船山 |
日本人には、良くも悪くも漢方の流れがしみついているためか「薬は良いものだ」というイメージがあると思いませんか?。 |
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はい。「薬になるから食べなさい」と言われたりしますね。 |
船山 |
そうですよね。漢方では治療=投薬ですから、薬を服用することは悪いことではないという感じでしょう。でも何にしても摂れば摂るほど良いというものではありません。特に一般に現在の西洋医学で使われている「薬」というのは、体に何らかの変化を与えるものであり、その中の「良いところ」を使いましょうというものなのです。先日も知人から「薬には、副作用があるのですよね?」と聞かれました。「副作用のない薬はありません」と、答えたら驚かれていましたが、もう一回言います。副作用のない薬はありません。 |
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全くないのですか。 |
船山 |
ないと言い切ってよいと思います。例えば、頭が痛い時などにアスピリンを飲むかと思います。アスピリンには熱を下げる作用もあるため、頭が痛いからといって飲んでも、熱を下げる作用もあります。この場合、熱を下げるというのは、悪い作用ではないかもしれませんが、副作用ですよね。 |
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なるほど。熱のあるなしに関わらず、熱を下げる方向に向かわせるわけですからね。 |
船山 |
そうです。当然その逆に、熱を下げたい時に、頭痛を抑える方向にも作用するわけです。ピンポイントで、一つだけの作用を与える薬が作れたら素晴らしいことですが、出来ないんです。例えば自動車なら「ここの性能が今一つだから変えよう」となれば、そのパーツを改良できますが、薬はそうはいきません。どこかを変えると、また別のどこかに影響が出てくるんです。だから、副作用のない薬はないと断言してもよいと思うのです。もちろん、その副作用には重篤なものや困ったものとそうでないものとがあります。だからこそ、薬は専門家のアドバイスに従って使わなければいけないということになります。これは薬の持つ宿命だと思います。 |
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同じものが、毒にも薬にもなるということもあるのでしょうか。 |
船山 |
アトロピンという物質があります。これは「ハシリドコロ」という、いわゆる毒草から採れるものです。これ自体、アセチルコリンという神経伝達物質が作用しなくなる「毒」とみなされることがありますが、一方、毒ガスのサリンの中毒では、このアトロピンが解毒剤の一つとして応用できました。同じ作用が、ある場面では薬、ある場面では毒ということです。アトロピンは、眼底検査の時、一時的に瞳孔を開くためにも応用できます。もっとも今は、この目的ではアトロピンの化学構造を参考にして化学合成された別の化合物が使用されていますが…。このアトロピンの原料の一つとなる「ハシリドコロ」という植物の名前は、その植物を口にすると走り回るということに由来します。確かに瞳孔も開くわけですが、量によっては人を狂騒状態にさせたりもするんですね。 |
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西洋では、ハシリドコロと同じナス科のベラドンナを美容のために使っていたそうですね。 |
船山 |
そうです。ご婦人方というのは、美を求めるためには命がけなんですね(笑)。ベラドンナという名前の由来は「美しい女性」です。瞳に垂らすと、瞳孔が開き潤んだような目になるのが何とも魅力的だということで使われていたわけですが、下手をしたら失明しかねない危険な美容法です。今から200年近く前、華岡青洲という人が、チョウセンアサガオやトリカブトを主成分とした「通仙散(つうせんさん)」という全身酔薬を作りました。これは世界初の全身麻酔薬と言われています。チョウセンアサガオも、ベラドンナと同様にアトロピンを含んでいて毒性が強いのですが、つまり使われ方なんです。毒があるといっても、それはその物に責任があるのではなく、使う方に責任があるんです。 |
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毒と薬はまさに表裏一体ですね。 |
船山 |
そうと知らずに食べたり飲んだりして、有毒症状が出ている方もいると思います。薬草として有名なドクダミですが、ドクダミ茶を飲んで日に当たると、皮膚が荒れるという体質の方もいるんです。ですから合わない人は決して摂ってはいけません。けれども、その事を知らないと、皮膚が荒れたからといって更にドクダミ茶を飲んでしまう方もいるでしょう。そうした事故も実際に起きていますから、気をつけた方がいいですね。 |
