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かしこい生き方 法政大学キャリアデザイン学部教授 武石恵美子さん

「女性の活躍推進には、男性を含めた働き方の構造改革が不可欠です。」

日本は、女性、特に子育て世代の女性の就業率が低いとされ、
少し前には、日本の経済を活性化するには、女性にもっと活躍の場を
与えることが不可欠と、IMFの女性専務理事が指摘したほど。
「ワーク・ライフ・バランス」という言葉もよく耳にするし、
仕事と生活について考える場面も増えた。そこで今回は
キャリアデザインを研究される法政大学の武石恵美子先生に、
考える指針を伺った。


メリットばかりのフレキシブルワーク――時間ありきの働き方を考えてみる

――

まず、ワーク・ライフ・バランスという概念はどのように生まれたのでしょうか。

武石

ワーク・ライフ・バランス以前に、1990年代の終わり頃から、厚生労働省が仕事と育児や介護など家庭生活との両立を支援する企業の取り組みを促進する政策として、ファミリー・フレンドリーという言葉が使われ、表彰制度などが始まりました。制度や法律なども整備され、企業では両立支援施策の導入が進みました。けれども依然として育児を理由に仕事を辞めてしまう女性が圧倒的に多く、日本の場合、現在でも子どもが3歳未満の女性は、3割位しか働いていないという現状です。

――

今の数字は、もう少し多いのかと思っていました。

武石

両立支援制度を作っても、それが社会の中で効果的に生かされていないからではないでしょうか。育児や介護をしている人たちだけが、特別な制度で守られている――裏を返せば、特別な制度がないと普通に働きながら保育園のお迎えに行ける、あるいは子どもが病気になったら会社を休めるといったことができないのです。
これは、男性の長時間労働の問題ともリンクしているため、働き方の構造的な問題を見直すべきということで、2000年代の中頃から働き方改革をめぐる議論がなされました。その中で問題解決の糸口として「ワーク・ライフ・バランス」という言葉が登場したのです。2007年には、政労使の協議により、仕事と生活の調和が図れる社会を目指すという理念に立って「ワーク・ライフ・バランス憲章」が定められ、ワーク・ライフ・バランスという言葉が一般に浸透してきたように思います。

――

その中で労働時間の短縮や、有給休暇の取得率、あるいは子どもが3歳までは短縮時間勤務が義務化されるなどして、いくつか数値目標も掲げられたわけですね。

武石

はい。2005年に「次世代育成支援対策推進法」という法律が定められ、企業が従業員の子育て支援などの行動計画を作成し、その計画を達成して一定の基準をクリアすれば「くるみん」という認定マークが付与される仕組みができました。企業側からすれば、それが育児支援に積極的だという一つのアピールになりますし、就職活動中の学生にとっては「くるみん」が付与されていることで、企業を選ぶ際の一つの基準になります。そうやって、企業の自主的な動きを、国が側面からサポートしていきました。

――

制度として整えられつつある一方、現場で運用する側とのギャップもあるようです。

武石

そうですね。両立支援の制度を作っても、その制度を利用しない他の人は、恒常的に残業をしたりしているため、制度を利用している人が特殊な働き方をしているとみなされてしまうのです。育児のための時間短縮勤務をしていると、8時間勤務が6時間になったのではなく、残業を含めた12時間勤務が6時間になった感覚になるということです。つまり長時間労働が問題なわけです。日本の、特に正社員の労働時間は国際比較でみても長く、この働き方を見直す必要があるのです。

――

残業が当たり前のような働き方ということですね。

武石

画像 ギャルが田植え!?長時間労働が職場の生産性にプラスなのか…12時間ずっと集中し続けながら働けるわけはない…と、私は思うのですけれど(苦笑)。昨年、子育て中で短縮時間勤務の女性にインタビューをしたところ、周りの人に迷惑をかけているとか、忙しい職場だとフルタイム復帰は難しいといったように、皆さん、葛藤を抱えていることがわかりました。では「パートナーは?」と聞くと、「毎日夜11時に帰って来る父親に保育園のお迎えなんて頼めない」と言うわけです。でも、彼女もきっと状況は同じだったはず。さまざまな事情の中で短縮時間勤務を選択していると思うのです。共働きの夫婦にはそれぞれ事情があるでしょうが、やはり夫も育児に参加して、週に2日は定時で帰って保育園のお迎えに行くといったようなことをやっていかないと、妻の状況は何も変わらないと思います。夫婦で育児をするということを考えるべきだと思うのですが、女性たちの発想の中からも、この点が抜け落ちているケースが多いように感じます。

――

海外でも同じような問題があると思いますが、それをどう解消したのでしょう?

