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「トレイルランニング」という言葉を耳にする機会も増えてきましたが、まだ知らない方も多いかもしれません。 |
石川 |
日本で言う、ハイキングコース、登山道、トレッキングコースを総称して、英語ではトレイル(「trail」)と言います。そのトレイルを走るので、トレイルランニングと言うんです。自然公園の中を抜けるようなトレイルを走ったり、まさに山道というところを走ったりと、自然の中を走るアウトドアスポーツの一種ですね。街中でのマラソン大会があるように、山の中を走るトレイルランニングの大会もたくさんあり、日本でも最近は競技として行われることが増えてきました。 |
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ただ走るのでさえ苦しそうですが、それを山道でとなると…。 |
石川 |
確かにつらい、苦しいといった面もありますが、そのやり方というのか、遊びの選択肢の中に、競技があると思ってもらえればいいんじゃないでしょうか。山や自然へのアプローチとして、景色の良い所に行ってみたいから、ハイキングをしようという感覚と変わりません。ただ、走るか歩くかの違いだけ。確かに走るのは、きつい部分もあると思うのですが、あくまでも楽しみですから走り続けなければいけないわけではありませんよ。きつい所は歩けばいいし、山というのは登ってばかりじゃなくて、稜線に出たら走りやすい緩やかな道もあります。でも「走りやすい」と感じる前に、そもそも「走ろう」という気にならないという方もいるかもしれませんが(笑)。 |
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そうですね。何も走らなくても(笑)と思う一方、石川さんの写真など拝見すると「あんな所を走ったら、確かに気持ち良さそう」と思ったりもします。 |
石川 |
もともと僕は、ロードを走るジョギングをしていてマラソン大会などにも出ていましたけれど、トレイルランニングが楽しいのは、奇麗な景色が見えたり動植物に出会えたりということです。街中でのランニングやウォーキングは、路肩や踏み切り、歩道橋があったりしますが、基本的には何も考えずに走れますよね。ところが山道というのは、二つとして同じ足の踏み場がありません。奇麗に整備された林道もあるにはありますが、石が転がっていたり、木の根が張っていたり、更にそこに起伏があったりもします。道も平坦ではなく大きなこぶや窪み、緩やかな起伏、更には木の枝が飛び出してきたり、岩があったり…そんな風に、常に変化していく。僕は「大人の障がい物競走」と思っているのですが、いろいろな障がい物をよけたり、かわしたりしながら、その間も常に足や体を動かし、あっという間に時間や距離が進んでしまう。岩や草、枝などが迫ってくる中で、スピード感を楽しめる。僕は、山道の下りが大好きなのですが、自分のイメージ通りに下りきった時の爽快感はたまりません。この爽快感って、スキーやマウンテンバイクで斜面を下りた時と似ていると思いますが、スキーやマウンテンバイクは道具を使う。トレイルランニングでは、自分の足だけが頼りです。そこがまた、たまらなく楽しい部分ですね(笑)。
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映像を拝見しましたが、「障がい物競走」は確かに言い得て妙です。ものすごい斜面を、ものすごいスピードで走り抜けていますね。木の根なんかにつまずいて転んだら、とても痛そうです。 |
石川 |
別に速く走らなければいけないという訳ではないんです。難しいと思えば、ゆっくり下りてもいいし、歩いてもいい。僕の場合は、競技として走っているということもありますが、いかにしてスピードを殺さずに下りていけるかというスリルと、それをやり遂げた後の達成感は、他のものには代え難いですね。太い木の根を飛び越えたり、突然張り出してきた枝をくぐったり、水たまりに入ったりと、一度走ると泥だらけになっています。 |
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どんなスポーツにもある、どれだけスピードに耐えられるかという、怖さと楽しさが同居した、紙一重な感じですね。そして、それを自分の足を使って体験出来る。 |
石川 |
歩幅や飛ぶ高さ、足のちょっとした運び方でスピードも変わってきます。「今、ちょっと入りを間違えたな」とか。 |
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走っている時に、そんなことを考えられるものなのですか。 |
石川 |
ええ。変な所に着地してしまうと次の一歩がうまく出せないので、いかにして無駄のない走りをするかと考えながら走っていると、特に下りは本当にあっという間ですね。一方で、山をぐるっと囲むような緩やかな道もたくさんあります。そんな場所は、周りに何もなくて見晴らしも良く、彼方に向こうの山が見えたりする。これもまたロードでは得られない素晴らしさでしょう。
一般的なトレイルランニングの楽しさは、先にも言ったように自然との触れ合いにありますからね。山好きの人が山に行く時に、計画をあれこれ立てるのと同じです。違いは歩くか走るかということだけ。かつ誰かに強制されて走る訳でもない。走る所だけ走って、周りの景色を楽しみながら上っていって、一休みして、下りは走って…とやっていると、徒歩で一日かかるところを半日で終えることが出来ますし、そうなるともう一山走ることが出来る(笑)。僕の感覚だと、山歩き用の地図に書かれている歩行時間の約3分の1で回れるので、「ハイカーだとここまでしか行かれないけれど、トレイルランニングなら倍以上は行けるぞ」と嬉しくなってしまうんです。僕自身は、トレーニングを兼ねて山に行く場合もありますが、歩くよりもたくさんの物を見ることが出来るという楽しさがあります。
