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COMZINE BACK NUMBER

ニッポン・ロングセラー考 Vol.115 フレッシュパック

1969年 発売

にんべん

料理の味を引き立てる
ソフトタイプの削り節

INDEX

300年以上の歴史を誇る「カネにんべん」の商標

画像 創業者の高津伊兵衛

創業者の高津伊兵衛。商才に長けた人物だった。

画像 カネにんべん

同社の商品に必ず添付されている商標、「カネにんべん」。

かつお節を削る姿を見なくなったのはいつ頃からだろう? 少なくとも1960〜70年代くらいまでは、多くの家庭で削り器を使っていたのではないだろうか。わが家では母が夕食の支度をしている間、子供たちが順番にかつお節を削っていた。上手く削れたわけではないけれど、なんとなく楽しかったのを覚えている。 大人になるとそんな記憶はいつの間にかなくなり、かつお節と言えば、最初から削ってある「削り節」を連想するようになった。小袋入りの、カンナで削ったような薄片。若い人なら、船形をした「本節」を見たことすらないだろう。

削り節は、和風調味料として誰にでもなじみ深い存在だ。最もよく目にするのは、冷ややっこやほうれん草のおひたし、お好み焼きやたこ焼きなどのトッピング。昆布のようにだしの素材として使うのも一般的だ。削り節をしょうゆであえた「おかか」は、おにぎりの具材として人気が高い。
削り節の製造機は大正時代初期に考案され、昭和にかけて普及が進んだ。店頭の機械で大量に削り、小さな紙袋やビニール袋に入れて販売する。手軽に使えるので全国に広まったが、酸化しやすく風味が損なわれるという欠点があった。

この問題を解決したのが、今から300年以上も前の1699(元禄12)年に創業した「株式会社にんべん」。創業者の高津伊兵衛は三重県四日市出身で、江戸に出て奉公を経験後、20歳の時に日本橋元四日市でかつお節と塩干類を売り始めた。屋号は「伊勢屋伊兵衛」。江戸時代を通じて商売は大繁盛し、1918(大正7)年に法人化。64(昭和39)年には「つゆの素」というヒット商品を生み出している。

ちなみに「にんべん」の商標は、カギかっこの上辺とカタカナの「イ(=にんべん)」を組み合わせたもので、「カネにんべん」と呼ばれている。カギの形はお金を意味し、商売繁盛を祈願したもの。「イ」は伊勢屋と伊兵衛のイに由来する。面白いことに江戸の人々は伊兵衛の店を「伊勢屋」ではなく「にんべん」と呼ぶようになり、いつの間にかそれがお店の名前になった。1948(昭和23)年には、「にんべん」が正式社名になっている。


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“酸化しない”削り節を業界に先駆けて発売

画像 発売当時の箱入り「フレッシュパック」

発売当時の「フレッシュパック」。箱入りの高級品だった。

画像 発売当時の箱入り「フレッシュパック」

「0秒パック」の文字が手間いらずであることをうたっている。賞味期間は1年。

画像 缶入り「フレッシュパック」

主に贈答用だったので、缶入りの商品も販売された。

「にんべん」が現在の商品「フレッシュパック」を発売したのは、1969(昭和44)年の5月。だが、すんなり開発できたわけではなかった。ポイントは、削り節を酸化させないパッケージを考案すること。空気を入れない真空パックにすれば可能だが、中身がつぶれてしまうので削り節には使えない。そこで、紙袋やビニール袋の代わりにアルミの袋を使ってみた。密封度が高く外部の空気が入らないから、酸化はしにくい。防湿性も高かったが、中身が見えないので商品化することはできなかった。当時の消費者は、目で見て中身を確認できないとなかなか手を出さなかったのだ。

必要なのは、酸素を通さず、防湿性の高い透明のフィルム。ちょうどその頃、クラレが「エバール」という高度なガスバリア性を持つ樹脂を開発した。にんべんが注目したのは、内側がポリプロピレン、中間はビニロン、外側がポリエチレンで作られた三層構造の「エバール」フィルム。ポリプロピレンは酸素を透過させず、エチレンは湿度に強い。ポリエチレンは印刷に適した素材だった。これで、パッケージ素材の問題はクリアできた。

