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かしこい生き方 工学博士 西成活裕さん
皆が意識すれば渋滞は生まれない 車間距離40mの効用

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西成さんは「渋滞学」と名付けて数学的な見地から研究されていますが、なぜ渋滞に着目されるようになったのですか。

西成

昔から渋滞が大嫌いだったんです。とはいえ、研究分野は数学や物理学だったので、自分が渋滞を研究対象にすることになるとは思っていませんでした(笑)。
ところがある時、セルオートマトンという計算モデルを使った研究をしていた時に、それが人や車の動きに見えてきたんです。「これは渋滞の解消に使えるのじゃないか」とひらめいたのです。

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具体的には、どういった数理モデルなのでしょうか。どの程度、理解出来るか分からないのですが(笑)。

西成

非常に簡単な話ですよ。具体的には、「0」と「1」からなる数学の列です。世の中を「有る」と「無い」に分けたとしましょう。その時に「有る」を「1」、「無い」を「0」とします。すると例えば「0、0、1、1、1」とあったら、これは「無い、無い、有る、有る、有る」という意味なのは、誰でも分かりますね? では、この「0」と「1」を人間だと思って下さい。一直線に並んで、皆、同時に右に動きたいと思っても、前に誰か「居る(=1)」と、進めません。逆に前に誰も居なければ動ける。こうやって「0」と「1」を、あるルールを決めて動かした時、時間を経るとどうなるかを考えるのが、セルオートマトンという計算モデルの基本です。これを応用したら新しい学問になるのではないかと、研究を進めていたのが、今から15年くらい前の事で、頭の中で、「1」が人や蟻、バス、車といった物に見えてきたんですね。

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数学というと、基礎的な学問であって、直接、現実社会に応用される事が少ない気がします。

西成

ええ。数学と聞くと、現実とは無関係なもの、あるいは難解といったイメージがあるかと思います。それは数学が抽象的だからです。一方で、抽象的だからこそのメリットがある。「0」と「1」で表した時、「1」は人でも蟻でも車でも、動くものならば何でもよいわけです。そうやって、現実の世界を抽象化してみることで、一見バラバラに見えていた物が、根は同じで「人も蟻も車も、前が詰まっていたら進めない」という、単純な共通点が見えてきた。つまり渋滞って、それだけの事なんです。ならば、それを流体力学に当てはめて解いていけば良い、数式化して解いていけば良い。私の武器は数学や物理学、そしてシミュレーションであって、勘でやっているわけではありませんし、数学の良いところは、すごく正確という事です。そこで出た結果を否定出来る人は誰もいない、そういう力強さがありますね。

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事故や災害以外のいわゆる自然渋滞は、さまざまな要因が絡まっていて、起きる理由すら分からない、複雑なものと思っていました。

西成

複雑だけれども、あまりにも日常的な事ですよね。だから、みんな分かっているつもりになっているんですが、渋滞って、数値的な定義はないんです。首都高速道路に「渋滞って何ですか?」って質問したことがあります。ちょっと意地悪をして、子供のまねをしながら電話したのですが(笑)、そしたら「時速20km以下で走っているのが渋滞だよ」と言うんです。同じようにNEXCO中日本にも電話で尋ねたところ「時速40km以下で走っている状態ですよ」と言う。プロでも定義がバラバラなんです。その位、分かっているようで分かっていないものが渋滞というわけです。そこで渋滞をきちんと定義しようと、いろいろなデータを集めて、交通量と車の密度の関係といったグラフを書いて調べたところ「渋滞臨界点」、つまり自然渋滞が発生する瞬間というのが見えてきたんです。それが後述しますが、車間距離を40m取れないという状態なんです。

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そこにも、やはり数式があるわけですか。

西成

そうです。2通りあります。現実の観測データを元にしたものと、「0」と「1」の計算モデルを使ってシミュレーションする方法です。両者を比較してみると、ほとんど同じ結果が出ます。という事は、「0」と「1」という単純な計算モデルが、実世界の車や人の動きを非常によく表している、それが渋滞の本質を捉えているというわけです。この計算モデルとコンピュータでのシミュレーションを使えば、現実では実験しにくい車の渋滞の様子や、火災時の人の動きなども検証する事が出来ます。

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そこで先生の大嫌いな渋滞の様子を、その数式に当てはめて研究してみたわけですね。

