ナビゲーションを読み飛ばすにはここでエンターキーを押してください。
COMZINE BACK NUMBER
ニッポン・ロングセラー考 Vol.73 アーム筆入 サンスター文具 「象が踏んでも壊れない!」印象的なテレビCMで大ヒット

石が当たっても割れない信号ランプがヒントに

伊藤幸信社長

アーム筆入の生みの親であり、サンスター文具の現社長でもある伊藤幸信さん。子供の頃から機械や工作が大好きだったという。

初期のアーム筆入

初期のアーム筆入。サイズやデザインが頻繁に変わっているため、もはや社内にも商品の全貌を把握している人はいないらしい。

子供の頃使っていた文房具で、最も思い入れの強いものは何だろう。鉛筆? 消しゴム? それともノート? 人によってさまざまだろうが、多くの人は「筆入れ(筆箱)」と答えるのではないだろうか。昔の小学生にとって、文房具は単なる実用の道具ではなかった。キャラクターが描かれた鉛筆や消しゴムは、玩具と同じくらい大切なもの。それを入れる筆入れは、中身以上にカッコよくて友達に自慢できるものでなければならなかった。そう、子供たちにとって筆入れは、夢がいっぱい詰まった宝箱のような存在だったのである。

戦後間もない頃の小学生なら、セルロイド製の筆入れを使っていたことだろう。昭和30年代の小学生なら、プラスチックの箱形筆入れを使っていたかもしれない。スナップ式やボタン留めのビニール製箱形筆入れや、表面に人気アニメのキャラクターが描かれた筆入れが登場したのもこの頃だ。
日本の筆入れの歴史が始まって間もないこの時期、ひとつの爆発的なヒット商品が誕生する。その名は「アーム筆入」。東京のサンスター文具が開発した、合わせ蓋方式のシンプルな箱形筆入れだ。形は思い出せなくても、「象が踏んでも壊れない!」というテレビCMのキャッチコピーを覚えている人は多いはず。あのCMを見て親に買ってもらい、自ら強度実験を行った子供たちがいかに多かったことか。
さすがにもう作っていないだろうと思って調べてみたら、「NEWアーム筆入」として今もちゃんと販売されている。文具業界は商品数の割にロングセラーが少ない。その意味でもアーム筆入は貴重な存在なのだ。

アーム筆入の生みの親は、現社長の伊藤幸信さん。ちょうど商品企画を担当していた20代半ばの頃、「落としても割れない丈夫な筆入れ」の企画が持ち上がった。
昭和30年代後半、世間に広く普及していたのは、セルロイド製の筆入れとプラスチック製の筆入れだった。セルロイド製筆入れは落としても割れにくかったが、わずかな火種でも引火して燃えてしまうという欠点があった。当時はまだ家庭内に電熱器や火鉢など剥き出しの火種があり、セルロイド製品に引火する事故が少なくなかったのである。一方のプラスチック筆入れは燃えにくかったが、床に落としたり踏んでしまうと簡単に割れるという欠点があった。
サンスター文具は後発だったが、プラスチック筆入れへの切り替えが早かったため、業界では既にトップメーカーになっていた。だが割れやすいというプラスチックの欠点を解消しなければ、会社の将来は見えてこない。伊藤さんの肩に重いプレッシャーがのしかかった。

燃えにくく、床に落としても割れない丈夫な素材──そればかりを考えていたある日、自宅でテレビを観ていたらこんなニュース映像が目に入ってきた。
湘南のカミナリ族(暴走族)が信号に向かって石を投げている。だが、石が当たっても信号機のランプは割れる気配がない。ガラスなら簡単に割れるはずなのに。伊藤さんはひらめいた。「あれはガラスじゃないのかも。もしかしたら新しい筆入れに使えるかもしれない」
地元の警察に問い合わせたところ、信号機のランプはガラスではなく、耐衝撃性や耐熱性に優れた新素材、ポリカーボネートであることが分かった。今でこそCDやDVDなどの原料としてよく知られているが、ポリカーボネートが産業界で使われ出したのは1960年代に入ってから。アーム筆入が極めて斬新な製品だったことは間違いない。それだけに開発は苦労の連続だったという。商品化するまでにサンスター文具は、かなりの赤字を出している。

