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ニッポン・ロングセラー考 Vol.88 シッカロール 和光堂 100年以上の歴史を持つ国産初のベビーパウダー

あせも予防を目的に2人の博士が開発

弘田長博士

和光堂創業者の弘田長博士。東大教授でもあった。

発売当時の「シッカロール」

発売当時の「シッカロール」。缶のデザインはこの後大きく変わる。

猛暑が続いた今年の夏。あまりの暑さに体調不良になる人が多かったが、赤ちゃんや幼児はもっと大変だったかもしれない。彼らは新陳代謝がいいので、よく汗をかく。汗の出口(汗腺)が埃や垢で塞がれて起こる炎症が、いわゆるあせも(汗疹)。首の周り、脇の下、背中など、汗をかきやすいところに湿疹ができ、痒みを伴う皮膚疾患だ。中には我慢できずに掻きむしり、化膿して病院で治療する子供もいる。

昔から、あせもは乳幼児や皮膚の弱い子供を持つ母親にとって、気になる病気のひとつだった。江戸時代には、米粉、牡蠣粉、葛粉、ひき茶、天花粉(天瓜粉、てんかふん)など、身近にある粉があせもの治療に使われていたという。ちなみに天花粉とは、ウリ科のキカラスウリ(天瓜)の根からとった白いでんぷんのこと。こうした粉は民間療法として使われていたが、使用にあたってはある程度の知識が必要だったため、必ずしもあせもの予防策として普及してはいなかった。

子供の頃、風呂上がりに母親からベビーパウダーをパタパタと塗られた記憶はないだろうか。塗られた部分の肌は、白く乾燥した感じになる。じっとりしているのは嫌だったけれど、サラサラとした肌触りはなんとなく気持ちが良かった…。
乳幼児を持つお母さんなら、今まさにベビーパウダーを使っていることだろう。肌に潤いを与えるのがベビーオイルやベビーローションなら、あせもやオムツかぶれを防ぐのはベビーパウダー。どちらも赤ちゃんのスキンケアには欠かせないアイテムだ。
そんなベビーパウダーの代名詞的存在が、和光堂株式会社の「シッカロール」。世代によってはベビーパウダーのことを「シッカロール」と呼ぶ人もいるくらい、知名度が高い。

「シッカロール」は、和光堂(当時は和光堂薬局)が創業した1906(明治39)年に発売されている。処方を考えたのは、同社の創業者であり、東大小児科の教授でもあった弘田長(つかさ)博士と、東大薬学科の丹波敬三教授。
そもそも弘田が薬局を開業したのは、当時まだ高かった乳幼児死亡率を下げることを目的に、医療先進国のドイツから育児製品を輸入販売するためだった。咳止めや栄養剤は輸入できたが、ほとんどの乳幼児が悩まされているあせもを予防する薬がない。弘田と丹波は、古くから伝わる民間療法に自分たちが持つドイツ医学の知識を組み合わせ、あせもやただれに効果的な処方を独力で作りあげた。

開発当時の「シッカロール」の成分は、亜鉛華40%、タルク40%、でんぷん20%。亜鉛華は毒性のない酸化亜鉛で、穏やかな消炎作用が特徴。タルクは滑石(かっせき)と呼ばれる鉱物を細かく砕いた粉末で、医薬品や化粧品の他、チョークなどにも使われる。
ポイントはこのタルク。タルク自体は水を吸わないが、肌に付けた時、表面積が増えることによって毛細管現象を引き起こし、余分な汗を吸い上げて放散させる。塗った時のひんやりする感じは、この働きによるものだ。

発売当時の「シッカロール」は、直径5cmほどの小さな缶に入っていた。蓋に描かれていたのは、金太郎の腹巻きをした子供が「シッカロール」の缶を持っている絵柄。値段は10銭だった。
「シッカロール」というモダンな商品名は、ラテン語で「乾かす」を意味する「シッカチオ」に由来する。日本初のベビーパウダーという商品性に加え、いかにも学者が考えたこの名称もまたインパクトが大きく、「シッカロール」は徐々に庶民の間に浸透していった。


盛大に行われた年1回の特売一斉出荷

昔の工場内の様子

1963年に完成した「シッカロール」専用工場の様子。出荷数は毎年伸びていた。

街を走るトラックの列

パレードのように通りを走るトラック。和光堂の一大イベントだった。

「シッカロール」の広告

「シッカロール」の広告。商品の宣伝がベビーパウダー普及の啓蒙にもなっていた。

「シッカロール」をヒット商品に育て上げたのは、和光堂薬局の経営を引き継いで株式会社和光堂の初代社長となった大賀疆二(きょうじ)だった。初期の「シッカロール」は薬局の片隅にあった4畳半の小部屋で手作りされていたが、間もなく工場生産へと移行し、1927(昭和2)年には自動充てん包装機を導入。その5年後には東京に工場を新設し、早くも大量生産へと乗り出している。戦後も生産体制は着々と整備され、63(昭和38)年には東京工場内に「シッカロール」専用工場を建設。待望の完全オートメーション化を実現した。

