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ニッポン・ロングセラー考 Vol.89 シウマイ弁当 崎陽軒 横浜市民が愛してやまない”ハマのソウルフード”

駅弁屋がこだわった、シウマイが主菜の幕の内弁当

野並茂吉

崎陽軒初代社長となった野並茂吉。晩年は「シウマイ王」と呼ばれた。崎陽軒の名は創業者の出身地である長崎の別称「崎陽」に由来する。

初代「横浜名物シウマイ」

発売当時の「横浜名物シウマイ」。シューマイではなくシウマイなのは、栃木生まれの茂吉の訛り説、本場中国の発音説、"旨い"含意説など諸説ある。

初代「シウマイ弁当」

初代「シウマイ弁当」。かけ紙のデザインは今とは大きく異なっている。

鉄道旅行の楽しみの一つに駅弁がある。富山駅の「ますのすし」、横川駅の「峠の釜めし」、函館本線森駅の「いかめし」…有名どころは数々あれど、首都圏で最もよく売れている駅弁と言えば、それはおそらく崎陽軒の「シウマイ弁当」だろう。
東京や新横浜から新幹線に乗る出張族にも人気が高く、車内ではビールを飲みながら「シウマイ弁当」を食べているサラリーマンをよく目にする。また、崎陽軒は駅構内の店舗だけでなく首都圏のデパートなどにも店舗を出しており、そこで「シウマイ弁当」を買う人も多い。
そんな「シウマイ弁当」の誕生から、今年で56年。誰もが知る横浜の名物弁当は、どのような歩みを辿ってきたのだろう。

崎陽軒の創業は1908(明治41)年。当時は横浜駅(現在のJR桜木町駅)構内に開いた売店で、牛乳やサイダーなどの飲み物と、寿司や餅などを売っていた。15(大正4)年、現在の場所に横浜駅が移転したのに伴い、後に初代社長となる野並茂吉が支配人に就任。優れた経営手腕で店を軌道に乗せ、関東大震災後の28(昭和3)年には「横浜名物シウマイ」を世に送り出している。
なぜシウマイだったのか? 当時、小田原の蒲鉾、沼津の羽二重餅、静岡のワサビ漬といったように、大きな駅には必ず名物となる食べ物があった。だが横浜駅の売り物にはこれといった特色がなく、茂吉はそのことを危惧していた。「このままでは崎陽軒に先はない。早く横浜名物を作らなければ」。そう考えた茂吉が目を付けたのが、横浜南京街(現在の中華街)の食堂で突き出しに出されるシウマイだった。

そもそも横浜は、駅弁を売るには不利な場所だ。東京発の乗客はまだ空腹になっていないし、東京へ向かう乗客は駅弁を食べる時間がない。そんな乗客の目を向けさせるのに、列車の中で手軽に食べられるシウマイはうってつけの商品だった。
だが、冷えたシウマイは美味しさが半減してしまう。駅弁の折詰で売り出すには、冷めても美味しいシウマイを作る必要があった。茂吉は南京街から点心職人をスカウトし、試作品づくりに没頭した。開始から1年後、豚肉にホタテ貝を混ぜ合わせる調合を開発し、冷めても美味しいシウマイが完成。1928(昭和3)年、1個(12個入り)50銭で販売した。
発売当時はあまり売れなかったが、宣伝や口コミ、更には映画にもなった女性の販売員「シウマイ娘」の活躍によって、戦後「横浜名物シウマイ」は崎陽軒の看板商品になっていく。

横浜名物はできたが、原点が駅弁屋だった崎陽軒には、御飯入りの弁当に対する強いこだわりがあった。そこで開発されたのが、シウマイを主菜にした「シウマイ弁当」。陣頭指揮を取ったのは、後に二代目の社長となる野並豊だった。
戦後間もない時期だったこともあり、豊ら開発陣は、栄養を第一に考えた。目標は800キロカロリー。幕の内スタイルにして、駅弁の定番である焼き魚と玉子焼きを入れる。もちろん、崎陽軒ならではのオリジナリティーも大切。試行錯誤の結果「横浜名物シウマイ」「横浜蒲鉾」「酒悦の福神漬け」という三名品を揃えた、目標値に近いカロリーの弁当が完成した。
発売は1954(昭和29)年4月。価格は1個100円だった。コーヒー1杯50円の時代だったから、感覚的には今とほぼ同じくらいの価格だったと思われる。


