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ニッポン・ロングセラー考 Vol.69 ほんだし 味の素 日本の食文化を支え続けてきた「和風だしの素」の代表格

自然派調味料の台頭、食の洋風化・簡便化を背景に誕生

発売当時のほんだし発売当時のほんだし

発売当時の「ほんだし」。瓶入りと袋入りの2バージョンは今も変わらない。

「かつお風味のほんだし〜♪」──食卓に上るお味噌汁や煮物を前にすると、時たまこのメロディーが頭の中を流れる。テレビCMのキャラクターは女優の池内淳子さん。ブラウン管の向こうから池内さんが差し出すお味噌汁は、本当に美味しそうだった。
味の素から和風だしの素「ほんだし」が発売されたのは、今から約40年前の1970(昭和45)年11月。もっと昔からあったような気がするのは、その圧倒的な知名度のせいかもしれない。和風だしの素市場でのシェアは50%以上。発売後5年で40%に達し、販売量も99(平成11)年まで右肩上がりを続けてきた。用途の広い風味調味料として、「ほんだし」ほど家庭に浸透している商品は他にない。発売元の味の素株式会社にとっても、「ほんだし」は「味の素」に並ぶ基幹商品となっている。

「ほんだし」が発売された当時、日本は高度経済成長の波に乗り、生活のあらゆる面が大きく様変わりしつつあった。食生活はどう変わったか。核家族化の進行によって、いわゆる“おふくろの味”の継承が難しくなった。また食の洋風化が進んだことにより、和食そのものの頻度が徐々に低下していった。洋風化と同時に進行したのは、食の簡便化。女性の社会進出が珍しくなくなり、家事労働の低減や料理時間の短縮が求められるようになった。スーパーが登場し、棚に加工食品や冷凍食品が並ぶようになったのもこの頃である。
こうした流れの中にあって、台所に立つ女性にとって「だしを取る」事は、依然として骨の折れる作業だったに違いない。代表的なかつおだしにしても、まずかつお節を削る事自体が手間の掛かる作業だ。削り節ができた後は、煮出し時間に神経を使う。一番だしや二番だしなど、用途によって手間の掛け方が違ってくるからだ。失敗すると時間も手間も無駄になってしまう。

和風だしの素の誕生には、食生活をめぐるこうした背景があった。さらには、調味料自体に変化があったことも見逃せない。精製度の高い精製塩や上白糖から、天然原料を使用したナチュラル系調味料へと消費者のニーズが変化したのである。かつお風味の和風だしの素の場合、主原料はまさにかつお節そのもの。消費者に受け入れられる素地は充分にあった。
実は、最初に発売された和風だしの素は「ほんだし」ではない。1964(昭和39)年に発売された競合他社の製品が市場を開拓し、数社がそれに続いた。味の素は単一うま味調味料(「味の素」)と複合うま味調味料(「ハイミー」)の分野では先陣を切り、業界トップを走っていたが、風味調味料の分野では後発だったのである。

ほんだし発売当時の広告

ほんだし発売当時の広告。

だが後発だからこそ、味の素には“ベター&ディファレント”な商品を開発することが可能だったともいえる。和風だしの素にとって大切なポイントは、香り・コク・うま味の三要素。味の素にはコクとうま味を作り出すノウハウはあったが、香りに関しては一から研究しなければならなかった。開発陣は厳選した薪を燃やし、煙でかつおを燻して香りを付ける焙乾(ばいかん)技術に独自のノウハウを投入。職人の技と味の素の技術を融合させて、かつお節をつくり上げる事に成功した。
次はかつお節を粉砕し、かつおエキスやうま味成分などの粉末を混ぜ合わせる段階。だが、ここに大きな問題があった。当時の「ほんだし」の容器は、70g入りの瓶と60g入りの袋詰めパック。これだと大きく重い粉末だけが容器の下方に移動してしまい、味の均一性が保てなくなってしまうのである。同時に、粉末同士が吸湿して固まるという問題もあった。
難題だったが、社内の医薬部門で使われていた造粒のノウハウが道を切り開いた。つまり、異なる大きさの粉末同士を練り固めた顆粒にすることで、粉末分散と固着の問題をクリアしたのである。

