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かしこい生き方 「読書のすすめ」店主 清水克衛さん

「本の力を軽んじてはいけません。人生を変える一冊があるのです。」

活字離れと言われて久しいが、一方、電子書籍など、
新しい「本」が登場し、読書の幅も広がっている。
本が売れないと言われる中で、たくさんのファンを集める
「読書のすすめ」は、清水克衛さんが主宰する書店。
全国からお客が集まり、書評で取り上げた本は
何万部というベストセラーにもなるという、
読書の秋、どんな本を読もうか、清水さんにお話を伺った。

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何かをやりたい、何をしようか、と迷った時に読む――目的ではなく行動するためのもの

――

清水さんが薦める本だけでなく「読書のすすめ」という書店自体、非常にユニークだと言われています。ご自身がユニークと思っているかどうかは別として(笑)。

清水

そうなんです。自分では普通にやっていたつもりなのですけれどね(笑)。とある縁で書店を開くことになりましたが、当初はなかなか難しく、出版流通の仕組みもあって、売りたい本もそろえられない状況でした。そこで「じゃあ、世間で売れているものはいらない!」と開き直り、お客さんに喜んで頂けるものをそろえ、自分で読んで、良いと思ったものをお客さんに薦めてみたのです。そしたら、その方が売れてしまいました。皆さん、インターネットで買うのではなく、わざわざうちに来て下さる。その積み重ねで17年経ちました。
ラジオやテレビなどに出た際、悩み相談みたいな形で取り上げられたものですから(苦笑)、悩み相談をしに来る方もたくさんいますね。

――

もともと本や読書が、お好きだったのですか。

清水

いや、そんなことないんです。僕は「体育会系読書家」と言っているのですが、本を読んで行動する、そういう意味での読書はしていましたけれど、いわゆる皆さんがイメージするような、いつも本を読んでいるような読書家ではありませんでした。そもそも中学まで空手を、高校、大学では柔道三昧の日々でした。

――

まさに体育会系ですね(笑)

清水

読書をする最初のきっかけは、小学生の時だと思います。転校して、その初日に、体の不自由な子が5、6人に囲まれていじめられていたんです。それで「やめろよ」と声を掛けたのですが、次の日、そのいじめっ子達に待ち伏せされて、今度は僕が殴られるは蹴られるは…。後で知ったのですが、いじめていたのは、皆怖がって何も言えないような子たち。悔しくて悔しくて、強くなって見返してやろうと近所で空手の道場を探したのですが見つからず、とりあえず本屋に行って、空手家の本や、武道家列伝みたいなものを読み出して…吉川英治の『宮本武蔵』なども読みましたね(笑)。

――

読書家というと、本がたくさんあって書斎の床が抜けそうになってしまって、といったイメージがありますが…。

清水

二宮尊徳や福沢諭吉も、体育会系読書家だと僕は思います。福沢諭吉なら、本を読んで学問をするのは日本を富国強兵に導くため。二宮尊徳は、藩の財政を立て直そう、働こうと皆に呼びかけるため。つまり、本を読んで、実行に移していったわけです。
僕は、空手や柔道ばかりやっていたので、ずっと警察官になろうと思っていたのですが、大学生の頃、司馬遼太郎の『竜馬がゆく』に出会って、商人になろうと決めて、ここまでやって来ました。

――

本を読むことで終わらずに、その先に何かを求めていると。

清水

人生を左右する行動はもちろん、単に小説の中に描かれている土地に実際に行って、五感でそれを感じてみるのって、本当に楽しいですよ。「本は心の栄養」と言いますけれど、確かに栄養になると思います。桂浜に行ってみたり、京都の坂本龍馬の墓を訪れたり、武市半平太の生家に行ってみたり、本当に楽しかったですね。

――

でも手に取った『竜馬がゆく』は、一巻ではなく、五巻だったとか…。

清水

電車に3時間ほど乗らなければならないことがあった時に、暇つぶしにと思い、本屋に入ってパッと手に取ったのが五巻でした(笑)。でも、五巻から読み始めてよかったと思います。『竜馬がゆく』は、全部で八巻あって、皆さん一巻から読んでいくけれど、二、三巻で挫折する(笑)。でも、五巻から読み始めると、一番エキサイティングだから読み切ってしまい、一巻から読んでみたくなる。皆さんにも、そうお薦めしています。