変わったものと変わらないもの──中身の変遷

御飯を炊く従業員

炊き出しの準備をする従業員。木の桶にお米を入れ、蒸気で蒸す。

横浜駅の売店

東横線横浜駅にあった崎陽軒の店舗。写真は「シウマイ弁当」が発売されて間もない頃。

発売当時の「シウマイ弁当」の中身(中身だけ)

発売当時の「シウマイ弁当」の中身(写真は復刻版)。シウマイ4個とエビフライが特徴。

現在の「シウマイ弁当」の中身(中身だけ)

現在の「シウマイ弁当」の中身。発売当時とはおかずが微妙に異なっている。

発売当時の「シウマイ弁当」はこんな内容だった。手握りのシウマイ4個、エビフライ、ブリの照焼、玉子焼き、蒲鉾、福神漬け、昆布佃煮、筍煮、そして御飯。御飯は今と同じように俵型の型押しだったが、ゴマと小梅は付いていなかった。
「シウマイ弁当」は当初から予想以上の売れ行きを示したが、お客から特に評価が高かったのは御飯の味だった。普通の御飯は冷めると固くなってしまう。崎陽軒は木の桶にお米を入れ、そこに高熱の蒸気を直接注入して、蒸しながら炊き上げた(蒸気炊飯方式)。こうすると御飯はふっくらモチモチと炊きあがり、冷めても美味しさが持続する。
食べ応えがあって美味しく、値段も手頃。新聞や雑誌で文化人が話題にしたこともあり、「シウマイ弁当」の知名度は徐々に上がっていった。1960(昭和35)年には、大阪難波の高島屋デパートで開催された「全国有名駅弁大会」に参加。1日分の「シウマイ弁当」が午前中に売り切れるほどの人気だったという。

昔から食べ続けているファンなら気付いているだろうが、「シウマイ弁当」の中身は、この50年で結構変わっている。主なところを拾ってみよう。
主役のシウマイは、1974(昭和49)年に4個から5個に増えた。この年はエビフライに始まった揚げ物がホタテフライに変わり、椎茸の甘煮も加わっている。椎茸の時代は意外に短く、88(昭和63)年から97(平成9)年まではレンコン炒めが入っていた。発売時にブリの照焼だった焼き魚は、63(昭和38)年頃にマグロの照焼に変わり、今も継続中。すっかり定番と化した鶏の唐揚げは92(平成4)年に登場。反対に発売当時欠かせなかった福神漬けは、81(昭和56)年に姿を消している。

現在販売されている「シウマイ弁当」はこんな顔ぶれだ。「昔ながらのシウマイ」5個、鶏の唐揚げ、マグロの照焼、玉子焼き、蒲鉾、筍煮、切り昆布と千切り生姜、あんず、そして御飯(黒ゴマと小梅付き)。脇役は変わっているが、主役の三品(シウマイ・照焼・玉子焼き)は発売当時からほぼ同じ。幕の内の勘所をしっかり守っているのだ。ちなみに現行「シウマイ弁当」の中身は、2003(平成15)年の変更時からほとんど変わっていない。
実は、今年に入って蒲鉾の厚さが7mmから8mmになり、昆布も北海道産に変わっているのだという。よほどのマニアでないと気が付かないレベルだが、こうしたマイナーチェンジはたまに行われているようだ。

値段の変遷も見てみよう。当初100円だった価格は1963(昭和38)年頃から50円単位で上昇し、中身がやや変わった74(昭和49)年には100円上がって400円になった。消費税が導入された89(平成元)年には700円に上がったが、原材料費が上昇する2008(平成20)年までは700円台前半を死守。やむなく同年10月に780円になったが、今年9月からは750円に価格を下げている。
弁当は庶民が口にするものだから、価格の改訂はなかなか難しい。幕の内弁当が800円以下で買えることを考えると、「シウマイ弁当」は充分お値打ち感のある商品だと言えるだろう。


東京のシウマイ弁当にはかけひもがない?

