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ニッポン・ロングセラー考 Vol.97 図案シリーズスケッチブック マルマン

いつでもどこでも気軽に使える!万人に愛される画用紙の代表選手

INDEX

最初はリングワイヤーを1本1本、手で穴に通していた

丸万商店の旧社屋

東京・中野にあった丸万商店時代の旧社屋。今は最新のビルになっている。

井口秀夫氏

二代目社長の井口秀夫。「図案シリーズスケッチブック」を世に送り出した。

ドローイングブロック

初期の中心的製品「ドローイングブロック」。リング綴じではなく糊綴じだった。

天気のいい午後、散歩に出かけると、スケッチブックや画板を持った子供たちに出くわすことがある。図工や美術の時間なのだろう。遠巻きに眺めていると、どの子もなかなか絵が上手い。それに、いい画材を使っている。昔は絵の具の種類も少なかった。
よく覚えているのは、中学から高校にかけて使っていたスケッチブック。濃い緑と黄色がクロスした特徴的な表紙と、手書きのような"Sketch Book"のロゴタイプ。と書けば、「ああ、あれね」と頷く人も多いだろう。
正式名称は「図案シリーズスケッチブック」。ノートブックやルーズリーフなどでも知られる、マルマン株式会社の製品だ。

創業者・井口興一が東京・神田に店を出したのは、1920(大正9)年のこと。興一は実用新案特許を取り、都内・関東・東北地区の中学校約600校を対象に、学習用スケッチブックの製造販売を開始した。資料が何も残っていないので、それがどのような製品だったのかは全く分からない。ただ、当時はまだ物資不足の時代。紙製品の安定供給は簡単なことではなかったはずだ。
戦争で事業は一時中断したが、戦後間もない47(昭和22)年に株式会社丸万商店としてリスタート。二代目の井口秀夫が社長に就任した。秀夫は学校への納品だけでなく、新たに画材ルートと文具ルートを開拓。まずはスケッチブックの販路拡大に努めた。

ものづくりの才能に恵まれていた秀夫はスケッチブックに改良を加え、より描きやすく使いやすいものへと進化させていった。初期の代表的な製品は、背の部分を糊付けした「ドローイングブロック」。画用紙1枚1枚を簡単に剥がせるのが特徴だった。
50年代前半には、リングで綴じるスパイラル製本のスケッチブックを発売。リング綴じの製本技術はそれ以前からあったが、スケッチブックに応用したのは、おそらく同社が初めてだったと思われる。

だが、リング綴じのスケッチブックを作るのは大変だった。亜鉛メッキした鋼線を螺旋状に成型し、用紙の端から綴じ穴に通していく。ワイヤーを巻くのも、それを穴に通すのも、人の手による地道な作業。販路が広がったためスケッチブックの売れ行きは好調だったが、この作り方では需要に応えることができない。生産効率の向上は、会社にとって緊急要件だった。


Top of the page

紙の専門家とデザイナー、2人のキーパーソンが登場

1958年当時の図案シリーズ

発売当時の「図案シリーズスケッチブック」。サイズは数種類あった。

奈良部恵三氏デザインの他シリーズ

もう1つの奈良部デザイン、スケッチブックの「スタンダード」。こちらもかなり前衛的。

導入されたスパイラル製本機

スパイラル製本機。「図案シリーズスケッチブック」の量産化はここから始まった。

初期のリング綴じスケッチブックはどのような製品だったのか。残念ながらそれを知るすべはないが、マルマンが業界団体の東京紙製品工業会に入会した1947(昭和22)年から50年代の前半にかけて、同社のスケッチブックは大きく変わったようだ。その契機になったのが「図案シリーズスケッチブック」。と言っても、商品が開発された当時はこの名が付いておらず、単にスケッチブックと呼ばれていた。

