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ニッポン・ロングセラー考 Vol.102 マジックテープ クラレファスニング

ワンタッチでしっかり脱着!多方面で活躍する面ファスナー

INDEX

衣服や犬の毛にくっついたゴボウの実がヒント

ごぼうの実

ゴボウの実がループにくっついているところ。実の先端はフックになっている。

係合(外れる瞬間)

「マジックテープ」の仕組み。これはフックとループが外れる瞬間。

工場写真

創業時の鶴ヶ島工場(埼玉県)。

工場写真 工場写真

現在は福井県坂井市の丸岡工場に移管されている。

ワンタッチで止められ、引っ張ると簡単に剥がせる面ファスナー。身近なところでは子供服のポケット、スキーウェア、スニーカーなど、衣類やスポーツ関連でよく使われている。手芸を楽しむ人には欠かせない材料だし、最近ではパソコンなどのケーブルを束ねる用途でも使われている。
生活の隅々にまで浸透している面ファスナーの代名詞とも言えるのが、クラレファスニング株式会社の「マジックテープ」。社名を知らなくても、面ファスナーのことを「マジックテープ」と呼ぶ人は多い。ちなみに「マジックテープ」はクラレの登録商標。「マジックテープ」の認知度の高さがうかがえる。

「マジックテープ」はどのような経緯で開発されたのか。話は今から60年以上もさかのぼる。スイス人のジョルジュ・ド・メストラルは、ある日愛犬を連れてアルプス登山に出かけた。ふと見ると、自分の服や犬の毛にゴボウの実が沢山くっついている。のりがあるわけでもないのに、なぜくっつくのだろう? 不思議に思って顕微鏡で観察したところ、ゴボウの実から生えた無数の鉤(かぎ)が、輪の形になった服の繊維や犬の毛としっかり絡まり合っていた。

これをヒントにド・メストラルは、フックとループの構造を持たせた2枚の布を密着させる面ファスナーを考案する。生産が難しく事業化は困難を極めたが、スイスの企業と共同で会社を設立し、1955(昭和30)年に本国で特許を取得。その後、会社と特許はベルクロ・インターナショナルに売却され、ド・メストラルが考案した面ファスナーは、同社が各国の企業に「ベルクロ」の名でライセンスすることになった。日本では1958(昭和33)年に特許が出願され、2年後に権利化されている。

この面ファスナーにいち早く着目したのが、クラレファスニングの前身となる(クラレ100%出資の子会社)日本ベルクロ。1960(昭和35)年4月に会社を立ち上げ、10月には早くも「マジックテープ」の商標で工場出荷を開始した。
だが、「マジックテープ」は最初から順調に売れたわけではなかった。何しろ全く新しい製品なので、どんな用途に使えばいいのか売る方もよく分からない。今に比べると価格も高かった。発売当時はなかなか売れず、販売会社の社宅にまで在庫が積まれていたという。

留め具という役割でいえば、衣類用ならホックをはじめ金属やプラスチックのスライドファスナーがあるし、工業用ならリベットや割りピンなどが主流。面で脱着するという発想そのものが大胆すぎたのかもしれない。自動車の床マットやオムツカバーに使われることはあったが、発売から数年間、「マジックテープ」は大きな用途を見つけることができなかった。


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新幹線のヘッドレストカバーから始まった用途拡大

新幹線の採用例

「マジックテープ」が多用されている新幹線のシート。時代によって採用部位が異なる。

サーフウォレット

80年代のヒット商品、サーフウォレットでも大活躍。

用途に応じた一般向けマジックテープ

手芸用品、ホビー用品、標識の固定など、用途に応じたさまざまな一般向け「マジックテープ」が販売されている。

状況が変わったのは1964(昭和39)年。この年10月に開業した東海道新幹線のヘッドレストカバー留め具として、「マジックテープ」が採用されたのだ。0系新幹線の青いシートに付けられた真っ白なヘッドレストカバーを覚えている人も多いだろう。
それまで、こうした用途にはホックが使われるのが普通だった。清掃の手間を考えると、取り外しはできるだけ簡略化したい。数ヵ所をひとつひとつ脱着しなければならないホックとは違い、「マジックテープ」は手際よく簡単に脱着することができた。

以降の新幹線にも、「マジックテープ」は継続して採用されていく。転機になったのは、1992(平成4)年にデビューした300系車両。300系は安定した高速走行を実現するため、空力特性の向上と大幅な軽量化を目指して設計されていた。座席シートも従来の100系は床に据え付けられていたが、300系は表皮材が取り外せるようになっていた。
この300系で、「マジックテープ」は表皮材とシート骨格の固定用に使われるようになる。ヘッドレストカバーで使われるのは1座席につき数十cmだったが、300系以降はなんと10m近くにもなった(25mm幅換算)。ちなみに現在の700系車両には、環境配慮型の商品、ニュー「エコマジック」が使われている。
0系新幹線のヘッドレストカバーは、「マジックテープ」が用途拡大に乗り出す大きなきっかけになった。誰もが注目する新幹線で使われていることで話題になり、乗客の目にも付く。あの新幹線が採用しているのなら間違いはないという信頼が生まれ、「マジックテープ」の評価は一気に高まった。

