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改良された2代目カール。「チキンスープ」に代わって「カレーがけ」が登場した。 |
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最初のアニメCM「おらが春篇」。カールおじさんは脇役だった。この頃のCMソングを歌っていたのはカントリー歌手の寺本圭一。 |
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ひこねのりお氏によるカールおじさんのイラスト。最初は表情ではなく、体で喜怒哀楽を表現していたという。 |
売れなかったのには理由があった。まず、袋の密閉性が完全ではなく、いつの間にか中に外気が入って湿気ってしまうという問題があった。100gという量も子供や女性が食べるには多すぎて、一度には食べきれない。封を開けておくとやはり湿気ってしまった。
販売店からも、「70円という価格は中途半端で売りにくい」「30個入りの出荷ケースがかさばる」など、不満の声が上がっていた。
開発陣は、それらの問題をひとつひとつ解決していった。包装は密閉度を上げて湿気が入り込まないように改良。内容量は70gに減らし、同時に価格を50円に下げた。出荷ケースは20個入りにし、持ち運びを楽にした。
1969(昭和44)年、明治製菓は改良したカールを市場投入した。
改良後のカールは好評で、徐々に売れ行きが伸びていった。その勢いは、発売時から流していた実写版のTVCMによって爆発的に伸びてゆく。
改良に合わせて、CMには子供番組で人気のあったタレント、中山千夏を起用。お馴染みの「それにつけてもおやつはカール♪」のCMソングも、この時に誕生している。
だが、カールの人気を決定づけたのは、やはり“カールおじさん”が登場する一連のアニメーションCMだろう。初代CM「おらが春篇」が登場したのは1974(昭和49)年。全体の世界観を構築したのはCMディレクターの高杉治朗、ユーモラスなキャラクターを作ったのはアニメーターのひこねのりお、ほのぼのとしたカントリー調のCMソング「おらが村音頭」を書いたのは作曲家の川口真。この3人が、現在に至るまでカールのアニメCMを一貫して担当している。
CMの舞台は、カールおじさんとカール坊や、そしてキツネやウサギ、カエルなど多くの動物たちが住む“おらが村”。プロフィールによると、おじさんの年齢は40歳前後。職業は農業で、歌や踊り、釣りなどが趣味。結婚しているかどうかも不明で、カール坊やは息子ではなく、遠い親戚にあたるらしい。
こうした世界観は、ほぼ年に1回作られるTVCMを重ねていくことで固まっていった。同じコンセプトのアニメCMが30年以上も続いている例は、世界的にみても珍しい。全部まとめればショートアニメを集めた“カールオリジナルDVD”ができそうだ。
カールおじさんにまつわる話題をもうひとつ。実はおじさん、CMが放送された当時は脇役だったのだ。「おらが春篇」を見ると分かるが、主役は土手に座ってカールを食べている坊やで、おじさんは動物たちと一緒に遠くの橋を渡ろうとしているだけ。次の瞬間には哀れにもドボンと川に落ちてしまう。
意外にも、このあまりにもユーモラスな風貌と特異なキャラクターが人気を呼び、「あのおじさんは誰?」という問い合わせが明治製菓に殺到。その結果、カールおじさんは3作目のCMで坊やを押しのけ、主役に躍り出た。
ところが、社内から「あの顔はまるでドロボーみたいだ。品がなさすぎる」という声が上がり、おじさんは4作目のCMから消えてしまう。すると今度は「おじさんを元に戻して」という復帰コールが全国から寄せられ、カールおじさんは5作目から再び主役に返り咲くことになった。ちなみにこの5作目から、「いいもんだ〜なぁ〜、ふるさとぉ〜は〜♪」のCMソングが登場。三橋美智也が歌う民謡調の「おらが村音頭」は、カールのもうひとつの顔になった。
カールおじさんはなぜここまで人気者になったのだろう?
麦わら帽子に首手拭い、口の周りはヒゲだらけというキャラクター自体の魅力もあるだろう。オイルショクや公害問題の反省から農村が見直されたという、社会的な背景もあるかもしれない。だが最も大きな理由は、柔らかでどこか牧歌的なカールのイメージとおじさんのイメージが、見事なまでに一致したからではないだろうか。
フワッとサクサクでいつまでも飽きずに食べられるカール。「もっとゆっくりせんね」と語りかけているかのようなカールおじさん。カールもカールおじさんも、どこか脱力系なのである。 |