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ニッポン・ロングセラー考 Vol.106 スーパーコンパス

無理せずラクに円を描ける!進化を続ける学童用コンパス

INDEX

一点支持の“サヤ状”構造でがたつきを防止

画像 創業当時の社屋

創業当時の社屋。今もほとんどの製品を国内で製造している。

画像 製造工程

製造工程の一部。これは“抜き曲げ”するためのプレス機。

画像 初期の「スーパーコンパス」

初期の「スーパーコンパス」。基本形は同じだが、種類や年代によって細かな違いがある。

画像 初期の「スーパーコンパス」

スーパーコンパスを使った当時の授業風景。

真っ白なノートに針を刺す。頭ツマミを持って回転方向にちょっと傾け、くるりと一回転。描き始めと描き終わりの線がぴったり合えば、きれいな円の出来上がり。
コンパスを初めて使ったのは、確か小学校低学年の頃だった。最初は上手く使えず、針先がずれたり、円が二重になるなど失敗ばかり。上手く描けるようになるまで、結構時間がかかったのを覚えている。もうひとつ覚えているのは、その時使っていたコンパスの形。持ち手はプラスチック。足はスチール製で、片方がもう片方に収納される仕組みになっていた。

中年世代の記憶に残るのは、大阪に本社を持つ株式会社ソニックの「スーパーコンパス」。ソニックは1970(昭和45)年に設立された販売会社で、製造を担当する株式会社大阪クリップは51(昭和26)年の創業。当時は事務用のクリップを作っていた。今もゼムクリップやWクリップなど多様な製品を手掛けており、コンパスと並ぶソニックの基幹商品となっている。

「スーパーコンパス」が誕生したのは1954(昭和29)年。得意先の文具卸から、コンパスを作ってほしいと声をかけられたのがきっかけだった。当時は子供の数がどんどん増え、それに合わせて学校の数も増えていた時代。コンパスは小学校の算数で指導が義務付けられており、メーカーや流通にとって販売数が見込める有望な商品だった。ソニックには金属加工やメッキ加工の技術があったから、事業としても参入しやすい分野だったのだろう。
とはいえ、既存のメーカーと同じ商品を作ったのでは参入する意味がない。ソニックはそれまでのコンパスを徹底的に研究し、独自のアイデアを盛り込んだ新商品を作ることにした。

当時のコンパスが抱えていた最大の課題は、使用中にグラグラすること。左右の足それぞれに支点があったため、手の力が2本の足に均等に伝わりにくく、安定感に欠けたのだ。支点を1つにすれば安定するが、それでは左右の足がぶつかってしまう。ソニックは左右の足をサヤ状にし、片方をもう片方の中に収めることでこの問題を解決した。足は1枚の鉄板から型をくり抜き、それをコの字型に折り曲げる“抜き曲げ”方式で作る。針と替え芯は従来品と同じネジ留め式を採用した。
正確な記録は残っていないが、発売当時の価格は1個30円ほどで、他社製品とほとんど変わらなかったらしい。それでいて安定感は抜群に高く、子供でもきれいな円を描ける。「スーパーコンパス」はすぐに評判となり、全国の小学校から引く手あまたとなった。



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替え芯収納型、ベビーコンパスなどの多彩なバリエーション

画像 替え芯収納タイプとその広告

替え芯ケース収納型「スーパーコンパス」と広告。

画像 ベビーコンパス

人気を博したベビーコンパス。小さくても直径18cmまでの円を描けた。

画像 カタログ

初期の販売カタログから。サイズや用途の異なる「スーパーコンパス」が並んでいる。

1960年代、70年代を通じて、「スーパーコンパス」は学童用コンパスの市場を席巻してゆく。この頃のシェアは80%近くにも及び、小学生のほとんどが一度は手にする文房具になっていた。往時には工場の前に問屋のトラックが乗り付け、出荷を待ち構えていたという。

バリエーション展開も進んだ。学校需要だけをとっても、小学生が授業で使うコンパス、中学生が試験の際に使うコンパス、工業系の高校生が製図に使うコンパスなど、その用途は多岐に渡る。ソニックは早い段階から商品の多様化を推し進め、さまざまな種類のコンパスを販売してきた。

