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「ミウラ折り」は、ご専門の研究の傍らで、純粋な興味から生まれた疑問を探求した結果と伺いました。 |
三浦 |
専門は、宇宙構造物の設計で、電波天文衛星「はるか」の展開パラボラアンテナ設計は私のコンセプトです。また、直接設計に携わってはいませんが、「きく8号」のアンテナは、はるかのコンセプトを元にしていますね。一方で、宇宙で構造物を作るためには、それをどうやってパッケージして宇宙に運ぶかが非常に重要な問題なんです。この問題が解決しないと、大きなシステムを宇宙で展開することができませんからね。以前は、人やら犬やらを乗せたロケットを飛ばせば良かったわけですが(笑)、宇宙で活動をするとなると、そこに大きなものがいる。そういう流れがありました。 |
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運ぶために少しでも小さく、そして宇宙では少しでも大きくなる仕組みを考えていらっしゃったわけですね。 |
三浦 |
そうです。元々は構造物の破壊の研究をしていて、ミウラ折りはその過程で生じた純粋な疑問から解明したものです。 |
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ロケットを壊す研究? |
三浦 |
いやいや壊れてはいけません(笑)。宇宙に打ち上げるにあたっては、構造物をできるだけ軽くしながら、壊れないぎりぎりのところで設計をしたい。壊れないようにするために、「壊れる」メカニズムを研究していたんです。そこでロケットに似た円筒のものを壊しては、その壊れ方を探っていました。実際に壊してみましょうか。ここに円筒に丸めた紙があります。どうして紙かというと、ロケットって皆さんが思っている以上に薄いんです。ロケットやジャンボジェット機の大きさで考えれば、厚さの比率はこの程度です。 |
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宇宙に飛ばすために構造物を軽くするとおっしゃいましたが、こんなにも薄いとは…。ちょっと怖いですね。 |
三浦 |
怖いでしょう(笑)。では、実際に、この円筒を壊してみましょう。上からつぶします。どうなりましたか? |
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くしゃっとなりました。 |
三浦 |
でもね、ちょっと見てください。めちゃくちゃに、くしゃっとはなっているのではなく、何となく規則性が見える。これは例のチューハイの缶の模様そのものでしょう。 |
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「キリンチューハイ氷結」のですね。確か先生の論文が元になって開発されたものだそうですね。 |
三浦 |
そうです。この形の方がミウラ折りよりも先に生まれたんです。アイデアは昔からありました。東大の研究者に吉村慶丸先生という方がおられます。この先生が1951年11月号の東京大学理工学研究所報告書に発表された論文に「航空機の胴体のような薄肉の円筒は、“概不伸張有限変形”で座屈する」と喝破されたものがあります。その特殊な変形の展開可能面は、現在、吉村パターン(Yoshimura-pattern)として広く知られていますが、これは破壊の様子です。 |
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吉村先生の論文は、言葉が難しいのですが、要は円筒を上からつぶすと、私達が知っているチューハイの缶の模様のようになるということですね。 |
三浦 |
まあ、そうですね(笑)。その後、私は吉村パターンのバリエーションを考えているうちに、この「破壊のモデル」が非常に安定した構造であることに手の感触で気づいたのです。そしてこれを破壊の形としてではなく、構造の新しい形(PCCPシェル)としてとらえて論文を発表したのが1969年11月です。
私は壊れないものを作るために壊れる事を研究していたわけですが、壊れた形自体が非常に面白い。じゃあ最初から、こういう形に作れば強いのではないか、つぶれることで強度が増す形があるんではないかと思いついたんです。この形の先にミウラ折りの発見があります。 |
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缶のメーカーが試作品を持って先生のところを訪れたのが、論文発表から30年経った時だったとのことですが。 |
三浦 |
私は開発には関知していませんが、アイデアを形にするのは、そう簡単ではなかったそうですよ。まさか自分のアイデアが缶になるとは思いませんでした。イメージは大きな構造物でしたからね。 |
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ご専門の宇宙の構造物からしたら、本当に小さなものですものね(笑)。 |
三浦 |
そうそう。一時期は、水圧にも強いからということで、海中構造物を建設しようという話もあったのですが、まさかチューハイの缶になるとはね(笑)。
飲料の缶としては、缶コーヒーにも使われています。こちらの方が、この構造が活かされているものです。コーヒー缶は、含まれるミルクなどが腐らないように内部を真空にしないといけません。更に外圧がかかりますから、それに耐えるためにも缶自体を強くしないといけない。だから缶コーヒーの缶って、厚くて重いでしょう?