大賀の手腕は販売面でも発揮された。近年まで薬業界には、夏向けのトップブランド商品を、最需要期を控えた春先に一斉出荷する商習慣があった。これは年間を通じて商品を安定供給することと、店舗における自社の製品の販売力を高めることが目的。大賀は大正時代に、お正月の初荷を兼ねた「シッカロール」の特売一斉出荷を開始した。馬に引かせた荷車に木箱詰めの「シッカロール」を満載し、朝4時に運送会社の倉庫を出発。6時には東京中の問屋へ届けたという。

大正末期には輸送手段がトラックに変更。戦中は一時中断したものの、1950(昭和25)年に復活し、58(昭和33)年からはお正月から春3月の特売に変わった。この頃の「シッカロール」の販売力はかなりのもので、毎年行われる春の特売一斉出荷は、会社を挙げての一大イベントになっていた。梱包の上に幟や風船を付けた賑やかなトラックが30〜40台も連なり、朝早くから銀座通りを颯爽と走り抜けていく。それはまるでパレードのような光景だった。
どの問屋も朝7時の到着を待ち構えているため、決して遅刻は許されない。「シッカロール」が到着したら、問屋はエンジンをかけて待機させておいた車に商品を積み替え、すぐさま小売店へと配達に向かう。和光堂の営業担当者は、「シッカロール」を無事に問屋へ届けるまで、心休まる暇がなかったという。

「シッカロール」の一斉出荷がこれほど話題になったのは、商品に圧倒的な人気があったからだろう。日本におけるベビーパウダーのパイオニアであるだけでなく、和光堂は新聞広告や雑誌広告、更にはテレビCMなど、早くからマスメディアを使った宣伝に力を入れていた。知名度が上がって販売数が伸びれば、輸入品や国産他メーカーのベビーパウダーが販売されても、一度使った人たちは浮気をせずに使い続けてくれる。消費者が「シッカロール」に寄せる信頼は非常に高く、そのブランドバリューはいささかも揺らぐことがなかった。
また、乳幼児だけでなく大人にも愛用されたことが「シッカロール」の販売増につながった。当時の和光堂の分析によると、販売量の約3割は大人が自分のために使っていたという。この傾向は現行商品でも変わっていない。

「シッカロール」が最も売れたのは1963(昭和38)年。ずいぶん早くピークを迎えたように見えるが、むしろ発売から約60年も市場をリードしてきたことに注目すべきだろう。一時代を築いた「シッカロール」だが、薬局の業態変化や生活環境の変化、代替商品の登場などにより、長く続いてきた特売一斉出荷もまた、2000(平成12)年を最後に終わりを迎えることになる。


パッケージは茄子紺+格子縞から赤ちゃんの絵柄へ

大正7年の「シッカロール」

茄子紺+格子縞の初期「シッカロール」。絵柄に注目。

大正12年の「化粧シッカロール」

花形のパフが付いた高級品「化粧シッカロール」。

「シッカロールピンク」

歴代パッケージの中でも異彩を放つ「シッカロールピンク」。

昭和38年の「シッカロール・ハイ」

「シッカロール・ハイ」。赤ちゃんの写真とカタカナロゴが大きな変更点。

昭和42年の「薬用シッカロール」

赤ちゃんの写真とカタカナロゴは「薬用シッカロール」にも採用された。

パッケージもまた、「シッカロール」の歴史を物語る上で欠かせない要素のひとつ。100年ものロングセラー商品だから、消費者の世代によって記憶にある形やデザインは違ってくる。
先述したように、発売当時は比較的浅めの缶に、金太郎の腹巻きをした子供の絵が描かれていた。これが1918(大正7)年にはやや高さのある缶になり、絵柄も赤ちゃんに「シッカロール」をつけている母親の姿に変わる。興味深いのは、この時採用された茄子紺に格子縞の入った缶のデザインだ。丸髷・束髪・洋髪など、時代の流行に応じてお母さんの髪型は何度も変わったが、缶の基本的なデザインは、これ以降、半世紀にわたって変わることがなかった。

1923(大正12)年には「化粧シッカロール」を発売。この商品は布を花形にカットして3枚重ねにしたパフを入れた、「シッカロール」初の高級品だった。
この頃の「シッカロール」の缶には、「ゆあが里」「おうち古」といった表記が印刷されているものがある。「ゆあが里」は「湯上がり」、「おうち古」は「内風呂」。「シッカロール」の発売から10年程だが、既に湯上がりにベビーパウダーを使う習慣が根付いていたのかもしれない。

戦前・戦中になると、「シッカロール」も物資統制の影響を受け、缶から曲物(まげもの)と呼ばれるボール紙の容器になった。中には「統制のため従来のブリキ缶が使用できなくなりました。ご了承ください」と書いたシールを添付した商品まであったというから、和光堂の消費者を大切にする姿勢が伝わってくる。
しかし戦況が悪化するとこの曲物すら使えなくなり、一時期は格子縞の紙袋入り「シッカロール」が売られていた。

