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数学の論理ということを実感できる、具体的な問題を挙げていただけますか? |
新井 |
例えば「0.9999999999…」(小数点以下は、無限に9が続く)は、イコール「1」です。納得いきますか? |
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いえ…。 |
新井 |
見た目が違いますから、同じと言われてもそう思えませんね (笑)。多くの方がそうだと思います。
では「1」から「0.9999999999…」を引いたとしたら、どうでしょう。 |
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小数点以下「0.0000000000……∞……1」と、無限の先に「1」が残りそうです。 |
新井 |
では「0.0000000000……∞……1」が数だとしましょう。それを5倍したら、どうなりますか? |
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「0.0000000000……∞……5」と、やはり小数点以下、無限の先が「5」になると思います。 |
新井 |
小数点以下は無限に「0」が続くわけですから、最後を「05」としても同じですよね。でも、それって、先の「0.0000000000……∞……1」の半分じゃないですか? |
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はい、100倍しても、割っても、無限なので、変わりないですね。 |
新井 |
では5倍にしても半分にしても同じ数ってどういう数かというと「0」ですよね。つまり「0.9999999999……−1=0」。よって、「0.9999999999……」=「1」となるわけです。 |
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狐につままれたようとは、正にこういう状態でしょうか(笑)。 |
新井 |
この「0.9999999999……=1」という数式を証明 する方法は、他にいくつもあります。もしも納得できなければ、他の方法でも説明できますが、どうあっても「0.9999999999……=1」という結論が出る。これが論理でものを見て、論理で説得するということです。「どうしてもそう思う以外にない」ものです。 |
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「見た目が違うのに」という感情を乗り越えて納得するところに、数学的考え方の回路が生まれるようですね。数学の論理というものに触れた気がします。 |
新井 |
例えば「www」を作り出したティム・バーナーズ=リーなど、イギリスの計算機科学者ですが、もともとは物理学を学んだ人で両親は数学者。そういう背景を持った彼が「www」を作り始めたのが、1980年代の頃です。「www」は目に見えない世界ですが、そうした目に見えないものを、どういう仕組みで作ったら、何ができるのかと論理的に考える能力が彼にはあった。もちろん80年代は、ブロードバンドも普及していない時代ですから、彼が描いたのは、単にその「仕組み」と「仕様」の記述のみです。つまり、あらゆるものを「ファイル」と「取り決め」だと考えることで、何もない中で「この仕様であれば、これができるはず。ならば、これもできるはず」と、今日提供されているさまざまなサービスについて「論理的に考えてできるはずだ」として、世界を構築していたんです。 |
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先生ご自身もソフトウェアの開発を手掛けられていますよね。同時にそれを用いて、多様な活動をなさっている。 |
新井 |
今は、ブロードバンドが発達して、ウェブで情報のやりとりができる状態になりましたが、その時に、私は何をしたいのだろうと思って開発したのが、コンテンツマネジメントシステム「NetCommons」です。普通、ウェブで情報をやりとりしようと思うと、まずサーバありきとなりますが、それでは何かをする度にサーバを作ってそれを管理してとなって、負担が大きい。そこで、「すべての情報をwwwを通してやりとりできる」というウェブ上のサービスが作れるはずだと思ったんです。
私は、数学もやるし、情報系のこともやる、つまりたくさんのファイルを持っていて、それらのファイルを背負いながら生きているわけです。そして誰かと仕事をする時は、自分が持っているファイルの一部を共有して仕事を行い、最終的にはそれぞれに成果物をもって、また別々に歩むことになる。その時に、いちいちサーバを立ち上げていたら不便で仕方がない。
例えばmixiなどの場合、mixi上でやりとりしたら、結局ファイルがmixiの上にあるわけで、他に引っ越したいと思ったら、そのファイルを置いていくしかない。それはちょっと面倒だ。サービスを与えている人からも、端末からも自由でありたい。更には、自分で管理なんかしたくない(笑)。自分の実生活に近いように、バーチャルな空間が欲しいと思って作ったのが、このシステムなんです。まだ開発途上で課題はあるのですが、オープンソースとして公開していて、今では全国の1000の学校で使われるまでになりました。 |
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ご自身では、どのように使われているのですか? |
新井 |
プロジェクト管理はもちろんですが、例えばインターネット上で、小中高生に学びの場を提供する「e-教室」というプロジェクトがあります。算数の授業だけでなく、経済や理科、英語やクラブ活動も行っていて、それらの部屋を、子供たちは自由に行き来して、興味のあるトピックに関して、話題を提供したり、皆で見せ合ったりしています。ネット上の学校みたいなものですね。子供達が、自分自身で好きなものを選んで、その部屋に入って勉強するシステムにしたんです。更に、算数について話し合いをして、問題を解いた結果、何らかのアウトプットができたら、書籍化するといった活動も行っています。 |
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改めて伺いますが、日常生活で、数学はどのように役立つのでしょう。 |
新井 |
アイコンタクトで全ての問題が解決できれば、数学は必要ありません。互いに「そうだよね」と言って理解できるうちは困らないでしょう。でも、今はそんな単純な時代ではなくなっています。就職や結婚の場面でも同じですが、たくさんの選択肢があって、たくさんの決断をしなくてはいけない。今、どのような状況かを把握して、どうやって問題を解決するか、つまりインプットがあって、ベストなアウトプットを出そうとすること。これは、まさに数学ですよね。
数学を身につけるために、メールでビジネス文書、それも定型ではなく提案文書を書くことは、とても良いことだと思います。自分とあまり親しくない第三者に、テキストだけで誤解がないように、うまくコンパクトに伝えられるかを考えるというのは、論理的な力を養う訓練になる。そういう訓練を、e-教室でも行っています。例えば「計算するとは何だろう?」という問いに対して、掲示板で意見を交換しあう。身振り、手振りで伝えられないから、自分の意見を第三者に分かるように説明するという訓練ですね。 |
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極端な言い方をすれば、人に正確にものを伝えることは、数学だということでしょうか。 |
新井 |
感情的な内容ではなくて、自分の考えたことを理解してもらうという意味で、そうだと言えますね。数の並びだけが数学ではないんです。私は「論理=ロジック」というものは、誰もがユニバーサルに持てる唯一の武器だと思います。ロジックを持つことで、社会の構造も見えてくるはずだし、それが分かれば、自分が抱えている問題の本質が見えてくるはずです。
もちろん「足し算とは」「割り算とは」といった問いが、すぐに役に立つわけではありません。けれど、運動と同じで続けていけば体質改善になるんです。 |