――

「五巻から読んで」という薦め方もユニークですが、たまたま五巻を手に取ったからといって、それを買ってしまったのもすごいですね。

清水

画像 本が人生を変える!?本が好き!というわけではなかったですから(笑)。ただ、警察官になることしか考えていなかった私の人生が変わったのは事実です。一番感動したのは、竜馬が犬猿の中だった薩摩と長州との関係を結び付けたことです。竜馬は海援隊という会社を作り、武器が余っていた薩摩からそれを買い、武器が不足していた長州に売りました。その結果、薩摩と長州の双方が喜んで、互いに手を結んで明治維新を起こす。「皆を満足させて、かつ自分も利を得ている」という、商売というものの面白さというか、商人の感覚というか、そこに感動しましたね。

――

それで卒業後、すぐにコンビニ業界に入られたんですか?

清水

はい。面白かったですね。「売り手良し、買い手良し、世間良し」の「三方良し」という近江商人の考え方も、勉強を続ける中で知りました。ただ、その後、本屋を始めたのは、やはり『竜馬がゆく』の影響だと思います。一冊の本を読んで人生が変わってしまうような、そういう情報発信ができる本屋にしたい、と。そういう経験の方がダイナミックですよね。だから「読書のすすめ」という屋号を付けましたし、売り手と買い手の双方が満足できて、社会にも貢献できる…。最近、お客さんがお礼だと言って地元でとれた野菜や名産を送って下さるんです。「悪いなぁ」と思っていたんですが、お薦めした本が某か役に立って喜んでいただいている証拠だと思うようになりました。

――

本を買ったお客さんがさらにお礼をするって、よほどのことですね。常連の方もいらっしゃいますか。

清水

はい。昔から、店とお客さんは、一緒に成長していくものだと思っています。例えば、江戸時代なら、店主は常に勉強して、知恵をつける努力をしていましたし、そういう店でないと繁盛しませんでした。つまり、いつも店主は、お客さんより半歩前にいないといけない。そうやって店主とお客さんとが、一緒に成長していったわけです。今、うちの店は、正にそういう感じになっていると思います。

――

どんな方に、どんな本を薦められるのでしょう?

清水

まず「今は、これだ!」「これを薦めたい!」という本を仕入れて、皆さんにご紹介します。ちなみに今は、矢沢永吉の『成りあがり』とか『アー・ユー・ハッピー?』などでしょうか。特に東日本大震災以降、いろいろなシステムの不具合が露呈してきました。ということは、新しいシステムを考えなければいけない。そうなると、やはりチャレンジすることが必要です。だから、永ちゃんの本をお薦めしたいな、と。他にも、営業の仕事に携わっているのだけれど、なかなか仕事がうまくいかないという方には『福の神になった少年―仙台四郎の物語』という児童書をお薦めしています。

――

児童書ですか!

清水

ええ。営業の成績が良くなる本を探していたのに、まさか児童書を薦められるとは思っていないでしょうね(笑)。ただ、そういう意外性をもって本を読むことは大事だと思います。自分で本を選ぶ時は、常に自分の枠の中でしか選べませんが、自分の知識や知恵の範囲外の物を手に取った時には、新鮮な驚きや感動があります。この児童書の主人公、仙台四郎は、江戸時代末から明治時代にかけて実在した人物で、商売繁盛の神様と呼ばれていますが、この本には、なぜ彼が商売繁盛の神様と呼ばれるようになったのかが、物語として書かれています。だから、この本を読むと、どうやって人に喜んでもらおうかといった、商売の根本のことが分かってくる。お客さんに、そうお話しします。


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この一冊がスイッチを押してくれる――本の力を侮ることなかれ

――

各所でご紹介されている本は、当然、ご自身で読まれているわけですよね。となると、相当な読書量になっているのじゃないかと思うのですが、どの位読まれるのですか。

清水

数えていないので「たくさん」と答えています(笑)。

――

どんな方がいらしても、お薦めしようという本が見つかりますか。

清水

はい。ただ、たまに小癪(こしゃく)な若い子が来ると「君、本なんて読まない方がいいよ」と、帰す場合もあります。

――

ええ!?