「ほんだし」は、味や風味、製法もそれまでの和風だしの素とは決定的に違っていた。発売時の小売価格は瓶入りが120円、詰め替え用の袋入りが80円。先行商品よりもやや高かったが、消費者の目は確かだった。なかなか拡大しなかった和風だしの素市場は、「ほんだし」の登場で一気に活気づいたのである。


長期的なコミュニケーション戦略でブランドを確立

発表会の写真

発売前に行われた発表会の様子。バイヤーやマスコミの注目度は非常に高かった。

店頭販売の写真

スーパーでは早くから大量陳列を実施。ディスプレイやのぼりに味の素の意気込みが伺える。

 

「ほんだし」の登場でにわかに注目されるようになった和風だしの素市場だったが、発売当時はまだかつお節を削ってだしを取る家庭が沢山あった。販売量を増やすためには、まず「ほんだし」という商品の存在を消費者に認知してもらわなければならない。味の素は「ほんだし」の美味しさ、便利さを周知徹底するために、長期的な視野に立ったコミュニケーション戦略を実施した。
その代表的な例が、女優・池内淳子を起用した一連のテレビCMシリーズ。季節感あふれる椀ものを作る正統派主婦像が、お味噌汁作りを重視する多くの女性層の支持を得た。このCMは1973(昭和48)年から85(昭和60)年まで継続。親しみやすいタレントと「かつお風味のほんだし」「ほんだし女房」といった印象的な広告コピーが、ほんだしブランドの浸透に大きく寄与したのである。89(平成元)年から96(平成8)年までは同じく女優の三田佳子を起用。こちらのCMシリーズも、「お箸の国の人だもの。」という名コピーを残している。

実際の販売面でも、「ほんだし」は味の素らしい強力なマーケティング戦略で店頭訴求力を高めていった。発売前には卸や量販店、マスコミを招いた大々的な商品発表会を実施。発売後はスーパーの最も目立つ場所で大量陳列するなど、各地で積極的な販促活動を繰り広げた。
「ほんだし」の販売を軌道に乗せれば、味の素は単一うま味調味料・複合うま味調味料・風味調味料からなる3つの調味料市場で大きなシェアを取ることができる。販促に力が入るのも当然だった。

以降、「ほんだし」の販売量は順調に伸び続け、発売後数年で和風だしの素市場におけるトップブランドに躍り出る。1980年代以降はかつお節を削ってだしを取る家庭がめっきり減り、お味噌汁や煮物などの汁物料理に和風だしの素を使うことが一般的なスタイルとなった。シェアからすれば、その半分以上が「ほんだし」だったわけである。となると今の中年世代の半数は、ほとんど毎日「ほんだし」を使ったお味噌汁を飲んでいたとも言えそうだ。「ほんだし」が一般家庭に普及するスピードは、「味の素」以上に速かったのかもしれない。

テレビCMと並び、「ほんだし」を語る上で外せないのがそのパッケージだろう。約40年の歴史の中で、「ほんだし」のパッケージはたびたび変更されている。細かく見れば随分デザインが変わっているのだが、なぜか私たち消費者にはそれほど変わったという印象がない。その理由は、デザイン上のアイコンが踏襲されているからだ。発売当初の商品パッケージに使われている「円の中のかつおマーク」は現行商品にも活かされているし(向きは反対になっている)、手書き風のロゴタイプを載せた赤い短冊は2005(平成17)年まで使われていた。1988(昭和63)年に採用された大きな赤丸は、アレンジを加えて今もしっかりと残っている。
「ほんだし」のような定番商品になると、パッケージデザインを大胆に変更するのはなかなか難しい。一目で「ほんだし」と分かるアイコンを使いながら、適度に視覚的な新しさを取り入れる──「ほんだし」のパッケージには、味の素の巧みなマーケティング戦略が見て取れる。

1970年
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「ほんだし」パッケージの変遷。かつおマーク・ロゴを載せた短冊・赤丸がお馴染みのアイコン

