妹もいれば、学校の先生やペットもいる。驚くべきことに、これら膨大な数の人形すべてに固有のキャラクターが設定されているのだ。
リカちゃんワールドでは毎年、数種類の新しい人形が発売され、同時に数種類の人形が市場から消えてゆく。ファミリーや重要なお友達は、数年おきに世代交代を繰り返す。リカちゃんワールドは新陳代謝を繰り返しながら、40年もの長きにわたって女の子に夢の舞台を提供し続けてきたのである。

リカちゃんのパパ
リカちゃんのママ
双子の妹
ボーイフレンドかけるくん

「リカちゃんのやさしいパパ」は、頼もしくてセンスが良いフランス人。発売は1989(平成元)年から。3,150円。

リカちゃんのきれいなママ」。初代が登場したのは1969(昭和44)年で、写真は5代目をべースにした2007(平成19)年リニューアルバージョン。2,730円。

「ふたごのいもうと」の「おてんばミキちゃん」(左)と「おっとりマキちゃん」(右)。初代の登場は1974(昭和49)年。写真は2007年リニューアルバージョン。各1,050円。

「リカちゃんのボーイフレンド かっこいいかけるくん」は2000(平成12)年の登場。写真は2007年リニューアルバージョン。2,940円。


箱庭世界に時代のトレンドや生活スタイルを反映

2代目リカちゃん

マグネットシューズと白バラのヘアピンが特徴の2代目リカちゃん。

3代目リカちゃん

3代目リカちゃんは表情が変わった。ストレートヘアのせいか、ちょっと大人っぽく見える。

4代目リカちゃん

現行バージョンでもある4代目リカちゃん。登場した80年代後半はアイドル全盛期。表情はその影響を受けている。価格は「かわいいリカちゃんギフトセット」で4,200円。

着せ替え人形のビジネスは、消費者に最初の一体を買ってもらったところからスタートする。ハウスやドレスはもちろん、靴、帽子、鞄などの小物を消費者が継続して購入することによって、メーカーは初めて大きな収益が見込めるのだ。そのためには魅力的な周辺アイテムを次々と提供していかなければならないし、新鮮さを失わないよう、人形本体にも手を加えていかなければならない。
興味深いのは、こうして作られたリカちゃんワールドが、常にその時代を反映しているという点だろう。リカちゃん40年の歴史は、現実の社会をリアルに反映した40年でもあるのだ。
リカちゃん自身の変化を軸に、その歴史を辿ってみよう。

リカちゃんワールドの基礎は、70年代初めまでの初代リカちゃんの時代に作られている。
少女漫画から抜け出してきたようなリカちゃんは、ボーイフレンドの「わたるくん」と一緒にドリームハウスで遊んでいた。その後ガールフレンドの「いづみちゃん」を交えて「リカちゃんトリオ」を結成。ママの登場もこの時代だ。
ドレスは「レザーのミニスカート」と「ヒッピーパンタロン」。当時流行のファッションをちゃんと採り入れていた。買い物に行くのは「リカちゃんデパート」。時には「夢のボーリング場」で汗を流すことも。どれもみな、現在50歳前後の女性たちには懐かしい風俗ではないだろうか。

2代目リカちゃんが登場したのは1972(昭和47)年。時代は高度経済成長の真っ只中である。
リカちゃんの表情はそれほど変わらなかったが、マグネットシューズの採用により、スタンドに立たせることができるようになった。家族も増え、初代の双子の妹「ミキ」「マキ」が登場。
「おしゃれランジェリー」「ピンクレディドレス」など、リカちゃんのファッションも多様化していった。住宅事情の変化を反映し、ハウスも「ニューリカちゃんマンション」へと変更。そこに置かれる家具は「白い白い家具シリーズ」だ。食料品の買い出しは「なかよしスーパーマーケット」へ。「ファインカラーキッチンセット」で、リカちゃんは料理にもチャレンジする。
ニューファミリーと呼ばれた新しい家族と、モノに囲まれた豊かな生活。70年代の生活感を、リカちゃんワールドは忠実に再現していた。

