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ニッポン・ロングセラー考 Vol.49 キンレイ 鍋焼うどん 味へのこだわりが生んだコンビニの定番商品

開発のキーマンは讃岐出身だった

冷食センター

冷凍食品の宅配事業を始めた頃に使っていた冷食センター。大阪ガスの工場敷地内にあった。

兎子尾正文氏

「キンレイの鍋焼うどん」を開発した兎子尾正文氏。大学で化学を専攻し、大阪ガスに入社。引退後もキンレイの監査役を務めていた。

ちょっと肌寒い日の夜には、なぜだか鍋焼うどんが食べたくなる。
昔は駅の近くに屋台が出ていたけど、今はもうない。家の近くのコンビニに寄って、奥の冷凍棚に積み重なっているうどんを買うことにしている。
手に取るのは、「キンレイの鍋焼うどん」。一人前がアルミ容器に入っていて、火にかけるだけでいい超カンタンな冷凍麺。麺やだし汁の袋を開けたり、お湯を沸かす手間すら必要ない。それでいて、インスタントのうどんとは比較にならないほどのうまさ。しかも冷凍なので1年間保存が効く。面倒臭がりのひとり者には欠かせない、これぞ究極のコンビニ食。

火にかけてからグツグツ煮えるまで十数分。ちょっと時間がかかるところがまたいい。お手軽だけど、ここは譲れない大事なポイント。待っている間につい、ネギを刻んだりしてしまう。肝心の味は、本物志向。コシのあるうどん、深みのあるだし汁。個人的には、昔屋台で食べていた鍋焼うどんよりうまいと思う。
キンレイの鍋焼うどん。コンビニで発売されてもう29年になるらしい。いったいどんな人が作ったのだろう?

キンレイの前身にあたる近畿冷熱株式会社は、1974(昭和49)年に設立されている(その後、1991[平成3]年にキンレイが事業継承)。出資したのは大阪ガス。冷凍食品事業は、LNG(液化天然ガス)を気化するときに得られるマイナス162度の冷熱を利用した新事業だった。
さっそく京阪神地区で洋食の冷凍食品宅配サービスを始めたが、思うように注文が伸びない。メニューが少なく、飽きられてしまったのが原因だった。

当時、商品開発のリーダーを務めていたのが、四国・讃岐地方(香川県)出身の兎子尾(としお)正文。兎子尾には、ある考えがあった。
この頃既に、スーパーなどではアルミ容器入りの冷凍鍋焼うどんが売られていた。どれもそこそこ人気があり、まだ参入企業も多くない。あれを自社の技術で急速冷凍し、もっとおいしい商品を作れば、事業の新たな柱になるのではないか。幸い、自分は本場の讃岐うどんがどういうものかよく知っている。冷凍麺で讃岐うどん本来の味と食感を実現できれば、きっと全国で売れるに違いない。
兎子尾の、鍋焼うどんとの格闘の日々が始まった。


おいしさの秘密は独自の「三層構造」にあり!

発売当初の製品ラインナップ
発売当初の製品ラインナップ。後列左から2番目が「鍋焼うどん」。ほかにも「きつねうどん」や「しょう油ラーメン」など、全部で6種類あった。手前は宅配用の冷凍食品。
鍋焼うどんの出来上がり写真

鍋焼うどんの出来上がり写真。コンロにかけて温めるだけでOKという手軽さが支持された。

当時発売されていた冷凍鍋焼うどんは、だし汁の中に具材と麺を浸し、それを急速冷凍して作られていた。最初は兎子尾も同じように、かつおと昆布から作った自慢のだし汁をアルミ容器に入れ、そこに麺を浸して急速冷凍し、試作品を作っていた。
兎子尾がいちばん気にしていたのは、うどんのコシだった。「関西のうどんはダシはいいがコシがない」常々そう思っていた兎子尾は、なんとしても讃岐うどん特有のシコシコした食感を実現したかったのである。
ところが試作品を解凍して煮込んでみると、なぜかうどんの食感が良くない。何度やっても、全体にのびてしまったような、歯ごたえのない麺になってしまう。麺の太さや小麦粉の配合など、あらゆる要素を変えながら試作を繰り返したが駄目だった。さすがの兎子尾も、肩を落とす日々が続いた。

そんなある日のこと。兎子尾は試作中に余っただし汁を棄てず、アルミ容器に小分けして冷凍しておいた。翌日、その凍っただし汁の上に冷凍麺と具材を載せて加熱してみた。特に大きな期待があったわけでもない。が、茹で上がったうどんを一口噛んだ瞬間、兎子尾は「これだ!」と思った。
シコシコとしっかりした食感、のびた印象は微塵もない。目指していた讃岐うどんのコシが、見事に再現されていた。
それにしても、なぜ麺とだし汁を別々に凍らせるとうまくいったのか?

