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ニッポン・ロングセラー考 Vol.114 ピップエレキバン

1972年 発売

ピップ

磁力で血行改善、こりをほぐす
知名度抜群の肩こりケア商品

INDEX

米粒を絆創膏で貼る姿をヒントに開発がスタート

画像 当時の開発センター

1960年代の開発センター。ヒット商品はここから生まれた。

画像 当時の工場の様子

かつての工場の様子。「シャンプーハット」を作っているところ。

多くの人が悩まされている「肩こり」。仕事やプライベートで長時間パソコンを使う機会が増えた現代、肩こり人口は昔よりずっと多くなっているのではないだろうか。
2年前、ある会社が「肩こりに関する意識」調査を行った。10代から40代の男女1,000名にアンケートを実施したところ、全体の87.1%が肩こりを感じており、症状が重いと自覚している人が53.5%にも上ることが判明。10代の自覚率も74.8%と高く、肩こりが年齢性別を問わない国民病であることが浮き彫りになった。

この調査を行ったのは、大阪に本社を持つピップ株式会社。医療衛生用品や医薬品などの卸販売と、“こりケア”商品をはじめとするさまざまな医療機器などの製造販売を手掛けている。中でも最もよく知られているのが、磁気の力でこりをほぐす絆創膏(ばんそうこう)型の「ピップエレキバン」。今年で発売40周年を迎えるロングセラー商品だ。

ピップが創業したのは1908(明治41)年。医療品卸で会社の基盤を築いたが、60年代に入ると流通の効率化やコストダウンが進んだため、自ら商品の製造販売へと乗り出した。卸が本業だったため、取引先と競合する商品は作れない。ピップはそれまでにない商品を一から開発しなければならなかった。そんな状況下で生まれたのが、69(昭和44)年に発売した子供用の洗髪補助具「シャンプーハット」。テレビCMの効果もあり、この商品は大きなヒットを記録した。

自らの力で市場を切り開いたピップは、さらなるオリジナル商品の開発に着手する。目を付けたのは、1950年代からブームになっていた磁気治療器。卸として扱っている磁気ブレスレットやネックレスが、飛ぶように売れていたのだ。
初期の磁気治療器は医学的な根拠が明確ではなかったが、61(昭和36)年施行の改正薬事法によって、国の認可を受けなければ製造・販売ができなくなった。この規制ができたことで、磁気治療器が社会的に認知されたとも言える。

ピップの開発目標は、装身具とは違う形の磁気治療器だった。ヒントになったのは、戦前からあった四角いガーゼの中央に小さな鉄球を付けたもの。患部に貼ると鍼(はり)に似た効果があるとされていた。また体のツボに生米を絆創膏で貼り付けて刺激する方法もお金のかからないアイデアとして知られており、一般的に行われる民間療法のようなものだった。
鉄球や生米の代わりに磁石を使えばどうだろう? 肌に密着するから、大きな磁気の働きを期待できるはず。目標とする商品の具体的な形が見えてきた。


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絆創膏と磁石に盛り込まれた独自のアイデア

画像 発売当時の「ピップエレキバン」

発売当時の「ピップエレキバン」。磁束密度は50mT。商品名は漢字表記されていた。

画像 発売翌年の「ピップエレキバン」

発売翌年には漢字表記をカタカナに変更。ロゴタイプはやや丸みを帯びている。

画像 「ピップエレキバン」磁石のアップ

磁石のアップ写真。肌を刺激しないよう、角が面取りされている。

画像 「ピップエレキバン」シートのアップ

丸い絆創膏も「ピップエレキバン」の大きな特徴。発売時は珍しかった。

磁気治療器の仕組みは分かりやすい。緊張や疲労が重なると、筋肉が硬くなって血管を圧迫し、血行が悪くなる。血行が悪くなると筋肉に老廃物が蓄積し、筋肉は更に緊張する。これが一般的なこりの状態。磁気には体内に直接働きかけ、血行を良くする働きがあるのだ。
研究を進めるに従って磁石に関する知識を深めていったピップの開発スタッフだが、磁石と絆創膏の組み合わせを具体的な形にするのは容易ではなかった。

