

今月の書籍
レビュワー:高橋 征義
- 『データモデリングでドメインを駆動する――分散/疎結合な基幹系システムに向けて』
現代的な基幹系システムの考察を前提にデータモデリングの必要性と重要性を説く
本書のテーマは「データモデリング」と「基幹系システム」である。
基幹系システムとは、販売管理や生産管理、あるいは会計処理といった企業の業務に使われるシステムを指す。直接、基幹系システムの構築には関わっていないという方にとっても、例えばECサイトや顧客会員向けサイトなどには基幹系的な要素が多かれ少なかれ含まれるので、何かしらの接点がある方は多いはずだ。
本書はこの基幹系システムを考える上で、目新しい観点をいくつも導入し、読者の基幹系システムへの理解を深めようとする。「SoA(System of Action)」(※1)と「SoM(System of Management)」(※2)もその一つである。単語の字面から「SoR」と「SoE」を連想される方もいるかと思うが、SoAとSoMはSoRを更に分類するもので、SoAが(業務)活動のシステム、SoMが経営管理のシステムに該当する。SoRは基幹系システムの中核であるが、従来の基幹系システムではSoAとSoMが混在されがちであり、そこを改善しなければならない、と本書は主張する。
こういった混乱を解決するための武器が、もう一つのテーマであるデータモデリングである。
現在ではデータモデリングよりもオブジェクト指向由来のオブジェクトモデリングの方がよく知られているように思われる。しかし、日本国内では80年代ごろから2000年代にかけて、「データ中心アプローチ(Data Oriented Approach、DOA)」と呼ばれる手法に基づくデータモデリングが盛んに研究・実践されていたという経緯がある。もっとも、DOAは現在では知る人ぞ知る手法となってしまっているようだ。クラウド時代のソフトウェア開発において、どのようにDOA由来のデータモデリングを使うのかといった知見も、残念ながら見つけにくい。
その意味で、改めてデータモデリングの重要性や活用方法について、興味関心を呼び起こす本書の意義は非常に大きい。
他にもSoAと「残管理」、SoMと多次元データモデル、メタモデルに対する批判など、本書の議論の射程は広範囲に及んでいる。基幹系やデータモデリングについて、ある程度知識がないと読み通すのが難しいところもあるかもしれないが、それを乗り越えてでも読むべき価値が本書にはある。
(※1)、(※2)
「SoR」と「SoE」:キャズム理論創始者として知られるマーケティングの世界的権威者、ジェフリー・ムーアが2011年に提唱した概念。記録を重視する伝統的なエンタープライズ向けIT技術を「Systems of Record」と再定義した上で、当時コンシューマ向けに普及し始めていたインターネットやモバイルデバイスなどの新しいITによるコミュニケーションやコラボレーションの技術を「Systems of Engagement」と位置づけ、これからのエンタープライズITでは、前者だけではなく後者も積極的に取り入れることで新たな価値を創出できるとした。
『データモデリングでドメインを駆動する――分散/疎結合な基幹系システムに向けて』
著者: 杉本啓
出版社: 技術評論社
今月のレビュワー

高橋 征義(たかはし・まさよし)
札幌出身。Web制作会社にてプログラマとして勤務する傍ら、2004年にRubyの開発者と利用者を支援する団体、日本Rubyの会を設立、現在まで代表を務める。2010年にITエンジニア向けの技術系電子書籍の制作と販売を行う株式会社達人出版会を設立、現在まで代表取締役。著書に『たのしいRuby』(共著)など。好きな作家は新井素子。
2025/01/22