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かしこい生き方 ホタル博士 大場信義さん
ホタルに魅せられた元昆虫少年

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もともとは企業の研究所にお勤めだったとのことですが、ホタル研究に打ち込まれるようになったきっかけは、どこにあったのですか?

大場

僕は、とにかく小さい頃から昆虫大好き人間でした。しかし将来、昆虫で生業を立てるのは大変な事だろうと漠然とは思っていました。そこで大学では分子レベルの生命現象を研究する分子生物学の道に進み、大学卒業後は企業の基礎研究所に入りました。その時の上司が、発光反応の研究を始めるにあたり、僕を、発光生物の世界的研究者であった羽根田弥太先生に会わせてくれました。羽根田先生は当時、横須賀市自然・人文博物館の館長を務められていた方ですが、先生と僕、発光研究と昆虫の接点が「ホタル」だったんです。
それから企業に勤めながら、土日は研究員として博物館に通うようになったのですが、研究すればするほど面白くなってきた。結果的に横須賀市の教員を短期間務め、その後、博物館に勤めるようになりました。しかし博物館には当時、昆虫学の専門家もいなかったし、標本もなかったので、全くゼロからのスタートになりましたね。

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分子レベルの研究からホタルの研究、更に教員を経るなど、それぞれ全く異なる経験のようにも思うのですが。

大場

それぞれで得た経験が、今に生きていると実感します。もともと生化学が専門でしたから、ホタルの研究など畑違い。けれども、しがらみがない分、自由に研究をできたと言えますし、僕にとっては野外にいるホタルが先生。生物学の基本は、生きている姿を観察する事ですから、夜の野外観察は、標本を見ても分からない事、つまり光り方や発光パターンの違いなど、僕にとっていろいろな発見を与えてくれました。その発見に対して「なぜだろう?」と素朴な疑問を抱く…昆虫少年そのままですよ(笑)。でもホタルという自然が相手ですから、こちらに合わせてはくれないし、ホタルは答えてはくれない。相手に合わせる、自然に対峙するという姿勢と、自分でやるという姿勢が培われましたね。

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30年以上にわたってホタルの研究を続けられる中で、西日本と東日本のゲンジボタルの発光パターンの違い、「ホタルの方言」を発見されたのは大場さんでした。最初に、直感的に東日本と西日本のゲンジボタルとで発光パターンに違いがあると思ったそうですが…。

大場

生物や化学をやる上で、実は直感ってとても重要な事だと僕は思っています。研究者は資料を見たり、実験をしたりして、いろいろな情報がインプットされているんです。論文を書く時に使うデータ量はそんなに多くはないでしょうが、実際には、処理しきれない情報が頭の中にたくさん入っているんです。だからこそ、何かを見た時に、瞬時に解析されて、直感として感じるものがあるんです。それがないと学問って面白くないし、飛躍もないし、ある現象の発見をする事にはつながらないと思います。僕の場合は、フィールドワークがインプットの場所でした。部屋の中で資料を見ているだけでは、結局人間が作ったものを見ているだけに過ぎませんが、フィールドは事実が充満したところ。それを見てきたおかげで、ゲンジボタルを見た時も直感的に、東と西では「違う」と感じて、「それじゃあ確かめてみよう」となったわけです。それに僕は人のデータは参考にするけれども、自分の論拠にはあまり使わない。自分で確かめないと気が済まない性分なのです(笑)。