家庭用磁気治療器に使われる磁石は、その磁束密度(=磁石の強さ)が35mT(ミリテスラ)以上、200mT以下と決められている。ピップは最初、柔らかく肌触りが良いゴム磁石を検討していたが、磁束密度が基準に足りなかったため、安定した磁力を持つ等方性フェライト磁石を採用した。
肌に直接貼るものだから、目立たないよう、磁石はなるべく小さく作りたい。何度も試作を繰り返した結果、直径5.2ミリ、厚さ2.5ミリに落ち着いた。このサイズは一部の商品を除き、昔も今も全く変わっていない。

注目すべきは、磁石の加工技術だろう。円柱状にプレス成型したフェライト磁石を切り分けただけでは、エッジが肌に食い込んでしまう。ソフトな肌触りを実現するには、エッジを面取りし、研磨する必要があった。
小さな磁石の粒を機械で磨くのは難しい。そこでピップは、長時間かけてじっくり磨くことでソフトな着け心地を実現した。
絆創膏にも工夫を凝らした。素材を有効利用するなら、シートに切れ目を入れて四角くしたいところ。だが当時の技術では剥がす時に隣の絆創膏までめくれることがよくあったため、打ち抜きで作る丸い絆創膏を採用することにした。
小さな磁石が簡単には絆創膏から離れないのも不思議だ。これは独自のプレス技術によるもので、特別な接着剤を使っているわけではないという。

2年の開発期間を経て完成した商品は「ピップエレキバン」と名付けられ、1972(昭和47)年10月に発売された。名称の由来は、磁気を想起させる単語「エレキ」に、絆創膏の「バン」を組み合わせたもの。なんでも、開発者の1人がエレキテルを作った平賀源内の本を読んでいたらしい。これに、自社商標のピップを冠して命名した。
発売時の価格は、10粒入りが350円、30粒入りが1,000円。地下鉄の初乗り運賃が40円だったから、感覚的にはかなり高かった。それもあってか、「ピップエレキバン」は発売後しばらく苦しい状況に置かれることになる。


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会長自らが出演するテレビCMで大ヒット商品に

画像 道頓堀看板

1967年頃、大阪道頓堀のネオンサインの広告

一見すると絆創膏だが、中身は磁気によってこりをほぐす治療機器。今は誰もがその商品価値を認める「ピップエレキバン」だが、発売当時はなかなか理解されなかった。発売から5年間は期待したほどには売れず、営業マンは地道に店舗を回り、「ピップエレキバン」の効能を説明して回った。

転機は1977(昭和52)年に訪れる。この年2月、ピップは当時の会長が出演するテレビCMの放送を九州で開始し、これが大きな反響を呼んだのだ。誰も知らない一人のお年寄りが、ほとんど宣伝らしい文句を言わず、正面を向いてただ「ピップエレキバン」と言う。そのシュールな内容と不思議な空気感が話題になり、翌年には放映地区が全国に拡大された。この時のCMは、第18回全日本CMフェスティバルの奨励賞を受賞している。

経営者自らがCMに出演することはままあるが、その内容が多くの人々の記憶に残っているケースは珍しい。会長は「ピップエレキバン」の開発を牽引し、会社を大きく成長させた人物だが、一般には顔を知られていない素人。このCMはその素人らしさを逆手にとった野心的な作品だった。

CMを制作したのは、後に「サントリーウイスキーレッド」や「エバラ焼肉のたれ」など、数々のCMを手掛けた佐々木隆信。「ピップエレキバン」のCMはシリーズ化され、タレントの藤村俊二や女優の樹木希林、作家の畑正憲らと会長が共演する作品が続々と作られた。世代によっては、アメリカのアラスカ州にあるピップ空港で撮影したバージョンや、流行語にもなった樹木希林のセリフ「このしぶとさが会社を繁栄させるわけですね」を覚えているかもしれない。

70〜80年代、テレビCMの効果は想像以上に大きかった。会長が出演する一連のCMによって、「ピップエレキバン」の販売は急拡大する。その人気に乗り、コラボレーションを依頼してくる企業も数多くあったという。
会長が出演するCMは、1986(昭和61)年まで続いた。CMや広告関連の受賞歴は数知れない。「ピップエレキバン」のCMは商品の窮地を救うだけでなく、広告界の名作として世に残ることになった。