アルミの袋はいいアイデアだったが、中には少量ながら酸素が入ってしまう。それも風味を損なう原因になるので、にんべんの開発陣は中の空気を完全に抜くことを考えた。
「エバール」フィルムで作った小袋に、2本のノズルを差し込む。片方から空気を抜き、同時にもう1本から窒素ガスを充填。充填後はシールで密封加工する。にんべんはそのための加工機械(チャンバー)を作ったが、発売当時はまだ手作業に頼る部分が多かった。繁忙期には営業マンが工場に駆け付け、生産を手伝うこともあったという。

新商品「フレッシュパック」は5g×5袋入り、価格100円で発売された。1kg換算だと4,000円になる。同じ量のかつお節は数百円だったから、極めて高いぜいたくな商品だった。「フレッシュパック」は街の乾物屋やスーパーではなく、贈答用品としてデパートで販売されたが、評判は今ひとつだった。「にんべんともあろうものが鉋屑(かんなくず)を売るのか」と厳しい見方をされることもあり、発売後1年は鳴かず飛ばずの状態が続いた。


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画期的な削りの技術で滑らかな口どけを実現

画像 現行「化粧缶入りフレッシュパックゴールド詰合せ」FGN-150

現行の「化粧缶入りフレッシュパックゴールド詰合せ」。定番のギフト商品。バリエーションも豊富だ。

画像 現行「化粧箱入りフレッシュパックハイソフト」FPN-100

こちらは現行の「化粧箱入りフレッシュパックハイソフト」。まろやかな口当たりが魅力の高級品。容量違いの4種類がある。

画像 現行「フレッシュパックゴールド糸削り 10袋」

「フレッシュパックゴールド糸削り 10袋」。ギフトシリーズを紙箱にパッケージした家庭用商品。

価格の高さから苦戦を強いられていた「フレッシュパック」だったが、日本が急激な経済成長を遂げ、国民生活にゆとりがでてくるに従って、販売が上向きになってきた。快気祝い・入学祝い・婚礼用等の贈答需要は年々拡大。それと同時に一般向けの「フレッシュパック」も売れるようになってきた。
となると他社も黙って見てはいない。数年のうちに次々と「フレッシュパック」に類した商品が登場し、市場は一気に活性化した。にんべんは製法に関する特許を取得していたが、自社の利益よりも市場をつくることを優先したため、特許を行使しなかったのだ。一時は200社近くがパックタイプの削り節を販売していたという。

拡大期の市場規模の大きさは数字にも表れている。1971(昭和46)年における市場全体の販売額は約3億円で、販売量は約65トン。そのうち9割近くをにんべんが占めていた。7年後の78(昭和53)年には販売額が約500億円、販売量は約6,800トンに拡大。にんべんのシェアは10数パーセントに落ちたものの、共に100倍を超える急成長を示している。
当時の営業マンの話では、あまりの売れ行きに、得意先から注文が入っても応えられないことがしばしばあったらしい。もちろん、工場は常にフル稼働。既に完全オートメーション化されていたが、それでも生産が間に合わなかったのだ。

市場では低価格な他社製品の売れ行きが伸びていたが、にんべんはあえてその方向には進まなかった。1977(昭和52)年には血合いを取り除いたかつお節だけを削った「フレッシュパックゴールド」を発売。贈答用はもちろん、料亭などの業務用としても人気を博した。
79(昭和54)年には「フレッシュパック ハイソフト」を発売。これは新しい削り方(にんべんの呼称はハイソフト方式)を採用した画期的な商品で、削り節の厚さは従来の50ミクロン以下から30ミクロン以下にまで薄くなった。従来の削り道具がナイフだとしたら、新方式はカミソリで削るようなものだという。