考えると納得がいった。麺とだし汁を同時に凍らせて解凍すると、うどんはだし汁が冷たい温度の段階からゆっくりと茹でられることになる。茹で時間は必要以上に長くなり、茹で上がり温度も均一ではなくなるから、当然、のびたような歯ごたえのない食感になってしまう。
一方、麺とだし汁を別々に凍らせると、それぞれ解凍時間が異なるため、まず先にだし汁が解け、そこに麺が沈み込む形になる。だし汁は既に均一な温度になっているので、のびずにコシのあるうどんが茹で上がる。分かってしまえば簡単な理屈だった。
だし汁・麺・具材を分離して冷凍し、この順にアルミ容器に入れる「三層構造」。1975(昭和40)年、キンレイは偶然から生まれたこの方法を実用新案登録した。

最初の製品の発売は1978(昭和43)年。価格は330円だった。その頃の大卒初任給が約12万円だったから、決して安くはなかった。当初はスーパーや小売店などでも販売したが、そうした一般流通では既に先行他社が市場を抑えており、新規参入組がシェアを取るのは難しかった。
せっかく独自の製造方法を開発して讃岐うどん本来のうまさを実現したのに、売る場所がないのでは話にならない。キンレイには新たな販売パートナーが必要だった。


コンビニが増えるにつれ、販売数も右肩上がりに

コンビニのリーチインに陳列されているキンレイ商品

29年にわたってコンビニの一角を占め続けるキンレイの鍋焼うどん。商品サイクルの短いコンビニ商品の中では珍しい存在だ。

テレビCM

最初のテレビCM。タレントを起用しない地味なものだったが、コピーの印象は強かった。

テレビCM

1992(平成4)年のテレビCM。着ぐるみを着たロシア人が行進するという不思議な設定。

スーパーや小売店以外で、この新しい鍋焼うどんを販売するチャネルはないか?
キンレイが注目したのは、70年代半ば頃から登場したコンビニエンスストアだった。セブン-イレブン1号店の開店は1974(昭和49)年。翌年にはローソンの1号店が開店している。若者相手のまったく新しい業態だったが、両チェーンとも毎年もの凄いペースで全国展開していた。
手間いらずのアルミ容器入り冷凍麺は、簡単に食事を済ませたいひとり暮らしのコンビニユーザーにぴったりだ。値段は安くはないが、一度食べてもらえれば味には満足してもらえるに違いない。しかも店舗内での位置付けは、スーパーの冷凍コーナーの隅に置かれるより格段に大きい(当時のコンビニは今ほど商品数が多くなかった)。
キンレイはそう読み、販売チャネルをコンビニに限定した。ほどなく冷凍食品の宅配事業からも撤退。それはコンビニの将来性に賭けた、大きな決断だった。

コンビニ業界の伸張ぶりは目覚ましかった。経済産業省のデータによると、全国の店舗数は1988(昭和63)年に1万店を突破、92(平成4)年には2万店、96(平成8)年に3万店、02(平成14)年にはついに4万店を突破している。
もちろん、すべてのコンビニにキンレイ商品が置かれているわけではないが、それでも同社のアルミ容器入り冷凍麺の販売数は、コンビニ店舗数の増加と歩調を合わせるかのように、右肩上がりに伸びていった。現在、その数は年間約1,700万食。中心商品である鍋焼うどんは、そのうちの約20%を占めているという。
もうひとつ、コンビニ限定販売には大きなメリットがあった。コンビニは基本的に定価販売だから、値崩れすることがない。スーパーのような値引き合戦に巻き込まれずに済むのは、収益の面で大きなプラスになった。

コンビニ限定戦略と並んで、キンレイの鍋焼うどんをヒット商品に押し上げたのがテレビCMだった。コンビニの店内で冷凍食品が置かれているのは、店の奥か隅に置かれたリーチイン(ガラス扉付き什器)。ほかの商品に比べれば、お客の目に触れるチャンスは少ない。指名買いしてもらうためには、常に認知度を上げておく必要があった。
最初のCMを打ったのは1984(昭和59)年。画面には商品だけを置き、「個体が液体に……冷た〜いが食べた〜いに」の印象的なコピーを流した。その後も、80年代にはタレントの柳沢慎吾、90年代には本上まなみを起用して、ほぼ絶えることなく継続的にCMをオンエア。
キンレイの鍋焼うどんは、徐々に全国区の人気商品へと成長していった。


 
様々な限定商品で幅広いニーズに応える

80年代の商品ラインナップ
80年代の商品ラインナップ例。うどん、ラーメン、ちゃんぽんの3種類がこの頃から商品の柱になった。
90年代の商品ラインナップ例
90年代の商品ラインナップ例。ロゴデザインが変更されたが、鍋焼うどんのイメージカラー・緑はそのまま。
現行鍋焼うどん