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ホタルの方言というのは、どんなものなんでしょう。

大場

ホタルの発光は求愛行動なのですが、ゲンジボタルのオスは、メスを探すときに一斉に点滅発光をします。集団同時明滅と言いますが、その発光の間隔について研究を続ける中で、西日本と東日本で違うという事が分かったんです。ストップウォッチで発光の間隔を計るだけでは分かりませんが、コンピュータで波形解析を行う事でその違いが見えてきました。
それで九州から青森まで、一度に回れるのは年数カ所程度ですから、20数年かけてホタルの調査を始め、解析したデータを並べたところ、やはり西と東で発光パターンが全く違っていたんです。西日本のゲンジボタルは(およそ)8秒間に4回「ぴかーぴかーぴかーぴかー」と光り、東日本は8秒間に2回光る。西はせっかちで、東はのんびり型なんですよ(笑)。では、東と西の境はどこにあるのか? 面白い事に日本列島を分断するフォッサマグナ周辺にあたるんです。ホタルは水系に依存しているので、河川の氾濫や地殻変動などの影響を受けるため、完全にこの帯に一致しているわけではありませんが、共同研究の結果、遺伝子的にも違いがあると分かったんです。

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方言の異なるゲンジボタルを一緒に飼育したらどうなるのでしょう。ホタルの発光パターンが、コミュニケーションをとるためのものだとしたら、果たしてそこでオスとメスの恋は成就するのかどうか、気になりますね(笑)。

大場

飼育には、とても時間を要するので、残念ながらその実験はしていないのですが、全くコミュニケーションが取れないという事はないと思います。というのも、まず光に集まるという習性がありますし、方言はあっても、例えば東北の人と大阪の人が全く話をできないという事はないでしょう? それにホタルは匂いのシグナルも発していますから、飼育箱の中であれば、光のコミュニケーションはさほど重要ではありません。だからカップル成立まではいくでしょう。でも恋が成就する確率は下がるでしょうね(笑)。また、もっと重要な問題として、孫が生まれないといった事が起こるかも知れません。

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他の昆虫に比べて、私たち日本人は、ホタルに対して特別な感情を持っているようにも感じます。例えば、ホタル狩りと称して、ホタルを鑑賞したり。

大場

沖縄と北海道を除いて、日本におけるホタルの生息環境が国外とは全く違うという事と関係があると思います。ゲンジボタルやヘイケボタルの生息地は、田んぼ周辺、つまり人間が住んでいる場所からも近い水辺です。ところが外国の場合、例えばフロリダ半島などワニがたくさんいるようなところで、水辺といったって優雅にホタル狩りなんてとてもできない(笑)。マレーシアも、ワニもいるし毒虫がたくさんいるような場所です。ですが、日本の本州では、人間のすぐ隣にホタルがいるんですね。
それに光り方も違います。国外のものは「ぴかっぴかっ」と、鋭い光り方をするものが多いのに対して、ゲンジボタルは水の上を、ぼーっと柔らかく光りながらゆったりと舞う。まるで光そのものに取り込まれるかのような幽玄さがあります。古来、ホタルは古事記や枕草子にも登場しますし、歌にもいろいろと詠われている。日本文化に昇華されているとも感じます。『枕草子』では、たくさんのホタルの光ではなく、ほのかに飛び交う個体の様を愛でている。西洋文化とは異なる感性ですよね。ホタルの命そのものが光っている、その背景を感じとる感性、感覚が我々日本人の中にあると思うのです。すでにDNAに組み込まれているのではないかと思うくらいです。

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子供でも大人でも、ホタルを見た事がない人でも、見た瞬間「きれい」とか何かしらの懐かしさを共有しますものね。

大場

蝶やカブトムシではそうはいかないでしょうが、不思議な事にホタルは、虫というより「光」というイメージなんです。だから昼間にホタルを見せたら、その意外にグロテスクな姿に受け入れてくれない人もいるかもしれない(笑)。夜、姿が見えず光だけがほわっと寄ってくる、そういうイメージが、日本人のホタル観を作り上げてきたのじゃないかなと思います。

 

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熱帯にはホタルの木と言って、一本の木に何万何千ものホタルが群がり、同じ周期で発光する現象があるそうですね。そのメカニズムを解読したのも大場さんでした。

大場

ええ。何万何千も群れ集まって求愛活動をしているわけですが、目で見ている限り、何をしているか分からない。最初バラバラと個別に発光していたものが、小さな集団を作り始め、各所で光が同調し、やがて全体が同じ間隔で発光し始める。それ自体は壮観な光景ですが、波形の解析をする事で、それらのメカニズムが分かったんです。

   

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なぜ一本の木に集まるのですか?