武石

イギリスは、ヨーロッパの中では労働時間が長いと言われている国です。かつては、労働時間などの規制は企業の自由な競争を妨げるという理由で、個別労使の自主性に任せるという方針をとっていました。しかし90年代に労働者の意識調査を行ったところ、育児ができない、労働時間が長いなどを問題視している労働者が多く存在することがわかり、1990年代の半ばから方針を転換。ワーク・ライフ・バランスを実現するという方向に舵を切りました。
一番のキーワードはフレキシブルワークです。単に「労働時間を短く」ということではなく、時間や場所のフレキシビリティを高めていくことを目指したのです。例えば、柔軟な働き方として「圧縮労働時間制」と訳されている働き方があります。これは、月曜から木曜までの間に40時間働いて、金曜、土曜、日曜を休みにするというようなもので、週40時間の労働時間の配分の選択肢を広げています。政府が働き方のメニューを提示して企業に導入を促し、導入した企業には助成金を出すキャンペーンも行いました。しかも音頭をとったのは、厚生労働省ではなく日本で言えば経済産業省。つまり、企業の経営者に近いところで、経営にメリットがあるとアピールしたわけです。その後、2002年には「フレキシブルワーキング法」と呼ばれる法律が定められ、今は、16歳までの子どもの世話や介護も申請の対象となるなど、フレキシブルワークの適用が広がっています。働き方の自由度は高く、しかも導入した企業の側は、その方がメリットがあると考えているので、運用もスムーズです。

――

義務として、ある種、仕方なく制度を導入しているわけではないと?

武石

そうなんです。重要なことは女性に限らず、外国人など多様な人材を活用できるというメリットを意識して進めている点です。これは、ダイバーシティ(多様性)・マネジメントとして、日本企業でも重視する企業が出てきています。企業活動のグローバル化により、海外との取り引きなどは24時間、時間を選びませんから、以前のような9時~5時の労働スタイルではなく、いろいろな時間に、いろいろな人が働いてくれた方が、グローバルなマーケットに対応できると考えているんですね。フレキシブルワークはコストがかかると考えている日本とは全く違います。

――

日本でも在宅勤務などさまざまなワークスタイルが検討されていますが、勤務をどう管理するかとか、他の人との公平性は、など言われます。従業員の側も会社に行かないと働いた気がしないという方がいたり…。

武石

確かに日本の企業では、そういった声が強いですね。でもイギリスやドイツをはじめヨーロッパでは、そういう意見はほとんど出てこない。とにかく「メリットがある」という意見が圧倒的多数です。

――

企業側が、そのメリットを本当に信じているわけですね。

武石

ええ。特に在宅勤務はメリットが大きいと、皆さんおっしゃいます。理由の一つは、通勤時間です。特にオランダなどは交通事情が悪く、通勤混雑の緩和のために在宅勤務が増えているという事情もあるようです。在宅勤務は、通勤のコストと時間を節約でき、かつ仕事に集中できる、と評価されています。またオフィススペースのスリム化は、どの国でもメリットの一つに挙がります。実際、私が2年前に、イギリスの経済産業省にあたる役所に行ったところ、机は職員の7、8割程度しか用意していないということでした。

――

役所が、ですか?

武石

そうなんです。職員の2~3割は、常に在宅勤務をしているからだそうです。民間企業も同様で、自席を持たないフリーアドレス制を導入する企業が多く、だからオフィススペースの節約にもつながっているわけです。イギリスにも、従業員が目の前にいないと管理できないといった心配をする管理職はいるそうですが、今は「そういう君たちは古いから頭を切り替えろ。そういう管理職はうちにはいらない」と、なるそうです(笑)。管理職の意識を切り替えないといけない、と。だから、フレキシブルワークの導入について質問をすると、「メリットはあるけれど、何がデメリットなの?」と言われてしまいます。特に先進的な企業というわけではなく、普通の企業にもこの考えは浸透しているようですね。

