仕事での「勝ち負け」はスポーツと違い長期的に決まる
為末:お2人がNTTコムウェアに入社し、企業スポーツの選手として世界の舞台をめざすようになったきっかけを教えてください。
黒川:私は、日本オリンピック協会(JOC)の「アスナビ」を通じて、2017年に入社しました。企業の担当者の方々を前にプレゼンテーションする機会があり、自分の経歴と抱負をスピーチして、それがきっかけでNTTコムウェアの担当者から声がかかりました。
為末:スポーツからICT企業は「遠い世界」ですが、入社時に不安はありませんでしたか。
黒川:NTTグループは野球チームやラグビーチームやバドミントンなどスポーツをサポートしています。上司も野球部出身であるように、スポーツ経験者が多く不安はありませんでした。むしろ、「サポートをする」と力強く言っていただけたので、ぜひお願いしようと思いました。
為末:スポーツ選手が企業にいることで何ができると思いますか。
黒川:私の所属はCSR推進室なのですが、入社して間もないこともあり、正直、仕事らしい仕事はまだできていません。だからこそ、ビーチバレーで結果を出して、少しでもみなさんに「よかった」と思ってもらえるようになりたいです。
為末:黒川選手は「アスリート社員」という位置付けです。まさに世界の舞台での活躍を期待されての採用ですよね。
黒川:はい。仕事と競技では、競技の割合は高いです。ビーチバレーのシーズンは例年、5月の1週目から始まり、10月か11月に終了します。その時期は月曜日と火曜日が出社日で、午前中練習してから午後に仕事となり、土日が試合というサイクルになります。
為末:スポーツと仕事の関係を考えたとき、私は引退して4、5年が経過しますが、スポーツの世界と一般社会でまったく違うと感じたのは、社会では「明白な勝ち負け」にさらされる機会が少ないということでした。スポーツは、先週末の試合で「あなたは敗者でした」という事実が突きつけられる世界でしょう。
黒川:試合に負けたら、まさに、その通りです(笑)。
為末:一方、会社の仕事は、勝ったか負けたかがすぐには分かりにくい。それでも、長期的には決まっていきます。勝ち負けだけではない側面もあり、そちらのほうが重要だったりする。黒川選手がスポーツと仕事とをつなげていく上で、スポーツで勝つために意識していることは、仕事にも役立つと感じていますか。
黒川:スポーツの勝負では準備が重要だと思っています。試合が始まってしまったら、それまでの準備で結果がおのずと決まってきます。勢いだけでどうこうなるほど甘くはない。勝負の本当の大切な場面は、それまで「いかに準備してきたか」で決まると感じています。そのことはいつも肝に銘じて、しっかり準備して挑むようにしています。手ぶらでは戦いに向かわないということです。
為末:その気持ちは、新入社員の方々などへのメッセージにいい話だと思います。私も会社を経営していますが、取引先との会議や打ち合わせのとき、明確に「これで落とすぞ」という気持ちでいく場合と、「ふわっ」とした気持ちで臨んでしまう場合があります。ふわっとした気持ちで会議や打ち合わせに参加すると、こちら側へ次々と厳しい要求が突きつけられてくる。蛯沢選手は、ご自身の仕事と競技で共通点があると感じるところはありますか。
蛯沢:私は入社してからボッチャを始めました。ボッチャを始める前は通常の会社員として、みなさんと一緒に仕事をしていました。企業アスリートになってからは、仕事でもスポーツでも結果を求められるので、やはり日頃からの細かな準備が必要です。仕事では、 企画担当として社員育成のサポートをしています。NTTコムウェアにはさまざまな資格の認定制度があって、それを取得するための準備や試験に向けてどうすべきかといった部分をサポートする業務です。実は競技でもチームの選手を育てる立場でもあり、共通点がありますね。
為末:障がい者スポーツの選手は、競技人生が長いのが一般的です。例えば陸上競技などで世界をめざす選手の多くはピークが短く、勝てなくなると引退を余儀なくされますが、それとは違う考え方で取り組んでいるのかと思います。さらに蛯沢選手は企業スポーツの選手として、世界レベルでの活躍が期待される強化選手に選ばれています。今の心境はどういったお気持ちですか。
蛯沢:今回シンボル選手に認定いただき、社員として業務をしながら、競技の練習時間や遠征費用などのサポートを受けています。日本はボッチャの団体戦が強く、レベルは世界トップクラスで、世界の舞台で銀メダルを取りました。ボッチャへの注目度も高まり、その中でも強化選手に選ばれたのは光栄である反面、プレッシャーも感じています(笑)。ボッチャは、競技人生が長いので、それだけに今強い選手はこの先も強いままの可能性が高いのです。倒すのは本当に大変です。仕事でも競技でも結果を求められるので、メンタルが強くないとできません(笑)。
仕事、競技、そしてボランティア。3つを「両立」させるための取り組み