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かしこい生き方 京都大学医学部加齢医学講座助教 近藤祥司さん 老化という現象は、生きることそのものなのです。


老化は生きるために欠かせない生物の仕組み がんを防ぐために老化する

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老化を防ごうというのは大きな話題になっています。私達が思っている老化というのは、皺ができるとか疲れが取れにくくなったなどということですが、ではなぜ、そういう現象が起きるのでしょうか。

近藤

まず老化の原因については20程度の説があります。それらは、体に害を与えるものがだんだん蓄積してきて老化するのだという説、それから必要な物が不足してくることが老化の原因だという説に大別することができます。では、そもそも「老化」とは何なのか。生物は皆、老化しますね。逆に言えば、老化するのは生きている証拠とも言えるわけです。

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そうですね。ただ「老化はしたくない」という思いも少なからずあります。

近藤

皆さん、老化を嫌がりますが、老化を研究すればする程「生きている」ということが、すなわち老化だと分かってくるのです。老化を無くすのは絶対に無理ですし、老化を止めたいというのは、生きるのを止めるということと同じです。ですから老化を理解する上で、いかにうまく老化と付き合うか、というのが重要なのです。
老化という仕組みにも良い面があります。例えば、我々の体の中には、意図的に老化を誘導することによって、がん細胞をブロックするシステムが備わっているという事が最近分かってきました。

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がんをブロックする?

近藤

そうなんです。がんになりそうな細胞を、わざと老化させて、それ以上、がんが進まないようにするという事が分かったんです。
がんには良性と悪性とがありますが、良性のがんのマウスを調べると老化細胞がたくさんあり、悪性のがんにかかったマウスでは、老化細胞が少ないんです。研究の結果、老化細胞というのは、がんになりそうな細胞が出来ると、防御システムとして細胞を老化に誘導して、がんがそれ以上増殖しないようにしていることが分かったんです。つまりこの防御機構が破綻すると、悪性に進行してしまうのだろうと推測出来ます。

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細胞を老化させることでがん化させないなどというシステムが体の中に備わっていたなんて驚きです。そうなれば、老化は生きるために必要な仕組みということになりますね。

近藤

細胞老化を誘導する遺伝子に「p53」というものがあるのですが、これには「がん抑制遺伝子」という名前が付いています。その名の通り、がんにならないように体を守る大切な遺伝子です。子宮頸がんというがんがありますが、これはパピロマウイルスが原因で、そのウイルスの中のE6というタンパク質が、p53を壊してしまうんです。そうなると子宮頸がんになりやすいということが分かったので、子宮頸がんを防ぐためのワクチンが開発されたわけです。p53ががんを防ぐのに重要な遺伝子だということが分かった成果だと言えます。
老化ということだけを考えれば、p53は、老化に誘導する遺伝子ですから、これが無ければ老化しないのじゃないかと思われるかもしれませんが、p53が無いマウスの寿命は非常に短い。お察しの通り、体の中にがんがいっぱい出来てしまうんです。これは細胞レベルの話ですが、体を守るためにも老化が必要だということが分かると思います。

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冒頭に、生きる事、つまり生物活動と老化とがリンクしているとおっしゃいましたが、正にそういう意味ですね。

近藤

同様の例は他にも挙げられます。最も古い老化の仮説の一つに酸化ストレス説というのがあります。空気中の酸素や紫外線、食物中の刺激物などが細胞内のDNAやRNAなどを傷つけ、ダメージを引き起こすというものでずが、実は体の中――細胞内小器官のミトコンドリアという場所が、酸化ストレスの9割を生み出していると判明したんです。
ミトコンドリアは、細胞一つひとつの中にあるもので、酸素を使ってエネルギーを生み出す、いわばエネルギー工場のような場所です。我々が呼吸するのは、酸素を取り込み、エネルギーを作るためですが、今、お話したようにミトコンドリアは、酸化ストレスの9割を生み出す場所でもある。つまり、呼吸し、エネルギーを得ると同時に、酸化ストレスという毒物が生まれてしまうわけです。生きていくためには、エネルギーは絶対必要だけれども、酸化ストレスは溜まっていく...つまり酸化ストレスは、必要悪として存在するものであって、それが老化の一因であろうと言われているんです。
病気であれば病巣を除去することで治療することが出来ます。ならば、老化しないためには、老化の原因物質、この場合は酸化ストレス物質を完全に無くせばよいじゃないかと言いたくなりますが、それはつまり呼吸をしないという意味になってしまうのです。先の例と同様、老化は生命活動そのものとリンクしているので、老化を除去するのは、生きる事を止めるのに等しいのです。
ですから我々が出来る事は、老化をよく知って、いかに生き生きとした老後を送れるか...。私は老年内科医でもありますが、老後、寝たきりになるのと非常に辛いものです。寝たきりにならないようにするのが、一番良い老後の過ごし方だと考えています。

