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ニッポン・ロングセラー考 Vol.67 チロルチョコ チロルチョコ キーワードは“おいしさ”と“楽しさ”夢が詰まった正方形の一粒チョコ

発想の原点は「子供たちがお小遣いで買えるチョコ」

初代チロルチョコ

西日本で育った中年層には懐かしい初代チロルチョコ。現行商品よりヌガーが少し固かった。

裸の3つ山チロルチョコ

今の一粒チロルとは異なり、3つ山だった初代チロルチョコ。子供が充分に満足できる量だった。

松尾製菓工場外観

1989(平成元)年に新工場が完成した福岡県田川市にある松尾製菓工場。

「10円あったらチロルチョコ♪ チロルチロ〜ルチョコレート♪」
小学校低学年の頃、このメロディを口ずさみながら、よく近所の駄菓子屋へ走って行った。手の中には汗ばんだ10円玉が1個。たまに20円、30円持っていた時など、チロルチョコを複数買うか、それともガムを一緒に買うかで随分悩んだものだ。
こんな経験があるのは、西日本で育った40歳以上の中年層だけかもしれない。時代は経済の高度成長が始まって間もない1960年代。近所の駄菓子屋やパン屋(駄菓子屋を兼ねていた)で買うお菓子は、子供たちにとって大きな楽しみのひとつだった。問題は、少ないお小遣いでどんなお菓子を買うか。できれば、甘くて美味しいチョコレートが欲しい。でも、親にねだってもらえるお小遣いはせいぜい10円、20円といったところ。10円で買えるチョコレートはチロルチョコしかなかった。

「チロルチョコってそんなに昔からあるの?」と思われた読者は、おそらくコンビニ世代だろう。今のチロルチョコは一粒チョコだが、昔はそうじゃなかった。一粒チョコを3つ連ねた、3つ山の形をしていたのである。作ったのは、福岡県田川市でキャラメルやキャンディーなどを製造していた松尾製菓株式会社。2代目の松尾喜宣(よしのり)社長が「子供がお小遣いで買えるチョコレートを作ろう」と思い付き、ゼロから開発した商品だった。背景には、当時のチョコレートがまだ高級品だったという事実がある。一般的な板チョコの値段は50円で、製品自体もほとんどが大人を想定して作られていた。また松尾製菓は戦後間もない頃、貧しい子供たちにもお菓子を食べさせるべく、キャラメルのバラ売りを成功させた実績があった。今度はチョコレートで子供たちを喜ばせようと考えたのである。

値段は最初から10円に決めていた。問題はチョコレートそのものをどう作るか。形は子供が食べやすいよう3つ山にする。容量も20gほどは欲しい。だが、全部チョコレートで作ると原価が10円を超えてしまう。結局、中にチョコレートに代わるものを入れることにし、試行錯誤を繰り返した結果、最もチョコレートとのバランスが良いヌガー(砂糖と水飴で作ったキャンディ)を入れることにした。
中身の次は商品名とパッケージ。当時、お菓子や乳製品にヨーロッパのイメージを採り入れることが流行していた。アルプスの麓にあるオーストリアのチロル地方は、美しく雄大な大自然と澄み切った新鮮な空気、そして村々に暮らす素朴な人々が最大の魅力。そんな爽やかなイメージのお菓子にしたいということで、商品名は「チロルチョコ」に決まった。パッケージには高級感を演出する金色を使い、商品名に合わせてチロリアンハットをデザイン。ここに、子供向けではあるが、とても10円とは思えない完成度の高いチョコレートが完成した。

1962(昭和37)年、初代チロルチョコは主に西日本の駄菓子屋で発売された。東日本ではほとんど出回らなかったが、これは販路が未開拓だったためだ。
初代チロルチョコは発売後からコンスタントに売れた。年端のいかない子供にとっては、チロルチョコの登場は確かに衝撃的な出来事だった。何しろ、憧れのチョコレートが自分のお小遣いで買えるのである。しかもチロルチョコは中にヌガーが入っているので、そこそこ食べ応えがあった。食べ盛りの子供にとって、これほど理想的なお菓子は他になかったといっていい。
だが、子供たちに厚く支持されたチロルチョコにも、試練の時がやって来る。