清水

なかなか望む条件の会社に就職できなくて悩んでいると言う若者が来ました。聞けば、その条件というのが、給料が良くてきちんと休みがあって、福利厚生もしっかりしていて…と。そこで「会社に入る前から、そんなことをいう奴は、僕がもし社長なら採用しない。今、君に薦める本はうちにはない」と。その時は落ち込んで帰って行きましたが「本当に有り難うございました」と言って、また来てくれました。

――

そんな時は、どんな本を薦めますか。

清水

画像 思考の自動化を超えて北海道の小さな町工場で、宇宙ロケット開発をされている植松努さんの本や若い頃の司馬遼太郎の『俄(にわか)―浪華遊侠伝』などですね。
今、大企業に入ったとしても、その会社がいつまでも存続する時代ではありません。でも、歴史を振り返れば、そんなことが当たり前にあります。良いのか、悪いのか、今がそういう時代なのだとしたら、もちろんレールに乗っかってもいいけれども、そればかり考えるのではなく、ゼロから1を生み出すようなところに喜びを見つけてほしい。決して、レールに乗ることが悪いというわけではありませんが、何の疑問も抱かずレールに乗っているだけ――僕はこれを「思考の自動化」と言っていますが、それではいけないと思います。

――

思考を自動化しないためにも読書は意味があると思います。一方で読書離れと言われる中、どうしたらそのパワーを伝えられるでしょう?

清水

「本を読みなさい」と言ってきた結果が、読書離れにつながっているのだと思います。自分の内から「読みたい」と思う、そういう状況になるのが大切なのではないでしょうか。それに僕は、基本的に、出版された本に悪いものはないという姿勢です。難しいとか、よく分からないというのは、読み手であるこちらにその受け皿がないだけ。あるいは、うちでも扱っていますが、10年、20年前に書かれた本や大正時代に書かれた本などは、いくら古くても、その人が初めて読むのなら、新刊と一緒です。そういう時を隔てた出会いが楽しめるのも、本の醍醐味ですね。

――

単に「本を読め」ではなく、自分が壁にぶち当たった時に、本が助けになってくれることを伝えるということですね。

清水

いつもうちに来ていた大学生が、有名企業に就職したんです。でも、その子は、剣道の有段者で、本当は幼い頃から、剣道で生計を立てたいと思っていたんだそうです。就職してからもうちに来ていましたが、やはり思いが残っていたのでしょう。結局、会社をすぱっと辞めて、海外青年協力隊に入り世界各地で剣道を教えて回り、今は、三宅島の役所に就職して、そこで剣道を広めています。彼は、その夢を叶えるために、随分いろいろな本を読んでいましたね。

――

若い人の中には「やりたいことがない」という人もいますが、そういう子たちには、どういう本をお薦めになるのですか。

清水

お話しながらいろいろです。「スイッチを入れろ」「頑張れ」と言ったら落ち込む子も居ますから、そういう子には「そのままでいいんじゃない」と言いながら、例えば『少女パレアナ』という文庫本を薦めたりします。

――

孤児となった少女と叔母さんの暮らしを通じて、困難や葛藤、いさかいなどがありながらも皆が希望や夢、温かい情を失わず、前向きに生きていくという物語ですね。

清水

気付きというか、皆の心の中にあるスイッチを押してくれるような本が良いと思っています。方法は千差万別です。劣等感に抑えつけられているような子はほめてみたり「僕は頭がいい」と思っているような子には「そうだろうか」と問うてみる。それによって、スイッチが入るのだと思います。そんなの関係ないよと言う人も居るかもしれませんが、少なくとも、うちに来るお客さんは、スイッチを入れて帰してあげたいと思っています。

――

そのために、営業職の人に児童書を薦めてみたり、歴史書を薦めてみたりされているわけですけれど…変化球ですね。

清水

直球ではないですね(笑)。脳科学者の茂木健一郎さんが、著書の中で、悩んでいることや解決したい問題に関する本を読んでも、脳の中で、また同じ回路を作って、ぐるぐる回るだけで解決策は見出せないと言われています。その通りだなと思います。