初期の「スーパーコンパス」でよく知られているのは、替え芯ケースを足の内部に収納するタイプ。スタンダードな「スーパーコンパス」はケース入りの替え芯を別添していたが、使っているうちに紛失してしまうという声が多かった。収納式は小さな工夫だが、使いやすさは更に向上し、「スーパーコンパス」の人気をいっそう押し上げることになった。
その後、市場には替え芯を使わず、鉛筆を固定して使うタイプのコンパスが登場。替え芯タイプと並んで市場を形成してゆくことになる。

かつての「スーパーコンパス」には、斬新な発想から生まれた個性的な製品がいくつもあった。代表的なのは、スタンダードな替え芯タイプをほぼ半分のサイズにした「ベビーコンパス」。子供の筆箱には、鉛筆や消しゴムなど雑多な文房具が沢山入っている。小型のコンパスなら邪魔にならないはず、という発想から生まれた製品だった。
他にも、小型の分度器を収納した製図用や、両端に替え芯と針を備え、回転させればコンパスにもディバイダーにもなる製品など、今では珍しい「スーパーコンパス」が数多く作られた。


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鉄板抜き曲げ製法からダイキャスト成型へ

画像 「EC-303」

鉛筆用の「EC-303」。色は紺と赤の2色ある。315円。

画像 「EC-400」

こちらも鉛筆用の「EC-400」。鉛筆はレバーで脱着する。420円。

画像 「ノック-503」

「ノック-503」は人気のシャープペンシルタイプ。525円。

画像 「EC-256」

初期型のサヤ足を使用する「EC-256」。鉛筆・芯両用。262円。

スチール製の「スーパーコンパス」はロングセラー商品となったが、人手のかかる鉄板抜き曲げ方式で作るため、大量生産するのが難しかった。1970年代初期、ソニックは全く新しい製法を導入し、「スーパーコンパス」のリニューアルを図る。
それが、亜鉛合金を用いたダイキャスト成型。鋳型の中に溶かした合金を圧力をかけて流し込み、瞬時に成型する製法だ。ダイキャストには、原材料から製品にするまでの工程を短くできる、高い工作精度を維持できる、品質が安定するなどの特徴がある。コンパスの量産化には最適な製造方法だった。

こうして完成したのが、現在販売されている「スーパーコンパス」の各モデル。抜き曲げ製法で作られた初期型と同じ1点支持だが、足はサヤ型ではなく、2本が並ぶタイプになっている。ダイキャストは強度が保てるので、足を細くしても問題ないのだ。
どんな角度に足を開いても、頭ツマミが筆記面に対して垂直になる“中心器機構”を採用したのも大きな特徴。初期型は開いた足と一緒に頭ツマミが傾いていたが、これを解消した。足を最大限に開けば、直径30cmまでの円を描くことができる。

紺色に塗られた細身の「スーパーコンパス」のデザインは、学童用コンパスに限定するのは惜しいほどシャープでスタイリッシュ。ドイツ製の製図用コンパスとは用途も価格も異なるが、機能美あふれる道具としての魅力は負けていない。
よく見ると、鉛筆用の「スーパーコンパス」は針の部分が他メーカーの製品より長くなっている(安全のための針カバー付き)。これは、針であることを子供に意識させるためのデザイン。あえて目に付くデザインにして、注意を促しているのだという。

現行の「スーパーコンパス」は、教育ルート用と一般ルート用に商品が分かれている。メインはやはり教育ルート。最も販売量が多いのは、鉛筆用の「EC-303」という製品だ。鉛筆を挟むネジが外れず、鉛筆にも傷が付かないように工夫されている。ちなみに、今は学校需要の約9割がこの鉛筆タイプだという。
高学年の小学生以上に愛用されているのは、シャープペンシルタイプの製品。芯の太さが変わらず、汎用のシャープペンシル用替え芯が使えるので人気が高い。初期型の「スーパーコンパス」も1種類だけ残っている。鉛筆・芯の両方に対応する「EC-256」というモデル。鉛筆取り付け部を90度回転させると、芯用コンパスに変身する仕組みだ。昔ながらのこのタイプを好む学校も少なくないらしい。