10円の原点に立ち返り、1つ山の正方形チョコで再スタート

20円の3つ山チロルチョコ
オイルショックの影響で20円に値上げしたチロルチョコ。苦渋の決断だった。
30円の3つ山チロルチョコ

物価上昇は収まらず、ついに30円に値上げ。パッケージデザインはさらに変わった。

発売当時の1つ山チロルチョコ「コーヒーヌガー」

10円というアイデンティティを守るため、1つ山にチェンジ。チロルチョコの新たな歴史はこの「コーヒーヌガー」から始まった。

「復刻版ミルクヌガー」

「復刻版ミルクヌガー」(30円)。ピーナツを練り込んだ香ばしいヌガーの味が懐かしい。

1973(昭和48)年、第一次オイルショックが日本経済を直撃した。インフレが急速に進行し、物価は急上昇。菓子作りに欠かせない砂糖の値段も、わずか1ヶ月で3倍に高騰した。ここまで原材料費が上がると、チロルチョコも値上げを考えざるを得ない。だが、チロルチョコにとっての10円には価格以上の意味がある。発売当時よりも子供のお小遣いは上がっていたが、子供がワンコインで買えるという手軽さこそが、チロルチョコの本質的な価値なのだから。
会社はギリギリまで踏ん張ったが、限界はすぐにやって来た。74(昭和49)年、ついに価格を20円に値上げ。その後もオイルショックによる物価の高騰が続き、76(昭和51)年には30円へと再値上げせざるを得なくなった。

チロルチョコの場合、元々単価が低いので、値上げのインパクトは必要以上に大きくなってしまう。30円でも市場では極めて安いチョコレートだったが、既に子供の心には「チロルチョコは10円」という固定観念ができてしまっている。パッケージのデザインを変えて新商品のイメージを演出したが効果は薄く、チロルチョコの売れ行きは徐々に下降線をたどっていった。
こんな状況を黙って見過ごすわけにはいかない。チロルチョコは松尾製菓の屋台骨といっていい商品である。なんとかして立て直しを図る必要があった。悩んだ末に2代目が出した結論は、「チロルチョコの原点である10円に立ち返る」というもの。チロルチョコは3つ山で30円。1つ山にすれば10円で販売することができる。3つ山である事もチロルチョコの重要な要素だったが、子供にとっては10円で買える事実の方が大切。そう判断し、チロルチョコの形を大胆に変えたのである。

1979(昭和54)年、松尾製菓は1つ山の正方形(1辺2.5cm角)チロルチョコを新発売。味は今も定番中の定番となっている「コーヒーヌガー」で、パッケージのデザインも3つ山時代からガラリと変えた。チョコレート色の包装紙に、カラフルな色づかいの「TIROL」ロゴ。子供にも大人にも受け入れられるこのデザインは、今に至るまでほとんど変わっていない。
幸いなことに、この1つ山=一粒タイプの新しいチロルチョコに、一旦は離れた子供たちの関心が戻ってきた。やはり子供たちは、チロルチョコに10円で買えるという手軽さを求めていたのである。
その後、店頭では毎年2〜5種類程度の新商品を出して訴求力のアップを図った。ちなみに、チョコレートの新製品は秋に発売が開始され、一冬を売り切って夏前に販売を終えるのが業界の慣習。市場には競争に勝ち残った数少ない商品だけが残る。チロルチョコでは1984(昭和59)年の「アーモンド」、88(昭和63)年の「ビスケット」、90(平成2)年の「ミルク」が定番化。現在、「コーヒーヌガー」と「ミルク」は季節を問わない通期商品として販売されている。

売れ行き上昇と共に、松尾製菓は販路の拡大にも乗り出した。新規の販売ルートを開拓し、念願だった東日本へも本格的に進出。チロルチョコは一粒単位で売られる唯一のチョコレートとして、その名を全国に知られるようになる。
90年代に入ると、スーパーを中心にアソート商品(他種類のチロルチョコが入ったバラエティパックなど)を発売。さらに1990(平成2)年には、3つ山の「復刻版ミルクヌガー」を市場投入。初代チロルチョコに改良を加えたこの製品は昔を懐かしむ消費者の声に応えたもので、現在も通期販売されている。

残りの定番3種類
「コーヒーヌガー」と並ぶ定番商品。左から発売当時の「アーモンド」「ビスケット」「ミルク」。

 