この缶に先のPCCPのかたちを使うことで、厚さを3分の1に抑えることができます。他にも条件があるのでそこまでは難しいのですが、それでも缶の厚みを3割程度は減らせるのです。 |
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そしてこれが更にミウラ折りの研究に続いていくのですね。 |
三浦 |
先程つぶした円筒を、もう一度見てください。めちゃくちゃにつぶれているようだけど、同時に私は、その壊れた時のパターンがとても美しいと思ったんです。この形はすでに規則性が見てとれますが、もっと進めて全く平らな物体に対して四方八方から力を加わった、言うなれば、紙をぐしゃぐしゃっと無造作に点に丸めたような状態は何なのか、解こうとしたんです。 |
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それは例えば「線は点の集まりである」というような幾何学の基本的な問いですね。 |
三浦 |
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くしゃくしゃに丸めた紙の中に、ミウラ折りのパターンが潜在する。 |
そんな雰囲気ですね。それでこのパターンを幾何学の問題として解こうと思ったのですが、数式で解くのはほとんど不可能。そこで、幾何学の問題を力学で解くことにしたんです。物体は、変形する時、位置エネルギーが最小になるような形をとります。ネックレスが懸垂線を描いてぶら下がっているのは、その形でいることがその物にとって一番エネルギーが少なくて済むから。こうした力学を使うことで、破壊のパターンが解けるのではないかと予想しました。そしてコンピュータで計算すると、果たしてエネルギーが極端に少ないパターンがあると分かりました。つまり、エネルギーの小さい、折り目の組み合わせがあると分かったんです。そして段々と壊れた平面の中のパターンを突き詰めていった結果「ミウラ折り」が誕生しました。
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一見、めちゃくちゃに見える丸めた紙の折り目の中に、ある種のパターンがあった。それは突き詰めればこの、とても規則正しく連なった平行四辺形…。実際に作ってみたのですが、ある意味ではとても単純なパターンの連続が、こうも連動するとは。 |
三浦 |
こんなに簡単でシンプルでありながら、誰も見たことがないようなパターンでしょう(笑)。「ミウラ折り」は、対角の位置にある2つの角を引くと、ぱっと全体が開閉するところに特徴があると言われるでしょう?
でもね、それは後から気づいた事なんですよ。 |
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え? 後から知ったのですか? |
三浦 |
そうです。簡単にパッと全部が開く――つまり、大きなものを小さくパッケージングでき、更に容易に開閉できるということを後から知って、そこで初めて、僕の専門である宇宙とつながりました。最初からパッケージングの問題を解決しようとして、「ミウラ折り」を発表したわけではないんです。 |
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宇宙構造物への展開を考えて研究されていたのだとばかり思っていました。そもそもは、純粋な興味があって、それが結果としてご専門の宇宙構造物の設計へとつながったのですね。 |
三浦 |
そうです。もともと幾何学的なパターンというものが好きでしたし、憧れていました。それを突き詰めていったら、自分の仕事とつながったというわけです。 |
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趣味を突き詰めたら…と言ったら語弊がありますが(笑)。 |
三浦 |
道楽ですよ(笑)。面白いから解いたというだけに過ぎない。幾何学の問題は、皆そうでしょう。直接役立つかどうかではなく「どうなんだろう?」という謎解きの面白さが魅力です。
数学の問題を解いた時の喜びというのは、その永続性にあります。これがエレクトロニクスの世界ならば、ある発明の次に、また新たな発明と塗り替えられていく。でも、数学の場合、一度解いた答えは永遠なんですよ。変わらない。幾何学も同じです。ピタゴラスの定理は永遠のものですね。仮に地球が滅びたとしても、たぶん残るだろう、形の数理です。そこに魅力がありますね。 |