

今月の書籍
レビュワー:高橋 征義
- 『Tidy First? ―個人で実践する経験主義的ソフトウェア設計』
簡単な変更を支える、信頼と盤石な文化に基づくチームを育てるために
本書は『エクストリームプログラミング』『テスト駆動開発』などの書籍でも知られているKent Beckによる最新刊である。
本書のテーマは「整頓(Tidying)」。本書では整頓と訳されているが、「こんまり」こと近藤 麻理恵氏の「片づけ」の英訳が「Tidying」であるところからすると、本書でのTidyingも「整頓」という硬めの言葉ではなく「片づけ」と呼びたくなる。なにせ一番小さなTidyingは「空行を1行挿入する」である(11章)。それ以外に紹介される例も、いわゆるマジックナンバーを避けるための説明定数を作る(9章)、複雑な計算を分かりやすい名前の変数にいったん代入する(8章)、不要なコードを消す(2章)、冗長なコメントを消す(15章)といったものだ。簡単で安全で小さな変更。しかし、それをしなければだんだんコードが劣化していく。そんな作業に本書はフォーカスしている。
整頓に似た作業を示す言葉に「リファクタリング(Refactoring)」がある。本書でも整頓はリファクタリングのサブセットだと記されている(1章)。しかし、リファクタリングはソフトウェア開発の歴史の中で、その意味が変質してしまい、何を指すか分からない言葉になってしまった。そこでもっと簡単な作業を示す新しい言葉として、「整頓」が提唱された。
本書は3部構成全33章から成る。第1部では「どう整頓するか」、第2部では「いつ整頓するか(あるいは整頓しないか)」、第3部では「なぜ整頓するか」が語られる。その中でも注目したいメッセージは、第2部の第18章「バッチサイズ」にある以下の一言である。
チームに信頼があり盤石な文化があれば、整頓にはレビューは不要だ。
つまり、適切な整頓は個人のスキルのみで活用できるものではなく、信頼と文化に基づくチームを必要としている。危ういチームでは整頓ですら、レビューなしに取り込むのはリスクが避けられない。しかしながら、小さな変更にも都度都度レビューを行うとなると、どうしても作業効率が落ちる。つまり、適切な速度と頻度で整頓を行い続けるためにも良いチームを育てる必要があるのだ。これについては引用に続くパラグラフでも説明されている。
整頓はレビューしなくてもよいというレベルの安全と信頼に到達するには、何ヶ月もかかる。練習しよう。実験しよう。みんなでエラーをレビューしよう。
本文は120ページ足らずのコンパクトな本なので、気軽に読んで、気軽に試してみることもできる。しかし、上手に整頓するには時間をかけて、良いチームを作るところから始める必要がある、という逆説がある。良いソフトウェアを開発するための、入口の広さと奥行きの深さの両方を感じさせる書籍である。
『Tidy First? ―個人で実践する経験主義的ソフトウェア設計』
著者:Kent Beck
翻訳:吉羽 龍太郎、永瀬 美穂、細澤 あゆみ
出版社: オライリー・ジャパン
今月のレビュワー

高橋 征義(たかはし・まさよし)
札幌出身。Web制作会社にてプログラマとして勤務する傍ら、2004年にRubyの開発者と利用者を支援する団体、日本Rubyの会を設立、現在まで代表を務める。2010年にITエンジニア向けの技術系電子書籍の制作と販売を行う株式会社達人出版会を設立、現在まで代表取締役。著書に『たのしいRuby』(共著)など。好きな作家は新井素子。
2025/04/16