3代目リカちゃんは1982(昭和57)年に登場した。顔がややふっくらし、体型は初代・2代目よりスリムになった。髪型はそれまでのカールからストレートヘアに変更。後に「ポニーテールのリカ」「まきまきカールリカ」など、髪のバリエーションを変えたリカちゃんも登場している。
「コトコトキッチン」「カードクッキング」など、この時代、リカちゃんは料理に凝っていたようだ。「マクドナルドショップ」「すかいらーく」「セブンイレブン」など、実際にあるショップもこの時代に次々と登場。しかし3代目はいまひとつ人気がなかったらしく、比較的短命に終わっている。

続く4代目の登場は1987(昭和62)年。顔はやや細面になり、全体にアイドルっぽく華やかになった。また、女の子の成長が早くなったことを考慮し、身長は1cm伸びて22cmになった。
4代目リカちゃんは、バブル経済が終焉を迎えつつある80年代後半から日本経済が停滞期に入った90年代を経て、復活の兆しを見せ始めた現在も継続して販売される、歴代で最も長寿なリカちゃんである。
4代目登場と同時に三つ子の赤ちゃんが生まれ、リカちゃんファミリーは更に賑やかになった。
興味深いのは、お父さんが89(平成元)年になって初めてその姿を現したことである。設定上、リカちゃんには素敵なお父さんがいながら、なぜかずっと行方不明ということになっていた。少女漫画のヒロインがそうであるように、いつも明るいリカちゃんもこんな不幸を背負っていたのである。遊ぶ側の女の子からすれば、「ごっこ遊び」にお父さんはそれほど重要ではなかったのかもしれない。あるいは、実際のお父さんが忙しすぎて子供と接する時間がなかったことを反映しているのだろうか。

90年代以降はリカちゃんバリエーションの多様化が進み、「小野小町リカちゃん」「ベルサイユのリカちゃん」「リカちゃん七福神」「名古屋嬢リカちゃん」など、変わり種リカちゃんが次々と登場した。
しばらく大きな変更がなかったハウスも、2004(平成16)年にリカちゃんがハートヒルズに移転してからは、「おへやいっぱいゆったりさん」という家具付きの豪華なバージョンが登場。「ワンにゃんペットサロン」に見られるように、ペットも重要なアイテムになっている。
図らずも格差社会の様相まで再現しているかのような、現在のリカちゃんワールド。案外、難しいところにさしかかっているのかもしれない。


 
素敵なレディーになるため、「リカ、旅に出ます」

アーケードゲーム「キラキラ・アイドルリカちゃん」
アーケードゲーム「キラキラ・アイドルリカちゃん」。着せ替えの要素を活かしたカードゲーム機だ。
リカちゃんキャッスル
福島県小野町にある「リカちゃんキャッスル」。ここに来ればリカちゃんのすべてが分かる。
リカワールドツアー DEPARTURE Licca(たびだち)

新商品「リカワールドツアーDEPARTURE Licca(たびだち)」。スーツケース、パスポート、航空券を持って、さあ出発! 3,990円。

ポップアップワールド Vol.1 Airport・Paris

ワールドツアーの舞台になる「ポップアップワールド Vol.1 くうこう・パリ」。飛び出す絵本感覚で楽しめる。3,129円。

リカちゃんの累計販売体数は、約5,300万体にもなる。これは全世界で販売されているバービー人形に次ぐ大きな数字だ。リカちゃんの販売エリアが日本国内と一部の東南アジアだけに限られていることを考えると、いかにリカちゃんが日本の女の子に愛されてきたかがよく分かる。日本中のほとんどの女の子が手にした時から、リカちゃんは着せ替え人形の枠組みを超え、ブランドとなったのである。
これまでにもリカちゃんは、レコード、アニメ、書籍、ミュージカル、アーケードゲームなど、多種多様なメディアで幅広く展開されてきた。リカちゃんを起用したライセンス商品ともなれば、もはや数え切れないほど販売されている。

商品だけではない。福島県の「リカちゃんキャッスル」(リカちゃんの生産工程を見学できるファクトリー)始め、富士急ハイランド内にある「リカちゃんタウン」(リカちゃんハウスを等身大にしたアトラクション)、博品館トイパーク地下1階にある「リカちゃんCLUB67」(リカちゃんやジェニーの専門ショップ)など、リカちゃんに関する様々な情報発信施設が、90年代以降、次々とオープンしている。
また、ブランド化したリカちゃんは企業や官公庁のイメージアップ役としても注目を集めている。「JR東日本のマナー広告」(1997年)、「ANA'sリカちゃん」(全日空、97年〜)、「サミットリカちゃん」(2000年)、「ミスドリカちゃん」(ミスタードーナツ、2006年)、「リカちゃんの『うちエコ!』ハウス」(チームマイナス6%、07年)など、こちらも挙げるときりがない。最近になってリカちゃん人気は、ますますヒートアップしているのである。