1kg5万円のかつお節を目標に、商品を全面刷新

3種類のかつおぶし

全面刷新された「ほんだし」に使われる3種類のかつおぶし。深燻しは味のベースになり、極深燻しは削り立てのロースト香を付加。浅燻しはマイルドな香りを醸し出す。

飛ぶ鳥を落とす勢いで販売増を続けてきた「ほんだし」だったが、21世紀に入るとさすがにその売れ行きにやや陰りが見えてきた。背景にあるのは、和風調味料市場全体の縮小傾向。食生活の多様化がさらに進み、洋食の頻度がこれまで以上に高くなった。味の素の調査によると、食卓における和食の出現頻度はここ10年で約10%も低下しているという。特に若年層は絶対数が少なく、個食化がどんどん進行している。結果的に家庭内で和食を調理する機会が減り、「ほんだし」の出番自体にも減少傾向が現れてきたのである。
食の好みは時代と共に移り変わる。これまでも味の素は3年に1度のペースで「ほんだし」のリニューアルを行い、消費者のニーズを掬い上げてきた。だが現状を鑑みれば、もっと根本的な部分から「ほんだし」を作り変える必要があった。「このままでは日本の和食文化自体が危ない。『ほんだし』に新しい命を吹き込み、より広い層に和食の良さを再認識してもらおう」──強い危機感を抱いた味の素は、全く新しい「ほんだし」の開発に取り掛かった。

新しい「ほんだし」が目指したのは、「子供からお年寄りまで、だれもが美味しいと感動できるお味噌汁」。開発陣はまず、目標となる理想のだし作りに取りかかった。最高のかつお節やマグロエキスなど、集めた原料は20種類以上。コストを度外視して完成させたお味噌汁の味は、今まで誰も経験したことのない美味しさだった。だがその時に作っただしの単価は、1kgでなんと5万円。コストの問題を乗り越え、この美味しさをどこまで商品化できるかが課題となった。

現行のほんだし3種

2007年に全面刷新された現行の「ほんだし」。左から40g×3袋入り、詰め替え用スタンディングパウチ、使いやすい小袋タイプ。

通常、かつお風味の和風だしの素は、荒節と呼ばれる「深燻し」のかつお節から作られる。発売当時の「ほんだし」もこの深燻しを原料にしていたが、1995(平成7)年のリニューアル時に削り立ての香りを付与する「極深燻し」のかつお節を追加。以降、「ほんだし」は2種類のかつお節で独自の香りを作り出してきた。
だが究極のかつお節に比べると、まだ決定的に足りない香りがある。それはかつお節ならではの、口に含んだ瞬間にふわっと広がる香りだった。だが、この香りを足すためには新たなかつお節を作らなくてはならない。開発のポイントは、焙乾する際の煙・質、そして節の形状。味の素は焼津に新たな焙乾工場を造り、約300種類ものかつお節を試作。試行錯誤の末、ついに目的の香りを再現する「浅燻し」のかつお節を作ることに成功した。

3種類ものかつお節から作られる新生「ほんだし」が発売されたのは、2007年の9月。37年ぶりの全面刷新なので、さすがの味の素にも一抹の不安はあったようだが、消費者からは概ね好意的に受け止められている。天然のかつおだしを知っている古くからの顧客層からは「より天然だしに近くなった」との声が上がり、若い主婦層からも「お味噌汁がマイルドな味わいになった」と評判がいいという。
若い層の取り込みは、味の素が強く意識していた事だった。最新のテレビCMでは、かつてのほんだし女房・池内淳子が祖母役で登場し、孫娘の宮崎あおいに野菜がたっぷり入った煮物の作り方を教えている。


 
キーワードは、エコロジーとユニバーサルデザイン

ほんだしのボトル

このくびれと丸みが新しいボトルの大きな特徴。手の小さな女性でも持ちやすいよう、曲線の角度が決められた。

ほんだしの紙箱の蓋

軽く押すだけで封ができる紙箱のパッケージ。女性の視点から発想されたアイデアだ。

2007年の全面刷新は、「ほんだし」の中身だけでなく容器やパッケージそのものも大胆に変える事となった。例えば瓶の形。長く使われた茶色の瓶に黄色の蓋というお馴染みのデザインは、ちょっとずんぐりしたひょうたん型の可愛らしいボトルに改められた。
「手の小さな女性が台所仕事で濡れた手でつかんでも持ちやすいよう、中央のくびれ部分や全体の丸みを充分に考慮しました。170gの瓶でもそれほど重さを感じないはずです」と開発担当者が言うように、新しい「ほんだし」の容器には随所にユニバーサルデザインの思想が盛り込まれている。
瓶のキャップに点字で「ほんだし」と刻まれているのもそのひとつ。目の不自由な方の意見を聞くと、ワインや醤油といった商品分類ではなく、商品名そのものをキャップに刻印してほしいという声が多かったのだという。またキャップ自体も、わずか1/4回転で密閉・開封できるよう工夫が施されている。