――

日本では、一緒にいてこそ、通じるものがある、と考えがちですが。

武石

日本は若い人がつまずいていれば、端から見ていた上司が手を差し伸べるといったように、一緒に仕事をすることで、人材育成が行われてきました。先輩について交渉の仕方を覚えたり、製造業の現場では、機械のクセやトラブルが起きた時の解決方法など、先達を見ることで伝承されたりという側面がありました。これは日本のモノづくりの基礎を築いた素晴らしい仕組みだと思います。ですからフレキシブルワークについて議論すると、それがなくなってしまうことについての危惧は必ず出てきますし、私もその点が多少、犠牲になるだろうとは思います。しかし一方で、その暗黙知、あるいは経験や熟練と言われている部分を、文章化したり、マニュアル化することで伝承できる部分もあるのではないかとも思うのです。技能継承の方法も、時代とともに変化すると思います。


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ワーキング・マザーを支えるだけではない――全ての人の働き方を考えること

――

顧客の問い合わせに対応できないとか、トラブルに対応できないという声も耳にします。

武石

例えば、育児の短縮時間勤務で働いている人には、突発的な対応が発生する仕事を任せられないと考えがちですね。では、実際、どれくらいの頻度でトラブルが起こるのか、あるメーカーで、短縮時間勤務をしている人の上司の方に聞いたところ「月に1、2回、多くても3回位」だという意見がありました。その頻度でも、その仕事を短縮時間勤務者には任せられないというのです。ですが、その頻度ならどうにか対処する方法があるのでは、と思いませんか? 短縮時間勤務の女性も、「トラブル、トラブルと皆言うんですけれど、大体パターンがあるので、対応を決めておけば、その人じゃなくてもできる部分って、結構あるんですよね」と話していました。今は仕事の知識や経験が、個人の中に蓄積されているわけですが、それを共有化する仕組みを整えてシステマチックに運用すれば、100%とは言いませんが、一緒に時間を共有しなくとも、ある程度まで仕事を覚えたり、トラブル処理をすることはできるのではないかという気はしています。

――

海外でもトラブルは起きるはずですが、どのように解消しているのでしょう?

武石

まずトラブルが起きたとしても、担当者がいなければ「いない」で済むということでしょうか(笑)。私はその点は、意外に重要な側面だと思っています。ワーク・ライフ・バランスというと職場の中での対応を指すものだと捉えられますが、顧客の意識も大事なのです。海外では「しょうがないよね、担当者が不在なら」というくらいの意識が顧客側にもあります。けれども、日本だと「担当者がいない」が続くと、顧客がいなくなってしまう。だから、担当者が残業している会社に顧客がつく。日本にはそういうマジメさがありますが、しかしそれは、消費者やサービスを受ける側には良くても、そこで働く人にとってはどうなのでしょう?

――

サービスを受ける側と提供する側、その立場が逆になることもありますしね。

武石

そうです。分かりやすいところでは、百貨店は、昔は週1回休業日がありましたが、今は、元旦に休むくらいです。消費者の「長い時間、店を開けてくれないと」という要望に対しての競争です。一方、ヨーロッパなどは、日曜日はお店が休みで「お土産が買えなかった」なんてことがありますね。それを消費者側も理解する意識変革が必要でしょう。
もう一つ、働き方改革についてよく言われるのは、日本はどんな場面でも100点満点を目指して、過剰品質になっているのではないかということです。特に社内品質(笑)。例えば社内資料なんて、見栄えは60点でも内容が伝わればよいわけです。ところが「社長に見せる資料作成なので!」と立派な資料を作って時間がどんどん取られる、と。
時間に対する感覚も海外とは違います。海外は残業しないというのが基本的なポリシーなので「今日の仕事はここまでで終わり」と、時間が来たら終わり。それに対して日本は、仕事が終わる時が、帰る時間。つまり、時間ありきの仕事の仕方ではない。そうすると保育園にお迎えに行かなくてはいけないといった時間制約の強いワーキング・マザーは、ものすごく苦しいことになっていくわけです。

――

仕事が終わっていない、あるいは自分はその時間までに終わらせても、周りが帰らない…

武石

画像 6時間勤務で自分時間が増えるホワイトカラーの仕事は際限がないので、時間の見極めは大事ですね。そういう意味では、ノー残業デーにも意味があると思います。私は、以前は「ノー残業デー」といっても、結局は仕事が翌日に延びるだけだと思っていたんです。ところが「今日は残業ができないから、段取りをよく考えなくちゃ」と、時間についての意識が生まれたという側面があるようなのです。ビジネスマンに「ノー残業デーをするようになって変わったことは?」とインタビューしたところ「今日、しなくてはならないことは何か?と、朝の電車で考えるようになりました」と言うんです。正直、それまでは考えずに仕事をしていたのかと、驚きましたが(笑)、何時までに仕事を終える、と時間意識を高めることは働き方を変える方法の一つですね。