かつお節は刃物で削る時に熱が加えられ、動物性タンパク質が熱変性してしまう。表面がツヤツヤし、うま味が減少してしまうのだ。ハイソフト方式の削り方は熱が加わりにくいので、表面はややザラつくが、とろけるような口当たりになる。この削り方こそが、にんべんの大きなセールスポイント。贈答用はもちろん、スーパーなどで販売されている現行の「フレッシュパック」のほとんどがこのハイソフト方式で製造されている。


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スーパーの店頭で削り器を使った実演販売を実施

画像 「フレッシュパック ソフト 10P」

最量販商品の「フレッシュパック ソフト 10P」。希望小売価格は577円。

画像 「こんかつ節 3g×5P」

ミックス味の「こんかつ節 3g×5P」」。希望小売価格315円。

「フレッシュパック」が最も売れたのは1990(平成2)年で、この年の販売量は2億袋に達している。現在の販売量はその1/3強。縮小した理由のひとつは、調味料需要が多様化し、パックタイプの削り節の存在感が相対的に小さくなったことにある。「フレッシュパック」に限定すると、贈答需要の縮小も大きかった。快気祝いや婚礼のお返しといった内祝いの習慣が希薄化したため、デパートでの販売が落ち込んでしまったのだ。

一方、品質の高さから常に安定した販売量を確保しているのが、スーパーなどで売られている小袋入りの「フレッシュパック」。正式な商品名は「フレッシュパック ソフト」で、容量とパック数の違いでラインアップは10種類近くもある。最も売れているのは5g×10袋入りの商品で、店頭で特売されることも多い。今年は秋冬の新商品として、新たに1.5g×10袋の使い切りサイズが発売された。

見かけることは少ないが、「フレッシュパック」には個性的なバリエーション商品が多数ある。「こんかつ節」は、昆布とかつお節のうま味をミックスしたユニークな商品。ネーミングも今の時代にぴったりだ。「フレッシュパック」はカビ付けを繰り返した本枯(ほんかれ)節を削ったものだが、西日本でよく使われているカビ付けしていない荒節を使った商品も安定した人気がある。昔からある「花かつお」はその代表的存在。太目に削り出されているのが特徴で、だし用に使われることが多い。

近年のにんべんは、スーパーの店頭に自社で開発した電動削り器を持ち込み、「本がれかつお節」の実演販売を行っている。機械のサイズはコンパクトながら、削り方は自慢のハイソフト方式。削りたての香りと美味しさが評判を呼び、なんと1日で900袋を売った店もあるという。

「フレッシュパック」そのものはほぼ完成された商品なので、今後、内容が大胆に変わる可能性は少ないかもしれない。その代わりバリエーション商品は、これからもどんどん追加されるだろう。かつお節シートのように、テレビで取り上げられたことがきっかけになって復活した例もある。 かつお節は、日本人の味覚に深く根付いた調味料のひとつ。日本の味と言ってもいい。「フレッシュパック」はその日本の味を身近にし、全国に広めた功労者なのだ。

取材協力:株式会社にんべん(http://www.ninben.co.jp/
「日本橋だし場/DASHI BAR」でかつお節の味を体験

2010(平成22)年10月に誕生した日本橋の新名所「コレド室町」。このビルの1階に、にんべんの新しい日本橋本店がある。注目は、併設されている飲食スペース「日本橋だし場/DASHI BAR」だ。一汁一飯をテーマに、「かつお節だし」「げんきっすドリンク」などのだし場メニュー、「ぬれおかき+だし」「だしせん+だし」などのおやつメニュー、「かつぶしめし」「こんかつめし(かつお節・昆布)」などのランチメニューが提供されている。なかでも、炊き立ての御飯に削りたての本枯節をたっぷりかけ、しょうゆを垂らしていただく「かつぶしめし」は絶品のうまさ。かつお節のおいしさが心に染みる。

画像 「日本橋だし場/DASHI BAR」

「日本橋だし場/DASHI BAR」。お昼時はかなりのにぎわいになる。

タイトル部撮影/海野惶世 タイトル部撮影ディレクション/小湊好治 取材編集/バーズネスト
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