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「ひたすらまっすぐ海に潜っていく、それだけで自分の心と真摯に向き合うことができるんです。」
第27回 松元恵さん

ジャック・マイヨールから学んだ海の力

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松元さんは、日本におけるフリーダイビングの第一人者として活躍される一方、スクールも開いていらっしゃいますが、フリーダイビングというのは、どのような競技なのでしょうか?

松元

簡単に言うと素潜りです。フィンと、マスク、ウェットスーツ、それにウェットスーツの浮力を打ち消すためのウェイト(重り)を身に付けて、海の中に垂直に潜っていくものです。映画『グランブルー』の中では機械を使って潜っていましたが、それができるのは、資金的にも余裕があるごくわずかな人達だけで、今、私がやっているフリーダイビングは、自力で潜るものです。ひたすらフィンをかいて、まっすぐ、まっすぐ海の底に向かって潜っていって、一定のところに来たらターンをする。ターンをしたら、またまっすぐ、まっすぐ水面目指して浮上する競技の場合は、その深度を競います。これが「コンスタント」と言って、フリーダイビングのメインの種目です。私の公式記録は、現在56メートルです。

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フリーダイビングを始めたきっかけは何だったのでしょうか?

松元

海が大好きで24歳の時にスクーバダイビングのインストラクターの資格を取って海に関わる仕事をしてきましたが、仕事ではなくてもよく素潜りも楽しんでいました。その頃は、素潜りで15メートルくらい潜れるようになって、すごく嬉しかったのですが、地元の素潜り仲間に「世界には100メートルも潜れる人がいる」と聞かされたんです。誰あろう『グランブルー』の主人公だったジャック・マイヨールのことです。「まさか素潜りで100メートルなんて!」と思っていたのですが、ジャックが来日するという話を聞いて、どうしても一目会いたくて名古屋のイベント会場に行ったのです。私が彼と出会った頃は、ジャック・マイヨールと言っても、日本では誰も知らなかった時代ですから、声を掛けたら、彼もすごく気を良くして、その後彼が日本に滞在する時には、一緒に行動するようになりました。

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ジャックから直接フリーダイビングの指導を受けたのですね。

松元

いいえ。ジャックに「教えてくれ!」とお願いしたのですが「何を知りたいの?」と聞かれても「全部!」としか答えられなくて(笑)。それでも、行動を共にすることで、潜る前にヨガをしたり、プールや海に入って一緒に練習することができました。彼は私によく海に対する思いや潜水哲学も話して聞かせてくれました。いつの間にかそれが私のベースになりました。そして、それまで自己流で潜っていたのが、ジャックと出会ったことで「フリーダイビング」というものを、はっきりと意識し始めたんです。
その頃、ひとつの節目になるような出来事がありました。彼と出会ってから2、3年後のこと。沖縄の座間味で彼と一緒に練習したのです。ジャックは船で沖に出て、ヨガをして、呼吸を整えてから最初は浅く、徐々に深く潜っていく。その間私は、彼の動きをじっと観察していました。その後、私も見様見真似で潜らせてもらったんです。その頃には、素潜りで27メートルくらいまでは潜れていたのですが、ロープに沿って垂直に潜る本格的なフリーダイビングは初めてのこと。潜って、潜って、潜って…そして浮上。この時、これまでに経験したことのない感動が訪れたのです。それは生命の尊さを理屈ではなく全身全霊で感じる、まるで魂を揺さぶられるような、 それまで経験したことのない衝撃的な感覚でした。

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その時フリーダイビング、さらには海の魅力に取りつかれたのですね。

松元

そうですね。海の魅力を味わうために、スクーバダイビングやスキンダイビングがあるのですが、機材を用いたスクーバと基本的には身一つで潜るスキンダイビングとは、分けて考えたほうが良いのでしょうね。
もちろん、それぞれ楽しさがありますが、スクーバはどちらかというと機材を使いこなすことが潜水の手段となる潜り方。対して、道具を使わないスキンダイビングは、例えて言えば、潜った時、海の生物と対等になれるような感覚があります。機材をつけて潜ると、排気音がするせいか海の生物達も「外から来たやつだ」と分かるらしく逃げてしまうのですが、スキンダイビングだと余計なことをしない限り、無視してくれます。同じ「海の生物」だと見なしているようなのです。そんな意味でもスキンダイビングのほうがより自然なのかなと思います。私は、潜る技術をいろいろと覚える前に、まずは水に浮かぶだけでも楽しいんだよ、ということを皆さんに知って海と遊んで欲しいと思います。そうやって海と遊んで、海に気持ちを寄り添わせることで、海の魅力が分かってきます。フリーダイビングは、筋力トレーニングや持久力をつけることももちろん必要ですが、それ以上にメンタルな要素が重要なスポーツなのだと思います。