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呼吸によって老化するとなれば、どうしようもないと言いますか、老化を防ぐ事は出来ないものなのですね。

近藤

老化の速度を遅らせることは出来ますよ。クルマで考えてみましょう。クルマはエンジンで動くと同時に排気ガスも出しますよね? パワーは強いけれど燃費が悪くて、排気ガスがたくさん出るクルマもあれば、エンジンの強さはほぼ同じでも、あまり排気ガスを出さない環境に優しいクルマもあります。この時、クルマでいうエンジンが、人間ではミトコンドリアに当たります。まだこれは仮説のレベルで証明はされてはいませんが、環境に優しい――エネルギー生産能力は非常に効率が良いのだけれど、酸化ストレスはあまり放出しない、つまり老化を促進しない方向にミトコンドリアを導けるのじゃないか、と最近言われ始めているのです。

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燃費の良いミトコンドリアを作る?!...そんな事が出来るのでしょうか。

近藤

実験では、ミトコンドリア細胞の中のp53遺伝子を不活性化することで、産出されるエネルギーを変えることなく、酸素消費を抑えることに成功しています。
もう一つ老化に関して「カロリー制限仮説」と呼ばれるものがあります。我々は「腹八分目仮説」と呼んでいるのですが(笑)、1930年代にネズミやハエ、線虫などで検証した結果、摂取カロリーを80%に抑えると、だいたい寿命が20%伸びるという研究結果が発表されました。摂取カロリーを抑えることによって、人では「Sirt1(サートワン)」という遺伝子が活性化され、それによってミトコンドリアの活動が促されるからなのですが、先程も言ったように、ミトコンドリアは酸化ストレスを生み出す大元ですから、カロリー制限してミトコンドリアが活性化するのであれば、むしろ体の中の酸化ストレスが増えるのじゃないかと思われていたのです。しかし、よく調べると、カロリー制限をして長生きする場合においては、逆にミトコンドリアから出る酸化ストレスが減ると分かったのです。

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環境ならぬ「体に優しい」ミトコンドリアですね。

近藤

ええ。この長寿遺伝子ともいえるSirt1についてですが、昔からフレンチパラドックスと言って、ヨーロッパの中でも、フランス人は脂肪を摂取する割合が高いのに、心筋梗塞を発症する割合が最も少ないのは、フランス人が好んで飲む赤ワインに含まれるポリフェノールが関連しているのではないかと言われていました。最近になって、赤ワインの中のレスベラトロールという、新規に発見されたポリフェノールがSirt1を活性化すると分かりました。ある意味、カロリー制限をしなくても、カロリー制限したのと同様の状況を作れるわけですね。ポリフェノールは、フェノール類の一種で、これらは非常に低分子のため、皮膚からも吸収すると言われています。日本では古くから「冬至の日に柚子湯に入ると長生きする」と言われていますが、あの香りの中にレスベラトロールが含まれていることが明らかになっています。

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ということは、知らず知らずにカロリー制限をしていたということになりますね!