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日本ではトレイルランニングのレースというと、5kmや10kmといった短い距離のものがありますが、海外では100マイルレースが多いと伺いました。 |
石川 |
そうですね。あくまでレースですが、100マイル、つまり160kmを走ります。 |
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平坦な所でも160kmを走るのは大変なことです。車で移動してもそれなりに時間のかかる距離です。しかも山道を走るとなると…。 |
石川 |
確かに大変なのですが、僕らにとっては、それを完走することがステータスになっています。 |
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160kmをトレイルランニングするのは、どんな感じですか。あまりイメージが沸かなくて…。 |
石川 |
僕の中では「旅」ですね。日本には、まだ100マイルレースがないので海外のレースに参加するのですが、海外の見知らぬ土地に行って見知らぬ山――僕はあえて下見をしないので、全く初めての山道を160km、ゴールを目指して進んで行く訳です。もちろんレースですから、制限時間や他の選手との競い合いなど厳しい部分もありますが、例えばマラソンのレース中継などを見ていると、選手同士がけん制し合いながら、最後は倒れ込むようにゴールしていますよね。トレイルランニングの場合は、160kmを、時間にして20〜30時間かけて走るので、そこまでストイックにペースを上げたら体が持ちません。だからスタートして40km、50km…時には100km近くまで、周りにいる選手たちと話をしながら走っているんですよ。 |
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会話をしながらですか?! |
石川 |
その位スピードを下げて、心拍数を安定させないとゴールまで体が持たないんです。だから周りを見る余裕もあるし、走っている選手たちと交流を深めることも出来る。とは言っても、最後はやっぱりきついんですが。 |
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もともといろいろなスポーツをやっていらして、その中でトレイルランニングを選んだのは、どんなところに魅力を感じたのでしょう。 |
石川 |
僕は小学校2年生の頃から大学までサッカー漬けの生活でした。父親は山登りをしていましたが、連れて行ってもらったわけでもなかったですし、自然と触れ合うこともなかったんですが、大学生の頃、アドベンチャーレース(※)という競技に参加して山に入ることを知り、トレイルランニングへとつながったんです。
僕は足が速かったので、それまではサッカーのトレーニングとして走ってきた訳ですが「自然の中で、あんなことも出来て、こんなことも出来る」という世界があると知って…きっと自然との関わりを求めていたんでしょうね。走ることと、山の自然とが重なったもの――それがまさにトレイルランニングだったんです。それで、日本にはたくさん山があるから、一人で走りに行ったんです。 |
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いきなり走りに行ったのですか。 |
石川 |
はい(笑)。実際走ったら、気持ち良いし楽しいし。山歩きをする人であれば、山地図を広げた時に「駅からこう行って…」と考えると思うのですが、僕の場合は「ここへ行って、ここを抜けて、ここも行けて、あそこも行けちゃう」と。それを考えていると、もう楽しくて仕方がないんです。 |
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少年が楽しそうに山を走り回って遊んでいる様子そのままですね。こうしてお話を伺い、写真を拝見すると、その気持ち良さが伝わってきて、何だか走りたくなってきます。 |
石川 |
外を走ることがあまり好きではなくて、ジムで2、3kmしか走ったことがないけれど、トレイルランニングなら走ってみたいという方は多いんです。山や自然の中に入ってみたいという興味と、僕が何の苦もなく楽しそうに走っているのを見て「もしかしたら、楽しいのかもしれない」と思ってくださったのかもしれない。「景色を見ながら、写真を撮りながら、走りたくなったら走ればいいんです」と皆さんにもお話しています。重要なのは、やはり走る場所。最初からきつい山に行ってしまうと、ひたすら上って、上ったと思ったら下って終わりとなってしまうから、山へのアプローチと、その仕方は重要です。
もう一つ大切なのは、登山者の方などに十分配慮すること。山道にたくさん人がいるところで、一人だけ走っているのは危険だし、迷惑です。僕はなるべく人のいない時間や季節を狙って山に行きますが、そうでなくても「人が増えたら歩く」くらいの心構えも必要ですね。 |
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※各地の自然をフィールドに、男女混成のチーム戦で、多種目なアウトドア競技をこなしながらゴールを目指すレース。トレッキングやマウンテンバイクといった種目を含む。 |