戦後になると、「シッカロール」のパッケージは再び大きく変化する。1955(昭和30)年には、黄色地に青い文字のふりかけ型商品「シッカロールパウダー」を発売。59(昭和34)年には、当時の著名なグラフィックデザイナー、大智(おおち)浩を起用した「シッカロールピンク」を発売した。缶のピンク色と図案化した赤ちゃんの絵柄は、「シッカロール」が新しい時代に入ったことを意味している。
続く63(昭和38)年には「シッカロール・ハイ」を、その4年後には「薬用シッカロール」を発売。この2つの商品には白を基調にした缶が使われ、蓋には赤ちゃんの愛くるしい写真が大きくあしらわれていた。以降、93(平成5)年にリニューアルされるまで、この赤ちゃん写真のパッケージが継続することになる。

お母さんデザインの変遷

髪型デザインの変遷。上左から、明治の丸髷・大正の束髪・昭和の束髪、下左から戦前の洋髪・戦後のパーマネント。


“消費者のニーズに応える付加価値の高い商品群

「シッカロール・ハイ 紙箱」

売れ筋の「シッカロール・ハイ 紙箱」。170g入り、330円。

「シッカロールキュア」

「シッカロールキュア」はキトサン配合の敏感肌用パフ付き。140g入り、580円。

「シッカロールナチュラル」

自然派志向の「シッカロールナチュラル」。天然コットンパフ付き。120g入り、580円。

発売以来、「シッカロール」の成分は一貫して変わっていないが、亜鉛華、タルク、でんぷんなど、その配合割合は時代に応じて変化している。現在は商品の性格に応じて亜鉛華(酸化亜鉛)などの成分を選定。また、親しまれているなつかしい香りにはヘリオトロープ系の香料が使われている。

現在のラインアップは、ファミリーで使える清涼感抜群の「シッカロール・ハイ」と同紙箱、あせもを予防する効果の高いアルジオキサと酸化亜鉛が入った「シッカロールキュア」、タルクの代わりにコーンスターチパウダーを使った自然派の「シッカロールナチュラル」、粉飛びの少ない滑らかなタルクを使った「薬用シッカロール缶」の5種類。これに携帯に便利な「シッカロール固形」が加わる。
消費者のニーズに合わせてここまで細かく商品を取り揃えているのは、和光堂だけだ。自然派志向の高まりから、いち早く“植物生まれのベビーパウダー”「シッカロールナチュラル」を発売するなど、付加価値の高いものづくりに取り組んでいるのも同社ならでは。
背景には、ベビーパウダーを取り巻く社会環境の変化がある。

ベビーパウダーは年間約12億円の市場規模で、ここ数年は横ばい状態が続いている。「シッカロール」がよく売れていた1960年代からすると市場は確かに縮小しているが、環境的な要因も無視できない。まず、子供の絶対数が減っている。「シッカロール」は大人にも使われているが、メインの需要はやはり乳幼児だ。次に、エアコンの普及によって室内環境が整備され、昔ほど子供があせもにかからなくなった。更には水分を素早く吸収して固める紙おむつが登場したため、最近の赤ちゃんは以前ほどひどいオムツかぶれを起こさなくなった。
乳幼児とお母さんにとっては良いことなのだが、ベビーパウダーのメーカーは喜んでもいられない。これからは和光堂のように、他のメーカーもターゲットを絞った個性的な商品を開発してくるだろう。

かつて、赤ちゃんのいる家庭の99%に「シッカロール」があったという。お風呂上がりに裸で走り回る子供たちを捕まえて、母親が首筋や脇の下に「シッカロール」を塗るのは、ごく当たり前の光景だった。ベビーパウダーのことをつい「シッカロール」と呼んでしまう世代の人なら、そんな光景を懐かしく思い出すことだろう。
時代や消費者のニーズに応じてパッケージや成分を変えながらも、和光堂は「シッカロール」の本質を見失わずに商品を作り続けている。それは、「子供たちの命を守りたい。健康であってほしい」という、創業者の切なる願いに他ならない。

取材協力:和光堂株式会社(http://www.wakodo.co.jp
高齢者の生活をサポートするテンダーケア商品

成人女性や高齢者向け事業など、育児分野以外にも幅広く事業を展開している和光堂。「シッカロール」ブランドもそのひとつで、高齢者向け商品として「テンダーケア シッカロール デオ」を発売している。パッケージのデザインは一般向けの「シッカロール」とほとんど同じ。セールスポイントは制汗デオドラント成分(酸化亜鉛)と植物性保湿・除臭成分(柿タンニン)の配合で、気になる汗やニオイをしっかり抑え、サラサラとした肌触りを維持してくれる。最近はスポーツに励む元気なお年寄りが多いので、需要は充分にありそうだ。コットンパフ付きだから、使い勝手も良好。加齢臭を気にするようになった両親にプレゼントするのもいいかもしれない。

「テンダーケア シッカロール デオ」

「テンダーケア シッカロール デオ」。140g入り、600円。

タイトル部撮影/海野惶世 タイトル部撮影ディレクション/小湊好治 取材編集/バーズネスト
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