一方、詰め替え用のスタンディングパウチや紙箱には、エコロジーの視点から様々な工夫が盛り込まれている。スタンディングパウチは従来の3面構造から2面構造へと変更。これにより包材の量は従来の60%にまで縮小できた。紙箱は従来の横ジッパー方式を改め、開封した後もワンタッチで蓋を閉められるような再封機構を新たに搭載。底部には捨てる時に小さくたためるよう、ティッシュペーパーの箱のようなミシン目を入れた。
「お客さまには使い始めから使い終わりまで気持ちよく使って頂きたいんです。だから細部までこだわって開発しました」と語る担当者。現代の食品に求められているのは、もはや味の良さや新鮮さ、簡便さだけではない。大量に消費されるマスプロダクツであればあるほど、エコやユニバーサルの視点が欠かせなくなっているのである。

「ほんだし」の全面刷新に続き、味の素は2008(平成20)年にバリエーション商品の「ほんだし こんぶだし」「ほんだし いりこだし」「ほんだし かつおとこんぶのあわせだし」「毎日カルシウム・ほんだし」を一斉にリニューアルした。シリーズの共通スローガンは、「いい素材から、いいおだし」。和風だしの素が天然原料から作られていることを、今一度消費者に大きくアピールしているのである。どの商品にも、このフレーズがパッケージの上部に誇らしく印刷されている。

新しい「ほんだし」の未来は、これから家庭を守っていく若い世代の動向にかかっている。若い人たちが進んで家庭料理を作り、その素晴らしさや伝統を伝えていくことが和食文化を根付かせ、同時に「ほんだし」を育てていくことにもなる。反対に今以上に個食化が進み、食のあり方そのものが軽視されるようであれば、「ほんだし」だけでなく和食の伝統そのものが危うくなりかねない。
味の素の担当者からこんな話を聞いた。「データを取ると、昔も今も家庭内の料理において最も失敗したくないのはお味噌汁なんです。美味しいと言われて一番嬉しい料理も、やはりお味噌汁です」。
テレビCMの中の「ほんだし女房」は、今も日本に沢山いるのだ。彼女たちがいる限り、和食文化がそう簡単に衰退することはないはずである。

「ほんだしこんぶだし」「ほんだし いりこだし」「ほんだし かつおとこんぶのあわせだし」「毎日カルシウム・ほんだし」

ほんだしバリエーション商品群。左から「ほんだし こんぶだし」 「ほんだし いりこだし」 「ほんだし かつおとこんぶのあわせだし」「毎日カルシウム・ほんだし」

 
取材協力:味の素株式会社(http://www.ajinomoto.co.jp/
     
「ほんだし」をもっと知りたくなったら工場見学へ
川崎工場見学ルートの写真
東海工場写真
川崎工場の見学ルート。エントランスにはお馴染みの「かつおマーク」が。
四日市にある東海工場。
多くの食品メーカーの例に漏れず、味の素も自社の工場の一部を一般開放している。工場見学は川崎工場と東海工場の2ヵ所で行われており、川崎工場では「味の素」の作り方紹介のほか、「ほんだし」工場や資料展示室の見学が可能。本文に揚げた造粒など、実際に「ほんだし」が出来るまでの工程はなかなか興味深い。資料展示室には「味の素」の懐かしい看板やパッケージなども展示されている。一方の東海工場では、自然に溢れるバードサンクチュアリを楽しんだ後に「ほんだし」工場を見学する。どちらも予約制で団体見学が基本だが、川崎工場は個人見学も受け付けている。「ほんだし」に興味が湧いたら、子供と一緒に出掛けてみたい。
 
タイトル部撮影/海野惶世 タイトル部撮影ディレクション/小湊好治 取材編集/バーズネスト Top of the page

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