西成

車間距離を空けて「渋滞」を取る実験。

はい。渋滞原因の第1位は自然渋滞です。料金所渋滞を解消するためにETCが導入されましたが、それと自然渋滞とが違うのは分かりますか? 料金所渋滞では、明らかに原因が分かっています。そして、これまで渋滞を解消するというと、その要因を取り除くという事がなされてきました。ところが、自然渋滞はどうして起きるのかは明らかになっていないから、解消も難しかったんですね。
では、なぜ自然渋滞が起きるのか。例えば、ちょっとした坂道が原因というものがあります。中央自動車道の小仏トンネルは、渋滞することでよく知られていますが、あそこはわずかに上り坂になっています。ところが上り坂なのに、下りに見える場所があって、そこから渋滞が起きているということが分かったんです。下り坂に見えるので、運転手はアクセルを踏み込まずそのまま走ろうとしますが、実は上り坂ですから、車のスピードは落ちていく。そうすると後続の車は、車間距離を取ろうとちょっとブレーキを踏む、そのまた後続車は更にブレーキを踏む…。そうやって小さいブレーキがどんどん大きくなって、結果的に渋滞を引き起こしていたのです。ここで重要なのが、このブレーキの伝播は、車間距離で決まるという事です。つまり、ある車間距離よりも短ければブレーキが強くなり、充分に距離があれば、ブレーキをあまりかけない。そのある車間距離というのが「40m」なんです。これ以上詰まると、減速の連鎖反応が起きて渋滞に至るということが研究から分かったんですね。

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40mという数値は、先の「0」と「1」という計算モデルから導き出したものなのですか。

西成

そうです。先程と同じく、理論シミュレーションとさまざまなデータを検証した結果、1kmあたり25台並んだ時、つまりこれは車間距離が40m以下に詰まる瞬間が渋滞になる境目だと分かりました。計算すれば、何分後に渋滞が無くなるかも分かります。

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込み合っている時に40mも空いていると、ついつい詰めたくなりますが…。

西成

そうでしょうね(笑)。でも、40m以下に詰めると、詰めた人も含めて、全員が損をします。本当にそうなんですよ。警察庁とJAFの協力を得て、昨年の夏、実際に小仏トンネルで社会実験を行いました。渋滞が起きそうなタイミングを狙って、私も含めて車3台がスクランブル発進して、車間距離をぐっと空ける事で、未然に渋滞を取るという実験です。

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「渋滞を取る」とは、すごいですね(笑)。

西成

取れるんですよ(笑)。小仏トンネルで渋滞にはまった時の速度は、時速17km程度なのですが、我々3台が車間距離を40mに空けながら連なって走った事で、時速27kmまで上げる事に成功しました。残念なのは、あと10台位で渋滞が無くなる寸前までいったのですが、イライラした人が我々の間に割り込んできて、結果的に渋滞になってしまいました。それがなければ間違いなく渋滞は取れていましたね。

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スピードも上がるんですね。

西成

ええ。この方法は渋滞の長さが1km以下の時に有効なんです。風邪でもひき始めが肝心で、こじらせたら完治するまでに時間がかかります。それと同じで、1km程度の渋滞を放っておくと20km以上になってしまう。だから最初の1km程度の渋滞が重要なんです。そしてその1km程度の渋滞は取る事が出来るわけで、こういう知識を持った人が、10台に一人いるだけで渋滞は変わるはずですよ。

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車が円陣を組んで走っている実験映像がありましたが、徐々に車間距離が詰まって、正に自然渋滞が発生していました。ところが、たった1台の車が車間距離を空けると、嘘のように渋滞が解消していって…。

西成

車間距離によって、渋滞を吸収しているんです。車間距離をとって、後続車に渋滞のバトンを渡さないように運転すれば渋滞は解消するんです。これが「渋滞を取る」ということです。実際、これと同じ方法で、小仏トンネルで渋滞を取ってきましたからね(笑)。

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こういう事実を知っているだけで、随分渋滞の見方が変わります。渋滞が起きそうになるとそれを吸収する、渋滞吸収車っていうのはどうでしょう。「渋滞取ってます」とでも表示させながら(笑)。

西成

実際、今、提案しているところです。道路や車線を増やさなくても、渋滞吸収隊がいれば、渋滞が取れますから。

 

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もう一つ、数学がリアルな世界に直結しているということも知りました。これまで、こうした研究は誰も行ってこなかったのですか。

西成

そうですね。みんな、風邪をこじらせてから、つまり大渋滞が起きた後に、どう対応しようかと考えてきていたんですが、そうではなく、でき始めになくすことが重要です。
渋滞というのは、水が氷になるようなものなんです。数学や物理学を学んでいると、水が凍る瞬間に何が起こっているのか、それが知りたい。同じように、渋滞という現象においても流れている車がいつ止まってしまうのか、その瞬間を見たいと思って研究をしていくと、止まる瞬間をずらせば渋滞解消になると気付きます。つまり渋滞がちょっとでき始めた瞬間、水で言えば、水の中に氷の種ができ始めた瞬間に何かすれば良い。そうした、数学者にとっては自然な発想が、今まで無かったと言えます。

   

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確かにそうですね。氷になる理由が分かるのであれば、その要因を取り除けば良いし、あるいは氷になる瞬間をずらせば良い。

西成

気付けば、実に単純な事です。

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交通渋滞はもちろん、それをベースに人の流れやインターネットの渋滞などにも研究が及んでいるそうですが、コンピュータのシミュレーションによって、出入り口付近に、柱など障がい物が在った方が人の流れがスムーズというような結果が得られたと伺いました。