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他にも、ソバなど体に良いとされていても、アレルギーのある方にとっては毒以外の何物でもありませんね。昔は毒だとされていたものが、薬として使われるようになったものなどもあるのでしょうか。 |
船山 |
昔から毒でもあり薬でもある植物という感じだと思いますが、先ほどお話に出したトリカブトなど典型例でしょうね。毒草と認識されているかもしれませんが、漢方では古くから使われている重要な生薬でもあります。ただし、現在使われているトリカブト由来の生薬は、特別な処理をして使われていることも、知っておいていただきたい事実です。 |
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歴史的なところでいうと、例えばお茶も、当時は薬として入って来た物だそうですね。 |
船山 |
「日常茶飯事」という言葉のように、今では普通に飲んでいますが、お茶はもともと薬として我が国に入ってきたものでした。それからよく知られたところで、ジャガイモの芽には毒がありますが、ジャガイモもトマトもトウガラシも、ピーマンも、それからクコにホオズキ、そしてタバコもナス科の植物です。実は先にお話したチョウセンアサガオやベラドンナ、ハシリドコロも、ナス科でして、ナス科は、非常に有用な植物がいろいろとある、面白い科なんです。 ナス科ではありませんが、食物でいえば、比較的新しい野菜としてモロヘイヤがあります。食用部分は大丈夫だと思いますが、その種子には強力な毒が含まれています。 |
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モロヘイヤは葉にカルシウムやビタミンB、ビタミンCが豊富と言われていて、普段、八百屋さんに普通に売っている野菜ですが...。 |
船山 |
毒性のある植物というのは、けっこう身近にあるんです。例えばスイセンをご存じですよね? ヒガンバナと同じ仲間に属する植物ですが、あの葉にもヒガンバナ科アルカロイド(窒素原子を含み、一般に塩基性を示す天然由来の有機化合物の総称)という系統の毒が含まれています。そうとは知らず、スイセンの葉をニラと間違えて食べてしまい中毒を起こしたという事件がありました。またサトイモ科の植物にも有毒なものが多くて、逆にサトイモが食べられるのが不思議なくらいです(笑)。観葉植物としてよく見かけるクワズイモもサトイモ科ですが、毒性があります。名前からして食べられないと分かるでしょうが、ある時「家族が食べてしまったけれど、どうしましょう?!」と電話で相談を受けたことがありました。 |
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どうなったのですか!? |
船山 |
少量で死ぬほどの毒ではないのですが、数日間、喉が非常にイガイガな状態になったでしょうね。 |
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さすがに死に至る毒は、身近にはないと? |
船山 |
いえいえ、いっぱいありますよ。皆さんご存知の物もたくさんあるでしょう。一番有名なのはやはりトリカブトでしょうか。その他にもドクゼリ、ドクウツギ、バイケイソウ、トウゴマなど命に関わるような植物はたくさんあります。それでもトリカブトやトウゴマなどが生け花に使われたりもしています。トウゴマの実に含まれるリシンは、世界中の毒を集めてもトップ10に入るくらいの猛毒です。 |
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そうやって挙げていくと、きりがないですよね。 |
船山 |
ええ。だからといって、スイセンを植えるのをやめろというような話にはなりませんよね。要は使い方です。 |
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毒性のあるものが身近にたくさんある分、それを分析する方法もあるのですか。 |
船山 |
もちろんです。完全犯罪は無理でしょう(笑)。ごくごく微量でも必ず検出できます。私は、薬学者として、そうした毒とか薬と言っている、生体に何らかの活性を与えるものを、人間の役に立つように使えないものかと、常日頃考えています。毒だとされるものも、使い方は難しくなるかもしれませんが、何かに使えるかもしれない。竹本常松先生という、当時、東北大学薬学部の生薬学の教授で、私が大変に影響を受けた先生がいらっしゃいます。その竹本先生はよく「全山の草木、ことごとく薬草薬木」とおっしゃっていました。植物は、どれも薬草であり薬木である、と。すなわち、何らかの応用の仕方を考えることで、あらゆる草木は薬になる可能性を秘めている。非常に印象的な言葉です。 |
