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かしこい生き方 マンダリン オリエンタル 東京 コンシェルジュ 角田陽子さん 全身全霊で相手の話を聞き、本当に相手が望んでいることは何かを感じ取ります。


コンシェルジュとして培った仕事の極意 簡単そうな事こそ、丁寧に

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「コンシェルジュ」という職業、何でもかなえてくれる魔法使いのようなイメージがあります。

角田

確かに「君は魔法使いだ」とお客様に驚かれることもありますが(笑)、一言で言えば、ホテルに滞在する時に何かしたいと思ったら、気軽に相談できる人、ということでしょうか。

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何でもかなえてくれるというのは、別のところで「コンシェルジュは『ノー』と言わない職業」という記事を読んだからかもしれません。実際、いかがでしょうか。

角田

例えばこのホテルには、世界中から日々、さまざまなお客様がお見えになります。払っていただく金額もそれなりに高額ですので、ホテルに対する期待値も同じように高くていらっしゃる。そういうお客様はご要望も「これから3日分のレストランを予約しておいて。すべてミシュラン三つ星でね」などと気軽におっしゃるのですが、ほとんどの三つ星レストランは2ヶ月先まで予約でいっぱいなのです。

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どうお答えになるのですか。

角田

「それは無理です!」という気持ちはぐっと隠して「なるほど、せっかくのご旅行ですものね」などと言いつつ、そのリクエストがどれほど難しいものか、その状況をとにかくお話して分かっていただくようにします。でもいきなり「できませんね」ではなく「トライをしてみます」とお答えした上で「もちろん私たちは最善を尽くしますが、三つ星レストランを予約するのはとても難しく、もし無理だったら一つ星や二つ星で我々がおすすめするレストランをあたってみてもよろしいでしょうか?」と事前に伺うのです。すると、お客様も食事ができないのは困るので(笑)「いいよ」と言って下さる。「でも三つ星がいいな」と付け加えられますが。そして「やはり三つ星はどうしても満席でしたが、二つ星でこんな素敵なレストランが予約できました。いつもはいっぱいなのにお客様は幸運ですね」などとお伝えするのです。
お客様のリクエストに対して、難しいと思っても最初にノーとは言わない。言わないけれど、代案を出すというのでしょうか。そしてお客様の最初のリクエストよりも「こっちの方が結局は良かったな」という気分にさせてしまうんです。こういうことがコンシェルジュ・マジックと呼ばれるものかもしれません(笑)。

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そんなマジックを使われるとは知りませんでした。でも目的は、美味しく食事をすることなわけですから、とても理にかなったマジックですね。

角田

そうですね。要はお客様がハッピーになって下されば、それでいいと思うのです。それが「ノーと言わない」ということなのです。「それはありません」「それは無理です」と言ってしまったら、お客様の心も固く閉ざされてしまいます。ノーと言わないサービスという意味は、何でもわがままを聞くというわけではないのです。

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三つ星レストランの予約もそうですが「とても応じられない」と、びっくりするような要望がゲストから来たことがありますか。

角田

ラグジュアリーホテルなど特にそうですが、世界各国から富裕層のお客様がお見えになるということもあり、そういうリクエストは日常茶飯事です。先日は、某国の王子、といってもまだお子様なのですが、東京ディズニーランドにご家族と出かけたところ、大変混んでいたらしく、お付きの方から「王子が並んでいるんだ、どうにかならないのか」とお電話がありました。ディズニーランドは、たとえ王子様であっても、園内では平等ですから「並ぶことも楽しむのがディズニーランドなんですよ」とお伝えしてみました。それでも怒りは収まらなかったかもしれませんが、お戻りになった時には、とてもニコニコしていらしたので、ほっとしました。