近藤

老化についてはまだまだ分からない事が多いのですが、例えば今後、レスベラトロールに近いものが薬として開発できたら、運動療法やカロリー制限に近いかたちで若々しいミトコンドリアを再現出来るだろう、と。荒唐無稽な、単に不老不死とか言うのではなくて、実用に還元するものとして研究も進んでいます。



健康に楽しく生きるためには骨と血管を大切に

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老化研究の一方で、老年内科医として診療も行なってらっしゃるわけですが、そちらではどのような事をされているのでしょうか。

近藤

「老年内科」の名の通り、高齢者の方々を診ています。日本は世界でナンバー1の長寿国ですが、寝たきりの方も多くて、寝たきりの期間が一人平均6〜7年という統計が出ています。平均寿命に対して、健康寿命という考え方があって、健康な期間、つまり入院や寝たきりの期間を差し引いた寿命を指すのですが、日本の健康寿命は平均寿命よりも6〜7年短くなるわけです。

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そんなに長いのですか。

近藤

ええ。せっかく長生きしても、人生のうちの6〜7年は、さまざまな理由で寝たきりとなってしまう。ですが、自分で歩けて、自分で考えて、自分の人生を楽しめるというのが、一番人間らしいと思うのです。そのためには、なるべく寝たきりにならないように予防しようということで、大学病院としては初めて2006年にアンチエイジング外来というものを設けました。寝たきりになる理由の第1位は脳卒中、第2位は骨折ですが、全く種類の異なるこの2つの病気を、同じ場で治療する事を目的としています。
また日本では、これから団塊の世代が高齢者になっていきますから、近い将来、寝たきりの人が3倍に増えると言われています。死亡原因は、三大疾病と言われるがん、心臓、脳の病気といった内臓系の病気が挙げられますが、寝たきりの原因は、1位こそ脳卒中ですけれど2位、3位は、内臓疾患以外の骨や筋肉の問題です。つまり内臓に余力があっても、寝たきりになってしまうかもしれないわけです。がんや心臓の病気を減らす事を目的とした従来の医療では、寝たきりの増加にストップはかかりません。2004年に厚生労働省が発表した白書において、寝たきりの増加を危惧して、健康寿命を2年伸ばす、つまり寝たきりの期間を2年減らす事を目的に、2005年から「健康フロンティア戦略」というものを掲げています。

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脳卒中といった血管の疾病はもちろん、骨を健康に保つことが大切なのですね。

近藤

例えば大腿骨頸部骨折の場合、3人に1人は寝たきりになるという統計があります。心筋梗塞や脳卒中などは、手術などを含めていろいろな治療方法がありますが、大腿骨頸部の骨折は、治療が難しく生活の質が落ちてしまうということが往々にして起きるのです。女性に限って言えば、女性ホルモンが減る事で更年期障害が起きます。そうすると骨粗鬆症を発症しやすくなり、コレステロールも高くなるので、女性は、更年期を老化と捕らえる事もあります。
実際、女性では寝たきりの原因の第1位は、骨粗鬆症です。ですから女性は特に、もっと関心を持つべき話題だと思うのですが、先進国の中で、未だに骨折が増えているのは日本だけなのです。カナダやフィンランドなどは、1992年頃を境に骨折がどんどん減ってきました。社会的啓蒙や新しい薬が使われるようになった事が大きな理由です。その中にあって、日本では、まだ骨の大切さに対しては、理解が進んでいないと言えるでしょう。

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「骨粗鬆症」という名前は頻繁に耳にしますが、それが具体的にどんなに大変かということに実感がありませんでした。

近藤

骨粗鬆症は、「沈黙の病気」と言われる程、症状がない病気です。だから骨折をして初めて自分が骨粗鬆症だと気付くのです。しかし、それでは遅い。因みに70歳以上の女性の2人に1人は骨粗鬆症と言われています。

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予防や治療は出来るのですか。

近藤

骨粗鬆症については、食べ物などの摂取(カルシウム、ビタミンD)だけで治せるのは40歳までです。成長ホルモンの量が、男女共に40歳を過ぎると、すとんと落ちてしまうんですね。このホルモンが活発な時は、積極的にカルシウムやビタミンDを取ったり、運動によって骨は増強されるのですが、40歳を過ぎてホルモンが減少した状況では、残念ながら骨の強化にはつながらないんです。
そもそも骨粗鬆症というのは、骨の貯金の病気です。もちろん40歳を過ぎてからでも努力出来ますが、40歳までにいかに貯金出来るかというのが、とても重要です。女性の場合は、40歳を超えると年に1〜2%の割合で骨のカルシウムが減っていきますから、できるだけたくさん貯金をしておいて欲しいのです。診察をしていると80歳を過ぎてなお、骨密度が非常に若々しい人が時々いらっしゃるのでうかがってみると「タカラジェンヌでした」「フェンシングの国体の選手でした」という方が少なくありません。若い時に、下半身を踏ん張るような動作をしていた人は、骨が強いのです。