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“効きめ”に重点を置いた商品バリエーション

画像 「ピップエレキバン」

スタンダードタイプの「ピップエレキバン」。磁束密度は80mT。

画像 「ピップエレキバンA」

中心商品の「ピップエレキバンA」。磁束密度は130mT。

画像 「ピップエレキバンZ」

「ピップエレキバンZ」はシリーズ最強。磁束密度は190mT。

発売から40年になる「ピップエレキバン」。その歴史をたどると、消費者ニーズの移り変わりが見えてくる。1977(昭和52)年に発売した「エレキバンスーパー」と83(昭和58)年の「ピップエレキバンA」、89(平成元)年の「ピップエレキバンX」は、磁束密度をアップして効能を高めた商品。
85(昭和60)年には、絆創膏と磁石を小型化した「ピップエレキバンミニ」を発売した。この頃は「ピップエレキバン」の絶頂期。外出時でも使えるよう、携帯性を重視したタイプが求められたのだ。96(平成8)年の「ピップエレキバンコンビニ」と、その翌年に発売した「ピップエレキバンスポーツタイプ」も、新たな需要に応じた商品と言えるだろう。

女性を意識したユニークな「ピップエレキバン」もあった。1987(昭和62)年に発売した「ピップエレキバン グラデーション」は、貼っているのが目立たないよう、絆創膏の色に工夫を施したのが特徴。この商品は現行商品の「ピップエレキバンA ナチュラルカラータイプ」へと発展した。
一方で、廃盤になった商品もいくつかある。赤・青・紫のパステルカラーを採用した「ピップエレキバン パステルカラー」や「ピップエレキバン ハローキティ」は若い女性に支持されたが、定番商品とはならなかった。

現在の「ピップエレキバン」ラインアップは、スタンダードな「ピップエレキバン」、最も売れている「ピップエレキバンA」、磁束密度を高めた「ピップエレキバンEX」と「ピップエレキバンZ」など、全部で6種類が用意されている。かつて需要のあった用途や販路に合わせた商品は姿を消したが、これは市場ニーズが“使い方”から“効きめ”にシフトしたためだ。
それでも、この分野でトップを走り続けるピップは新たな需要の掘り起こしに余念がない。今年8月にはシリーズ初の体感商品「ピップエレキバンM」を発売。メントール入りの絆創膏を採用し、貼った際の爽快感や気持ち良さをアピールしている。

同社の広報によると、「ピップエレキバン」の知名度は98%を越えているという。ここまで名前が浸透していながら、まだ一度も使ったことがない人が多いのもまた事実。それはピップの課題であり、まだ成長の余地が残されている証拠でもある。
従来の「ピップエレキバン」には中高年層が使うイメージがあったが、「ピップエレキバンZ」は若い層にも支持されている。若年層は隠れた肩こり層。ここを開拓できれば、「ピップエレキバン」は80年代前半のように、再び大きな市場を獲得できるかもしれない。

取材協力:ピップ株式会社(http://www.pipjapan.co.jp/
もうひとつの人気商品「ピップマグネループ」

「ピップエレキバン」の効果はよく分かるけれど、皮膚が弱いので絆創膏は苦手…そんな消費者に向けてピップが1993(平成5)年に発売したのが、ネックレスタイプの磁気治療器「マグネループ」。一見すると昔からある磁気ネックレスのように見えるが、シリコン樹脂で作られた本体の中には、微細な磁石が隙間なくびっしりと封入されている。ネックレスというよりチョーカーに近く、ファッション性の高さは医療機器とは思えないほど。カラーは5色、長さは3タイプから選べる。累計販売数は1,000万本を越え、「ねるねるマグネ」をうたった女性タレント友近のCM効果もあり、好調なセールスを維持している。

画像 「マグネループ」ローズピンク

色とサイズが豊富な「マグネループ」。磁束密度は55mT。

タイトル部撮影/海野惶世 タイトル部撮影ディレクション/小湊好治 取材編集/バーズネスト
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