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昭和初期に発売されていた専門家用クレパス。残念ながら広く普及するまでには至らなかった。 |
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大人向けの「サクラハイクレパス25色」。学童用より鮮やかで重厚な発色が特長だった。 |
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現行商品「クレパス
スペシャリスト85色(88本入り)」。ここまでくるとモノとしての存在感も充分。16,800円。 |
クレヨン、パステルと並ぶ学童用描画材料の代表格となったクレパス。最後発ながら、クレヨンやパステルの市場に食い込んだという点では画期的な商品と言えるだろう。だが、学童用として広く普及したということが、逆にクレパスの市場を狭くしてしまったとも言える。
元来、クレヨンもパステルも学童用に限定された描画材料ではない。棒状の油絵具とも言えるクレパスもまたしかり。サクラクレパスも早くからそのことを意識していたようで、1937(昭和12)年には専門家向けのクレパスを商品化している。だが、この商品は一部の画家たちに愛用されたにとどまり、絵を趣味とする大人の描画材料としては定着しなかった。
その一方で、太平洋戦争の最中は油絵具の輸入が途絶えてしまったこともあり、多くのプロの画家たちが油絵具の代用品としてクレパス画を描いていた。最初は代用品としての意識しかなくても、描いていくうちにクレパスの持ち味を生かしたオリジナリティ溢れる作品を発表する画家が現れ、クレパス画はちょっとしたブームになったという。戦後の1951(昭和26)年に開催された「現代大家クレパス画展」には、猪熊弦一郎、小磯良平、野口彌太郎といった名だたる画家たちが作品を発表している。
だが戦争が終わって再び油絵具が入手しやすくなると、プロの画家たちは徐々にクレパスから離れていった。それでもサクラクレパスは専門家向けクレパスの開発を諦めず、戦後も厳選した高級顔料を使用した「サクラハイクレパス」を発売。さらに2000(平成12)年には、角形形状にして面描だけでなく線描にも対応できるようにした「クレパス
スペシャリスト」をラインナップに加えている。中でも88本入り木箱セットの豪華さは舌を巻くほど。学童用描画材料の印象は微塵もなく、まさしくプロの道具である。
近年、サクラクレパスは全国で「大人のクレパス画教室」を開催し、絵を描くことから離れていた大人たちに、再び絵画の楽しさを教えようとしている。ここで子供の頃に親しんだクレパス画の魅力を再認識し、本格的に始める中高年も少なくないらしい。確かに、上手に描かれたクレパス画を目にすると、「クレパスでここまで描けるのか」と驚くことがよくある。
サクラクレパスの担当者はこう言う。「私たちの心のどこかに、クレパスは子供の描画材料という刷り込みがなされているんです。でも、決してそうではありません。大人も充分に楽しめる奥の深い描画材料なんです。あまりにも子供用の描画材料として普及してしまったため、そのことがほとんど知られていないのは残念ですね。私たちは『大人のクレパス画教室』を通して、情報の入れ替えを試みているところなんです」
クレパスは、今でも小学校低学年向けの描画材料として学校から推奨されることが多い。全国で約230万人いる小学校低学年(1・2年生)の児童数を考えると、マーケットそのものは決して小さくない。だが、子供の絶対数は年々減っている。もはや学童需要だけに頼るわけにはいかない。クレパスの未来を左右するのは、かつてクレパスで絵を描いていた大人たちなのである。
何十年ぶりになるのだろう。新しいクレパスを買って絵を描いてみた。モデルは椅子の上で眠っている猫。黒いクレパスで薄く輪郭を描き、茶色と白を重ねながら塗っていく。そうそう、この感触。この色の鮮やかさ。描いているうちに昔の記憶がよみがえってきた。それに、なんだか思っていたよりもずっと楽しい。
80年以上に渡り、クレパスはほとんど変わっていない。そしてクレパスを使って絵を描く楽しさもまた、変わっていない。
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