――

だからこそ、営業職の方に、児童書を薦めることに違和感はないわけですね。

清水

最近は、仕事をもっとうまく回したい人や、子育てしている人に、料理の本をお薦めしたりもします。料理を作るということは、いろいろなスキルが全部入っています。何か作ろうと思ったら、まずその物を頭の中でイメージする。効率よく買物をしないといけないし、調理するには段取りが必要。味付けには工夫も必要です。そして、食べてもらう相手に喜んでもらおうと思って作る。イメージして、段取りして、工夫して、人の笑顔が見たい…そのすべてが、生きる上での達人の技ですよ。800年近く前に道元禅師によって開かれた福井県の大本山永平寺では、食を重要な修行としています。道元禅師は、食事を作ること、食べることを真剣に行うのが仏道を求める心だと説いたのです。道元禅師の書『典座教訓』にも、その事が記されています。

――

道元、ですか。

清水

道元を知ったきっかけは『すごい弁当力!』という本でした。僕自身、それまで料理をしたことがなかったのですが、この本を読んで母にも、妻にもものすごく感謝しました。自分で料理をしてみたら、その大変さ、大切さがとてもよく分かるし、一方、きちんと作るためにイメージや工夫が求められると分かります。それが仕事にすごく生きると思います。

――

永ちゃんから道元とは、幅広いですね。ただ、最近、誰かに本を薦める機会も、薦められる機会も、少なくなったような気がします。

清水

きっと大変と言いながらも、ピンチだという実感がないからだと思います。韓国に、読書普及協会という組織があります。その理事長さんは、今から十何年前の商社勤めの頃、来日して乗った電車の車内で、日本のサラリーマンは皆、本を読んでいるという光景に驚き、日本の経済が発展したのは読書量にあると実感して、協会を設立したのだそうです。その当時の日本人って、今日よりも明日、明日よりも明後日といったように、常に成長したいというモチベーションを持っていたと思うのです。でも、今は、電車の中で本を読んでいる人も減りましたね。皆、本がもっているパワーを軽んじていると思います。

――

本の持つ、いろいろなパワーということでは、清水さんのお父様の本棚のお話がとても印象的でした。

清水

親の本棚に並んでいる本は、その時に親が考えていること。でもそれを子どもに面と向かって話したりはしませんし、言う機会もないままだと思います。でも自分のことを考えれば、この年齢になって初めて、親が何を考えていたのか知りたいと思うし、そもそも親が何を考えているか、というのは自分がその年齢になって初めて分かるということもあります。特にお父さんって、若い頃は尊敬されないところがあるじゃないですか(笑)。皆、お父さん、お母さんの本棚を作っておくといいと思いますよ。

――

清水さんのお父様の本棚にはどんな本があったと覚えていますか。

清水

僕自身の父は、僕が中学生の頃に亡くなったので、残念ながら記憶が曖昧ですが、義理の父の本棚は、とても印象に残っています。彼は、まだ誰も注目していない時代にアジアに目を向け、バンコクで会社を立ち上げて成功した人なんです。日本人が現地に行って、現地の人を雇って、ビジネスにしたわけですから、経済や国家といった関係の本もたくさんあって、単にお金を儲けることだけではない、志がありました。その父ももう亡くなりましたが、この年になって「読みたい」と思いますし、親の本棚から力がもらえますね。


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清水克衛(しみず・かつよし)

1961年東京生まれ。大学卒業後、大手コンビニエンスストアの店長を勤めた後、94年「読書のすすめ」を開店。ユニークな品ぞろえと接客で全国から顧客を集め、清水氏の書評によってベストセラーが生まれるなど、出版界に新風を巻き起こしている。著書に『非常識な読書のすすめ ―人生がガラッと変わる「本の読み方」30』(現代書林)『他助論』(サンマーク出版)など多数。

●取材後記

親の本棚という発想は、素敵だなと思う。子どもに残すために自分で作ることもあれば、親の本棚を意識して見ておくこともあるだろう。実際に話したところで伝わらないかもしれない気持ちが、本を介して届くかもしれない。ただ、その気持ちを理解するには、何十年という時間が必要だから、きっと本がぴったりなんだと本の力を再発見した。

構成、文/飯塚りえ   撮影/海野惶世   イラスト/小湊好治
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