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では、あまりびっくりしないリクエストはいかがですか。

角田

一般的によくあるのは「観光の通訳ガイドさんやツアーを予約して」とか「仕事のミーティングがあるから行き方を教えて」というものですね。その場合は、地図を作って差し上げたりします。こういう店に行きたいんだけど、どこにあるのかといった質問も毎日受けます。その一つひとつを、自分達が作成した資料もしくはウェブサイトなどで探すのですが、東京ではお店やレストランは数ヶ月で場所や営業時間が変わっていることが少なくありませんから、必ず先方に電話をして確認します。タクシードライバー用の地図を作るにしても、ちょっと住所を間違えただけで、まったく違う所に連れて行かれてしまいますから、急いで準備しながらも細心の注意を払います。

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確かにそれは責任重大ですね。

角田

ビジネスのミーティングでしたら、何億円もの商談がふいになってしまうこともあります。そうでなくても、旅の時間は限られていますから、お客様に無駄足を踏ませることはできません。道案内くらい簡単な仕事だと思いがちですが、日本人にとって常識でも、海外の方には分からないこともあります。お客様に「○○という美術館に行きたい」と言われてその地図を渡すだけでは、コンシェルジュの仕事として不合格です。美術館は、閉館日でなくても展示と展示の間に1週間クローズしていることもよくあります。地図が欲しいと言われたら、そういうことも事前に調べた上でお客様を送り出します。
先日は、私が調べるのを待ちきれずに「とにかく行ってみるよ!」とカウンターを離れたお客様がいらっしゃいました。虫の知らせとでも言うのでしょうか、不安だったので、そのお客様がここ38階から1階のエントランスに下りるまでの間に急いで調べると、案の定、その日は臨時休館でした。あわてて、エントランスのベルデスクに「今、こういう方が下りて行かれますが、その方が行きたい美術館は休みだと伝えて下さい!」と連絡したことがありました。自分が旅行に行って、間違った情報を伝えられたり、ちょっと調べれば分かることを調べてくれなかったせいで、目的の場所を楽しめなかったとしたら…。もしも自分がパリの中心部のホテルに泊まってわざわざベルサイユ宮殿に行ったのに、その日休館だったとしたら…。自分がもしそうだったら嫌ですし、特に縁あって私たちを頼って下さっている方々をそういう目には合わせたくないですね。

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簡単なことほど難しいというのは、どんな仕事にも共通する心構えでもありますね。

角田

そうかもしれません。小さな事でもないがしろにせず、一つひとつ丁寧に向き合うということは大切ですね。私自身、コンシェルジュとして仕事をしている中で、あのとき調べておけばよかった、電話をしておけばよかった…という経験をして、やっと学んだ事ではありますが。

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ご自身もそういうことがあったんですか。

角田

もちろんあります。絶対に閉まっているわけがない年中無休の店が臨時休業で閉まっていたり、一週間前に前を通った店が閉店していて、ご紹介したお客様に「なかったよ!」と言われて驚いたこともありました。
海外からのゲストは、コンシェルジュを使い慣れていて、日本国内の旅行プランを立てて欲しいと依頼されることも少なくありません。日本人が海外に行くときは、事前にいろいろ調べて行動予定をすべて決めているというのがほとんどだと思うのですが、海外の方はチェックインしてすぐ「コンシェルジュと話したいんだけど」「僕たち、ハネムーンで日本に10日間滞在するのだけど、どこに行ったらいい?」といったご質問をなさる方がたくさんいらっしゃるんです。

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楽しそうではありますが、日本人の感覚とはずいぶん違いますね。

角田

そんな時「どういうものにご興味がおありですか?」「10日間のうち、東京にはどのくらい滞在されたいですか?」とか、例えば京都や高山など、どうしても行きたいところはあるかどうかなどを伺ってルートを考え、交通機関に加えてホテルや旅館の手配もします。オンシーズンだと旅館は特に満室のことが多いので、苦労します。何とかお宿がとれたら電車の予約もして、予定表も英語で全部作成してさしあげます。

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お客様へのご提案は、どうやって決めるのでしょう?