 

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「海で遊ぶ」のではなく「海と遊ぶ」という言葉は印象的です。フリーダイビングは95%がメンタルなスポーツとおっしゃった意味が分かるような気がします。

松元

フリーダイビングでは、底も見えない「海」という一面ブルーの世界――陸とはまったくの別世界に潜っていく、その時に海との一体感とでも言うか、海に包まれるような感覚があります。私が初めて潜った時は、言い知れぬ感動がありましたが、潜ることを繰り返しているとそれをもっともっと追求したくなるのです。競技では、人と争い、記録を争うことになるのですが、それをおいても、精神的な面で非常に奥が深い。ぎりぎりのところで、自分の心と体との対話に正直に向き合うというか……。陸よりも広い、海という存在の中に我が身を任せていくと、陸での生活で悩んでいたことが全部取り払われて、地に足がつく――グランディングするんです。経験のない方には不思議かもしれませんが、潜ることによって、自分の生がとても意味のあることに思えてくるのです。生があることに意味があるのだから、それを一生懸命生きるだけで良いんだということが、自分の中にすっぽりと落ちてきて納得できてしまう。そしてそれは、海中に深く深く潜っていく時に感じる、濃くて、深い感覚ですが、そのエッセンスは、海に触れることだけで感じられます。文明的な生活を送っていることで、私達の五感が鈍っている点があると思いますが、海と一体になることで大切な何かを思い出せるのかもしれません。

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自分が自然の一部であることが実感できるということですね。その感覚の素晴らしさをもっと広めたいと?

松元

私は、海と出会ったことで自分の人生に確信が持てるようになりました。それは、先に触れたような表現し難い経験を始め、フリーダイビングで得た数々の経験のおかげだと思います。
だから、私はまずフリーダイビングの底辺を広げて、より多くの方に海の素晴らしさを伝えていきたいと思っています。海を肌で感じて、楽しんで欲しい。そうして海に接することで、生の意味を具体的に感じて意識し、新しい見方ができるようになると思うのです。
個人的には、フリーダイビングは年齢に関係なく続けられるスポーツですから、記録をどこまで伸ばせるのか試してみたいという気持ちはあります。
ジャックの記録では105メートル潜ったのは、56歳の時ですが、この記録は機械を使って潜ったもので、コンスタントでの記録は61メートルです。今、私の公式記録は56メートルですが、今年自己ベストで60メートル潜れました。「ジャックと肩を並べるところまできたんだな」と、ちょっと嬉しい気持ちがあります。ですから、まずはジャックに並びたい。そして並んでしまったらきっと追い越したいという気持ちが出てくるんでしょうね(笑)。

インタビュア 飯塚りえ
松元恵(まつもと・めぐみ)
鹿児島生まれ。1982(昭和57)年スクーバダイビング指導団体NAUIインストラクター取得、89(昭和63)年、フリーダイビングの神様といわれる故ジャック・マイヨール氏と出逢い、トレーニングパートナーとして親交を深め、フリーダイビングの世界へ。98(平成10)年イタリア、サルデニア島で行われた「第2回フリーダイビング・ワールドカップ」に日本代表として初出場したのを始め、フランスのニース、スペインのイビザなどで開催された大会に出場。92(平成4)年には東京都小金井市にマリンショップ「BIG BLUE(http://www.bigblue-ds.jp/)」をオープンし、日本におけるフリーダイビングのパイオニアとして、呼吸法やヨガなどを織り交ぜた水中リラクゼーションやメンタルな内容を重視した独自のスキンダイビングを追究。2005年現在、コンスタント56メートル、(*1)ウィズアウト・フイン30メートル、(*2)フリーイマージョン53メートル、(*3)ダイナミック・ウイズフイン132メートルの4冠を持つ。

* 1 海でフィンなし(平泳ぎ)で深さを競う競技。
* 2 海でフィンなしでロープを手繰り潜行浮上、深さを競う競技。
* 3 プールでフィンをつけて一息で平行潜水できる距離を競う競技。
 
●取材後記
松元さんの海への愛情は並大抵のものではない。お会いして話を伺うにつけ、海との接し方を、心と体の両方を使って、とにかく楽しんでいるのだというのが伝わってくる。それを裏付けるような「海と遊ぶ」という言葉がとても印象的だった。
自分の生の意味を見出す、濃く深い感覚
撮影/海野惶世 イラスト/小湊好治 Top of the page

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