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しかし40歳というのは、非常に残念なことを伺ってしまいました(苦笑)。

近藤

いやいや(笑)。今からでもカルシウムの低下を抑える事は出来ますから、運動は大切です。放っておけば、貯金は減るばかりです。減る量を少なくすることはできますから、登山や階段の上り下り、柔道やスキーなどといった、下半身に重力を感じる運動を積極的に行って欲しいですね。

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一方で脳卒中も老化と関連がないとは言えませんよね。

近藤

血管は年齢と共に傷んでいきますから、確かに老化という側面はあります。血管の老化としては動脈硬化の問題が挙げられます。血管が傷んだり、詰まったりすることを総称して動脈硬化と呼ぶのですが、すべての組織、内臓は血管からの栄養補給によって機能していることを考えれば、動脈硬化によって血流が妨げられることがいろいろな問題を起こすのは容易に想像できます。
この動脈硬化の仕組みですが、我々の血液の中には、マクロファージという白血球の一種があって、血管の中をパトロールする役目を果たしています。これが悪玉コレステロールであるLDLを除去するのですが、単にこのLDLの値が高いだけでは血管は詰まらないし、マクロファージも反応しません。LDLに酸化ストレスがかかり、酸化LDLに変形して初めて、マクロファージがこれを異物と認識して、除去するために「食べる」んですね。酸化LDLを食べ、任務を終えたマクロファージは泡沫細胞というものに変化して、血管壁にへばりつく形で残ります。これによって血管が狭くなって動脈硬化が起こることがあります。脳の血管が詰まれば脳梗塞に、心臓の血管が詰まれば心筋梗塞へとつながります。これを予防するためには、LDLの数そのものを減らす薬を服用するか、あるいは善玉コレステロールを増やすべく、有酸素運動も効果があるとされています。

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こうしてお話を伺うと、長く健康に過ごすという努力は不可欠ですが、私たちの体の中には、生命活動と表裏一体の老化という仕組みがあり、となればそれを排除しようというのは、意味がないように思えてきました。

近藤

中島敦の小説に、中国の弓の名人を題材にしたものがあります。修行を極めた名人は、自分と弓とが一体化して、最後には弓を見てもそれが何か分からないという境地にまで至ったというのです。これは小説の中だけの話ではなくて、年齢を経て知識や経験を積み重ねたとき、若い時には至れなかった発想や境地にも、たどり着けると思うんです。けれども寝たきりでは、そうして獲得した力を存分に生かすことが出来ません。ですから老化研究者として、とにかく寝たきりにはなって欲しくないのです。
「なぜ老化するのか」という、正しい知識を持っていれば、老化が生きることそのものであって、老化を100%悪だと捕らえるのは間違っていることが理解できます。その上でそれぞれが自身の生き方を考えていくことが大切なのではないかと思います。


近藤祥司(こんどう・ひろし)

1967年生まれ。京都大学医学部卒業、同大学医学部附属病院老年内科入局。2001年よりロンドン大学及び英国がん研究所にて、細胞老化及び解糖系代謝の研究に従事。2006年京都大学医学部附属病院に帰任し、アンチエイジング外来及び同教室を開設。現在、京都大学医学部加齢医学講座助教。日本抗加齢医学会評議員および日本基礎老化学会評議員。著書に『老化はなぜ進むのか』(講談社)他。

●取材後記

最近、時間軸とは関係のない「ストレス老化」なる概念が生まれているそうだ。何らかの原因でDNAが傷つけられたり、がん遺伝子が細胞にストレスを与えて老化を促進したりというもの。老化のメカニズムの研究は、さまざまな形で進んでいるが、一方で「生きることの裏返し」である老化。であれば、生を楽しむのと同様に、老化を楽しむという考え方も必要か。

構成、文/飯塚りえ   撮影/海野惶世   イラスト/小湊好治
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