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毒とは言わないまでも、有効成分が何なのか、はっきりと分からないままに使われ続けている薬というのも多くありますね。 |
船山 |
今、私が手にもっているのは「ジコッピ」という生薬です。「地骨皮」と書いて「ジコッピ」。といってもピンとこないですよね(笑)。クコの実というのを料理に使いますが、そのクコの根っこの皮なんです。漢方薬として一般的には強壮剤として何千年も使われてきたもので、また動物実験では血圧を下げる作用があると分かっていました。しかし、その活性成分が何なのか、つまりどんな成分が有効なのか、ずっと分からなかったんですね。何も分からないまま、昔から使われてきたわけです。私は大学院生時代に、この成分研究を始めたのですが、その研究を通して、全く新しいアルカロイドを発見するに至りました。アミン系の新規化合物なので「クコアミン」という名前を付けましたが、実に変わった構造をしています。ようやく「中身」が少し分かったためか、地骨皮は2006年に出た新しい日本薬局方に収載されました。 |
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薬というか毒というか、その歴史も非常に興味深いものがありますね。 |
船山 |
奈良、東大寺の正倉院には生薬も収められており、収めた生薬のリストである『種々薬帳』という書物が残されています。収められたのは756年。今から1254年前です。リストには薬物が60種類挙げられていますが、そのうちのかなりのものが現存しています。地上の倉にこれほど長期にわたって収められて、現代まで残る生薬は世界を見ても例がありません。世界に誇る文化財ですし、宝中の宝だと思います。 |
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それらは薬として集められたものなのですか。 |
船山 |
今で言う薬以上の価値のあるものとみなされていたと思います。宝物、あるいは武器という感覚でしょうね。これらの薬物が収められた3年前に鑑真が来日しています。私見も入りますが、鑑真は非常に薬に詳しい人でしたから、正倉院に収められた物の中には、鑑真が持ち込んだものもかなり入っているのではないかと思われます。鑑真は、日本に来る途中に遭難して、南方の島にしばらく滞在していたとも言われています。となると、その時にも生薬を手に入れたのではないか...。というのも『種々薬帳』の中には、中国ではなく東南アジア由来の生薬が相当数収められているんです。例えば猛毒といわれた「冶葛(やかつ)」は、その由来も正体も長らく不明だった生薬です。正倉院に残された「冶葛」は、わずかでしたが、そのうちの数グラムを抽出精製して機器分析し、この生薬中に「ゲルセミン」というアルカロイドが含まれていることが判明しました。千葉大学の相見教授らの業績です。このゲルセミンはゲルセミアという植物にしか入っていないものなんです。こうして冶葛の正体が、1990年代になってやっと分かりました。すなわち、この生薬の正体はゲルセミア属植物由来だったわけです。 |
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ゲルセミア? |
船山 |
ええ。タイなどに多い植物です。そうすると、中国以外の場所で手に入れたのではないかとも想像できます『種々薬帳』に記載された60種類程の生薬には、麝香(じゃこう)から始まって、犀角(さいかく)、桂心(けいしん)、大黄(だいおう)、甘草(かんぞう)...。大黄と甘草など、今でも非常によく使われている生薬の一つですね。そして冶葛。これらの生薬は「病む人には分け与えよ」と光明皇太后の願文にあるのですが、実際には一般の人たちが触れることはあまりなかったでしょう。むしろ国家の重大事に備えて武器になるものを全部正倉院に集めたのではないかという気がするんです。事実、正倉院には弓矢などの武器も非常に多く収められていますよね。いざという時、生薬も武器となるものの一つと考えたのではないでしょうか。 |
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興味がわくお話です。 |
船山 |
余談ですが、毒作用も強い冶葛は、記録には20斤、つまり1斤を600gとして、当時12kg収められていたとありますが、現在、正倉院に残る冶葛は数十グラム。では一体、なくなったものは何に使ったのか、何があったのか...。薬学者が探る、日本の古代史ですね(笑)。 |
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薬というわけではありませんが、先生のご興味の対象である植物の歴史を辿っても、面白い仕組みが見えてきそうです。 |
船山 |