1980年代には消費者の身近にある商品への展開が進んだ。初期に大量生産されたのが、アメリカの西海岸で流行し、日本にやってきたサーフウォレット。布製のカジュアルな財布に金属パーツは似合わない。実用性、ファッション性の両方で、「マジックテープ」は理想的な留め具だった。
ほかにも、学校で使用する体操服のゼッケン着脱用、弁当箱カバー、ビデオカメラのハンドグリップ、サポーター、血圧計の巻き付けバンドなど、家庭用分野・メディカル分野で今までにない用途が次々と開拓されていった。

中でも大きく「マジックテープ」の需要を伸ばしたのは、80年代に大ヒットした"紐を使わない"スニーカーだろう。「マジックテープ」なら靴を足にフィットさせるのが簡単だし、ファッション性も損なわない。70年代に基本特許が切れ、スニーカーにもアジア諸国で製造された面ファスナーが採用されたが、「マジックテープ」には一日の長があった。
1964(昭和39)年にはクラレが日本ベルクロに資本参加し、84(昭和59)年に吸収合併。クラレの製品開発力が活かされた「マジックテープ」は、弾力性、成型のしやすさ、耐久性など全ての点において、他社の製品を凌駕していたのだ。

用途が拡大するにつれ、一般向け「マジックテープ」の販路も徐々に変わっていった。初期には町の手芸材料店が主流だったが、徐々に量販店の手芸材料コーナーや手芸専門店にシフト。90年代以降、結束・固定用の商品が市場を伸ばしてからは、ホームセンターがメインの売場になっている。


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カジュアル衣料分野を開拓した画期的な新製品

レディース衣料 レディース衣料

衣料の前部分、袖、襟、ポケットなどで使われるようになった「マジックテープ」。

FM表面拡大

「フリーマジック」の表面を拡大したところ。フックよりループの方が背が高く、ループの糸は細い。

FM係合

「フリーマジック」がくっついた部分のアップ。高さが違っても見事に絡み合っている。

90年代後半から2000年代にかけて、「マジックテープ」活躍の場は更に広がった。それまでもガソリンスタンドのユニフォームなど特殊な衣料用途や、マリンウェアやスキーウェアなどの分野では使われていたが、この時期以降、カジュアル衣料の用途が急拡大したのだ。
ブレイクしたきっかけは、イタリアの有名ブランド「プラダ」のコレクションで面ファスナーが採用されたこと。最先端のモードで使われたことにより、世界中のファッション関係者が「マジックテープ」に目を向けるようになった。以降、面ファスナーはホックやスライドファスナーと並ぶファッション素材になってゆく。

商品面でカジュアル衣料分野開拓の糸口になったのが、1991(平成3)年に発売した「フリーマジック」だ。通常の「マジックテープ」はフック面のテープとループ面のテープの2本で構成されるが、「フリーマジック」は1本の中にフックとループが混在している。フックとループが同じ面にあるから、裁縫時に縫い間違えたり、色合わせに気を使う必要もない。
この発想は昔からあったが、どのメーカーもなかなか商品化できずにいた。通常の面ファスナーの場合、フックとループで素材(共にナイロン系)は異なるが、製造方法は基本的に同じ。フックはループの輪の部分の一部をカットして作る。だが同じ面にフックとループを混在させるとなると、フックにするループ部分だけを選んでカットしなければならない。また、生産方式を考えるとフックとループの配列も問題になってくる。技術的なハードルは高かった。

「フリーマジック」開発の背景には、百貨店からの要望があった。「マジックテープ」をジャケットやブルゾンに使うと、中に着たセーターにフックが引っかかって糸をほつれさせることがある。それを改善してほしいということだった。
衣服への引っかかりを防ぐにはどうしたらいいのか。開発グループが研究の末に発案したのが、柔らかい糸を使うループの中にフックを埋め込む形。1本のテープにフックとループを混在させ、フックを短くしてループは高くする。これならループだけが衣服と接触するので、フックが引っかかることはない。糸くずやゴミも付きにくくなる。
フックとループの配列は1800パターンもの中から理想的な形を見つけた。フック部分だけをカットするのは難しかったが、生地を正確に固定する機械や特殊な刃を作って克服。クラレファスニングは業界初の1本面ファスナーの開発に成功した。

「フリーマジック」は2002(平成14)年にソフトタイプが発売され、肌着やベビー服用途など新たな市場を開拓しつつある。クラレファスニングにとっても、アパレル用途は全体売上げの10〜15%を占める柱の一つに育った。