横浜と東京のパッケージの比較

横浜と東京のパッケージの比較。左のかけひもで結わえてあるのが横浜工場生産分。

2代目のかけ紙」

2代目のかけ紙。ここから横浜のシンボルが多数登場。

3代目のかけ紙

水晶玉がデザインされたのは3代目から。龍のデザインが今とは違っている。

4代目・現行のかけ紙

4代目(現行商品)のかけ紙。ほかにも、イベントやキャンペーンの際に作られたさまざまなかけ紙が存在する。

パッケージもまた、「シウマイ弁当」の大きな特徴の一つだ。駅弁の容器には凝ったものが珍しくないが、「シウマイ弁当」には発売当初から経木の折が使われている。昔は多くの駅弁に使われていたが、今は見かけることが少なくなった。
経木の折は容器全体が吸水性に富んでいるので、御飯から出る水分をうまく吸収してくれる。そのため、少々時間が経っても御飯のモチモチ感が損なわれることはない。使用後は焼却できるので、環境に優しいというメリットもある。
ほのかな木の香りが楽しめるのも経木の折の特徴。素材の性格上、蓋の裏にはどうしても御飯がくっついてしまうが、それを剥がしながら食べるのが好きという、根っからの「シウマイ弁当」ファンもいる。

ところで、横浜と東京で販売されている「シウマイ弁当」の容器に違いがあるのを御存知だろうか? 「シウマイ弁当」の工場は横浜と東京にあり、横浜工場生産分は神奈川全域と東京の町田及び蒲田エリアで売られている。東京工場生産分は、東京・埼玉・千葉エリアをカバー。
興味深いことに、横浜工場生産分にはかけ紙をかけひもで結わくスタイルが、東京工場生産分には、かけ紙と同じデザインを印刷した紙のかぶせ蓋が使われているのだ。

同じ商品なのに、わざわざ蓋の種類を変えているのには訳がある。「シウマイ弁当」は御飯詰め以外ほとんどの工程が手作業で行われるが、なかでも手がかかるのが、仕上げのひもかけ作業。工場にはひもかけの職人がおり、1時間に300個も結わえる人がいるという。これほどの達人がいても、注文分全部を結わえるのは到底不可能。そのため、東京工場生産分(一日約5000〜6000個)には、ひもかけの必要がないかぶせ蓋を使っている。
ちなみに、連休などで大量の出荷が見込まれる日には、一般職の社員が工場に入ってひもかけを手伝うこともある。そのため、崎陽軒の社員は研修で必ず「シウマイ弁当」のひもかけをマスターするのだとか。かけひももまた「シウマイ弁当」の象徴なのだ。

「シウマイ弁当」の歴史を物語るのは、かけ紙のデザインかもしれない。初代の「シウマイ弁当」は横浜港をイメージしたシンプルな絵柄だったが、1960(昭和35)年に登場した2代目からは、横浜のシンボルとされている、当時のさまざまな建物が描かれるようになった。
2代目のかけ紙に描かれているのは、国の名勝・三渓園、キングの塔とクイーンの塔、55(昭和30)年に竣工した崎陽軒シウマイショップ、掃部山公園の井伊直弼像など。64(昭和39)年の3代目からはかけ紙に大きな水晶玉が登場し、その中に横浜マリンタワー、ホテルニューグランド、山下公園などが描かれている。95(平成7)年からは現在も続く4代目のかけ紙が使われており、そこには横浜ランドマークタワー、パシフィコ横浜、横浜ベイブリッジなど、80〜90年代の記念碑的な建物がズラリと並んでいる。
「シウマイ弁当」もまた、50年以上にわたって横浜の変わりゆく姿を見続けてきたのだ。


“1日の平均販売数、約1万7000個!

