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「笑う」というのは、人間独特の行為ですね。 |
高柳 |
猿の世界にはあるようですよ。ボス猿に餌を差し出す時に、へつらいの笑いをする。そうするとボス猿は、さげすみの笑いで返すという社交場の笑いです。私達人間も行うそうした社交の笑いは、猿から始まっているということですね。でも、面白いとか、楽しいとか、うれしいとかいった心からの笑いは、人間だけ。赤ちゃんの顔を見て「なんて可愛いの」と思わず笑みが浮かぶのが人間なんです。
人間の笑いにはいくつかの種類があって、まず「快の笑い」。脳の報酬系が働いて、自分の安全が確保された喜びです。2つ目が、今、お話しした「社交上の笑い」。協調やへつらいといった防御の笑いと、攻撃やさげすみといった相手を無価値にする笑いとが含まれます。3つ目が「前頭葉の笑い」。視覚や聴覚、大脳辺縁系などと、海馬での記憶とが相まって生まれる創造的な喜びの笑いで、知的なジョークを聞いた時などの笑いが、これに該当します。そして4つ目が「スピリチュアルな笑い」。何かを努力して達成した時、感動した時などに、脳内麻薬エンドルフィンが増えることで起こる笑いです。 |
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そういう、非常に知的な行為である「笑う」ということが、体にも良いというデータがあるそうですが。 |
高柳 |
そうなんです。笑うと体に良い事がたくさんあるんですよ。笑うことによって、起こる体の変化としては、まず、ストレスホルモンである副腎皮質ホルモンの分泌が減るというデータがあります。しかもこれは、くすぐったりして笑うよりも、ゲームなどして積極的に頭を使った時に起きる笑いのほうが、効果が大きいようです。それから神経伝達物質であるセロトニンが放出されて活力が高まります。咀嚼や歩行といったリズム運動や、座禅をしても放出されるというのが面白いところですが、セロトニンは別名「幸せホルモン」と呼ばれる物質で、これが不足すると、うつ病やパニック障害、摂食障害など心の疾患を引き起こしやすいとされています。あるいは、血糖値はストレスによって上昇しますが、笑うと、インシュリンを分泌する遺伝子作用が働いて血糖値を正常化させる事も分かっていますし、脳内モルヒネであるエンドルフィンやドーパミンが大量に分泌されます。これらは、精神の鎮静効果があるものです。 |
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私達の日常の「笑い」に、そうした効果があると? |
高柳 |
「ワッハッハ」と笑うと、横隔膜が激しく上下して、全身運動をしているのと同じ運動量があるんですよ。腹筋を動かした方が血中の糖や中性脂肪が燃焼しやすくなるし、同時にセロトニンの値も高まりやすいという傾向があります。
それから、免疫細胞の一つ、NK(ナチュラルキラー)細胞が活性化するというデータもあります。NK細胞は、がん細胞やウイルス感染細胞に直接に働きかけ破壊する能力をもつ細胞です。つまり笑う事で免疫力が高まるというわけですね。 |
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笑うと気持ち良いなとは思っていましたが、そんなにすごい力があるのですか。 |
高柳 |
実際に実験で確かめてみました。大学生20人を集めて、高圧酸素室に1時間程入ってもらったんです。その内10人は、ただ高圧酸素室に入るだけ、残りの10人は高圧酸素室に入ってお笑いのビデオを見せました。そして、入室前と入室1時間後で、両者のNK細胞活性を調べたんです。前者は、緊張や疲労、混乱が高まって、活動性も落ちて「まるでお墓に入っているみたい」というような暗い感想が多かったんですが、後者は「あれ?もう終わりなの?」と、あっけらかんとしたもので、NK細胞活性も高まっていました。 |
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高圧酸素室というのは、想像するだけでも閉塞感もあって、ちょっと怖いという印象ですが。 |
高柳 |
正にそれが重要なポイントです。自分が安全であるというのが笑いの基本であって、それによって、心から安心して、笑えて、元気になるんです。笑えるというのは、恐怖の中枢である扁桃体を働かさない、つまりアミグダラ・パニックを起こさない状態ということ。安心して笑えるからこそ、NK細胞の活性が高まるんです。 |
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「アミグダラ・パニック」?聞き慣れない言葉ですね。 |
高柳 |
