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ニッポン・ロングセラー考 Vol.54 シード レーダー 使ったことがない人はいない?青いケースのプラスチック消しゴム

使用基材の変遷──天然ゴムから塩化ビニル樹脂へ

シードの工場

大阪市都島区にあるシード本社と本社工場。工場はベトナムにもある。

昔のカタログぺージ

1943(昭和18)年の三木康作ゴム製造所カタログに掲載されている消しゴム。

レーダー以前のプラスチック消しゴム
レーダー以前のプラスチック消しゴム

レーダー発売以前のシードのプラスチック消しゴム。スリーブレスで色が付いている。

青いケース(スリーブ)に入った、真っ白なプラスチック消しゴム、シードの「レーダー」。と聞いて、スリーブに描かれた「Radar」のロゴをすぐに思い出せる人は、おそらく関西出身に違いない。
レーダーを作った株式会社シードは、大阪の都島区にある。ずっと関西を中心に販売展開してきたため、関東ではレーダーの名もシードの名も意外と知られていないようだ。子供の頃に馴染んだレーダーを東京でほとんど見かけないので、不思議に思っている関西出身の読者は、案外多いのではないだろうか。「あの有名なレーダーをなぜ売ってないんだろう?」と。

シードは1915(大正4)年の創業。当時は三木康作ゴム製造所という社名で、天然ゴムを加工し、ゴムチューブやマット、ホースなどを作っていた。消しゴムも作っていたが、数多い生産品の中のひとつに過ぎなかった。
この頃の消しゴム市場はどのようなものだったのか。明治政府が義務教育を制度化したため、明治中期から昭和初期にかけて文房具の需要が急拡大した。鉛筆が普及するにつれて消しゴムの需要も増えたが、大正時代に数社の消しゴムメーカーが誕生しても、ほとんどの需要は外国からの輸入品でまかなわれていた。天然ゴムの国産消しゴムは、品質の点でなかなか外国製品に追いつけなかったのだ。

三木康作ゴム製造所は1950(昭和25)年にシードゴム工業と改称し、消しゴム専業メーカーとして再スタートを切る。背景には、幅広い製品を手掛けるよりも、有望な市場へ特化した方が得策という経営判断があった。
この頃、シードに限らず消しゴムメーカーには共通の悩みがあった。天然ゴムは自然素材だから価格の相場変動が激しい。製品の品質を安定させるのにも苦労していた。「天然ゴムに代わる新しい素材はないだろうか?」どのメーカーもそう思っていたところに、あるところから軟質塩化ビニルを使うというアイデアが持ち込まれた。
消しゴムの条件とは、紙面に圧着した鉛筆の黒鉛をうまく吸着し、なおかつ消しゴムの表面がきれいに削れること。軟質塩化ビニルを使えば、それが可能になるかもしれない。詳細は不明だが、このアイデアは複数の消しゴムメーカーに持ち込まれたらしい。ほぼ同時期に、数社でプラスチック消しゴムの開発が進んでいたわけだ。

プラスチック消しゴムのメリットは沢山ある。天然ゴムの消しゴムのように経年劣化して固くなることがなく、消しカスがポロポロすることもない。ゴム臭もなく、形は自由に成型でき、鮮やかな色を付けることもできる。
先陣を切ったのがシードだった。1958(昭和33)年に製法特許を公告し、世界に先駆けてプラスチック消しゴムを発売。それがどんな製品でいくらで売られていたのかは、シードにも現存資料が残っていないので分からない。ただ、レーダー発売以前のほとんどの製品がそうだったように、スリーブレスで薄い色が付いていたようだ。
プラスチック消しゴムが発売されたといっても、50年代後半から60年代後半にかけて、市場はほとんど変わらなかった。主流はあくまで天然ゴムの消しゴム。国産品の品質もかなり良くなったが、製図用などの高級品は相変わらず外国製品が支持されていた。
シードは、他社に先駆けて開発したプラスチック消しゴムを改良し続けた。そして10年後、その努力が大きな実を結ぶことになる。


レーダー登場、メディアパワーによってヒット商品に

最初のレーダー
初代レーダー「S-20」。スリーブのデザインが現行製品とは微妙に違う。本体にロゴがシルク印刷されていた。
「暮しの手帖」掲載時のレーダー

「暮しの手帖」で高く評価された「S-50」。価格は50円になっていた。

70年代に販売されていた学生向けのカラーレーダー。価格は1個50円。

90年代のレーダー

90年代に発売された代表的なレーダー。スリーブの基本デザインは変わっていないが、本体のロゴがカラー印刷されている。

1968(昭和43)年、シードはそれまで手掛けてきたプラスチック消しゴムの集大成ともいえる製品「レーダー」を発売する。名称をレーダーとしたのは、「レーダーのようにユーザーニーズをいち早く捉えたかった」から。品番は「S-20」。SはゴムがSoftであること、20は価格が20円であることを意味していた。ちなみに当時の国鉄の初乗り運賃も20円。消しゴムとしては、やや高めの値段だった。
レーダーは、そのスマートなスリーブのデザインと真っ白な消しゴム本体の色で、ユーザーに新鮮な印象を与えた。ちなみに、プラスチック消しゴムをスリーブで包むのは、消しゴムに含まれている可塑材がプラスチック製品などに移行し、融合してしまうのを防ぐため。消しゴムを長期間プラスチックの筆箱に入れっぱなしにしておくとくっついてしまう、あの現象のことである。