大場

幼虫期は、餌や外敵などの問題もあり、広大なジャングルに分散して生息しています。そうして羽化したものが、互いにコミュニケーションをとるために特定の木に集まってくるんです。ホタルにとってはランドマークになる木です。そこに雪だるま式に、ホタルが群がる事によって、オスとメスとの出会いの確率を高めているんです。

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まるで、ホタルの社交場みたいですね。

大場

そうです、そうです(笑)。ただ、その周辺だけでは生まれてくる幼虫の餌を賄いきれないから、交尾を終えたメスは、再び産卵のために分散していきます。この分散のサイズも、ランドマークとなる木や集団のサイズによって決まっているようなのですが、どのように決めているのかはまだミステリー。
木に集まってきたホタルが、段々とシンクロしていく、そこにオーケストラの指揮者のようなペースメーカーがいるのか、いるとしたら誰か…。不思議に思い、ホタルの光の波形をコンピュータで解析して、忠実に再現したペースメーカーを作ってみたんです。するとオスは「ぴかー、ぴかぴか」と光るのですが、人間の目では残像を伴うため「ぴかぴか」の部分が見えません。でもこの部分が重要で、それが仲間を見抜くためのシグナルとして、また互いにシンクロする時の大事な要素となっていると分かりました。例えばシンクロがずれてきたとしましょう。そうすると相手の光り方を見て、この「ぴかぴか」のひとつを強く光らせることで発光間隔を瞬時に変化させて調整を行っている事も分かったんです。

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すごい! ただ、それぞれの好き勝手に光っているわけではないんですね。

大場

そうです。更にペースメーカーは、20〜30秒間隔で、常に交代しています。というのも20秒以上光ると、疲れてしまうから(笑)。その交代の時にはペースが崩れて、全体に光のウェーブがかかったり、乱れたりする。同時に複数のペースメーカーが表れる場合もあるのですが、小さな集団が大きな集団にどちらからともなく合わせ始めて、最終的には大きな光の集団になっていきます。

   

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オーケストラが演奏前に音合わせをしているようですね。

大場

そうなんです。しばらくするとみんな疲れてバラバラになり出してね(笑)。けれどもまたペースメーカーが登場して、どこからかシンクロし始め、時に同心円状に広がったり、上から下へと光の波が沸き起こったりしながら全体にまとまろうとする。ペースメーカーが交替するのに加えて、ホタルの寿命は約1週間ですから、その度にペースメーカーが替わりながら、シンクロし続けているんです。

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そのシンクロは何のためでしょうか。

大場

ジャングルに分散していると個体密度が低い。だから集団でシンクロして光を強くする事で遠くの仲間に存在を伝えるためでしょう。また、その発光間隔は種特有ですから、同じ仲間であるか否かもわかります。そして、そこに集まれば、オスとメスが出会えるというわけです。
このホタルの木の立地条件というのは、極めて絶妙で、まずランドマークとなるような大きさでないといけないし、風が強くて揺れ動いているような木でもいけない。光を届けるために葉の密度が高過ぎてもいけない。更にその背後に餌の生産性の高い、熱帯雨林が広がっていけなければいけないし、手前に人里が広がっていないといけない。こうした条件を満たす場所は、なかなかありません。長い歴史の中で、その1本の木にしか集まらないという事は「それしかない」という事。もしそれを切ってしまったら、戻すのに何千年かかるか分からない。いや戻らないかもしれない。それほど大切な木なんです。
またホタルからは、生命の営みの本質についても学びました。パプアニューギニアにいるホタルも、やはり集団でシンクロするのですが、オスは黄色、メスは緑色と発光色が違うんです。そこに目をつけて観察をしていたところ、オスがせっせとシンクロしている時に、メスがその脇をすーっと飛ぶ。途端にオスは興奮状態に陥り猛烈なスピードで光り始めるんです。