――

企業側の、フレキシブルワークの制度を整えるという支援も重要ですが、一方で私たち働く側にも、まず時間管理における意識改革が必要だということですね。

武石

長時間労働を続けていくというのは、持続可能ではないということです。働いているある一時期に、14時間労働をすることもあるかもしれませんが、インプットがなくてアプトプットだけでは消耗するだけです。それは女性だけでなく、男性も同じです。これからは、育児をしている人だけではなく、自分のライフスタイルをどう考えるか、ということが、更に大切になってくるはずです。

――

働き方を変革することは、女性の子育て支援だけが目的ではない、と。

武石

育児があるから、女性の支援となりますが、男性が育児に参加することももちろん重要ですし、これからもっと現実味を帯びてくるのが介護の問題でしょう。特に、介護にあたるのは、男性でかつ管理職の年代の方が多くなるはずです。その時に、遠距離介護をしているから金曜日の午後は休む、週に2日は朝の出勤を遅らせるなど、多様な働き方に対するニーズがますます高まってくるのではないでしょうか。

――

皆の働き方の自由度も増せば、女性の活用も進みますか。

武石

全体の働き方が変われば、女性も働きやすくなります。週に2日、女性も男性も定時に帰れるようになるだけでいろいろな変化があると思います。育児のために女性が会社を辞めなければ、会社にとってもスキルを維持できますし若手の育成もできます。そうすれば女性の管理職も自然と増えていくかな、と。

――

子育てをしながら管理職に就いている女性は、やはり相当頑張っておられると思います。それを見て、自分には無理と思う女性たちも少なくないのでは?

武石

「責任が重くなるのは嫌だから」と管理職になるのを避けようとする女性もいますが、その「責任」という言葉の中には恐らく、労働時間が長い、何かあったら休日出勤もやむを得ない、という不安もあると思います。ですから管理職が魅力的に見えないというのも、やはり働き方の問題なのです。若い男性にも、管理職に興味を示さない層が少なくありませんが。

――

時間的な拘束がネックになって、その人の力が発揮されないとしたら、企業にとっても個人にとっても、もったいないですね。

武石

去年、私の大学院の社会人学生が、ドイツ企業で働く女性の昇進欲についてインタビューしたところ、皆、管理職になりたいと言うのだそうです。「どうしてなりたいか?」と聞くと、怪訝な顔で「なりたくない理由がない」と。「管理職は得ることばかりで失うことはないので、その質問の意味が分からない」と言われたそうです(笑)。それを聞いて、やはり働き方が違うのだと感じました。日本は、そこまで一足飛びにはいかないとは思いますが、働き方をもっと柔軟にしないといけません。
会社の制度だけではありません。働く側にも責任があります。育児休業を3年とって、短縮時間勤務を10年、「何かのんびりしてますね」という人ばかりでは、企業もモチベーションが下がります。要求するばかりではなく、やはり、Win-Winの関係にならないと。時間に対するコストの意識を持つことが大切です。残業をしなくても、パフォーマンスが高い人も増えてきました。企業もそういう人をがんばっていると認めるようになってきています。そういう能力の示し方もあると思います。周りに流されないで、自分はどう生きたいのかという考えを持つ人間になっていくことが重要です。皆さん、実績を積んで信用を獲得して、自分から社会を変えていく、発信していく力があるんじゃないかなと思っています。


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武石恵美子(たけいし・えみこ)

1960年生まれ。お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士課程修了。博士(社会科学)。労働省、ニッセイ基礎研究所、東京大学社会科学研究所助教授などを経て、2006年4月より現職。専門は人的資源管理論、女性労働論。厚生労働省「中央最低賃金審議会」「労働政策審議会 雇用均等分科会」、東京都「男女平等参画審議会」等の公職を務める。著書に『雇用システムと女性のキャリア』(勁草書房)、『国際比較の視点から日本のワーク・ライフ・バランスを考える』(編著、ミネルヴァ書房)など多数。

●取材後記

女性の活用と言っても、実は女性だけの問題じゃない。改めて聞けば当たり前だが、これまでは「日本には、女性の子育てを支援して働きやすくすることが必要なんだな」程度の認識だった。今回の取材で、イヤイヤ、それよりも、結局は仕事をする上で、皆が自分の生活をどんな風に築いていくか、それを一人ひとり考えようという問題なのでは?と思い至った。ワーク・ライフ・バランスの意味が見えてきたようだ。

構成、文/飯塚りえ   撮影/海野惶世   イラスト/小湊好治
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