そうなんです。日本ではあまり知られていない概念なんですが、「アミグダラ」というのは、英語で扁桃体のこと。扁桃体というのは、不快や恐怖をつかさどる中枢で、アミグダラ・パニックを起こさせないというのは、つまり恐怖心を抱かせないということ。これが笑いの基本です。ちなみにアメリカの医療管理の論文も、アミグダラ・パニックを起こすなという言葉が非常にたくさん登場します。
例えば、何かを見て怖いと思った時、それは目ではなくて脳、つまり扁桃体がそう判断するわけで、その視覚情報を消そうとして目をつぶるといった身体行動を発したり、あるいは他の事を考えたりする。この恐怖の中枢である扁桃体は、私達が自分の体を守るためには、とても大切な機能なんです。身に危険が迫った時「危ない、怖い」と恐怖を感じるのは、扁桃体が働くからなんですが、その時、交感神経が高まってアドレナリンの分泌が高まり、血圧が高くなって、心臓がドクドクと波打つ。そういう状態では、心の底から笑うことはできません。 |
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免疫が上がったというのは、具体的には何を調べると分かるのですか? |
高柳 |
血液を採取して、NK細胞活性を計りました。 |
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そんなにはっきりと表れるのなんですか。 |
高柳 |
この実験では有意なデータが表れましたね。笑うことでどういった変化が起きるのかを評価する方法はいくつかあるのですが、いろいろな要素が絡みあっているため決定的な方法はありません。例えば血糖値、ストレスホルモンであるACTHやコルチゾールの分泌量で計る方法もあり、それぞれ有意であるという結果が出ています。
それに、笑うことで免疫力が高まるとお話しましたが、自然治癒力にも関係しています。アメリカでのデータですが、同じように創った傷が、うつ状態の人は、そうでない人に比べて治るまでに時間が2日間違うという結果が出ています。 |
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本当ですか? |
高柳 |
本当です。うつ状態の人は治りが遅く、笑っている方が早く治る。他にも心筋梗塞や高血圧、脳梗塞を患った人達に、更にストレスがかかったらどうなるのかというデータもあります。心筋梗塞の症状は、心臓を手で掴まれたような痛みと言いますが、ものすごく痛いんです。だから病院に行って治った後も「また、あの痛みが来たら...」と怯えてうつ状態になる方があります。「一回治ったのだから頑張ろう」と前向きに考える方と、うつ状態になってしまった方を比べると、後者の方の死亡率が高いというデータが出ているんです。糖尿病や脳梗塞や脳卒中といった疾患の場合も同様に、うつ状態では死亡率が上がります。 |
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精神的な状態が、体と密接に結びついているというわけですね。 |
高柳 |
そういう時に大切なのは、心のゆとりと笑い、そしてサポーターの存在です。笑いというのは、あくびみたいに感染するもの。私がこうやって笑うと、あなたも笑うでしょう(笑)。 |
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(笑)不思議ですよね。でも笑ってしまいます。 |
高柳 |
人間の脳には、相手の感情を読み取るミラーニューロンという神経細胞があって、これが働くと、今のように、つられ笑いが起きる。だからこうして私が笑うと(笑)...ね、あなたも本能的に笑いたくなる(笑)。笑いはうつるものなんです。 |
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周囲の気持ちや対応の仕方で予後が変わってくるということでしょうか。 |
高柳 |
ええ。サポーターの存在はとても重要です。そうしたサポーターが居るか居ないかによって予後の差は、ものすごくはっきりと出ます。病気を苦にして自殺する人の多くは、うつ状態にあるというデータもありますが、病気になった時こそ、笑いが必要だと思います。 |
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「笑い」を医療の現場に取り入れているユニークな病院のお話を伺うことがありますが、実際、医療の現場でも広く笑いを取り入れようという動きがあるんでしょうか。 |
高柳 |
そうなんです。ちょうどこれからある病院の依頼で、研修会に伺うところなんです。その病院では、医者から事務の人まで含めた職員全員に心からの笑いを引き出す研修をして、それによって、その病院に来る患者さん達が、いかに早く元気になるかというデータを取って検証しようとしています。 |