企画を通すのも簡単ではなかった。伊藤さんは役員会議の席で試作品を見せたが、「丈夫なのはいいが、丈夫すぎて買い換え需要がなくなってしまう」と、否決されてしまったのである。そこで伊藤さんは社長に直談判し、ポリカーボネートのメリットや新しい筆入れの可能性を熱心に説明した。ここで諦めなかった伊藤さんも凄いが、「そんなに良い商品なら、売り上げが減ってもかまわないから作りなさい」とゴーサインを出した社長の決断もまた凄い。この思い切りの良さが、かつてないヒット文具を生むことになる。
アーム筆入の発売は1965(昭和40)年。残念ながら当時の資料が残っていないので詳細は不明だが、数種類のサイズがあり、価格は150〜250円くらいだったらしい。ちなみにアーム筆入という名称は、当時盛んだったプロレスに由来する。レスラーが力強く腕を組んでいるさまが、筆入れの丈夫さを連想させることから名付けられた。


子供の好奇心をくすぐるTVCMで一挙にブレイク

象の足のキャプチャ

初期のテレビCMから。象が踏みつけるシーンは子供にとってインパクトが大きかった。

筆入れのキャプチャ

ごく普通の筆入れなのに圧倒的な強度。このギャップが子供心を大いにくすぐった。

空中落下のキャプチャ

CMには空から地面に落とすシーンもあった。画面では子供たちの驚く声が湧き起こる。

象が鼻でゴシゴシするキャプチャ

カラーCMでは象が鼻でアーム筆入を地面に擦りつけるシーンも。

中期のアーム筆入

(おそらくは)大ヒット後のアーム筆入のバリエーション。デザインや形が初期とは微妙に異なっている。

アーム筆入は最初から良く売れた。その勢いに拍車をかけるべく、発売から2年後の1967(昭和42)年にサンスター文具はテレビCMの放映を開始。今なら筆入れのCMなど考えられないが、当時は文房具のCMが珍しくなかった。市場規模が大きいため、広告効果が充分にあったのである。
このとき生まれたのが、あの有名な「象が踏んでも壊れない!」というキャッチコピー。アーム筆入の丈夫さを子供にアピールするためには、どんな内容にすればいいのか。最もインパクトがあって子供の興味を引く仕掛けが、「本物の象に踏ませる」という前代未聞のアプローチだった。

撮影に関しては、いくつかの面白いエピソードが残っている。当初は上野動物園の象を借りようと思ったが、「民間企業の宣伝には貸し出せない」と断られたため、仕方なく他の場所から調達した。また、実際の撮影では象がすんなりとは踏んでくれず、象が足を上げた瞬間に、スタッフがアーム筆入をサッと足下に置いたという。
では、肝心の強度はどうだったのか。サンスター文具の調査によると。アーム筆入は最大1.5トンまでの荷重に耐えられるとのこと。象が片足を載せたくらいでは、ちょっとたわむ程度で壊れることはないのだ。

このテレビCMはモノクロやカラーで数パターンが製作され、日本中の子供たちの間でセンセーショナルな話題となった。つまり、CM自体が子供たちの好奇心をくすぐったのである。その結果、「本当に壊れないんだろうか?」と疑念を抱いた子供たちによる強度実験が、日本中の学校で繰り広げられることになった。
床に置いたアーム筆入めがけて、机の上からジャンプする子供。友達と一緒に乗って強度を試す子供、校舎の階段から地面めがけて放り投げる子供……アーム筆入にとってはとんだ迷惑だったが、好奇心旺盛な子供たちはチャレンジせずにいられない。象の踏力には負けないアーム筆入も、子供たちが意地になって加える瞬間的な衝撃によって破損することがあった。また、こうした実験で壊された筆入れのほとんどが偽物だったという事実も見逃せない。アーム筆入には、早くから多くの類似品が出回っていたのである。

アーム筆入の強度に関してはこんなエピソードもある。ある国会議員が「象が踏んでも壊れない!」というコピーが誇大ではないかとクレームをつけ、商品のテレビCM中止を申し入れてきたのである。「それならば」と、伊藤さんは100本の金づちと100本のアーム筆入を議員の元に持参し、実際に彼らに叩いてもらった。ところが、アーム筆入は壊れる気配すらない。もちろんクレームは撤回された。それどころか、伊藤さんはアーム筆入の丈夫さに感心した議員から、「PTA協議会から推薦をもらいなさい」とアドバイスされたという。この一件が、さらにアーム筆入の評判を高めることになった。