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集団で光っていたのを忘れてですか。

大場

そう。スイッチが変わっちゃうんです。それで一番早くメスに到達できたものが、カップルを作る。総体的に元気なオスが選ばれていくのですが、必ずしもそうでないところが生き物の面白いところで、常にある程度のフレキシビリテを持っている。つまり一つの方向としては、確かに大きくて強いものが良いのかもしれないけれど、一方で相反する要素を持ったオスも選ばれていく。逆行しているように見えるでしょうが、そうやって幅をもたせる事で、何かあってもどちらかが残るようにリスクヘッジが成されているのです。これが絶妙で、人間社会にも適用できるのじゃないでしょうか。力の強い男ばかりがモテるかというと、そうでもないでしょう?(笑)

  ホタルから広がる新技術

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発光生物というのは、最近、いろいろな分野で注目されていますね。

大場

ホタルの発光のメカニズムを簡単に言えば、ルシフェリンという発光物質がルシフェラーゼという酵素の触媒作用によって、生体に広く存在するATPと反応し、この時生じた中間体が更に酸素と反応して、発光するという仕組みです。つまり生化学的酸化反応によって発光が起きているわけです。僕が見つけた沖縄のイリオモテホタルは、特別な発光の酵素を持っていて、それが現在、医薬品として使用されています。人間の体内には、いろいろな生体物質がありますが、その有無を調べるための有効な媒体として活用されたりしています。
他にも、発光反応の技術は、月の生物の痕跡を測定するのにも試みられた事もあります。発光反応を利用した薬品がどんどん開発されてきていますし、バクテリアなどの微生物の指示薬としても活用されています。

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医薬品で言えば、Aという物質が体内にあるかどうか確かめるために、これまではたくさんの検査を重ねていたものが、ホタルの発光反応を利用した事で簡易化され、その検査結果の精度も上がったという事ですね。

大場

その通りです。更に今後の可能性としては、ホタルは発光反応を瞬時にON、OFFする事ができますが、これは現在の最先端科学をもってしても不可能な事なんです。化学反応を瞬時にしかも自由にコントロールしているという事ですからね。人間は試験管で発光反応を生じさせる事はできても、瞬時に止める事などできません。もし、このメカニズムが分かれば、医薬品の革命が起きるはずです。例えば、必要な時にだけ効いて、不要な時には一切働かないという薬が開発できるでしょう。不必要な部分にまで作用するから副作用が起きるのであって、もし発光反応を制御するメカニズムを取り入れた医薬品が開発できれば、それもなくなるはず。ホタルは、神秘的なだけではなくて、あの小さな光に、さまざまな可能性が秘められているんです。

発光のメカニズムとホタルの可能性
大場信義(おおば・のぶよし)
1945年神奈川県生まれ。東京理科大学卒。横須賀市長井海の手公園ソレイユの丘ホタル館顧問。中国科学院昆明動物研究所客員教授。横須賀市自然・人文博物館研究員。独立行政法人産業技術総合研究所客員研究員。ホタルの発光行動や習性の研究を進めるかたわら、水辺の環境保全にも力を注いでいる。『だれでもできるホタル復活大作戦?ぼくらの町にホタルがもどってきた』(合同出版)、『ホタルの木』(どうぶつ社)、『ホタルのコミュニケーション』(東海大学出版会)など著書多数。
 
●取材後記
「発光は求愛行動」だからか、観察していると、オスとメスの特徴は人間のそれと同じようだ、とのこと。オスは、車のヘッドライトなど明滅する光にすぐだまされて寄っていくのに、メスは決してだまされないとか、大きくて若いオスがモテるかと思いきや、メスのホタルに好みがあってそう単純なものでもないとか。美しく、人間の世界を超越した幽玄の世界を見せてくれるホタルに、親近感の沸く取材だった。

構成、文/飯塚りえ   撮影/海野惶世   イラスト/小湊好治 Top of the page

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