「唐辛子」の伝搬などもそうでしょう。韓国では「和辛子」というそうですが、トウガラシは日本から朝鮮半島に伝わったものだと考えられます。豊臣秀吉が朝鮮半島に攻め込んだ時に、目つぶし用の武器として持ち込んだものだなどと諸説あります。目つぶし用の武器という説はちょっと怪しいかなと思うところがないでもないのですが(笑)。でも日本から持ち込まれたトウガラシを、韓国の人達が肉料理に合う、そしてキムチに合うと見出し、新しい文化がそこで生まれたのではないかと思うと、植物の歴史を知る楽しさがあります。 |
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韓国の方のエネルギー源はトウガラシとニンニクだと言われますが、そのトウガラシが日本から渡ったものだというのは、つながりの深さを感じますね。 |
船山 |
「唐辛子」の「唐」は、かつての中国を表しますが、トウガラシは中国から我が国に伝わったのではないんです。トウガラシは別名を南蛮というように、いわゆる南蛮貿易によってヨーロッパから日本に伝わりました。何しろ、トウガラシのもともとの原産地は南米ですから…。ちなみにおでんなどに使う「辛子(カラシ)」の方は、日本に昔からあるものです。生薬としての「辛子」は「がいし」と読みます。その元は「芥子」と書いて「かいし」です。辛子の種子は、とても細かくて埃みたいだからと「塵芥」の「芥」に「子」をつけて「芥子」と呼ばれていたわけです。それがなまって「がいし」になったと思われます。「芥子」とも書くケシの種子も小さいですよね? この「芥子」も「かいし」がなまったもの。つまり辛子も芥子も種が細かいから「かいし」と呼ばれ、そのうち片方が「がいし」になり、もう片方が「ケシ」(「罌粟」とも書く)になったと思われます。 |
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「唐辛子」の見方が変わるようなお話です(笑)。他にも、歴史的な文学作品、例えば『竹取物語』にも薬や毒が出てくるそうですね。 |
船山 |
『竹取物語』は、日本最古の物語とされていますが、その中に薬が登場しています。かぐや姫が、結婚相手を選ぶにあたって「持ってくるように」と言った品々の中に「蓬莱(ほうらい)山にある不老不死の薬になる木」や、今で言うアスベストのことであろう「火鼠の皮衣」があります。あるいは、かぐや姫が月に旅立つ時に、帝に不老不死の薬を残す、と書かれています。当時、このような知識が一般の人々にあったとは思われません。ということは、この物語は、月に、こちらと似たような別世界があることを想定する物語のスケールの大きさも含め、国際的な、相当の博識があった人物が書いたのではないか、もっと大胆に言えばいわゆる遣唐使として唐に渡ったことのある人ではないか、と私は考えています。そういう視点で見ていくと、かぐや姫の世界も本当に面白いですね。 |
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かぐや姫が言いわたす品々は、想像の産物というイメージしかありませんでした。驚きますね。 |
船山 |
今は、薬というのは化学物質であると分かっていますが、私は、それ以上に、薬とは、社会や文化とつながりが強くあるものだと思います。だから、私は化合物としての興味だけではなく、その文化的背景にとても興味があるんです。そして薬を薬としてだけ考えるのは、あまり適当ではないように思います。薬とは角度を変えれば毒。と言いますか、毒と薬に区別はないと言った方がよいでしょう。生体に対して何らかの活性を及ぼす物のうち、人間にとって都合が良い時、都合が良い部分を「薬」と呼び、都合が悪いと「毒」と言う。それだけのことなんです。ですからいかに良薬と言われるものにも毒として作用し得る場合がある、常に考えていないといけない。そういう面でも、社会や文化とのつながりを考えつつ、薬という物を見ることが重要じゃないか、それも薬学の一つの使命ではないかと考えています。 |
船山信次(ふなやま・しんじ)
1951年仙台市生まれ。東北大学薬学部卒業、同大学大学院薬学研究科博士課程修了。薬剤師、薬学博士。イリノイ大学薬学部留学、北里研究所微生物薬品化学部室長補佐、東北大学薬学部助手、同専任講師、青森大学工学部助教授、同教授、同大学大学院環境科学研究科教授(兼任)、弘前大学客員教授(兼任)等を経て、現在日本薬科大学教授(漢方薬学科天然物化学分野)。『Pharmaceutical Biology (USA)』副編集長。著書に『アルカロイドー毒と薬の宝庫』『有機化学入門』(ともに共立出版)『図解雑学 毒の科学』(ナツメ社)『毒と薬の科学ー毒からみた薬・薬から見た毒』(朝倉書店)『アミノ酸』(東京電機大学出版会)『毒と薬の世界史』(中公新書)他、多数
●取材後記
「毒」というと、古代の歴史に出てくる何やら不穏なものというイメージが強く、そしてフグなどに代表されるように毒のある食べ物ももちろん知っているが、それでも、これほど身近に普通にあふれているものとは想像していなかった。大体、葉っぱを食べているのに、種が毒って言われても...。