アーム筆入は、その商品性と話題性で全国を席巻した。CM開始後5〜6年で、なんと年間500万本、金額にして約15億円を売り上げる驚異的な大ヒット商品へと成長。これは筆入れに限らず、文具業界全体を見回しても類例がないほどの販売数である。サンスター文具は一挙に業界トップクラスの文具メーカーへと躍進した。
だが、この時期がアーム筆入のピークでもあった。1970(昭和45)年前後から、筆入れ業界は大きく変わっていったのである。

 

流行とは一線を画し、いつしかロングセラー商品に

多面筆入れ

サンスター文具が販売していた多面式マチック筆入れ。使いこなすのは難しそうだ。

電子ロック筆入れ

こちらはサンスター文具の電子ロック筆入れ。デザインは意外にシンプル。

ミズノブランドのマチック筆入れ

マチック筆入れの現行商品「両面マチック筆入 ミズノBTS3」。もはや玩具的な要素は見られない。

単一ブランドのヒット商品は少ないが、大きなブームは数年ごとにやってくる──筆入れ業界にはこうした傾向があり、小学生時代に使っていた筆入れで世代が分かるとも言われている。ここで、アーム筆入のヒット以降に起きた筆入れブームを概観してみよう。「ああ、この筆入れ使っていたなあ」と懐かしく思う読者も多いはずだ。

アーム筆入の登場と相前後して発売されたのが、磁石によって蓋を開け閉めする箱形のマチック筆入れ。当初は片面だけが開くシンプルな構造だったが、やがて両面式が登場し、1975(昭和50)年頃には3面、4面などの多面式マチック筆入れが全盛期を迎える。中の構造も単に鉛筆や消しゴムを収納するだけでなく、ボタンを押すと引き出しが飛び出したり鉛筆が立ち上がったりと、子供が喜ぶ仕掛けに満ちていた。
多面マチック筆入れのブームはどんどんエスカレートしていき、80(昭和55)年頃には大型の5面マチックが主流になる。その後も多面化は進み、7面、9面といった超多面式筆入れが登場。伊藤さんも多面式筆入れの開発に携わり、試作では11面まで作ったという。ここまでくると、もはや筆入れというよりカラクリ箱に近い。小さなスペースばかりで実用性に乏しく、これ以降は子供たちも急速に冷めていった。

マチック筆入れと平行してブームになったのが、1970(昭和45)年頃に登場した箱形の電子ロック筆入れ。電子ロックといってもほとんどは磁石の反発性を利用したシンプルなものだったが、筆入れに玩具性を求める子供たちには大いに受けた。また、財布を持たない子供たちが給食費などの現金を保管するために使うという、実用的なニーズもあったようだ。
サンスター文具も、鍵式の電子ロック筆入れやダイヤルの数字を合わせて開けるナンバーロック筆入れを発売。年間100万本以上を売っていたという。だがこのブームも徐々にフェードアウト。電子ロック筆入れは80(昭和55)年以降、急速に廃れていく。

それまでのブームに対する反動だろうか。多面式マチック筆入れ、電子ロック筆入れといった玩具系筆入れの後に現れたのは、シンプルな缶ペンケース(カンペンと呼ばれる)だった。玩具系筆入れの全盛期から小学校高学年の子供は布製ファスナー式のペンケースを使うようになっていたが、それが低学年にも波及し、全体がカンペンへと移行したのである。大きさにも変化が現れ、玩具系筆入れのような大型サイズは姿を消して、片手で握れるような細身の筆入れが主流になっていく。
そして現在。多くの小学生は、男女ともビニール製や布製のソフトペンケースを使っているようだ。中学生になると、女子はちょっと大きめのペンポーチに移行する子供も多いらしい。おそらく化粧ポーチのような感覚で、中に流行の多色ペンを入れて持ち歩いているのだろう。一時流行したカンペンは、ほとんど姿を消したようだ。

アーム筆入以降の流れをみると、数え切れないほど多種多様な筆入れが登場したことがよく分かる。だが、それらの商品はブームが終焉を迎えると共に、ほとんどが市場から消えていった。今もマチック筆入れのような多機能型筆入れを販売しているメーカーは、サンスター文具を含めてほんの数社しかない。
アーム筆入はブームを横目に見ながら、流行を追った製品とは一線を画すポジションにあり続けた。ピーク時以降、販売数は徐々に減っていったが、その丈夫さとシンプルさが教育関係者に認められ、各地で入学時の推奨筆入れに指定されていたという。筆入れが筆入れであるために必要な要素──アーム筆入がロングセラーになれたのは、それを守り続けたからに他ならない。