「図案シリーズスケッチブック」の開発にあたっては、社長のほかに2人のキーパーソンがいる。一人は、この頃入社した前川博。当時、マルマンの販路は 広がりつつあったが、スケッチブックの主要な納入先はやはり中学校。中学の美術の授業では、水彩絵の具が使われる。前川は紙の製造メーカーと一緒に、水彩に適した画用紙の開発を進めた。

もう一人は、グラフィックデザイナーの奈良部恵三。実は「図案シリーズスケッチブック」の表紙デザインは、奈良部がマルマンに持ち込んだものだった。提案したのは、濃い緑と黄色を大胆に塗り分けた抽象的なデザイン。前衛芸術の味わいもあるし、見方によってはテキスタイルのようにも見える。シンプルで主張のあるデザインだ。
深い緑と黄の色使いに目を奪われるが、細部にも工夫が凝らされている。上の方に描かれている"Sketch Book"のロゴタイプは、親しみを感じさせる手書き風。最近のどんなフォントとも似ていない。当時の奈良部は日本の民芸品に興味を持っていたようで、その影響から、文字に「ちぎり絵」のエッセンスを取り入れたのではないかと言われている。

水彩絵の具に適した画用紙とインパクトのある表紙を得て、「図案シリーズスケッチブック」は完成した。正確な発売年や値段は不明だが、リング綴じスケッチブックの新製品として、少数が手作業で生産されていたようだ。
「図案シリーズスケッチブック」を開発した秀夫は、まだ渡航制限が残る1958(昭和33)年、ヨーロッパへと旅立った。目的はスパイラル製本機の購入。この機械はスチールワイヤーを螺旋状に加工し、リング穴に通す作業を自動で処理することができる。大量生産とはいかないが、手作業に比べれば生産効率は遥かに高い。ドイツで機械を購入した秀夫は、さっそく工場に導入して生産を開始した。


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製品への愛着から誕生した「図案シリーズ・復刻版」

綴じ方の違い

左がスパイラルリング、右はツインリング。

復刻版セット一式

「図案シリーズ・復刻版」。愛用者にはたまらない内容だった。

戦後も学校需要を重視していたマルマンは、スケッチブックの販売数を右肩上がりに伸ばしていく。高度経済成長期に入ると競合製品も増えたが、「図案シリーズスケッチブック」は品質の点でも他社の製品をリードしていた。
前川が指揮する画用紙のチームは、紙を抄(す)く段階から開発に着手。紙メーカーが開発した画用紙をそのまま使うメーカーが多い中、マルマンは徹底して紙の品質にこだわった。製紙会社に依頼し、滑らかな絵の具の浸透と鮮明な発色、描線に立体感を与えるシボ(表面の凹凸)を実現。
こうしたノウハウの蓄積によって、「図案シリーズスケッチブック」は、時の経過と共にその品質を向上させていった。画材ルートや文具ルートも拡充できた70年代以降、スケッチブック市場は「図案シリーズスケッチブック」に代表されるマルマン製品が主役だったと言っていい。

その後の「図案シリーズスケッチブック」は、製品の基本部分を守りながら、ディテールに若干の手を加えてゆく。表紙の濃い緑は色のトーンをやや暗めにし、黒に近い色調になった。また、縦書きされたアルファベットの"MARUMAN"ロゴと商品ナンバーが消え、代わりにバーコードが印刷された。
最大の変更点は画用紙の綴じ方。90年代初期に、スパイラルリングからツインリングに変更されたのだ。スパイラルリングは1本のワイヤーから作るが、ツインリングは成型されたリングをひとつひとつ穴に通し、これをカシメて綴じつける。右ページと左ページで段差ができないので、主にノートに使われる綴じ方だが、マルマンはスケッチブックにも積極的に採用した。この綴じ方は製品の強度面でもやや有利になるという。