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工業用途の拡大と環境への取り組みで新時代へ

保冷バッグ

宅配便でおなじみの保冷バッグにも「マジックテープ」が使われている。

「マジタッチ/マジックハード」

工業用途で活躍する「マジタッチ/マジックハード」。高い係合力が特長。

ニュー「エコマジック」

環境を重視して開発された新製品ニュー「エコマジック」。

新幹線マーケットで市場を拡大したことからも分かるように、「マジックテープ」が活躍するフィールドは民生用だけに留まらない。例えば、業務用の輸送バッグ。クール宅配便の冷蔵バッグ、コンビニの保温・保冷バッグ、ピザの配達用バッグ。これらは開閉のしやすさや軽さが要求されるので、「マジックテープ」が重宝されている。
自動車の製造現場では、内装材の仮留め用として「マジックテープ」の仲間である「マジタッチ」や「マジックハード」が使われている。共にフック面がマッシュルーム状になっており、ループにはまり込むと強い力で固定されるのが特徴だ。「マジックハード」は特に係合力(絡み合う力)が強いので、土木現場で使われる養生シートの連結などに使われる。

工業用「マジックテープ」のもうひとつの例は、プラスチックフックの「マジロック」だろう。フック部がヤジリ型になっているので、その係合力は非常に強い。しかも押出成型で製造するので、フック部の形状を顧客が提供するループの形状に合わせて臨機応変に作り変えることができる。これを利用した自動車用シートの組み立て工程で使われる「モールドインファスナー」システムは、国内製造現場の約20%で採用されているという。ちなみにレストランでよく目にするローマンシェードカーテン(紐を引いて上下させるカーテン)の取り付け部にも、この「マジロック」が使われている。
プラスチックフックでは、OA機器のコード結束や自動車配線のケーブル結束などに使われる「マジックバンド」もヒット商品。フック面とループ面が背中合わせになっているので、くるっと巻き付けるだけで結束できる。

現在のクラレファスニングは、民生用製品よりも工業用・産業用製品の売上げの方が大きい。同社の上山社長は、「業界全体を見れば、民生用面ファスナーはアジアでの生産に移行しつつある。将来性が高いのは工業需要。クライアントの立場になって新しい用途を提案していきたい」と語る。

「マジックテープ」をめぐる最新の話題は、環境対応型面ファスナーの登場だ。従来の「マジックテープ」は係合力の維持や耐久性の低下を防ぐため、裏面に補強用バックコート材として有機溶剤を用いるポリウレタン系樹脂を使用していた。だが有機溶剤は環境面で課題があるため、クラレファスニングは2002(平成14)年に、全ての面ファスナーを有機溶剤を使わない水型バックコートへとチェンジ。その2年後には、バックコートそのものを使わない新製品ニュー「エコマジック」を発売した。この製品は、製造から廃棄までの全ステージでCO2を従来品より約30%も削減できるという。将来的には全製品を環境対応型に移行していく予定だ。

現在、民生用途・産業用途を合わせると、クラレファスニングの国内シェアは60%にも及ぶ。発売当初、用途を見つけられずにいた「マジックテープ」は、顧客が進んで用途を開拓することで市場を拡大してきた。それを可能にするためには、メーカー自らがどんな用途にも対応できる製品開発力を持たなければならない。その意味で、「マジックテープ」はニーズ型商品ではなく、シーズ型商品と言えるだろう。
目に見えるところで、そして目に付かないところで私たちの生活をより便利なものに変えてくれた「マジックテープ」。これから先、どんなマジックを見せてくれるのだろう?

取材協力:クラレファスニング株式会社(http://www.magic-tape.com/
転倒を抑制する「マジックガード」で地震対策を

3月に発生した東日本大震災以降、地震対策用品に注目が集まっている。結束・固定用途で多くの製品を販売しているクラレファスニングから発売されているのが、「マジックガード」シリーズ。自宅で使う大切な家具やOA機器の転倒を防ぐセット商品で、「マジックテープ」の約4倍の係合力を持つ「マジロック」を使っているのが特徴だ。用途に応じたさまざまタイプがあり、例えば「家具用・壁面固定タイプ」には、「マジロック」フォーム粘着テープ付2枚、「マジックテープ」ファイバー粘着テープ付2枚、釘8本が入っている。OA用も「プリンター・複合着用底面固定タイプ」はじめ、機器や固定タイプに応じて6種類を用意。面ファスナーだから、取り付け・取り外しもいたって簡単だ。

「マジックガード」シリーズの「家具用・壁面固定タイプ」

「家具用・壁面固定タイプ」。ほかに上下連結タイプもある。

タイトル部撮影/海野惶世 タイトル部撮影ディレクション/小湊好治 取材編集/バーズネスト
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