発売から2年後、思わぬところからレーダーの人気に火が付く。1970(昭和45)年、雑誌『暮しの手帖』6月号に掲載された消しゴムのテスト記事で、「安くてよく消える」と、レーダーが高い評価を得たのだ。『暮しの手帖』は商業主義を排した生活者視点の商品テストで知られており、庶民の消費行動に大きな影響力を持っていた。
記事が掲載されて以降、文具店ではレーダーの指名買いが相次ぐようになる。記事が出るまでレーダーの販売は関西地方が中心だったが、記事が出てからは一気に全国区の商品になった。しかも、営業しなくても販売店の方から売って欲しいと声がかかってくる。凄まじいまでのメディアパワーだった。

さらに、高度経済成長によるオフィス需要の増加と、学童数の増加がレーダーの販売を後押しした。シードも、人口をほぼカバーする「年間1億2000万個を生産できる」生産設備を整えて旺盛な需要に応えた。さらに、需要の拡大に伴ってユーザーニーズも多様化し、頻繁に使うオフィスでは一回り大きなレーダーが求められた。シードは様々な大きさのレーダーを発売し、ユーザーの声に応えていく。
ところが、こうした右肩上がりの状況は70年代までで終わってしまう。流通の現場がスーパーや量販店、コンビニにシフトしていき、街中の文具店は徐々にその数を減らしていったのだ。スーパーや量販店に対しては、棚を確保するために積極的な提案型営業が欠かせない。この点で、シードは総合文具メーカーに遅れを取ってしまった。現在、東京でシードの製品をあまり見かけない背景には、こうした事情がある。

ところが、レーダーの販売数が落ちてもシードの売り上げは落ちなかった。その高い技術力は他社も大いに認めるところ。シードはいくつかの文具メーカーに対し、プラスチック消しゴムをOEM供給(相手先ブランドによる製造)しているのである。つまり、私たちは気が付かないうちにシードが作った消しゴムを使っているのだ。
「ブランドシェアは低いんですが、生産シェアは高いんです(笑)」同社企画部の担当者は苦笑しながらそう語る。現在のシードは、消しゴム業界の知られざるトップ企業なのだ。

 


驚異のビッグサイズレーダーは技術力の証

勢揃いしたレーダーたち

「S-60」(63円)、「S-80」(84円)、「S-100」(105円)、「S-150」(157円)、「S-200」(210円)、「S-300」(315円)、「S-1000」(1050円)、「S-JUMBO」(2100円)、「S-10000」(10500円)。このほかに最小サイズの「プチレーダー4」(4個入り210円)もある。

カラフルレーダー

5色のバリエーションがある「カラフルレーダー」。63円と105円の2サイズあり、関東で人気があるという。

スリーブの角の切り落としアップ

スリーブの角にある小さな切り落とし。これは消しゴムにかかる圧力を分散し、折れを防ぐための工夫だ。

現在、レーダーには基本的なラインナップとして「S-60」から「S-300」まで6種類が揃っている。それぞれ大きさと容量、価格の違いがあるだけで、軟質塩化ビニル、可塑剤などの原材料はみな同じだ。もちろん、日本字消工業会基準の消字テストにおいて97%の消字率を記録した高い品質も変わらない。このラインナップだけを見ると、レーダーはいかにも実用性だけを追求した真面目なブランド、という印象を受ける。
ところが、必ずしもそうではないところがシードというメーカーの興味深い点だ。1989(平成元)年、シードはあるイベントに協賛し、ちょっとした遊び心から、非実用的な大きさのレーダー「S-JUMBO」を展示する。大きさは幅160×奥行き75×高さ27mm、重さは440g。最も売れている「S-60」に比べ、体積比で約43倍もある巨大な消しゴムだった。

あまりに評判が良かったため、シードは「S-JUMBO」をすぐに商品化。もう少し手頃な商品の方がいいと、2002(平成14)年にはそれよりひとまわり小さい「S-1000」をラインアップに加えた。
この2つだけでもシードというメーカーのユニークな社風が伝わってくるが、さらに驚くのは2005(平成17)年に発売した「S-10000」というお化け消しゴム。その大きさ、なんと幅276×奥行き141×高さ43mm。重さは約2.3kgにも達する。実物を目にすると、しばし唖然とした後、思わず笑いがこみ上げてくる。まるでまな板のようだ。こんな消しゴム、いったい誰が使うのか。値段は10,500円。いったい誰が買うのか。