「シウマイ弁当」製造工程2点

本社工場で次々と製造される「シウマイ弁当」。

横浜駅中央店

最も沢山「シウマイ弁当」が売れる横浜駅中央店。

駅の構内以外でも売られているので他の駅弁と比較するのはやや無理があるが「シウマイ弁当」が、日本で最も販売数の多い駅弁であることは間違いないようだ。駅構内を含む店舗の数は約140。一日の平均販売数は、なんと約1万7000個にもなる。5月3日の「横浜開港記念みなと祭」開催時には3万個を越えるというから、驚くほかない。
ただ、たくさん売れているからと言って「シウマイ弁当」が全国的な人気商品であるかというと、それは違うようだ。西日本には崎陽軒の名を知らない人も少なくない。「美味しいシウマイ、キ〜ヨ〜ケン♪」のメロディーで知られるテレビCMも、首都圏以外では流れていない。
崎陽軒は、工場も店舗も首都圏に限られている。そもそも駅弁は製造から8時間くらいしか保存できないので、地方に工場と販売店を作らない限り、全国で販売することができないのだ。「シウマイ弁当」が列車の中で売られていないのも、時間管理が難しくなるからにほかならない。

崎陽軒は自らローカルブランドを目指すことを標榜している。ローカルに徹して商品性を追求していけば、全国で通用するナショナルブランドになり得るという考え方だ。もちろん、そこには横浜の街と人々に育てられてここまで来たという思いと、長年にわたって横浜の食文化の一端を担ってきたという誇りがある。

駅弁は、新幹線を始めとする鉄道路線の発達と共に、その需要を拡大してきた。「シウマイ弁当」の場合は、それに加えて早くから駅以外の場所に販路を拡大したことも成功の要因だろう。少なくとも横浜に住む人々にとって、「シウマイ弁当」は単なる駅弁ではない。

横浜駅の中央通路にある「横浜駅中央店」。ここは一日平均600個もの「シウマイ弁当」が売れる特別な店舗だ。すぐ近くにある本社の工場からほぼ1時間ごとに出荷されるので、運が良ければまだ温かい「シウマイ弁当」を買うことができる。
ここには、いろいろな人々が「シウマイ弁当」を求めてやって来る。ビールと一緒に1個買って、そのまま電車に乗るサラリーマン。ランチ用に友達と一緒に買いに来る若い女性たち。勤め帰りなのだろう、家族用に何個も買っていくお母さん。
こんな買われ方をする駅弁が他にあるだろうか? 横浜の人々がこよなく愛するソウルフード。「シウマイ弁当」は、既にそんな存在になっている。

取材協力:株式会社 崎陽軒(http://www.kiyoken.com/
「シウマイ弁当」だけじゃない! 崎陽軒のお弁当ラインナップ

「シウマイ弁当」のイメージが圧倒的に強い崎陽軒の弁当だが、他にも魅力的な商品が数多く揃っている。「シウマイ弁当」より長い伝統を持つのは「横濱チャーハン」。自家製チャーシューとパラパラしたチャーハンの愛称がぴったり。ファンの多い、もう一つの逸品だ。秋には期間限定のスペシャルな弁当も販売される。「おべんとう秋」は、きのこ、銀杏、鮭、さつま芋など、秋の味覚を少しずつ味わえる贅沢な内容。比較的コンパクトなので、女性の注目を集めそう。もっと秋の気分に浸りたいときは、「松茸ごはん弁当」(東京エリア限定)がオススメだ。松茸をたっぷり使った松茸御飯と舞茸しんじょ揚げのハーモニーが、たまらなく食欲をそそる。もちろん、どちらの弁当にもちゃんとシウマイが入っている。

おべんとう秋 松茸ご飯

11月いっぱいまでの期間限定商品「おべんとう秋」640円(上)と「松茸ごはん弁当」1,200円。

タイトル部撮影/海野惶世 タイトル部撮影ディレクション/小湊好治 取材編集/バーズネスト
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