西成

私も最初、コンピュータのプログラムミスだと思いました(笑)。ところがプログラムを見直して何度シミュレーションを重ねても、確かに障がい物が在った方が早くなる。そこで実験してみると、やはり障がい物が在った方が早い。実験ビデオを見ても、シミュレーションを見ても分かるように、結局、障がい物が在る方が人と人とのぶつかり回数が減るんですね。ちょっと待って落ち着いて行動しなさい、その方が全体で見た時には効率が良いですよ、というわけです。
現在は消防法によって、出入り口付近に障がい物を設置する事が禁止されていますが、実際にイベント会場で行ったという連絡も受けました。出入り口付近に、わざと係員を立たせたところ、人の流れが良くなったそうです。我々も実験をしていますが、物ではなく人を立たせても、条件次第では流れが良くなります。
あるいは、こんな実験もしました。出入り口は同じ幅、そしてそこから出ていく人数も同じ。一方は、全員がよーいどんで、一斉にスタートして出るという指示、もう一方は、一列に並んで順番に出るという指示を出した例です。どちらが早いと思いますか?

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おそらく後者なのでしょうね(笑)。これも数式があって考え出したものなのですか。

西成

そうです。一列に並んだ方が圧倒的に早い。これは電車の乗り降りなどにも利用できるでしょう。

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火災時の人の動きを示したプログラムの中に「パニック度」というものが設定されていましたが、そもそもパニックというものを数式化出来るのですか?

西成

はい。今まで集団心理学や社会心理学の方たちが、パニックとは何かという定義をしてきました。しかし、パニックとは恐怖心が高まって、自分の判断力が無くなってきている状態というように、言葉で示しているものでは数学的に扱えません。理科系の人間としては、何とか数式化したい。そこで、心理学の専門家や消防庁の方にお話を伺って、火災現場でパニックが起きている状況とは、どういう状態なのかを洗い出しました。そこで分かったのが、パニックになると判断力が低下して、目に見えている物を追って行こうとする傾向があるという事です。ある空間に人が多数いるとします。そこで火災が起きたら、普段だったら真っすぐ出口に向かうのですが、パニックになると恐怖で判断力が下がってしまい、他人の行動をまねてしまうんです。冷静な時は出口に真っすぐ向かい、パニックの時は人の群れの中心に向かっていく。そこで数学的には、どちらを選ぶかの比をパニック度と定義して数式化しました。非常に単純な定義ですが、これを使う事で、パニック度が上がると、振る舞いがどう変わるかが検証出来るようになりました。それによると、パニック度が0の時は、皆、真っすぐに出口に向かって進んで行きますが、パニック度を50%に上げると、その場で踊っているかのように、一カ所でおろおろして逃げられなくなってしまう人が出てくる。このシミュレーションの精度を高めていけば、人がパニックになった時の行動が検証出来るようになると考えています。

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車だけでなく、人の流れなど、今まで定量化されていないものを数値化していく事で分かっていく事が、たくさんあるのですね。と同時に、それらすべてが、セルオートマトンという同じ数学のモデルから生まれていることを見ても数学の力を感じますね。

西成

数学のうち、9割は趣味の世界ですが、残る1割は宝です。数学の応用には300年かかると言われていますが、その1割ですらまだ利用できていないと思うんです。それは数学が難しくなり過ぎているということもあるでしょう。もっと分野横断的に、いろいろな事をやっていかないと、数学の応用は出来ないと思います。
渋滞にしても、ラッシュにしても、どれも結果が、皆さんにとって非常に身近な事ですよね。逆に言えば、ちょっとしたアイデアで解決出来るものって、まだたくさんあるはずだと思うんです。数学を証明した後に、実際にどう使えるのか考える…数学を応用したいという気持ちは子供の頃からありましたが、その夢が今、かなった感じです。

あらゆる事物を数値化して見えてきた 水が氷になる瞬間に起こること
西成活裕(にしなり・かつひろ)
1967年東京生まれ。東京大学大学院工学系研究科宇宙工学専攻准教授。東京大学卒。修士及び博士課程は、航空宇宙工学を専攻。専門は非線形動力学及び渋滞学。山形大学工学部機械システム工学科、龍谷大学理工学部数理情報学助教授(当時)、ケルン大学理論物理学研究所の客員教授を経て、現在に至る。
 
●取材後記
数学の力に感動する私達に、待ち時間を予想できる公式を伝授していただいた。「いつも10人位の列ができていて、1分間に2人位が列に並ぶという人気の回転寿司。さて、これから並ぼうというあなたの待ち時間はどの位か」。分かりますか? 答えは、
行列の長さ=待ち時間×人の到着率
この例題の場合、待ち時間は「10÷2」で「5分」。実際にラーメン店、床屋、銀行のATMなど、あらゆる場面で実験して、ほぼその通りの結果が得られたとか。次に並ぶ時には是非、お試しください。退屈な待ち時間にこんな楽しみが隠れていたとは!

構成、文/飯塚りえ   撮影/海野惶世   イラスト/小湊好治 Top of the page

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