コンビニへ進出し、「きなこもち」で大ブームを巻き起こす

コンビニ用20円チロルチョコ

コンビニ向けの「コーヒーヌガー」。パッケージデザインは従来品と同じだが、サイズが一回り大きい。下面にバーコードが見える。

「きなこもち黒みつ仕立て」

プレミアムな味わいの新製品「きなこもち黒みつ仕立て」。キャラクターの「きなこもち君」はファンにはお馴染み。

「きなこもち〈袋〉」

スーパーやコンビニで売られるアソート品「きなこもち〈袋〉」。他に吊り下げタイプもある。

一粒チョコとしての販売が軌道に乗ったチロルチョコだったが、再び新たな問題が持ち上がってきた。バブル期以降、街の駄菓子屋の数が激減し、販路の縮小傾向が続いていたのである。
ここで辣腕を振るったのが、90年代以降、チロルチョコの経営を切り盛りしてきた3代目社長の松尾利彦。彼が目を付けたのは、急激に市場を伸ばしつつあるコンビニだった。某チェーンでのテスト販売は成功したが、その後既存の商品のままでは販売が難しい事が判明した。サイズが小さすぎて、パッケージにバーコードを印刷できないのである。コンビニではPOSで商品管理を行っているから、バーコードの印刷は絶対条件。そこでパッケージにバーコードを印刷するため、今までより一回り大きなチロルチョコを新開発。1993(平成5)年から、コンビニでは20円で販売することにしたのである。

10円のチロルチョコは既存の流通で販売し、10円というチロルチョコのアイデンティティを守り続ける。その一方で、新たな時代、新たな販路に向けた新しいコンセプトのチロルチョコを開発する。
根底にあったのは、「チロルチョコを子供の駄菓子で終わらせたくない」という熱い思い。コンビニには子供から大人まで、男女を問わずあらゆる年代の消費者がやって来る。しかも店頭に並んでいるチョコレート菓子は大手メーカーの人気商品ばかり。そんな中にあって、1辺3cm角の一粒チョコが存在感を主張するためにはどうしたらいいのか? 出した結論は、“消費者が予想し得ない面白さ”を備えた商品づくりだった。
味のバリエーションに工夫を凝らし、一見チョコレートには結び付かないような味にも果敢に挑戦する。パッケージデザインには特に力を入れ。遊び心を盛り込んだデザインを積極的に採り入れる。そんな考え方が浸透し、2000(平成12)年以降、チロルチョコは毎年10〜15種類ほどの新製品をコンスタントに発売し続けている。
また04(平成16)年には、企画・販売部門を分社化させたチロルチョコ株式会社を東京に設立した。

ここ数年のチロルチョコの中で最もインパクトの大きかった商品は、2003(平成15)年の秋冬シーズンに発売し、大ヒットを記録した「きなこもち」だろう。その過熱ぶりはテレビでもよく取り上げられたから、覚えている読者も多いはず。もっとも、当の松尾製菓はそんなに売れるとは夢にも思っていなかったらしい。
もともと「きなこもち」は、ある企画担当者が長年温めていたアイデアだった。もちグミときなこチョコを組み合わせた試作品を企画会議に出したところ、評判は上々。ただ、きなこ(和)とチョコレート(洋)の組み合わせはいかにもキワモノ的で不安が残る。外す可能性もあるということで、当初はアソート品に入れる1商品として開発を進めていた。ところが、コンビニのバイヤーに試食してもらったところ、返ってきたのは「こんなに美味しいなら単品でもいけるよ」という好反応。これに意を得て単品発売したところ、若い女性の口コミ効果で徐々に人気に火が付き、最終的にはわずか5ヶ月間で約1700万個も売れたのだった。

以降、「きなこもち」は秋冬の限定商品として毎年必ず店頭に並ぶ定番商品に昇格。昨年の冬はコンビニで単品を約2900万個、袋入り商品で約1億個(個数換算)を販売している。この数字は、チロルチョコ全体の販売量の約2割に当たる巨大なものだ。ファンの間では、「きなこもち」は箱買いが当たり前になっているという。
ちなみに今年の「きなこもち」は、黒みつを加えてワンランク上の味を実現したコンビニ限定の「きなこもち黒みつ仕立て」が新登場。これは2005(平成17)年から発売されているプレミアムチロルチョコのひとつで、値段は1個30円前後。1個10円からここまで来たかという気もするが、食べてみると味の違いは明らか。チロルチョコは今も進化し続けているのである。