角田

美術館に行きたいといった具体的なリクエストもありますが、他にはお客様の醸し出す雰囲気も、どのようなご提案をするかを決めるための重要な要素になります。朝寝坊されていかにもナイトライフに生きるタイプのお客様だなとか、こちらのアメリカ人のご夫妻は落ち着いた時間を好まれそうだな、とか。後者なら、今の時期は紅葉を愛でながら散歩したり、美術館を訪れたり、茶道や華道など日本文化を体験していただいたらどうかな、などなど、考えます。
アクティビティのご提案では、「何かを見た」というだけではなくて、「何かをした」というのも、とても記憶に残る良い思い出づくりになりますので、お勧めすることも多くあります。ご家族で寿司握りを体験したり、お父様の居合体験を、ご家族が見守るなどというのも、あります。そうやって、日本の面白さや良さを伝える民間外交のような仕事もコンシェルジュの役割だなと感じますね。



良い心をもって接すれば自ずと良い心に出会える誠意をもって相手に接する

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「コンシェルジュ」というお仕事は、一般に考えられている以上に、主体的に考えなくてはいけないお仕事なんですね。誤解していました。

角田

お客様は、適切なアドバイスを求められているんです。「はい、はい」と言いなりになっているのでは、逆に不満が募ります。「私自身が好きなレストラン」というのは、ゲストにとって説得力がありますから、「え、そうなんだ!」と必ず身を乗り出されますね。

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単純なインフォメーションではなく、日本人の角田さんご自身の意見が喜ばれるのですね。

角田

好きなお店の紹介ばかりではありません。接客が良くなくて自分がお勧めできないと感じたら 「ここは良いレストラン?」と聞かれても「私はあまりお薦めできませんが…」と正直にお答えします。代わりに「同じ鉄板焼きなら、こちらはいかがでしょう?」という提案もします。ゲストとコンシェルジュの関係でも、何でも言いなりでは、心は通じ合わないと思うのです。お互いに心を開いて「このコンシェルジュだったら安心して任せられる」と、会ったばかりのゲストに思ってもらえなければ、互いに良い結果は生まれません。

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確かに、言われた通りにやるだけというのでは角田さんというプロにお願いしている意味がありませんね。

角田

お昼近くに起きてきて、「これから京都に行きたいから切符を手配して」というお客様もおられます。そのような時は「京都も素敵ですが、鎌倉も同じように古都の雰囲気があり、そちらのほうが近いのでゆっくりご覧になれますが、いかがですか」というご提案をしてみます。もちろん、京都も鎌倉も、あまり区別がついていないかな?…というゲストの様子を見極めてのご提案です(笑)。

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その見極めも難しいのではありませんか。

角田

お客様の雰囲気を見て取るのも大切ですが、もう一つコンシェルジュの陥りやすい罠が、あれを教えてあげよう、これを言おうと思って、お客様の言うことを全く聞いていないという状況です。
まず全身でその方の言うことを理解する。そうすれば、その方の人となり、バックグラウンドなど見えてくるものがあります。言葉だけではなく、本当は何をお伝えになりたいのか、言葉で言い表されていないところまで聞くというくらいに集中する。あれを言わなきゃ、これを言わなきゃと考えながらでは、なかなかできません。
「外国人に人気の観光スポットに行きたい」と言われた時に「じゃあ、浅草だな」と思って聞いていたら、「浅草」のキーワードに沿った情報しか耳に入らなくなってしまうんです。でもそのゲストは浅草などすでに行ったことがあるかもしれません。
「和食のレストランに行きたい」と言われても、お寿司や天ぷらはもう食べ尽くしていて、懐石料理が喜ばれるかもしれない。一方で「カイセキ?それって一体、何?!」という方もいるわけです。お寿司屋さんに予約をして出かける直前になって「私はベジタリアンで野菜しか食べられないのだけど、大丈夫よね!」とおっしゃるゲストもいらっしゃいます。