今から3年前の2008年(平成20)年、マルマンは量産開始50年を記念した「図案シリーズ・復刻版」を5000個限定で発売した。
判型はシリーズ中で最もよく売れているB4サイズ。表紙の色調やディテールはファーストモデルを忠実に再現している。もちろん、綴じ方は1本ワイヤーを螺旋状に巻いたスパイラル製本。セットにはスケッチブックのほかにも、オリジナル仕様のトンボ鉛筆「8900」と、「図案シリーズスケッチブック」の歴史やエピソードを記したヒストリーブックを同梱した。復刻版専用の特製カートンには、当時の出荷用段ボールのデザインを再現。完売したので入手は不可能だが、写真を見るだけでも、マルマンがいかにこの製品を大切にしているかが伝わってくる。


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ユーザーの自由な発想が販売数を伸ばしている

ブランドロゴ

「図案シリーズスケッチブック」のデザインを活かした現在のブランドロゴ。

現行商品5タイプ

現行の「図案シリーズスケッチブック」。全て24枚綴り。価格は168円〜682円。

「図案シリーズスケッチブック」量産開始50年に合わせ、マルマンはロゴマークやロゴタイプなどのコーポレートブランドを一新した。新しいロゴマークは、「図案シリーズスケッチブック」の表紙デザインをモチーフにしている。
ところで、この製品が「図案シリーズスケッチブック」と呼ばれるようになったのはいつからなのだろう? 同社の広報によると、意外にもほんの20年くらい前だという。なんでも、マルマンにとってはあまりにも馴染み深い製品であるため、スケッチブックと言えばこの製品を指すようになっていたらしい。注文用のカタログを作る際にシリーズ名が必要になり、自然発生的にこの名が付けられた。

「図案シリーズスケッチブック」は、今もその売れ行きが鈍っていない。それどころか、ここ数年は以前にも増して販売数が伸びている。昨年はA3・B4・A4・B5・B6の5サイズ合わせて190万冊を販売。スケッチブック業界では他の追随を許さない圧倒的なベストセラーとなっている。
子供の数が減っているので、学校需要は伸びていない。売れている大きな理由は、スケッチブックの使い方が変わってきたからだ。

例えば、ビジネスマンの中には「図案シリーズスケッチブック」をホワイトボード代わりにしている人がいる。A3やB4などの比較的大きなサイズを使えば、その役割は充分果たせるはず。全ての会議室にホワイトボードがあるとも限らないから、これはかなり実用的な使い方だろう。また、某IT企業の社長は、部下に戦略やビジネスモデルを説明する道具として利用しているという。
グラフィックツールとしての使い方も幅広くなっている。小型のB5サイズを旅の記録帳として使う人がいれば、写真を貼ってフォトブックとして使う人もいる。もはや、スケッチブックは絵を描くためだけの単機能ツールではないのだ。

古くからの愛用者には、スケッチブックとしてのこだわりが信頼の証。そして若いユーザーには、自由な発想を受け止める懐の深さが大きな魅力。「図案シリーズスケッチブック」はこれからも変わらぬ姿のまま、新旧のユーザーに愛され続けることだろう。

取材協力:マルマン株式会社(http://www.e-maruman.co.jp/
「描いて剥がせる」もうひとつの図案シリーズ

量産開始50年以降、「図案シリーズ」のブランド展開を推し進めているマルマン。2008(平成20)年からは、切り取って使用できる新発想の画用紙「図案シリーズスケッチパッド」を発売している。この製品、リングワイヤーの代わりに専用の糊で綴じられているので(天のり製本)、画用紙1枚1枚を綺麗に剥がせるのが特徴。描いた絵を誰かにプレゼントしたり、額縁やフレームに入れて飾るのも簡単だ。サイズはB4・A4・B5・ハガキサイズの4種類。ハガキサイズならポストカードファイルに入れてコレクションできる。もちろん、絵を描かず、ペーパークラフトの材料として使ってもいい。

図案シリーズスケッチパッド

「図案シリーズスケッチパッド」。各サイズ50枚入り。315〜840円。

タイトル部撮影/海野惶世 タイトル部撮影ディレクション/小湊好治 取材編集/バーズネスト
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