 
消費者が驚き、作り手が面白いと思える商品を作る

「博多あまおうたると」
「ホワイト&クッキー」
秋冬の新製品「博多あまおうたると」。コンビニ・期間限定。32円。

「ホワイト&クッキー」。サクサクのクッキーが美味しい。21円。

「バラエティパック」

通期販売の「バラエティパック」もシーズン毎にパッケージをリニューアル。

「クリスマスチョコレート」
「ビッグチロル〈バラエティ〉」

催事企画の「クリスマスチョコレート」は冬季限定。2種類のレアチロル入り。

こちらはバレンタイン催事企画の「ビッグチロル〈バラエティ〉」。各種チロルが20個入っている。

今では年間7〜8億個を販売しているチロルチョコ。初代チロルチョコの誕生から46年が過ぎ、一粒タイプになってからだとちょうど30回目の冬を迎えることになる。これまでに発売したチロルチョコの種類は、味の分類だけでもおよそ150種類。これにパッケージのバリエーションや形態(単品、アソート品、吊り下げなど)の違いが加わり、さらにはクリスマスやハロウィンなど特別な時期にのみ販売される「催事企画品」などが加わる。今までに何種類のチロルチョコが登場したのか、もはや同社の広報でも正確な数は把握できないらしい。しかも滅多に手に入らない珍しいバージョンのパッケージや、予定より短期間のうちに市場から消えてしまうチロルチョコもある。

たった10円か20円で集められるコレクションの世界。そう、チロルチョコはお菓子であると同時に、マニア心をくすぐるコレクターズアイテムでもあるのだ。実際、チロルチョコの熱心なファンの編集者が作ったオフィシャルブックが発売され、ネット上には歴代パッケージの包装紙を紹介する個人ホームページもいくつかある。これほどまでに熱いファンがいるお菓子は、ちょっと他に見当たらない。

次はどんなチロルチョコが出てくるのか──消費者が抱くこのワクワク感こそ、チロルチョコの新しいコンセプトだった。味でもパッケージデザインでも常に消費者に驚きを与え続け、決して飽きさせないこと。そのために、商品企画には膨大な時間が費やされるという。同社の広報によると、企画段階でボツになったアイデアは数知れず。あまりに多すぎて例を挙げるのも難しいらしい。
話を聞いていると、お菓子の企画というより玩具の企画のようにも思えてくる。企画担当者自らが、「こんな味のチロルチョコがあったら楽しいはず」「こんなパッケージならみんな驚くだろう」そう思いながらチロルチョコを作っているのである。

1辺わずか3cmに満たない正方形の一粒チョコ。指でつまめるこの小さな形には、途方もなく大きな夢が詰まっている。

 
取材協力:チロルチョコ株式会社(http://www.tirol-choco.com/
     
自分だけのオリジナルチロル「DECOチョコ」とは?
「DECOチョコ」
「DECOチョコ」制作画面。パソコンが使えれば操作はいたって簡単だ。

「こんなにいろんなデザインのチロルチョコがあるんだから、自分でも作ってみたいなあ」そう思うチロルファンは結構多いはず。そんな声を反映し、昨年11月から「自分の好きな写真や画像をチロルチョコのパッケージにプリントできる」ユニークな有料サービスがスタートしている。名付けて「DECOチョコ」。株式会社MACスタイルとチロルチョコのタイアップ商品だ。
使い方は簡単で、チロルチョコのホームページから専用ページへ飛び、指示された手順に従ってパソコンを操作するだけ。1種類の画像で45個、または3種類の画像で各15個の合計45個を注文することができる。選べる味は「ミルク」と「BIS(ビス)」の2種類。1セットで税込み2362円だが、送料と代引き手数料が加わると、チロルチョコ1個あたりの値段は70円ほどになる。ちょっと高いけれど人気は高く、贈答用や個人の記念用によく利用されているのだとか。今年9月からはモバイル版も新登場。チロル好きの方は一度試してみてはいかが?

 
タイトル部撮影/海野惶世 タイトル部撮影ディレクション/小湊好治 取材編集/バーズネスト Top of the page

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