「私たちも疑問だったんです(笑)。S-10000はギフト用に買われるお客さんが多いですね。あるいはコレクターの方。実用性もちゃんとあって、ビッグサイズのレーダーは消しゴム版画用に切って使うというお客さんもいらっしゃいます」と担当者。
このサイズになると、作るのはかなり大変らしい。消しゴムは原材料を配合し、加熱しながら攪拌した後に成型して作るのだが、大きくなるほど品質を均一に揃えるのが難しくなる。ビッグサイズレーダーは、シードの遊び心を体現しているのと同時に、長年培ってきた製造技術の証でもあるのだ。消しゴム専業メーカーとしての誇りが、この前代未聞の巨大消しゴムを生んだのである。


 
新しい方向性の模索──実用の道具から文化的道具へ

Bu-Bu消しゴム

かつて社内で三種の神器と呼ばれた「Bu-Bu消しゴム」。大ヒット作となった。

スーパーケシック01

能力を鍛えるIQパズル消しゴム「スーパーケシック01」。ピラミッド型に組み上げる「スーパーケシック02」もある。各420円。

アナタス

機能性消しゴムの代表格「アナタス」。角が丸くなっても消し感は変わらない。105円。

天然ゴム字消し「スーパーゴールド」

天然ゴム字消し「スーパーゴールド」。金属スリーブ、箱入りが特徴で、価格はなんと525円。

現在、国内では日本字消工業会に加盟している8社が消しゴムを自社生産している。それ以外にも非加盟のメーカーがあるが、業界全体は中国製の安い消しゴムの影響を受け、厳しい競争にさらされているのが現状だ。レーダーもまた、その販売量は年々減少傾向にある。
消しゴム専業メーカーであるシードは、市場が縮小していくのを指をくわえて見ているわけにはいかない。パソコンの普及によってオフィス需要は激減したが、学童需要はまだ年間1600万人分のマーケットを維持している。シードは早くから学童向けの企画製品を作り、市場確保に努めてきた。
動物や乗り物、お菓子等を模した玩具系はもちろん、キャラクター消しゴムやパズルになっている消しゴム、女の子に人気の占い系消しゴムなど、その種類は多種多様。時代の風潮に合わせ、数多くのユニークな消しゴムが登場し、消えていった。

多品種展開は現在も変わらない。ここ数年の消しゴム業界にとって、久々のヒット商品になっているのがスタンプ用の消しゴムだ。既に消しゴムはんこ作家による本も沢山発売されており、イベントも頻繁に開催されている。シードも「ほるナビ」シリーズを発売し、このジャンルにはかなり力を入れている。
また、レーダー以外の実用的な消しゴムでも、穴と溝を設けて消しやすさを追求した「アナタス」、軽い力でサラリと消せる「カルサーラ」、消しクズが散らない「ノンダスト」など、ユーザーの使い勝手を考えた個性的な製品を数多く世に送り出している。
消しゴムの新たな方向性を予感させるのが、新製品の天然ゴム字消し「スーパーゴールド」と、薄型ホルダー消しゴム「スレンディプラス」だろう。文房具というより、もはやステーショナリーの感覚。コレクターでなくても、このプレミアム感は魅力的だ。

来年、レーダーは誕生から40年目を迎える。シードにとっては間違いなく屋台骨ともいえる重要な製品だ。現存するプラスチック消しゴムでは最も長寿を誇るロングセラーだし、OEM生産分を含めると、世界で最も売れているプラスチック消しゴムかもしれない。
文房具の世界では、消しゴムは脇役なのだという。主役は、鉛筆やボールペンのような“書く”道具。脇役に求められるのは、堅実で確かな仕事だ。
レーダーは、常にその役割をきっちりと果たしてきた。時たま遊び心が表に出てくるが、これはたぶん、レーダーが大阪生まれだからだろう。

 
取材協力:株式会社シード(http://www.seedr.co.jp/
     
修正テープを世界で始めて作ったのもシードだった!
修正テープの試作品
ケシワードぴーも
詰め替え式の「ケシワードぴーも」。テープの幅は3種類ある。420円。
すべてを手作りした修正テープの試作品。開発には3〜4年かかったという。

プラスチック消しゴムと並ぶシードのもうひとつの大きな業績が、修正テープの開発だ。トップメーカーではあっても、消しゴム自体の需要が縮小化しつつあるのは避けられない現実。どうしても、新しいビジネスの柱を作る必要があった。
シードが目を付けたのは、既に普及している修正液だった。OA化が進んだ時代に登場した、便利な“消す”道具。ただ、修正液には「乾くのが遅い」「修正後の表面が凸凹する」「匂いがキツイ」など、様々な欠点があった。それらを解消するために生まれたのが、ドライタイプのテープを転写するというアイデア。紙に転写しやすく、テープからは剥がれにくいという条件をクリアするのは大変だったが、試行錯誤を繰り返し、1989(平成元)年、ついに世界初となる修正テープの発売にこぎつけた。今では多くのメーカーから発売され、文具界のヒット商品となっている。シードは基本特許をライセンスしたため、修正テープは日本から世界へと広まった文房具のひとつとなった。

 
タイトル部撮影/海野惶世 タイトル部撮影ディレクション/小湊好治 取材編集/バーズネスト Top of the page

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