 
6年間使えるエコロジー文具として再評価

現行のアーム筆入・上からのカット

現行の「NEWアーム筆入」。青と赤があり、価格は840円。

現行のアーム筆入・蓋を開けたカット
上蓋を開けたところ。鉛筆ホルダーや中皿など、細部は昔と変わらない。
現行のアーム筆入・プッシュアップのカット
テコの原理を応用したシステムを採り入れ、上蓋を開けやすくしている。

最後に、現行のアーム筆入に目を向けてみよう。「NEWアーム筆入」は今から10年前に発売された。昔の製品に比べると一回り大きくなり、角が丸くなってソフトなイメージに変わっている。カラーは青と赤の2色のみ。鉛筆ホルダーが付いた中皿があるのは昔と同じだが、上蓋の端を押すとテコの原理でもう片方の端が持ち上がるという、プッシュアップ式の上蓋を採用している点が新しい。もちろん、最大荷重1.5トンという堅牢なボディは昔のまま。使用しているポリカーボネート素材もこれまでの製品と変わらないという。

NEWアーム筆入は量販店やホームセンターなどではあまり見かけないが、都心の大型雑貨店やインターネットなどを通じ、今も年間約4000本を販売している。子供が自ら購入するケースはほとんどなく、店舗やインターネットで偶然目にした親が、話題づくりのため子供に買い与えるケースが多いようだ。
最盛期の勢いからすると、現在の販売本数はかなり寂しい。だが少子化の影響で学習文具の業界全体がシュリンクしていること、ソフトペンケースやペンポーチのように、異業種から参入したメーカーのシェアが大きくなっていることを考えると、44年も基本的なスタイルを変えずに続いてきたアーム筆入は、充分健闘していると言えるだろう。

また、近年特に重要視されるエコロジーの視点からも、アーム筆入は再び注目されている。少なくとも小学生の間は、流行を追って短いスパンで筆入れを買い換えるのではなく、丈夫で長持ちする筆入れを6年間使った方がいいという考え方だ。バブル期なら誰も見向きもしなかった考え方だが、時代は変わった。実際、大阪の追手門学院小学校ではアーム筆入が6年間使える筆入れとして学校指定され、全校生徒が使用しているという。

今の子供たちにとって、筆入れはどんな意味を持っているのだろう。昔の子供たちにとって、筆入れは明らかに玩具だった。だからこそ、多面マチック筆入れのような凝った仕掛けが受けたのである。だが、昔と違って今の子供たちは、ゲームや携帯電話など様々な楽しみや遊びに囲まれて生活している。筆入れに求める要素は、もはやファッション性くらいではないだろうか。
だとすると、回り回ってアーム筆入がカッコイイという時代がやってこないとも限らない。現在、同社では新しいタイプのアーム筆入を開発しているという。新型はファッショナブルで、よりエコロジカルな商品になっているかもしれない。

 
取材協力:サンスター文具株式会社(http://www.sun-star-st.jp/
     
世界で最も多くのディズニー商品を作っている会社?
ラブピースマークの商品群スパイメモ
70年代前半に一世を風靡したラブピースマークの商品群とスパイメモ。

アーム筆入はサンスター文具の看板商品だが、同社はそれ以外にも数々のヒット商品を世に送り出している。古いところでは1970(昭和45)年の水に溶ける「スパイメモ」、社会現象にもなった72(昭和47)年の「ラブピース」シリーズが有名だ。だがそれ以上に多くのファンに愛されているのは、ディズニーキャラクターを使用した文具類。サンスター文具がディズニーとライセンス契約を交わしたのは40年以上も前のことで、文具業界では初めてのケースだったという。アイテム数も膨大で、ディズニーキャラクターだけの総合カタログが作られているほど。それだけに会社への貢献度も高く、全売り上げの半分以上を占めている。製品に対する評価も高く、同社は2005(平成17)年から2年連続でディズニーから「ライセンシー・オブ・ザ・イヤー」を贈られている。

 
タイトル部撮影/海野惶世 タイトル部撮影ディレクション/小湊好治 取材編集/バーズネスト Top of the page

月刊誌スタイルで楽しめる『COMZINE』は、暮らしを支える身近なITや、人生を豊かにするヒントが詰まっています。

Copyright © NTT COMWARE CORPORATION 2003-2015

[サイトご利用条件]  [NTTコムウェアのサイトへ]