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カッパ巻きしか食べられなかったんでしょうか(笑)。

角田

あとはかんぴょう巻ですね(笑)。こんな風なので、彼らが日本食をどの程度理解しているか、よく聞かないと提案できません。ニューヨークにはお寿司屋さんがたくさんありますから、同じものを食べても意味がないとすれば、日本にしかないスタイルのお店をご紹介したいですよね。そうすると、頑固な寿司職人のいるお寿司屋さんかな、となるわけです。
和食という一つのキーワードでも、本当によく聞かないと何を求めているのか分かりませんし、たとえよく聞いたとしても、私が考えた「きっとこういう感じが良いのだろうな」というイメージが全く当てはまらなかったこともあります。ですから、ホテルにお戻りになって「レストランいかがでしたか?」と聞いて「Very goodだったよ!」とお返事をいただくまでは、ドキドキしています。

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それだけ想像力を駆使しても、食い違うこともあろうかと思いますが、お客様とのイメージをすりあわせるために、何か努力されていることはありますか。

角田

努力というよりは、数をこなして訓練することでしょうか。私はコンシェルジュを一つの職業としてだけとらえている人と、生き方としてとらえている人がいると思っていまして、私は後者のタイプだと自分では思っておりますが、そうなると仕事が終わっても休日であってもコンシェルジュなのです。プライベートで友人とレストランに出かけても「ここはお客様にご紹介できるか」を常に考えていますし、このお店はお客様にも喜ばれそうだと思ったらお店の方と名刺交換をします。英語のメニューがあるか、英語が話せるスタッフはいるかなども確認します。
休みの日に街を歩いたり、新しいお店ができたら行ってみたりなどということは常に心がけています。お客様のイメージに近いものをご提案するには、まず自分が体験していなければ無理です。「散歩のコースはどこがいい?」と聞かれることも多いですから、この季節はここのイチョウがきれいだとか、自分で感じたことをお客様に伝えられなければ、心からの交流はできません。コンシェルジュはデスクやカウンター以外の場所で成長するものです。私はこういうことが好きなので、苦痛に感じることもなく、むしろストレス解消になっていますね。

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コンシェルジュとしての生き方とおっしゃいましたが、この職業に就いたことで何か身についたことはありますか。

角田

もしコンシェルジュになっていなかったら、ここまで自然に人に何かしてさしあげるということはなかっただろうとは思います。コンシェルジュとして磨かれると、人間性も磨かれると感じています。コンシェルジュは他人に親切にしないといけない。正確に、素早く、かつ温かく、穏やかに何かを伝えなければいけない。その原点は、家族や友達が旅行やレストランに行きたい時に、どこが良いか、一生懸命に考えてあげるという気持ちだと思うのです。自分の大切な人や好きな人に何かしてあげることの延長線上に、接客があるのです。人に何かをしてあげると喜ばれ、感謝されて、自分にとっても精神的に良いことなんです。「ありがとう」という言葉の持つエネルギーはとても大きいと思うので、私も同じように人には感謝をしたり、お礼を言うようにしたり、褒めたりすることを心がけています。

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結局、人との接し方とは、そういうことが大切なんだという、示唆に富むお話ですね。

角田

丸い心で接すれば、相手も丸い心になる。世界中のお客様と接して得たことですね。


角田陽子(すみだ・ようこ)

大分市出身。明治学院大学英文科卒。マンダリン オリエンタル 東京 コンシェルジュ。 赤坂プリンスホテル、ホテル西洋銀座勤務を経て現職。コンシェルジュ歴は約18年。ハリウッドスター、世界のVIPなどを含む豊富な接遇経験を持つ。日本コンシェルジュ協会会員。レ・クレドールインターナショナル会員。

●取材後記

取材後、ロビーで見送って下さる角田さんの脇で、外国人の男性が何か言いたげに横目で見ている。角田さんが彼に気づき「今日はいかがでしたか?」と声をかけた。聞けばその日、角田さんの手配でゴルフに行ったとのこと。「昨日いらして、カウンターで5分くらいお話しただけ」というゲストは、角田さんにどうしてもお礼が言いたかった様子で、私は最初、以前からのお知り合いだと勘違いしたほど、心を開いた様子だった。これも「コンシェルジュ・マジック」の一つだな、と目撃した瞬間だった。

構成、文/飯塚りえ   撮影/海野惶世   イラスト/小湊好治
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