現行鍋焼うどん。釜でていねいに炊き出しただし、100%国産小麦使用の麺、海老・鶏肉など7種類の具材が特徴。399円。

九州風 ごぼう天うどん 海老天ぷらそば

九州地区限定商品「九州風 ごぼう天うどん」。340円。

年末限定商品「海老天ぷらそば」。400円。

発売以来29年。コンビニ商品の平均的な商品寿命は約3ヵ月と言われているから、キンレイの鍋焼うどんの長寿ぶりは注目に値する。
もちろん、商品は頻繁にリニューアルを繰り返してきた。アルミ容器入り冷凍麺の中核をなすのは、鍋焼うどん、ラーメン、ちゃんぽんの3本柱。もちろん最も販売量が多いのは鍋焼うどんで、商品価値を高めるために1、2年に1度の割合でリニューアルしている。昨年8月のリニューアルでは、だしのおいしさにこだわり、使用する鰹節に本鰹の鰹節を加えた。昆布も水から浸漬し、より風味を増した旨味のあるだしになったという。

現在の基本的なコンビニ向け商品のラインナップは13種類。基本的なと書いたのには理由があって、実は各コンビニチェーンだけで売られる限定商品が多数あるのだ。コンビニチェーンによっても差はあるが、基本的にはキンレイのオリジナル商品を並べ、加えて1、2品、共同開発したオリジナル商品を販売する形を取っている。

地域性も重要なポイントになる。例えば「きつねうどん」は関西のコンビニでは常にあるが、関東のコンビニではほとんど置かれていない。逆に「野菜たっぷりタンメン」は関東のコンビニでお馴染みだが、関西のコンビニでは見かけない、といった具合。
同じように期間限定の商品もある。「海老天ぷらそば」は普段は置かれていないが、年末限定の人気商品だ。
こうした限定商品を全部合わせると、約25種類ほどになるという。キンレイの商品だけを取っても、各コンビニチェーンは地域性・季節・顧客層などの要素を細かくチェックしながら、店頭在庫を上手にコントロールしているのだ。こうした努力もあり、キンレイのアルミ容器入り冷凍麺は冬以外の季節でもよく売れている。ちなみに冬はその1.5倍売れるのだとか。

キンレイ商品も2000年前後に少し落ち込んだが、ここ数年は売れ行きが伸びている。
その需要を支えているのは、まず第一に20〜30歳代の独身男性。これはよく分かる。いつの時代も独身男は面倒くさがりだから。次いで多いのは中高年の女性だという。ちょっと意外な気もするが、リサーチすると「日頃、家族のための食事ばっかり作っているから、自分ひとりの時はできるだけ楽をしたい。だから洗い物が一切出ないアルミ容器入り冷凍麺は非常に魅力的。インスタント食品は洗い物が出るので嫌。その点、キンレイの鍋焼うどんはヘルシーでおいしく、後かたづけも不要だから好き」という声が多かった。

若者の個食化は今に始まったことではないが、これからは中高年層の個食化が進むだろう。中高年の独身者数も増えつつある。この世代は味に対するこだわりが強いから、麺類を選ぶときもインスタント食品より冷凍食品を選ぶのではないだろうか。
ローソンが中高年をターゲットにしたコンビニを展開するなど、コンビニ自体のコンセプトも変わりつつある。既に中高年女性に支持されているキンレイにとっては、さらに売れ行きを伸ばすチャンスかもしれない。簡単に作れておいしいものに、年齢や性別は関係ないのである。

 
取材協力:株式会社 キンレイ(http://www.kinrei.com
     
「キム兄」とのコラボから生まれた新商品
キム兄流 にぎわい肉うどん
「キム兄流 にぎわい肉うどん」。480円。

昨年秋から、キンレイは広告プロモーションに料理が得意のお笑いタレント、「キム兄」こと木村祐一を起用している。キム兄出演のテレビCMをオンエアするだけでなく、コラボレーションによる新製品の開発も進行中。昨年9月には「キム兄おすすめ!具だくさんうどん」が、今年1月には「キム兄特製 キムだんごうどん」が発売された。残念ながらどちらも既に販売終了しているが、キム兄とのコラボレーションは続いている。
最新のコラボ商品は、今年5月に発売されたばかりの「キム兄流 にぎわい肉うどん」。牛肉と4種類の削り節から取っただしと、甘辛仕上げの牛肉が食欲をそそる。

 
タイトル部撮影/海野惶世 タイトル部撮影ディレクション/小湊好治 取材編集/バーズネスト Top of the page

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