こうした人気ぶりに反し、実際のリカちゃんの販売数は残念ながら減少傾向にある。
最も大きな理由は子供の絶対数が減っているからだが、女の子の興味が着せ替え人形から離れつつあることも見逃せない。家にはTVゲームもあれば、アニメキャラクターのカードゲームもある。女の子向け玩具が限られていた昔とは違い、遊びの選択肢は山ほどあるのだ。
それでもタカラトミー(タカラとトミーは2006年に合併した)の調査によると、リカちゃんに対する母親の認知度は100%で、娘にリカちゃんを与えると喜々として遊んでいるという。遊ぶ機会を与えさえすれば、女の子はやはりリカちゃんに夢中になるのである。
女の子はリカちゃんワールドで、「ごっこ遊び」「着せ替え遊び」「お世話遊び」など、様々な遊びを楽しむ。そしてそこで、子供が成長するうえで欠かせない情操や想像力、コミュニケーション能力を自然に身に付けてゆく。リカちゃんは遊び相手であると同時に、女の子の成長を助ける大切なパートナーなのである。

2007年、タカラトミーはリカちゃんの誕生40周年を機に、新たなリカちゃんブランドの構築に乗り出した。そのコンセプトは、「親子のコミュニケーション&おしゃれ知育」。リカちゃん本来の魅力である着せ替え遊びに知育要素をプラスし、従来の“親しみやすく可愛いリカちゃん”から“洗練されたおしゃれなリカちゃん”への進化を目指すという。
その第1弾として年間展開されるのが、新しい「リカちゃん ワールドツアーシリーズ」。今年の4月から12月にかけてリカちゃんが世界中を旅行し、各地でファッションセンスを磨きながら挨拶やテーブルマナーを身に付け、国際感覚豊かなレディになるというストーリーだ。旅の様子は、リカちゃんのホームページ上に開設される「リカ旅ブログ」で報告される。

誕生から40年。この間に社会や家族のあり方、子供を取り巻く環境は大きく変わった。人形遊びの本質は変わらなくとも、リカちゃんと女の子の関係は変わらざるを得ないのだろう。
わずか11歳にして、リカちゃんはひとりで世界へ旅立つことになった。夢にあふれたその表情は、明るくイキイキしている。

 
取材協力:株式会社 タカラトミー(http://www.takaratomy.co.jp
     
誕生40周年記念イベントが目白押し
「リカちゃん展 in TOKYO」告知ポスター
 
「リカちゃん 夢とあこがれの40年展」告知ポスター
「リカちゃん展 in TOKYO」告知ポスター
 
「リカちゃん夢とあこがれの40年展」。

誕生40周年を迎える今年は、リカちゃんの記念イベントがたくさん企画されている。
直近では、池袋サンシャインシティで開催される「リカちゃん展 in TOKYO」(4月27日〜5月6日)。展示ゾーンは新商品「リカちゃんワールドツアー」のコンセプトを活かし、入場者がパスポートを持ってリカちゃんと一緒に旅に出るという趣向。アトラクションゾーンではステージショーや着せ替え教室、リカちゃんフォトスタジオ(有料)、リカちゃんドレスつり(有料)などが楽しめる。
同じ池袋サンシャインシティでは、リカちゃんの誕生日の5月3日に「リカちゃんバースデーパーティー 〜リカワールドツアー〜」を開催。トークショーやファッションショーなど、子供が喜びそうなイベントが用意されている。
古くからのリカちゃんファンなら見逃せないのが、横浜人形の家で開催中の「リカちゃん 夢とあこがれの40年展」(4月19日〜7月8日)。1億円の「ファンシーダイヤモンドリカちゃん」をはじめ、懐かしのリカちゃんやスペシャル企画のリカちゃんなど、約1,000体を展示している。特別企画として「元町リカちゃん」も限定販売されているので、コレクターは急いだ方がいいかも。

 
撮影/海野惶世(タイトル部) タイトル部撮影ディレクション/小湊好治 Top of the page

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