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短時間で作図を学べる画期的な新製品「くるんパス」

画像 「くるんパス 鉛筆用」

ネットや雑誌でも取り上げられた「くるんパス 鉛筆用」。525円。

画像 「くるんキャップ」

頭ツマミに被せた「くるんキャップ」。簡単に円を描ける秘密はここにある。

画像 「くるんパス シャープ」

2012(平成24)年2月に発売された新製品「くるんパス シャープ」。735円。

学童用コンパスの市場はどのくらいなのだろう? 減りつつあるとはいえ、全国の小中学生はおよそ1000万人もいる。1個300円のコンパスなら、年間30億円の規模。メーカーの数がそれほど多くないことを考えると、充分に魅力的な市場と言えるだろう。
学校納入の実績を積んできたソニックは今もトップシェアを維持しているが、安穏としているわけではない。同社は定規やハサミなどコンパス以外の学童文具も多数作っており、どの分野の製品も毎年のように新製品を追加している。

2011(平成23)年1月、ソニックはコンパスの新製品、「くるんパス」を発売した。「にぎって・くるんと・まわすだけ」というキャッチフレーズのとおり、初めて使う子供でも驚くほど簡単に円を描けるのが特徴だ。その開発背景が興味深い。
従来のコンパスは、子供にとって扱うのが難しい道具だった。円を描く際にコンパスを傾け、一気に回し描きするという連続する動きは、体で覚えるしかない。今も授業の現場では、子供がコツを飲み込むまでに結構な時間がかかっているという。そもそもは円の概念を教えることが目的なのだから、道具の習熟にかける時間はなるべく少ない方がいい。加えて、それまで4年次に行われていたコンパス指導が、昨年度からは3年次へと引き下げられた。コンパス習熟にかかる時間は更に伸びる心配があるのだ。

「くるんパス」は、頭ツマミの部分に独自構造の「くるんキャップ」を付けることで、コンパスを使う時に必要な複雑な操作を補助している。回転方向に傾け、指で頭ツマミを回すという2つの動作を「くるんキャップ」が自動的に行うので、子供は腕を大きく回すだけで円を描くことができる。また、馴れてきたら「くるんキャップ」を外し、従来どおりの使い方で円を描くこともできる。
子供は一人一人指の大きさが違うし、器用な子もいれば不器用な子もいる。どんな子供でも苦労することなく円が描ける「くるんパス」は、コンパス指導の効率を劇的に改善できるかもしれない。教育現場への本格導入は今年からだが、既に多くの学校が興味を示しているという。

文房具にはロングセラー商品が少なくないが、学童文具に限ってみると、ほとんど思い当たるものがない。「スーパーコンパス」は極めて珍しい例であり、だからこそ多くの人々の記憶に残っているのだろう。
おじいちゃんはスチール製の「スーパーコンパス」で、お父さんはダイキャストの「スーパーコンパス」で円の描き方を学んだ。そして子供は、次世代の「スーパーコンパス」と言うべき「くるんパス」で円の描き方を学ぶだろう。その円の形は、それぞれの世代の「スーパーコンパス」と共に、記憶に刻まれる。

取材協力:株式会社 ソニック(http://www.sonic-s.co.jp/
クリップ、名札、マグネット──アイデア満載の事務用品

ソニックは学童文具だけでなく、事務用品も数多く販売している。創業時から手掛けているクリップをはじめ、マグネットバーやマグネットフック、キーボックスなどが主な製品。中でも豊富なバリエーションを誇るのが名札。ピンやクリップで取り付ける名刺型名札や丸型名札に始まり、胸からぶら下げるタッグ名札、首からぶら下げる吊下げ名札、そこから一歩進んだリール式吊下げ名札など、ありとあらゆるタイプの名札を取り揃えている。リール式だけでも、チャックタイプ、2枚収納タイプ、ミニリール式など種類が豊富。しかもソニックは自社ブランドだけでなく、OEM製品も沢山作っている。皆さんが毎日首に掛けている名札も、実はソニックの製品かもしれない。

画像 リール式吊下げ名札「NF-412」

リール式吊下げ名札 チャックタイプ「NF-412」。577円。

タイトル部撮影/海野惶世 タイトル部撮影ディレクション/小湊好治 取材編集/バーズネスト
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