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今までは「敬語を使えない」というと、「言葉遣いがぞんざい」という意味合いが強かったと思いますが、今は反対に過剰な敬語表現に向かっているように感じます。 |
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吉岡 |
敬語の適切な使い方が出来ない人が増えているというのは事実でしょう。これは「敬語は何のために使うのか」を考えていないためです。敬語は、相手に敬意を表すことによって、コミュニケーションを円滑にし、良好な人間関係を築き、相手に対する配慮を示すために使うものです。自分が礼儀正しい人間であることを装う化粧品ではありません。そもそも日本人には「言葉は他者とのコミュニケーションの大切な手段である」という考え方が足りなかったのです。ですから日本人の多くは、コミュニケーションスキルとして、敬語を効果的に使う訓練を受ける機会がなかったと言えます。
例えばファストフードで、「以上で、よろしかったでしょうか?」と聞かれます。敬語を使っているのにもかかわらず、そう言われて客が不愉快になるのは、メニューの選択、あるいは、会計に入ることについて客の許可を仰ぐべき場面で、確認を求められるからです。早く確認して、素早く客をさばきたいという店側の意図が見えます。店員は、自分で客への応対を工夫する事なく言葉を発する。そこには、その場面にふさわしい表現か、客にどう受け取られるかなど、客の立場に立った検討が加えられていません。そのため、客に配慮した対話のキャッチボールになっていないのです。何となく敬語っぽい言葉を使うということでは、「?のほう」という言い方もそうです。「コーヒーです」と言うと、ぶっきらぼうに聞こえるからと「こちらコーヒーの方になります」と言う(笑)。「コーヒーをお持ちしました」と言えばいいのに、「お持ちする」という謙譲語は使えないから、曖昧なぼかし表現を付けるわけです。
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それは、聞き手の立場に立っていない、相手に対する配慮がない言葉ですね。 |
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吉岡 |
はい。同じファストフードチェーンでも、ロサンゼルス空港の店では全く対応が異なりました。付け合わせのフライドポテトを通常より少な目にして欲しいとお願いをしたところ、若い店員が「これからどこに行くのか?」と聞いてきました。「ユタまで行くんだ」と答えると「あそこは遠い。ここでしっかり腹ごしらえしておかないとお腹が空くよ」と言われて、たっぷりフライドポテトをもらいましたよ(笑)。でも全然悪い気がしない。むしろ遠くへ旅立つ客への配慮が見えるからです。値下げ競争の挙句、デフレ不況に陥った業界は、客にとって心地良いコミュニケーションが顧客満足度を高め、売り上げ向上につながることに早く気づいてほしいですね。
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これだけ、コミュニケーションの重要性があらゆる場面で言われていながら、私達が敬語、広くは言語をコミュニケーション・ツールとして意識することは少ないと思います。 |
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吉岡 |
敬語は、対人関係を円滑にするための、有効な手段。適切に使えたら、社会で生きていくために非常に強力なコミュニケーション・ツールになります。しかし、相手に対する配慮をしないで使っている敬語や、敬語を過剰に使った二重敬語は慇懃無礼になってしまいます。敬語をコミュニケーション・ツールとして使いこなすには、単に敬語形式や使い方が適切であるだけでなく、まず相手に配慮することが重要なのです。 |
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逆に言うと、相手に配慮する気持ちがあれば、敬語でなくとも不快感を与えないということですね。
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吉岡 |
その通りです。敬語を抜きにしたことで、お互いの距離がぐっと縮まり親近感が湧く。私は「敬語回避」と呼んでいますが、私達日本人は、どちらかというと上下関係や礼儀正しさ、言葉遣いの形式ばかりを気にして、お互いの心理的距離を近づける工夫を忘れがちです。敬語は相手に敬意を表すとともに、相手の立場を侵さないよう距離を保つものです。普段は「これ、おいしいわよ」なんて話しているのに、夫婦喧嘩になると突然「食事はどうなさるんですか?!」なんて言葉遣いになったりしますね(笑)。これは「あなたとは、親しく接したくない! 距離を保ちたい!」という意志表示です。
これを、ネガティブ・ポライトネスと呼んでいます。逆に敬語を抜きにしたことで、お互いの距離がぐっと縮まるのは「敬語回避」がポジティブ・ポライトネスの働きをしますね。
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敬語を適切に使おうと、皆さん意識していると思うのですが、なぜ適切に使うべきなのか、敬語を適切に使うと人間関係にどういう効果があるのかということは意識していない。敬語にしても先の方言にしても、人間関係を円滑にする大事なコミュニケーション・ツールなのですね。
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吉岡 |
そういう意味では、仲間うち言葉としての方言や専門家同士が使う専門用語も大事なコミュニケーション・ツールです。しかし、それらが相手に配慮することなく、聞いても分からない仲間以外の人や非専門家に対して、不用意に使われることに問題があるんです。
敬語や方言と同様に、今、私がコミュニケーションの言語問題と考えていることに、専門家が非専門家に対して使う専門用語があります。国際化・情報化が急速に進んだ現在、さまざまな分野でこれまで日本語になかった新しい外来語や略語が増えています。それらが専門家から非専門家へ不用意に発信されると、円滑なコミュニケーションが阻害されます。これも配慮のないコミュニケーションと言えるでしょう。相手にとって、心地良く、分かりやすく伝えようとする配慮、それが言葉を強力なコミュニケーション・ツールにするのです。
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インタビュア 飯塚りえ |
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吉岡泰夫(よしおか・やすお) |
国立国語研究所上席研究員。専門は社会言語学。1948年熊本県生まれ。熊本大学で敬語研究の第一人者に師事したことから、敬語研究に目覚める。兵庫教育大学大学院で社会言語学の方法による敬語行動研究を行う。国立国語研究所言語変化第一研究室長、言語変化研究部長を経て、現職。社会が大きく変動するなか、日本語コミュニケーションの言語問題を探索し、円滑なコミュニケーションのための言葉遣いを研究している。目下の研究テーマは、行政や医療のコミュニケーションにおける「敬語や方言とポライトネス」。 |
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